ノット・アクターズ   作:ルシエド
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空の美しさの理由

 歌舞伎を知らなくては、特撮で良い仕事はできない。親父は時々そう言っていた。

 

 歌舞伎を直接的にモデルにした仮面ライダーやウルトラマンの敵など、そういうもんはいくらでも出てくるな。

 が、歌舞伎ってのはもっと本質的なところで特撮に関わってる。

 例えば、変身後の名乗り。

 例えば、変身ポーズ。

 『大げさな構えを記号として使う』というのも、『構えて名乗りを上げる』というのも、歌舞伎を由来とするもんだ。

 ゴジラとかも、歩き方の参考に歌舞伎を使ってる。

 

 ウルトラマンマックス(2005)の主人公カイトを演じた赤山草太さんは、出雲の歌舞伎役者であった祖父に憧れ、子供の頃から舞台に上がっていて、そっからウルトラマンになった。

 歌舞伎から始まって、特撮へ。

 俺は逆だった。

 特撮で親父の仕事についていって、親父が珍しく歌舞伎畑で仕事をするのについていって、そこで初めて歌舞伎の世界での仕事に触れた。

 

 そこで初めて、あの人に出会った。

 

『その歳で父親と同じ魔物に魅入られたか。難儀な奴だ。長生きできねえぞ』

 

 この歳になって、あの頃の記憶を振り返って、気付いた。

 巌裕次郎さんは世界レベルの舞台演出家だ。俺の仕事もおそらく舞台関連になる。

 だがあえて言ってやる。

 俺みたいな現代の特撮屋に、現代の舞台演劇で出来ることは多くねえ。

 

 舞台は何度も公演する。

 公演期間中、毎日のように舞台の上で演技を繰り返す。

 撮影は一発撮りの映像を何度も上映する。

 一回録画すれば、その映像は永遠になる。

 俺が火薬を仕込んだスーツの撮影は一回撮ればいいが、舞台なら俺は火薬を毎回仕込まなきゃならなくなり、スーツの方が公演期間中保たない。

 

 舞台公演という世界で、俺の技術は多くが死ぬ。

 だが、親父はそうでもなかったらしい。

 親父は舞台にもよく呼ばれていた、らしい。もうこの辺は全部伝聞だ。

 巌爺ちゃんは親父をよく雇い、親父は巌爺ちゃんの期待に仕事で良く応えていた。

 

 だから俺も、巌爺ちゃんの歌舞伎公演を手伝いたいと言い出しちまった。

 当時、七歳の時のことだった。

 

『お前、何が出来る?』

 

 俺はその頃、子供らしく思い上がっていたのかもしれない。

 椅子を作り、テーブルを作り、巌爺ちゃんの演劇の演目に相応しい舞台を作った。

 作った舞台用の家具の出来も、レイアウトも、その時の俺は自信を持ってて、褒められると信じて疑ってなかった。

 

『プロとして見られたいか、子供として見られたいか、お前が選べ』

 

 この時、「プロとして見られたい」と俺は言った。

 

 そういった俺の頭に、巌爺ちゃんはゲンコツを落とした。クソ痛かったぞ。

 

『馬鹿野郎!

 テレビ撮影か映画の撮影のつもりか!

 何平面の角度で、一つのカメラで撮る前提のレイアウトしてやがるんだ!』

 

 カメラを複数使っても、画面に映る映像はカメラひとつ分だ。

 だから俺は、ひとつの視点から舞台が見られてる前提で、レイアウトを組んじまってた。

 

『舞台席は前の人間が後ろの人間の視線を遮らねえんだよ!

 大昔ならともかく、今の舞台を見る人間の席は後ろに行くほど高くなる段差状だ!

 映画館の席の配置も見たことねえのかテメェは!

