破軍の動かない大図書館 作:無休
七星剣武祭代表選の中盤。今回のサンプルはかなり興味深い。今年入ってきた新入生だが、学生騎士でもトップクラスの魔力制御技術を持つ生徒。名を黒鉄珠雫。あの黒鉄一輝の妹である。
私は様々な能力を扱えるとはいえ、その精度はそれぞれのプロフェッショナルには敵わない。これまでの観察から黒鉄珠雫は水のエキスパートだとわかっている。彼女の披露してくれる魔法の数々、それは私の魔導をさらに深めてくれることだろう。
私と同じ魔法制御評価A。魔力もBと非常に優れた素質を持つ
魔法の才に遺伝的関係性はあるのかしら。ふむ、興味深く面白そうなテーマね。寿命を撤廃できたなら調べてみてもいいかもしれない。その場合は人間牧場でも作った方が捗りそうね。サンプルは多ければ多いほどいい。.......管理が面倒そうだけど。
「何笑ってるんですか?」
「あら、笑ったつもりはないのだけれど」
未来の研究テーマに思いをはせていると、それが顔に出ていたようだ。目の前の小柄な少女にそれを指摘された。
私とフィールド上に向かい合うように立っている黒鉄珠雫。彼女は凄く不機嫌そうにこちらを見ている。ゴミを見るような目と言うのが正しいのか。おかしい、私の見た目はパチュリーの筈なのに。自分でいうのもあれだが人を不快にさせるような見た目ではないはずだ。
ちなみに私はいつも通り《
「それにしても不機嫌そうね。尖った心は魔力操作に影響を及ぼすわよ」
「私は心の乱れ程度で魔力操作を誤るようなことはありません。.......それよりも何でニセモノで来てるんですか?私のこと嘗めてます?」
ニセモノ?.......あぁ、《分身》の事か。自分はいつも通りなので一瞬理解が遅れてしまった。とは言え私はこれが正しいスタイルだし、何でと言われても、通常運転としか答えようがないのだけれど。
「今日は貴女の言うホンモノかもしれないわよ?」
「私の目が誤魔化せるとでも?」
確信を持った答え。私と同じように特殊な眼でも持っているのか、それとも魔力の感受性が高いのか。特殊な眼だったら研究対象ね。彼女の視界にはどんな世界が広がっているのか。違う視点というのは研究している身からすれば喉から手が出るほど欲しい。それだけで止まっている研究のいくつかが動き出すかもしれないのだ。
「どうして私がニセモノと断言出来るのかしら?」
「貴女のその体は不自然です。魔力の無駄が無さすぎる。まるで人形のようです」
「それは貴女の感性からの発言?それとも私と同じ様な眼でも持っているのかしら?」
「眼?.......何を言っているの?」
「.......そう、残念ね」
どうやら感受性が高いだけのようだ。まぁ、それでも優秀なことには変わりない。この《分身》のことを不自然と見抜くなんて。おかげで後で改良しなくてはならなくなった。魔力の感受性が高い人にも自然に見えるようにしなければならない。
「そんなことよりも早くホンモノで出てきてくださいよ」
「嫌よ。私にメリットを感じないわ。一応この事は学園側に許可をとっているし。それとも貴女も騎士道云々、正々堂々みたいな言葉を並べるのかしら?」
「いえ、私は純粋に貴女と競いたいだけ。学生騎士としてトップクラスの魔力操作技術を持つ貴女と。ただでさえほかの学生は雑魚ばかりだもの。手加減しながら戦うのも飽きてきたわ。……貴女は違うはず」
これは一応褒められたのかしら?他人の評価は気にしないから私を煽てても無駄だけど。それに、正直言って《分身》と本体にそこまでの差は無い。それに身体能力で言うなら《分身》の方が遥かに優秀だ。
「ではこうしましょう。出てこないとこの後書庫を襲撃します」
「どこぞの盗人よりタチが悪い.......はぁ、わかったわ。待ってなさい」
