破軍の動かない大図書館   作:無休

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第2話

 私が破軍に入って二年目を迎えた。私の今の歳は十五。もう身体は成長し、ほぼ完全にパチュリーの見た目になっている。

 

 

 これまでの人生、私はパチュリー(わたし)になる為に時間と努力を費やしてきた。しかし、かの偉大な魔法使いへと至る道は遠い。まだ人間の私はスタートラインにすら立てていない。

 

 早く彼女のようになりたい。いや、ならなくては。私は魔法の研究を重ねるにつれ、焦るようになってきた。それほど魔導とは奥が深く、終わりが見えない。その研鑽に人のたかだか数十年の寿命は短すぎる。

 

 

 だがしかし、人の身を捨てる糸口はまだ見えない。何か無いだろうか。少しでも何か手がかりが欲しいと、こうして日夜様々な伐刀者(ブレイザー)サンプルを観察している。

 

 

 身近なのはこの学園の新しい理事長の新宮寺黒乃。《世界時計(ワールドクロック)》と呼ばれる伐刀者(ブレイザー)で時間の因果干渉系能力者。彼女がこの学園に来たと分かった時、私の心は踊ったものだ。

 

 この能力を理解し再現、そして応用できれば、老いや成長を止めることができるのではとも考えた。しかし、すぐさま理想は壊れ、現実的では無いという結論に至る。

 

 

 まず私の伐刀絶技(ノウブルアーツ)《魔導の理》には、相手の能力を理解することが必要だ。

 

 その能力故か、私には特殊な眼がある。魔力を色や質感で見分けることができるのだ。その眼をもって魔力の変動や作用を見極める事ができる。それを計測し分析して、自身の魔力で再現したり、再現したもの同士を掛け合わせたりしている。

 

 

 最近私の所に来た皇女を例に挙げよう。魔力を変換する事で炎。簡単に言葉にするならこうなる。皇女は出力に気になる点があるが、能力的には非常に単純だ。単純だからこそ強力、これが自然干渉系。それらは理解しやすい。

 

 

 次に概念干渉系。自然干渉系とは異なり、自然現象とは結びつかないような現象が起こる。その為、理解の難易度は自然干渉系から跳ね上がる。だからといって理解できないというわけではない。魔力を使った結果何かが起こる。この事には変わりない。

 

 

 最後に因果干渉系。極めて希少であり、強力であると言われる能力。私の能力的に再現は可能だと考えられる。しかし、私の理解が追いつかないのだ。魔力をどう作用させたら因果や時間を操れるのか。そもそも魔力がどう作用しているのかも不明。観測すらできないというのが現状なのだ。

 

 破軍の生徒会副会長の御禊泡沫も因果干渉系の能力者だ。能力は確率操作による因果の改竄。1%でも可能なら100%で成功するという能力。本人は試合をしないため、よく観察できていないのだが、一度だけその能力を見たことがある。

 

 その際、彼は大怪我を負ってしまっていたのだが、次の瞬間には何事も無かったように身体が元通りになっていた。あれは超回復や時間の巻き戻しには見えず、別世界線の彼を選択したということだろう。はたしてそこにある魔力的理論とは。全くもって謎は深まるばかりだ。

 

 

 

 このように私はパチュリー・ノーレッジを真似るように研鑽に没頭している。だがこれはただ真似ているというだけではない。私の中で知識欲がとめどなく溢れてくるのだ。この身体のせいか、能力による影響なのか、それとも元からこの魂はこうだったのか。いくら考えても答えが出ないが、この好奇心だけは本物だ。

 

 没頭しているからこそ、余計にこの人間の肉体が邪魔なのである。魔女の身体ではないため、生理現象が発生するのだ。食事も排泄も睡眠も、これらの時間がもったいない。お風呂はしょうがない。だって好きだもの。

 

 

 私がはたから見て動いているのは《分身(アバター)》を動かしているときだろう。今現在もそれと視野を共有しながら、本体の方はその情報を元に資料を精査したり付け加える。それは主に実験の時に多い。

 

 

 

 今回の実験は相手の能力の観察と、自分の再現スペルの効果の計測及び改良点を探すこと。その為に破軍学園の訓練場に《分身》を行かせた。実験はできる限り安全な環境で行うに限る。

 

 観察対象は一年生の炎使いの男子生徒。正直、皇女様とは比べ物にならないが、タイミングとしては良いだろう。皇女様の能力の疑問点を明確にするには対象がいる。そのデータは多ければ多いほどありがたい。

 

 

 なにせ同じ炎使いでも個人個人で特徴が違うのだ。そこに基準等は無い。しかし比較するには何かしらの基準が必要になってくる。それが今までに集めてきたデータだ。

 