 カメラ撮りに慣れすぎて、多くの観客の目がある前提のレイアウトすらできてねえ!』

 

 その日の俺の仕事には、家具の出来くらいしか及第点って言えるもんはなかった。

 撮影所に入るようになって四年。

 色々できるようになってから二年。

 子供であることよりも、自分が腕の無い人間だと自覚してなかったことが、あの日の俺のクソポイントNo.1だった。

 巌爺ちゃんが叱ってくれたお蔭で、俺はあの日の失敗を忘れないでいられる。

 

『ド素人は使えねえよ。今日は後ろで立って見てろ』

 

 この歳になってようやく分かった。

 "子供として見られたい"と言っていたら、俺は一生、あの人から一人前の造形屋として見られることはなかっただろう。

 その後も色々と作って見せた。

 作っては打ちのめされ、生み出しては言い負かされ、縫い上げては罵倒された。

 ゲンコツだけじゃなく、靴でも殴られた。

 

 俺の仕事が認められたのは随分後だ。

 それも、ラッキーパンチみてえに出来の良い一品が認められた運頼りの一発もんだったんだ、なっさけねえ。

 ふん、と鼻を鳴らして、巌爺ちゃんはこう言った。

 

『死んだ親父を超えろ。できるな?』

 

 できる、と俺は言った。

 

 今になっても、俺はずっとそう在る。

 "できるかどうか分かりませんがやってみます"とか、"やれるだけやってみます"とかはできるだけ言わないようにして、"できます"と言っている。

 まあ絶対にできないことは流石に「できない」と言ってるがな。

 できるかと言われたら、できますと努めて答えようにしている。

 あの日、俺に期待してくれた、俺の未来の可能性を信じてくれた、あの人にそう答えたように。

 

 俺がこれから一緒に仕事をしようとしてるのは、そういう人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『劇団天球』。

 巌爺ちゃんが見出した役者を中心に固められた舞台劇団だ。

 名が売れた主演から無名な脇役まで、等しく実力派。

 一言で言うとパねえ。

 巌さんのお手製チームの総合値ヤベえ、としか言えねえ。

 

 俺の今回の仕事は、この人達の地方巡業を成功させるため、地方巡業の初期で行われる野外公演を成功させることだ。

 地方巡業っつっても、関東の劇場を少し回る程度。

 地方巡業の前段階、俺が関わる段階はもっと公演範囲が狭く、いくつかの野外ステージを回るだけらしい。

 まあ要するに、野外公演は宣伝ってことだな。

 スーパーの試食みてーなもんだ。

 

 そいつを成功させるとなると、俺の仕事は衣装と野外セットの作成になるか。

 屋外用セット作成は割と得意だな、俺。

 特撮ってのは屋外にセット作って爆破してナンボ……って言ってたのは誰だったか。

 

 そういや歌音ちゃんも地方巡業のオーディション受かったとかいう話してたな。LINEで。

 めでたいこった。

 だが、それなら俺もこの仕事でハンパはできねえな。

 ここで俺が地方巡業関連の仕事で失敗したら、あんまりにも恥ずい。自殺もんだろ。

 

 前回の仕事は、『完成』まで行かないで引き継ぎになった。

 そのせいか妙な消化不良感がある。

 ウルトラ仮面関連の仕事も俺のするべき仕事はまだ先っぽいし、俺はこの仕事は鮮やかに、達成感と満足感をもって終わらせたいところだ。

 巌爺ちゃんに俺の成長を見せつけてやるぜ!

 

 あれ、ってか、劇団天球との待ち合わせステージこれ。

 あの事務所に近いな。

 ばったり知り合いと会うかも。

 

「あ」

「あ」

「あ」

 

 ほーら会った!

 

「おはようございます、湯島さん、源さん」

 

「おはよーさん、英ちゃん」

 

「……?」

 

 仮面ライダーのネットムービー以来の湯島さん、それと劇場作品『ザ・ナイト』以来の顔合わせになる(みなもと)真咲(まさき)さんと、ばったり出会ってしまった。

 湯島さんが柔らかな印象を受ける女優なら、源さんは冷静で多弁でないイケメンの印象を受けるクールタイプの俳優だ。

 容姿や簡単な振る舞いだけで判断するなら、湯島さんは日常系の作品のヒロインに向いているタイプで、源さんは女主人公を取り巻くイケメンパラダイスで「お前は俺だけを見てれば良いんだよ」とか言うオラオラ系が向いているタイプ。

 我ながらひっでえ例えだな。

 

 しかしこの「……?」な反応。

 源この野郎俺の顔忘れてんな。

 

 けど予想通り……いんや、予感通りになっちまったな。

 ここの近くにはオフィス華野がある。

 湯島さんや源さんは、そこに所属している俳優だ。

 