そんなことをされたら全力で籠城させてもらうが、それは時間も労力もかかる。.......これは本体で出た方が良さそうね。まさか私が脅迫されて動くことになるなんて。
フィールドで監督官に一言入れて、《分身》を解除する。意識を書庫の
「まさか私の足でまたリングに上がるときが来るとは.......皇女様といい、今年の一年生はどうなっているのかしら?」
この体でリング上に立ったのは七星剣武祭の時以来か。.......ていうかそれ以外上がったことがなかったわね。それにしても前例ができてしまった。私をリング上に出したいなら脅せばいい。今回は相手が興味深いサンプルだから仕方ないが、次はしっかりお断りしないと。あと書庫の防衛も必要か。
「ようやく来ましたか.......書庫からとはいえ、遅すぎません?」
「.......この身体を動かすのは苦手なのよ」
正直言って既に息が上がりそうだ。この学園は無駄に広すぎる。授業とかいらないから教室消しなさい。本の保管場所にした方が土地活用として有益だわ。
「まぁ、前向きに本体での検証実験としましょうか──────《
本型の
『LET'S GO AHEAD!』
相手の体から魔力が溢れ、地面を埋めるように拡散し始める。その直後フィールドはパキッパキッと凍り始めた。同時に私もあらかじめ用意しておいたスペルを発動させた。
「凍てつけ──────《凍土平原》」
「《飛行術式》」
私は重力と風の能力を用い、ふわりと少しだけ宙に浮く。地面から足が離れたと直後に足元が氷床へと姿を変えた。魔力からの事象への変換速度が常人よりもだいぶ早い。さすがは優等生。魔力の流れが見えなければ捕まってたわね。
「《水牢弾》」
「《魔力防壁》展開」
彼女の周囲に発生した大きな水塊。四つ展開され、それぞれが湾曲しながら迫ってくる。それに対し、その軌道上に簡単な魔力壁を発生させる。
同時に相手の様子を確認。私の魔力を視覚化出来る眼によって、彼女の魔力操作は筒抜け。彼女は魔力を隠蔽する技術、魔力迷彩にも長けているようだけれど、魔力を使っている時点で視覚化されてしまう私の眼には無意味な行為だ。
彼女が作ろうとしている新たな水塊。その作製している場所に魔力を飛ばす。私の無色の魔力を霊装でもって濁らせた魔力。それを彼女の澄んだ魔力に干渉させると、あら不思議。水は塊にならず、泡のように弾けた。
彼女は思い通りに魔力操作が出来なくなった事に驚きを浮かべている。
「───?!.......何をしたの?」
とぼけておきましょうか。何事もまず自分の頭で考える。これはとても大切なこと。
「貴女の心の乱れではないかしら?」
魔力は繊細なものだ。このように変換前に干渉してしまえば、不発や誤作動を引き起こすことが出来る。一人一人魔力の特性が違うため、少しでも弄れば途端に魔力制御はおぼつかなくなる。こんな事が出来るのは魔力を細部まで視覚化出来る私くらいだけど。
その考えの大元はとある
去年の七星剣武祭で優勝した男。私の魔力を徹底的に塗りつぶされた。イメージとしては水彩絵の具に黒ペンキをぶちまかれた様な感じ。あの時は度肝を抜かれたものだ。私の積み上げたものが呆気なく消えていくのだから。笑っちゃうほどあっさりとね。
彼のように塗り潰すには私の魔力はどうやら薄い。出来るのは魔力を濁らせるくらいなのだ。それでも効果はある。なぜなら大抵の伐刀者が扱える魔力なんて一色だけなのだから。特に繊細に魔力を扱う者ほどその濁りは強く影響を及ぼす。
今も頑張って魔力を操作しているが、もちろん邪魔させてもらおう。恐ろしい形相でこちらを睨みつける。果たして彼女は、正解にたどりつけるかしらね。
あぁ、いけない。目的から逸れていた。今回の目的はオリジナルでの検証実験と彼女の魔法の確認。操作妨害はこのくらいで良い。この先へと進もう。
