時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
黒幕の代表格らしいチョビ髭は、俺たちの前に立った。
「腕だけでいい。私にハードスーツを転送しろ」
そのとき、俺たちは初めて気が付いた。男たちの傍らに黒い球―あの部屋とは別のものだろう―が置かれており、傍にはチョビ髭の部下らしいボウズ姿の男が控えていることに。
その男がガンツに接続されたパソコンを操作すると、チョビ髭の腕に、ごついアーム―岡の着ていたスーツと同じものだろう―が装着された。他の財閥の連中は動こうともしない。もし戦闘になってもこのチョビ髭一人で十分だと考えているのだろう。
「……まあ、そもそも君たちがどんなアクションを起こそうとも、こちらは君たちの頭の中にいつでも爆弾をしかけることができるがね」
右手に備え付けられた強力なビーム砲を向けながらそう言ったチョビ髭に計ちゃんが飛びかかろうとするので、俺は肩を掴んで引き留めた。
「計ちゃん。落ち着け。俺たちは交渉しに来たんだ」
「……でもこいつらは……人の命なんてなんとも思っちゃいないんだぞ」
「ああ。でも、戦ったって意味がない」
俺も一発くらい殴ってやりたい気持ちはあったが、我慢しなければならない。ぎり、と歯ぎしりしたそのとき、和泉が前に進み出た。
「……すみません。そこの馬鹿は頭に血が上りやすいので、大目に見てやってください。今日はお聞きしたいことがあって、やってきた次第です」
「武器を持ってか?」
「こちらとしては、一体どういう人間と会うことになるかが分からなかったので、やむを得ませんでした」
チョビ髭は計ちゃんをちらりと見やってから、答えた。
「……そっちよりは話せるな。全員、武装解除して武器を転送したら質問に答えてもいい」
皆の顔が、さっと強張った。しかし和泉は頷くと、「ガンツ! 全員の武器だけ転送しろ!」と叫んだ。俺のガンホルダーに納められていたYガンやZガン、和泉の刀、全員の武器がその通りに転送されていった。
「おい、てめえ、何勝手に……」
稲葉が続きを言おうとした瞬間、和泉が振り返り、目で坂田と桜井を示した。
「……わかった」
稲葉も和泉の意図を察したらしい。つまり、武装解除されても、坂田と桜井のPKがあれば戦えるということである。チョビ髭はこちらが従順に条件をのんでいると勘違いしたらしく、満足そうにうなずき、俺たちに向けていた右手を下ろした。
「なかなか物分かりがいいな」
その時、チョビ髭の後ろでことの成り行きを見守っていた男のうち、初老の男が、「ああ、思い出した」と呟いた。
「君たちは、あのイタリアの戦いで活躍していた……東京チームだね。そうだろう?」
「どうしてそれを?」
俺が訊くと、その男は笑いながら答えた。
「君たちの戦いは様々な賭けの対象になっているし、我々のようにごくわずかではあるが、モニターしている人間もいるからさ。この前のイタリアの戦いは、思った以上に戦力を消耗しそうだから中断されたが、君たちの強さは世界にも知れ渡っているよ」
「……それは、光栄ですね」
俺は拳を握りしめながら、なんとか答えた。やはり財閥の連中は皆、俺たちを対等の人間として見做していない。俺たちは「賭けの対象」であり、「戦力」でしかないのだ。
チョビ髭はそれを聞いて、何やら考えているようだった。
「ほう、君たちが、
俺がそろりと手を上げると、チョビ髭は俺をじっと見た。人間を見る目ではない。持っているハサミが使えるかどうかを判断しようとでもいうような、そんな視線だった。
「……なるほど。そういえば君だったな。指示を出していたのは」
その後のチョビ髭の行動は、俺の予想を大きく裏切るものだった。
「どうだ。我々に雇われてみないか。君たちが交渉で得たいと思ったものも、我々に可能ならば与えられるが」
「……つまり、俺たちを……傭兵にするッて……ことっすか?」
桜井のつぶやきに、チョビ髭は片眉を上げた。
「いい例えだ。私たちの傘下に入れば情報を隠すこともないし、戦いの後、働きに見合った報酬や地位を与えよう」
仲間になれ、ということか。確かにイタリアでの戦いでは活躍していたかもしれない。しかし、引っかかることが一つあった。
「なんで、俺たちなんだ? 他のチームにも強いメンバーはいるはずだ。……例えば、大阪とか」
俺は岡を思い出した。ぬらりひょんとタイマンを張っていたあの実力は世界でも通じるはずである。
「少し勘違いしているようだが、我々は君たちの力を必ずしも必要としているわけではない。君たちがここに来て我々の存在を知り、なおかつすぐに始末するには惜しい戦力だからだ」