 事務所単位で見りゃオフィス華野で俺と一緒に仕事してる数はかなり多いが、源さんみたいに俺と仕事した回数が一回二回しかない俳優もいる。

 逆に湯島さんのように、子役時代から俺と付き合いがある人もいる。

 オフィス華野の社長さんには「うちの子達をよろしく」って言われてるがそもそもどうよろしくしていいか分かんねーよクソ。

 

「真咲ちゃん、忘れとるやろ」

 

「……あーいやいや茜さん、ちょっと待って、名前出てこないだけだから」

 

「俺源さんに名乗りましたっけ?」

 

「……」

 

 会話はしたけどあんたに名乗ってねーぞ俺。

 役職は名乗ったが。

 

 源さんは映画やドラマの出演経験もある、俺の一つ年下の俳優だ。

 確か女性からの人気はそこそこあるみたいな話も聞いたぞ。

 高い身長しやがってくたばれ。

 前に映画で源さんが出演した時、俺は遅れ気味のスケジュールを取り戻すための臨時追加撮影B班として途中参戦していた。

 その時にちょっとは話したんだが、覚えてねえか。

 

「こう、シュババババッって仕事してる人撮影場所で見た覚えないんか?」

 

「……あ、あー、あの手の動きが気持ち悪いくらい速かった人か。お久しぶり」

 

「いえ、下働きでしたから。覚えてないのも当然ですよ。朝風英二と申します」

 

 源さんの言葉のニュアンスが『ゴキブリの足の動きは速くて気持ち悪い』的なニュアンスなんだがどういうことなんだおいコラ。

 

「……茜さん、俺ちょっと先事務所行ってるわ」

 

「あ、ちょっと」

 

 おい、一瞬嫌な表情浮かべて去って行くな。

 ゴキブリ連想したなテメー。

 本物のゴキブリと見比べても、1マイクロレベルでの誤差を見つけられないと偽物と分からねえような偽物作ってきて俺の腕を見せつけてやろうか。

 ……もっとゴキブリ扱いされそうだな。

 

 一瞬、脳裏に虫の話をしてる時の百城さんの笑顔が浮かんだ。

 もしあの人がゴキブリの話でもイケる人だったらどうしよう。どうすりゃいいんだコラ。

 ちょっとイケそうな気配あんのがこえーぞ。

 

「英ちゃんも仕事なん?」

 

「はい。演劇の巌さんから仕事の依頼が来まして」

 

「演劇の巌……巌裕次郎さんやっけ。どっかで名前聞いたなあ」

 

「ですね、その人です」

 

 反応うっすぃー。

 

 巌爺ちゃんのことを知らない一般層の人は多い。

 芸能界の新人にも知らない人は割といる。

 が、芸能界で巌さんの話を振られて、知らないと言ったらそいつは絶対的に無知のレッテルを貼られちまうだろう。

 俺でも心中でその人の評価は下げちまうだろうな。

 

 画期的な演出、幅広い芸風、人並み外れた選人眼に、人材育成能力。

 黒さんが外国のすげえ賞をいくつも取った人なら、巌爺ちゃんは気ままにやりたいように演劇をやった結果、世界中から尊敬を集めるようになった化物だ。

 

 ロミオとジュリエットみたいなシェイクスピアをやったと思えば、オペラや歌舞伎もやって、ガラスの仮面とかの漫画原作までやり、当然のようにオリジナルもやる。

 そして大抵大成功だ。

 やべーよ巌爺ちゃん。

 各新聞が賞を贈って、県は県民栄誉賞を、市は市民栄誉賞出して、文化庁の芸術祭では余裕の大賞、文部大臣賞や文化功労者賞に文化勲章とやべーののオンパレードだぞオイ。

 国際的な賞も貰ったと思えば、外国から名誉博士号まで贈られる始末。

 

 巌爺ちゃんは売名に必死だったからこういう風に評価されたのか、っていうとそうでもねえ。

 あの人は演劇が好きだった。

 俺が生まれる前には離れてたらしいが、西映や西宝ではゴリゴリの映画も撮ってた。

 演劇を愛した男が、『素晴らしくて面白い』演劇を作り続けた結果、ただそれだけの行動で世界中から認められた。

 

 巌爺ちゃんは凄えんだ。創る演劇全てが凄えんだ。そしてスパルタで凄く怖い。

 

「湯島さんは最近どうですか?」

 