 似通った属性、性質を持つ能力で纏め、平均をとるなり、グループ別に分けるなりして基準を作成していく。その為に多くの伐刀者が集まる魔導騎士養成学校は都合の良い場所だ。毎年、新しい観察サンプルが勝手に入ってくるのだから。

 

 

 今回は七星剣武祭の予選試合を実験に使わせて貰う。勝ち負けはどうでもいい。データが取れれば私の用事は終わりだ。その時に相手が無事か無事じゃないかの違いでしかない。

 

 昨年の七星剣武祭には能力値判定で出ることになった。結果は一回戦敗退。まぁ私の用事が終わり、勝てそうにも無いので試合途中でリタイアした。そいつはそのまま七星剣王になった。魔法戦しか出来ない私の相手が、魔力を打ち消す能力者だ。

 

 

 大変に興味が湧いた。様々な魔法を試したが全て打ち消された。そのまま相手にいろいろ質問などをして満足。そのままリング上から降りた。これが去年の話だ。いろいろ言われたが私には関係の無いことだ。

 

 

 一応去年の代表選手だったからか、今回の試合を見に来る者が多い。その中に皇女様と黒鉄もいた。ちなみに彼らの代表戦の初戦は《分身》を通して見ていたが、皇女様の方は相手が恐れ降参。

 

 

 黒鉄の方の相手は、昨年私と同じく一年で破軍の代表になった桐原静矢。《狩人の森(エリアインビジブル)》と呼ばれる完全ステレスの伐刀絶技を持つ生徒。大変興味深いのだが、私の魔力を判別する眼でも彼を捉えることはできない。その為今は解析不能。

 

 

 黒鉄はそんな能力に対して、桐原静矢本人の絶対価値観(アイデンティティ)を暴く事で本人の動きを読み取り、見えない能力を打ち破った。.......やはり脳内筋肉のバトルジャンキーの考えはよくわからない。

 

 

 

『LET'S GO AHEAD!』

 

 

 

 あら、別の事を考えていたら、いつの間にか始まってしまった。そろそろ目の前の事に集中しましょうか。相手も日本刀に炎を纏わせてこっちに向かって走ってきているし。

 

 

 私は軽く手を上げ魔力防壁を張る。半透明の魔力の壁が私と相手を分かつように生成された。いつも私が実験の最初にやることだ。

 

 今の私(分身)霊装(デバイス)を顕現させる必要は無い。本体の元で発動させて、この身体を通して使っている。霊装とこの《分身》は魔力で繋がっている。その為、若干のタイムラグはあるものの、本体で発動させた魔法を《分身》を通して使うことができるのだ。霊装を親機とすると、《分身》は子機のようなものだ。電波(魔力)が通るところなら使うことができる。離れれば離れるほど繋がりにくくなる。そんな感じだ。

 

 

 さて、じっくりと観察させてもらいましょうか。私の意識を二分割する。《分身》の視界で見たものを、本体の方で記録していく。

 

 その間にも相手は壁を壊そうとしてくるが火力不足。この分だとまだまだ防壁は持つ。この光景をはたから見てた人にまるでガラス越しに実験動物を見ている科学者のようだと言われたことがあるが、言い得て妙である。研究や観察とは安全に行われなければならない。

 

 

 

 ふむ.......観測したところ、これといって特徴の無い炎の自然干渉系能力。魔力の出力と性質を、他の炎使いから集めたデータと照らし合わせても誤差の範囲で収まるだろう。

 

 やはり皇女様の出力がおかしいのだろうか。皇女様とこの相手を今ここで照らし合わせることができれば、差が見つけやすそうだけど.......やってみましょうか。

 

 ちょうど魔力防壁もあと数発で綻びが出そうだし。次に観客席の皇女様とこの相手が一列に並んだ時に、範囲攻撃で皇女様に誤射しましょう。その流れ弾を防ぐ際に発する魔力反応を観測すればこの場で比較ができる。なに、一発なら誤射。不幸な偶然よ.......今ね。

 

 

「スペル────水符『プリンセスウンディネ』」

 

 

 《分身》を通してスペルを発動する。私が持っている伐刀絶技(ノウブルアーツ)は《魔導の理》のみ。それで解析し自分のものにした能力を再現する事を、私はスペルと呼んでいる。

 

 

 私の魔力は色で例えるならば無色だ。つまり特徴がない。だからこそ様々な能力を使用することができるのだろうと考えている。今回の場合、無色の魔力を私の霊装(デバイス)を通して水使いの色に変換させるといった感じだ。

 

 