私はさらに彼女の魔力への干渉を強めた。今度は妨害ではない。魔法の乗っ取りにかかる。私の能力は魔力の質をある程度自由に変化させることができる。もちろん、相手の魔力の質にも合わせることができる。人によってはできないが、この相手は違う。魔力がとても澄んでいる。七星剣王や皇女様などの独特な濃い魔力なら不可能だが、彼女の魔力は逆にカモだ。
それなら後は魔法の支配力がものをいう。もっとも彼女が操作権を奪われていることに気付けばだけれども。まぁ普通そんな事を発想する人はいない。
空中に浮かぶ私を狙うように複数の鋭い氷塊が宙に生成される。ようやく発動できた魔法に相手はほっとしているが、それはすぐに矛先を彼女に向けた。
「なっ?!」
自らが発動した魔法が反旗を翻す。まぁ、驚くなという方が無理ね。だが、目の前の彼女は不意な氷による攻撃を、大きく飛んで避けた。彼女がいたところには氷柱が生えるように突き刺さる。
その後無事だった彼女は、凄まじい怒りの形相で私を睨みつける。
「どうやったのかわからないけど、今のは貴女の仕業の筈。私は大きな隙を晒した。どうして追撃しない。.......手を抜いているの?」
「私の目的は勝つことではないわ。今も昔も私がわざわざ試合に出るのは他者の魔法を観察する事が目的。だから.......」
───とっとと次を見せなさい。
そう呟くと彼女の怒りに加え、観客席からもチラホラと熱い視線を感じる。去年の1年間で慣れた、私に向けられる感情。どうでもいいわね。
彼女は再び氷塊と水弾を作ろうとする。先程より多く。込められる魔力も増えている。だが結果は同じだ。私が同じように妨害して、その魔法は失敗に終わる。数が数なので不発にさせることは出来なかったが、その全てはコントロールを失い、弾けたり明後日の方向へ飛んだりと彼女の意志に従おうとしない。
「それは見たわ。魔力と時間の無駄よ」
それは見た、記憶もした。彼女の魔力の質も把握した。私は別の魔法を求めているのだ。まだ見ぬ発想、工夫、技術。私の真の目的に役立つ何か。
「《白夜結界》!」
地面に広がる氷床が白い霧に変化する。私の眼で見れば、この霧には彼女の魔力が微量含まれていた。つまりこの霧は彼女の一部と言っても過言ではない。お互いに視界は真っ白だが、相手にとっては私の位置は丸分かりだろう。
.......ていうか、これじゃあ彼女の魔法が見れないじゃない
相手に向けて心の中で悪態をつきながら、飛行をやめ地面に降りる。そして同時に
「魔力変換。スペル───木符『グリーンストーム』」
そのスペルはフィールドの中心に太い竜巻を作り、周囲に突風を起こした。霧は吸い込まれ徐々に薄くなっていく。この為に《飛行術式》を解いた。空中にいては私が吹き飛ばされてしまう。ストームと付くがために規模重視で作ったら共存できなくなったのだ。.......要改良ね。
見晴らしの良くなった私の視界に相手は居ない。接近されるのは嫌なので、予め手を打っておく。別のページを開き、霊装を通して私の足元にスペルを準備する。
案の定、彼女は私の背後から接近してきた。手に持つ小太刀型の霊装に、勢いある水流を纏わせている。どうやら遠距離の魔法では私を崩せないと考えたのだろう。
魔力を用いたブーストで私に肉薄する。私自身はその速さに反応できないが、その為に先ほど手を打っておいたのだ。
彼女の体がスペルの範囲内に入った時、それは自動的に発動する。地面が光り、模様を描く。そこから幾条もの光の線が天に向けて放たれた。
「スペル───月符『サイレントセレナ』
.......黒鉄珠雫、優秀なのは間違いない。でも、どこかありきたりで教科書通り。まぁ、今後に期待ね」
魔力の束に被弾していく彼女を見ながら私はそう評した。