「今オーディションの二次審査中やね。

 宇多田ヒカラナイさんと浜崎あゆまないさんがテーマ曲歌うって噂でなー」

 

「おお、それはかなりいい感じの仕事なんじゃないですか?」

 

「おかげでプレッシャー大きいのなんの、事務所のレッスンの厳しさも倍や」

 

 オーディションに対する不安と、もしかしたらという期待が混ぜこぜになった表情。

 積み重ねてきた努力が生む自信と、子役時代から大成してない現実が生む不安が均等に混ざった雰囲気。

 頑張ったからどうにかなるはずという希望に、頑張ってもどうにもならなかった過去の悲嘆が染み込んだ声色。

 

 ……彼女の成功を祈るくらいは、神様にも許してほしい。

 俺が応援してもしなくても、彼女のオーディション結果は変わらねえ。

 そいつに、無力感を覚えるのは悪いことか?

 

「では今日もオーディションですか?」

 

「せやね。栃木の採石場で屋外オーディションや」

 

「採石場ですか……」

 

 時代劇とかだろうか。

 採石場は特撮番組だけが使ってる場所じゃねえ。

 時代劇とかでも結構使われる、汎用性の高い撮影場所なんだ。

 

「なんでああいう採石場で撮影するんやろ?」

 

「あそこには"時代が無い"からですよ」

 

「時代が無い?」

 

「どうしても、俺達は人間である以上時代からは逃げられません。

 スタジオや採石場みたいな場所でもない限り、撮影には街並みが映ります。

 そうなると、もうその撮影を江戸時代だとか大正時代だとか言い張れないんですよ」

 

 鉄塔が映ればアウト。

 ビルが映ればアウト。

 海で近代的な港が見えたらアウトで、車が走る道路が映るのもアウトだ。

 となると、そういうのが一切映らない屋外ってのは限られる。

 

 時代劇で使うとなりゃ、東映太秦映画村か、日光江戸村か、ワープステーション江戸か、庄内オープンセット。後は伊勢安土桃山城下街とかも使えるか。

 俺は『JIN-仁-』が結構好きだったから、あれの撮影に使ったワープステーション江戸が個人的に一番好きだけどな!

 こういうのに、採石場での合戦シーンなんかを挟むわけだ。

 他にもセットあれこれ使って、そうやって時代劇は完成する。

 

 栃木の採石場は良い。

 何せいくら爆発させようが、いくら合戦の雄叫びを上げようが、近所から苦情はこねえ。

 カメラを360度回しても鉄塔やら電柱やら余計なもんは映らねえ。

 あそこには文明が無い。

 だが崖もある、広場もある、坂道もある、池もある、草むらもある。

 採石場は、戦国時代とも江戸時代とも言い張れる最高のステージだ!

 

 ああいう場所があるとありがてえんだよ湯島さん。

 採石場ってのは、探してもそうそうない『時間が止まった土地』ってわけだ。

 そりゃ時代劇の撮影にも使うわな。

 

 俺がかいつまんで話すと、湯島さんは納得したようだった。

 

「造形や演出の人はそういうこと考えてるんやなあ、びっくりや」

 

「余計な作業とか悩みをあなたがたから引き受けるのも、俺達の仕事ですからね」

 

 ちなみにあんたの子役時代に俺は同じ説明しようとしたぞ。

 あんたが話の途中で飽きてどっか行ったんだけどな!

 ちょっとグサッと来たぞあの時は。

 他人の話聞けるくらいには大人になってて嬉しい限りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互い頑張ろうと言い合って、別れて各々歩き始めた。

 あの人が受かるといいな、と思って、ふと"子供の頃はこんなこと考えてなかったな"と思う。

 バッカじゃねえのか俺は。

 ガキの頃と同じ思考で、関係で、いられるわけねえだろ。

 

 何も考えずに遊んでいられた頃とは違え。

 大人の言うこと聞いてりゃよかった頃はもう終わった。

 自分で仕事取っていかなきゃ、この世界には居られねえんだ、俺もあの人も。

 もし芸能の世界から親しい人が突然消えても、『仕方ない』で片付けろ。

 そんでさっさと切り替えろ。

 それ以外に、俺に何が出来る?