 本体の元で変換させた魔力を《分身》へ。そのまま魔力体を通して発動させる。水使いの性質を持つ魔力は宙に浮かび、人の頭サイズの幾多の水塊へと変化する。

 

 

「魔力変換.......正常。質、量共に誤差無し」

 

 

 周囲に漂う水塊を弾幕の要領で相手に向けて掃射する。その背後の観客席も巻き込むように。ただの水の塊といえども勢いが乗れば立派な凶器だ。

 

 

 不運にも、意図的に狙った流れ弾が皇女様に飛んでいく。彼らの周囲にいる生徒は我先にと逃げ出したが、彼女だけは私の予想通り炎の魔力でガードする。その際の魔力反応を私は注意深く観測する。

 

 

「魔力の色は同じ……燐光、燃え方にも特色は見られない。.......でも、比較すると少し感じる。この僅かな違和感はいったい?」

 

 

 やはり少し違うようにも見える。色は炎使いなのだが、性質がそこらの炎使いよりも力強く感じる。生命力に溢れているというのだろうか。だが見ただけなので、こんな所見しか出てこない。いつもの事だ。もっとデータや違う視点からの情報の精査が必要ね。

 

 

「やはり保有する魔力量によって性質が変わるのかしら.......他の能力系統でも要検証ね」

 

 

 視界をリング上に戻すと相手は既に被弾して伸びており、私の勝利ということになっていた。まだ調べる事はあったのだが、こうなっては仕方がない。

 

 

「検証続行不可能.......スペルの改良点の発見には至らず」

 

 

 ならばもう《分身》の役割はお終い。魔力体から操作と意識を手放し、魔力で構成していた身体を消滅させる。

 

 本体の私はそのまま先程の観察結果を書き記していく。偶に目を閉じ、先程の光景を脳内で再生しつつ、気になった細かな点まで丁寧に記録する。

 

 

 その作業を行って数分後、私がいる書庫の扉が開いた音がする。ここに人が来るとは珍しいと思いつつ、数日前にも尋ね人はいたかなどと考え、その思考を排除し再び記録の作業に入る。

 

 

 

 

 

「───!────!」

 

 

 

 あぁもう、うるさい。ここを何処だと思っているのだろうか。記録作業から意識を騒音へと移す。聞こえてきたのはこの前もここに来たステラ・ヴァーミリオンの喧しい声だった。

 

 

「........何かしら?今は忙しいのだけれど」

 

「だからといって無視することは無いじゃない」

 

「貴女の声は私の作業に不要。むしろ邪魔だから意図的に意識の外へやっていたのよ」

 

「ほんっとにいい性格してるわね。自分から喧嘩売っておいて」

 

 

 私は喧嘩を売った覚えはこれっぽっちも無い。何を勘違いしているのか。

 

 

「何の事を言っているかよくわからないわ」

 

「アンタ私に意図的に攻撃したじゃない!」

 

「攻撃.......?流れ弾の間違いじゃないかしら。私の対戦相手は貴女じゃなかったもの」

 

「明らかに私に向かって飛んでくる方が多かったんだけど!」

 

「それは貴女の主観でしかないわ。気のせいか、もしくは不幸な事故ね」

 

 

 皇女の周囲が熱を帯びる。ここ書庫で当然の如く火気厳禁なのだけれど。本が傷むのは嫌なので、さすがにこれ以上はやめてほしい。

 

 

「.......わかったわ。意図的に狙って悪かったわね。でも必要な事。それも貴女の頼み事についてよ。協力くらいはして欲しいわね」

 

「それならそうと先に教えて欲しかったわね」

 

「貴女の出力なら容易に防ぐことが可能。それは確定的に明らかだった。ある意味では安全な検証だと言える」

 

「はぁ、何言ってもダメそうね。.......で、ここまでやってくれたんだから、何かしらわかったのかしら?」

 

「まだ何とも。検証の方向性が決まったくらいね」

 

 

 そう伝えると、わかりやすくガッカリとため息をつく。そう簡単に解明できたら苦労しないし、面白くもないだろう。これからさらに検証を重ね、精査していく必要がある。

 

 

「不確定な情報については語る気は無いわ。ある程度の確信と自信を得れたらお答えする。前にも伝えたはずよ」

 

「それっていつ頃よ」

 

「さあ、いつになるでしょうね。きっかけがあればすぐにわかるかもしれないし、永遠にわからないかもしれない」

 

 

 そう.......永遠にわからないかもしれないのだ。だからこそ私には魔女としての肉体が必要だ。不老不死でも、人間を辞めるでも構わない。ただ魔導に没頭出来る無限の時間が欲しい。


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