 

「おはようございます!」

 

 少しモヤっとした心を切り替え、劇団天球との待ち合わせステージに足を踏み入れ、大きく声を張り上げる。

 近くに居た、パイプ椅子に座って台本を読んでいた女性が顔を上げる。

 どうやら、入口近くで俺を待っててくれたらしい。

 

「あら、久しぶり」

 

「七生さん。二ヶ月ぶりですね」

 

「巌さんから話は聞いてるよ。ついてきて」

 

 三坂(さんざか)七生(ななお)さんだ。

 劇団天球所属の女優で、普段は陰気で眼鏡とそばかすが目立つ女性だが、舞台の上ではコンタクトレンズと化粧で、誰よりも美しい舞台の花に変わる。

 俺が「変身ヒーローの変身みたいですね」と、15歳の時に言った。

 七生さんは「女が化粧と演技で変身ヒーロー以上に変われることを知らないなら、あんた女で苦労するよ」と、20歳になったばかりのくせして、分かった風なことを言っていた。

 

 この人はいつも、出来の悪い弟を見るように俺を見る。

 

「七生さん、良いコンタクトレンズに変えたんですね」

 

「ねえ前から思ってるんだけどなんで私のコンタクトレンズ批評するの?」

 

 見りゃ分かる。

 

 七生さんは今眼鏡じゃなく、コンタクトレンズだ。

 この界隈に漬かってれば、コンタクトレンズを見ただけで察せることもある。

 コンタクトレンズは目を覆い守る鎧だからだ。

 

 眼鏡と違い、コンタクトレンズはある程度眼球の潤いをコントロールすることもできる。

 正しい知識があれば、コンタクトレンズのせいでまばたきの回数が増えていることも自覚できるし、コンタクトレンズを使いこなしてまばたきの回数を減らすこともできるんだ。

 こいつが、舞台や撮影においては極めて強え。

 

 例えばスーパー戦隊シリーズでは伝統的に、"まばたきをしない技量"が求められる。

 撮影では煙が出て、火花が散る。

 人間の目はこういう状況で反射的にまばたきをしちまう。

 だが、それは子供の目にどう映る?

 煙や火花の中でまばたきパチパチしてるヒーローは、クッソ情けなく見えるんだ。

 逆に煙や火花の中でまばたき一つせず、火花や煙を物ともせず目を見開いて前に進むヒーローってのは、最高にかっこよく見えるんだぜ。

 

 宇宙戦隊キュウレンジャー(2017)の主人公・シシレッドを演じた岐州匠さんも、海岸での撮影で塩水しぶきや砂が目に入る中、特撮で目に火花や煙が入る中、「まばたきが多い!」とめっちゃ言われたそうだ。

 だが、コンタクトレンズを高いのに変えて乗り切った。

 目の鎧(コンタクト)を一新することで、まばたきの回数を制御してみせたんだ。

 

 まばたきを完全にコントロールできりゃ、まばたきをしないロボだって演じられる。

 演技の幅は確実に広がる。

 表現の自由度は確実に上がるんだ。

 まばたきがコントロールできるっていう長所が付与されたその瞬間から、目が悪い俳優は目が良い俳優よりも優れた俳優になると言っていいだろうぜ。

 

 流石は七生さんだ。

 良いコンタクトレンズに変えていくそのプロ根性、見習わざるを得ねえ。

 

「ねえ英二」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「そういう目で私見るのやめて。多分なんかどこかで間違ってるわよあんた」

 

 そういう目ってどういう目だよ。

 

 俺が何か言おうとしたその瞬間、ステージにいた他の人が俺の頭を掴んで抱えた。

 む。この男は。

 

「おー英二! よく来たな! 今度は何だ、何を作りに来たんだ?」

 

「亀さん、おはようございます」

 

「おう、おはよう。お前相変わらず背伸びてねえな」

 

 うるせえ。

 

 青田(あおた)亀太郎(かめたろう)さんの登場だ。

 俺の頭を抱えた亀さんの顔を見て、七生さんがうんざりした顔をしている。

 

 一見若さゆえのお調子者にも見えるが、ガッチリした下地の上に演技を重ねる、俺も尊敬する実力派名助演の男だ。

 劇団天球の特徴の一つに、名主演も名助演も等しく輝いてるってのがある。

 この人はまさにそれ、名主演に匹敵する力量の名助演だ。

 

 そも、主演が助演より上、って概念は一般的ではあっても絶対的じゃねえ。

 監督が助監督より上、って概念もな。

 ハリウッドじゃ主演よりギャラ貰ってる助演、監督よりギャラ貰ってる助監督なんかもいたりする。『助』は『主より劣る』って意味じゃねえんだ。

 主演タイプよりも、この人みたいな助演タイプの方が、俺を効果的に使うことが多い。

 

 この人はいつも、出来の良い弟を見るように俺を見る。

 

「アラヤさんはいらっしゃらないんですか?」

 

「んー、あいつはちょっと出てるな。なんだ俺だけじゃ不満か?」

 

「いえ、しばらくぶりに会えて嬉しいです」

 

「おいおい、世辞が上手くなったんじゃねーの?

 純粋さが失われてんじゃないのか、俺は悲しいぞ」

 

「いや、俺は昔から別に純粋だったわけでは……」

 

 アラヤさん……明神(みょうじん)阿良也(あらや)さんは留守か。

 

 三坂七生。青田亀太郎。明神阿良也。

 この三人は、粒揃いの劇団天球の中でも特に目立ちやがる。

 俺も、演劇の中で何度彼らに見惚れたことか。

 

 監督でもない俺の私見でしかないが。

 例えば主演アラヤさん、助演亀さん、ヒロイン七生さんでドラマを撮れば。

 例えば主人公アラヤさん、二号ライダー亀さん、主人公とくっつかないヒロイン七生さんで仮面ライダーを一シリーズ分撮れば。

 多分、それだけで十年二十年は語られ続ける作品ができる。

 巌爺ちゃんが仕込んだ人達には、そんだけの地力と実力が備わってんだ。

 

 それだけの力を仕込めるだけのパワーが、巌爺ちゃんにはある。

 

「来たか」

 

「巌先生、お久しぶりです」

 

「くくっ、巌先生か。テメェがそう言うのは慣れねえな、英坊」

 

 それは、俺が中途半端な仕事をすれば、その瞬間に粉砕されかねないほどのパワーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の仕事は、この人達の野外公演を成功させること。

 そのために、巌爺ちゃんの望む仕事をこなすことだ。

 

「舞台背景のセットの背景を描いてみろ。

 題材は空。台本は亀に見せてもらえ。演劇に沿った空を仕上げりゃそれでいい」

 

「はい」

 

 野外ステージの背景画か。

 歌舞伎で言う道具幕だが、野外となるとちと難しい。

 海外なら例があるが、日本だと類似の例が多くねえな。皆無でもねえけど。

 いっそ、背後に巨大モニターがあるライブステージを参考にした方がいいかもしれん。

 

 野外でセットと背景に凝るってことは、そこを『異界』にするってことだ。

 野外公演を観に来た人が「あそこはピーターパンのいる不思議の国なんだ」と思ってくれるようじゃなきゃ、「あそこはカリブの海なんだ」と思ってくれるようじゃなきゃ、アウト。

 自然に、リアルに、かつ観客に世界観を伝えるような絵作りが要る。

 

 そいつはつまり、特撮のミニチュアセットの背景の空を描く技術を、演劇に沿ったフォーマットにカスタマイズしねえと駄目だってことだ。

 

「英坊。俺がお前に要求するものはただ一つ。お前の成長を見せてみろ」

 

「分かりました。少し時間をいただきます」

 

 まずは深呼吸。

 考えて、考える。

 

 俺が描く背景は大前提として、劇団天球の舞台俳優の後ろに広げられる。

 持ち運びしやすいように、薄い折りたたみ式の木製大型ボードを組んで、その上に背景画を貼り付けたり外せたりするようにしておこう。

 その上で、デザインを考える。

 

 脚本を見たが、この演劇なら描く空は青空でいいだろう。

 目立つ要素は要らん。

 背景は所詮背景だ。

 俳優を引き立たせる引き立て役にするのが、おそらく最も的確で良い。

 劇団天球の俳優の良さを僅かにでも殺せば、その瞬間に背景は無価値に成り下がる。

 

「よし」

 

 方向性は決まった。

 

 まず専用の青シートを広げ、青色の具合を確認する。

 リアルな空の青っぽく見えなかったら、後で青色を調整しよう。

 青空を表現するため、青空を際立たせる白い雲を描いていく。

 現実の空における白い雲はただそこにふわっふわ浮かんでるだけのもんだが、撮影背景における白い雲は、青空の青を引き立てる名助演の役割を果たすもんだ。

 

 雲を描く白の絵の具はアクリル系。

 絵の具は変えず、吹き付けるスプレー、ペンキを塗るものと同じ刷毛(はけ)、塗装用スポンジを上手く使い分けて青シートに雲を描いていく。

 続いて少し灰色を混ぜたアクリル塗料で、また雲を描いていく。

 

 雲は光を遮るもんだ。

 だから雲の影が他の雲に落ちてると、背景画のリアルさがぐっと増す。

 雲をリアルに見せるコツは、白だけで雲を描かないことだと、俺は先人に教わってきた。

 

 そう描いていけば、『雲の遠近感』も出て来る。

 信じられねえくらいセットに凝る特撮監督は、「この雲は近い」「この雲は遠い」と雲の遠近感ってもんを考えて、それを表現する技術を研鑽してきた。

 俺もこの背景に、その技術を転用してる。

 その技術は、雲の陰影を付けることで、どの雲が上でどの雲が下、どの雲が遠くてどの雲が近いかを表現するかの技術の先にある。

 

 よし、ここで太陽を描く。

 

 背景に描く太陽は、光ってねえ。所詮絵の具だ。

 光ってねえ太陽を光ってるように見せかけるには、特撮に使う蛍光塗料をベースに、悪目立ちしない程度に他の塗料を混ぜたものを塗る必要がある。

 あと、あれだ。

 野外ステージだから、太陽の位置を計算に入れて描かないとな。

 

 野外の舞台は、基本的に全て南向きだ。

 役者の正面に光が当たり、客は逆光を見ずに済む。

 客から見て左側を西、右側を東って言うのは、こいつが起源だって話だ。

 まあこの基本が出来る前の舞台は当然南向きだけじゃねえし、この基本を知らねえで南向き以外の野外舞台を作ってる人も結構多いんだけどな!

 

 つまりこの背景画は、屋外公演中は南向きに広げられることになる。

 

 背景画の左半分を午前中の太陽を受けるための部分、右半分を午後の太陽を受けるための部分と仮定して、雲の形、雲の配置、塗料の配分量を微調整していく。

 

「英二、ぶっ続けで作業しすぎじゃねえか? ほら、お茶やるぞ」

 

「ありがとうございます亀さん。もう折り返しは過ぎたので、もう少し頑張りますね」

 

 サンキュー亀兄貴。

 

 さて。

 雲の形のイメージは、春は綿、夏は岩、秋は砂、冬は泥だ。

 ふわふわしてる雲、硬そうな雲、さらさらした雲、ドロっとした雲と言い換えてもいい。

 

 例えば特撮作品・電光超人グリッドマン(1993)をリメイクしたアニメ、SSSS.GRIDMANのイメージデザインは、でっかい雲の間で腕を突き上げるグリッドマンだった。

 この背景の雲がいい仕事をしてやがる。

 ふわふわもさらさらもしてない、ドロっとしてるわけでもない、岩のように積み上がった重さすら感じる入道雲は、まさしく『夏』だ。

 雲を見るだけで『夏』だって分かる匠の技。

 巨人に巨大な雲を合わせつつ季節感を叩きつけてくるこの構図は、とんでもねえプロが仕上げたもんだとひと目で分かる。

 

 俺は今回、青空に散らす雲を春の雲と秋の雲の混合にした。

 単独の季節感を出さないようにして、癒やしの印象が強い春の雲と、寂しさを表現できる秋の雲を混ぜ込んで、バランスを取っていく。

 が。

 あくまで目立たない背景にするため、雲が主張しないように意識して描いていく。

 

 雲には表情があるらしいが、俺にはよく分からん。

 夏の雲は熱意や青春を感じさせる、秋の雲は物悲しさや寂しさを表現する、って技術的に理解してるくらいだ。

 今にも雨が降りそうな空は『泣きそうな空』、雷が鳴り響く真っ黒な曇り空は『怒りの空』、そういう風に技術的に理解できてるが……俺は、そこ止まりなんだよなあ。

 巌爺ちゃんがそこを技術不足と見てきたら、どうすっかな。

 不安になってきた。

 

「……」

 

 巌爺ちゃんはずっと俺の仕事を見てる。

 採点の瞬間まで、何を考えてるかは分からねえ。

 

 落ち着け。

 しっかりと、俺のやり方でやれ。それ以外に道はねえ。

 

 本物の空を見たいなら写真でいい。

 だが、写真を舞台の奥に貼っても、所詮は『奥に写真を貼っただけの舞台』だ。

 舞台の上を、一つの独立した世界にする。

 本物の空以上に俳優達を引き立てる、作り物だと分かるのに違和感の無い背景を描く。

 ()()()()()()()()()というところを、長所に変えてやらねえとな。

 

 ……よし。

 いい感じに完成形が見えてきた。

 身長の想定と調整もバッチリだ。

 

 背景は、俳優と重なった部分は見えない。

 よって、2mより上の背景は前提として全ての部分が見える。

 俳優の顔あたりの高さは、観客が俳優の顔を見るため、一番"チラリと見える"部分。

 逆に俳優の足元や胴体と重なる高さの雲は、あんま観客の目には見えねえ。

 見える雲、見えない雲、ちらりと見える雲。

 俳優を引き立てるための雲の構図を、ここまでずっと計算して描いてきた。

 

 あとは微調整、微調整。

 

 雲に『漏れる雲』を書き足す。

 綺麗な構図の雲に『乱れた雲』を書き足す。

 雲は自然界に存在するもんであって、人間の人工物じゃねえ。

 多少不揃いな方が雲はグッとリアルに見える。

 

 こういう"リアルな不揃いの雲"を描く技術は、四池監督……四池崇史さんの雲をリアルに見せる技術から拝借した。

 スプレー、刷毛、塗装用スポンジで更に微調整を加えていく。

 

「おい七生、見てみろよ」

 

「なによ亀……あら、また腕上げたんじゃないのあの子。仕事だけは一人前ね」

 

「見ろよ、シートの中で雲が風に流れてるみたいな青空だぜ」

 

「ねえもしかして、あれ太陽の絵の下に人が立つと、雲が最高の形の背景になる形式かしら」

 

 周りの人の声が聞こえてきたのは、俺の心の状態が一段落したからか。

 

 よっしゃ、終わり。これで完成。

 

 今の俺の中にある積み上げた技術、それを全部ぶっこんだ青空の絵が完成した。

 

 

 

 

 

 俺はまだ、思い上がっていたのかもしれない。

 巌爺ちゃんの表情を見て、そう思った。

 

「……はぁ」

 

 青空の色を調整し、雲と太陽を描き、巌爺ちゃんの演劇の演目に相応しい舞台を作った。

 描いた雲の出来も、レイアウトも、その時の俺は自信を持ってて、褒められると信じて疑ってなかった。

 

「俺が言ったことを何も分かってねえのか、この馬鹿野郎」

 

「え」

 

 プロとして見られたい俺の頭に、巌爺ちゃんは叱るようにゲンコツを落とす。

 

「い゛っ!」

 

 クソ痛い!

 

「誰が綺麗な仕事をしろと言った?

 綺麗な仕事はあっちの業界のノータリンに受けたのか?」

 

「あいだだだだ……!」

 

「お前は何も分かっちゃいねえ。お前は今、親父を一生超えられない道を進みかけてるぞ」

 

「―――」

 

 なんだって?

 

「全部やり直せ。お前が今周りに魅せるべきは『これ』じゃねえんだよ」

 

 ああ、面倒臭い。

 はっきり言ってくれよ。

 自分で見つけねえと意味のない答えがあるってのは知ってる。

 でも、そう言われても何も分かんねえんだよ。

 

「自分以外の美しさを知るからこそ、極められるものを物作りと言う。

 だからお前はその仕事に向いてるんだ。

 この仕事に新しい積み重ねは必要ない。お前は後は、気付くだけでいい」

 

 何をだよ。

 

 気付けってなんだよ。

 

 ……分かんねえよ。

 

 

 




 自分以外の者の美しさ、物の美しさ、それを知っていて初めてできること

 ちなみに推測でしたが、原作序盤で夜凪ちゃんがライダーキックした撮影で使ってたりするのは庄内オープンセットとかですね
 スタジオ大黒天の公式サイトが出来て「大遅延!参勤交代」の名前が出たので多分庄内オープンセットということで間違いないと思います





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