ということは、この誘いに応じなければ始末する、ということだろう。もちろん坂田と桜井がいるので勝つこと自体は不可能ではない。これまで参加させられた「ゲーム」のことを考えれば、戦って俺たちがどんな目に遭っていたかを教えてやりたいとも思った
―ガンツを操っているメリットは、今使えない武器の生産機能や人間を再生する機能を聞きだせる可能性があることです。
しかしそのとき、咲夜の言っていたことを思い出した。戦いになれば、こちらにも死人がでるかもしれないし、一番の目的である情報が得にくくなるのだ。
俺は少し考えて、手を差し出した。
「分かりました。俺たち東京チームはあなた方の手足になりましょう」
「……よし。わかった。あとは技術メンバーに訊け」
俺の差し出した手を無視して背を向けると、チョビ髭は指で合図して、ガンツの傍に座っていた男を呼んだ。
計ちゃんは何か言いたそうな顔をしていたが、俺は我慢してくれと顔で示した。
(今のところは命令にしたがってやる。……だが、いつまでもとは言っていない)
ある種の決意を固めながら、俺はやってきた技術者らしき財閥チームのメンバーと握手を交わした。
硝煙の中から姿を現した氷室は、手に銃を持っていた。いつかのときに見たような拳銃ではなく、自動小銃と呼ばれるタイプ。
氷室は私の姿を認めるや、すぐさま腰だめで発砲した。
が、銃弾による攻撃を多少受けたところでスーツの耐久力には問題はない。私が構わずXガンを構えると、氷室は飛びすさる。すると一瞬遅れて氷室のいた背後にあった壁が派手な音を立てて吹き飛んだ。
「何外してんだよ」
西がのんびりと起き上がりながら訊いてくる。
「すみませんね。生憎と銃の扱いは下手でして」
「……そうか。で、この非常時に、お前は俺に丸腰でいろって言うか?」
よほど勝手に武装解除されたのが気に食わなかったらしい。じろりと睨んでくる西に、私はため息をついた。
『大丈夫よ咲夜。今はね』
「…お好きにどうぞ」
この際は仕方ない。私は西が武器を取るのを尻目に、氷室を追うべく窓に近づく。すろと窓の向こうから、何か丸いものが飛んできて、足元で2、3回はねた。
南国の果実のように見えたそれは、灰色の手榴弾だった。
「西さん、伏せてください」
閃光。凄まじい光と耳をつんざくような爆音が家中に響き渡る。不思議なことに、こういった爆発につきものの衝撃はなかった。 しかし爆発が終わっても、目の前は真っ白だった。強烈な光で視力を奪われているのだろう。
(目が……閃光弾か)
「おい、なんだ、急に見えなくなったぞ。おい! 咲夜!そこにいるんだろ、おい!」
後ろでは西が怒鳴り散らす声が聞こえてくる。どうやら彼もまともに目つぶしをくったらしい。
私は遅まきながら、ようやく氷室の狙いを理解した。確かに、私たちはスーツを着ていても暗い場所から明るい場所へ出るとまぶしく感じるし、明るい場所から暗い場所へ入ればしばらくは何も見えない。光は人並みに感じるのである。
それを利用して私たちの視覚を奪った後、攻撃をしかけてくるつもりなのだ。
「お嬢様。指示をお願いします」
私は刀を構えたまま、お嬢様に指示を仰いだ。こうなっては、お嬢様に「眼」になってもらうしかない。
『任せなさい。氷室はまだ中に入っては来ないわ。西はともかく、あなたが目つぶしを食った確証は持ててないから』
「それなら、入って来たときにお嬢様の指示で斬撃を使えば……」
『いいえ、家の奥へいったん退きなさい。十歩右にドアがあるからそこから出るといいわ』
「……なぜです?」
『一階の戦いに気を取られてて二階の様子を調べるのを怠ってたの』
部屋を出ると、煙の臭いが鼻をついた。
『敵は二階で火を放っていたわ。それだけじゃなくて煙玉(スモークグレネード)も使ってるかもしれない。氷室は煙に乗じて襲ってくるつもりよ。いくら未来の場面を予知しても、その場面が煙に包まれていたら私も指示の出しようがないから』
つまり氷室の策は、光で私の視界を奪うと同時に煙でお嬢様の視界を奪うことだったのである。そうなっては時間停止のタイミングも計ることもできないので、打つ手がない。
「…ならば外に脱出するべきではないでしょうか」
『難しいわ。出た瞬間に狙い撃ちされるから。これは不可避の未来だから、逃げるという選択肢はない。風が上の敵を片づけるのももう少し時間がかかるしね……だから一つ、私にいい考えがあるの。武器を持ち換えなさい』
煙の充満した部屋に踏み込むと、氷室はあたりを窺いながら「目的の場所」へと向かった。吸血鬼は夜目がきくものの、煙の中でも自由に動けるわけではない。それでも迷いなく進めるのは、咲夜のもつ携帯電話に発信機がつけてあるからである。
吸血鬼たちは、ガンツメンバーの攻撃に備え、居場所が分かるよう携帯に発信機能をつけている。氷室が咲夜に渡した携帯電話にも当然それがついており、煙の中でも咲夜の居場所が分かるのである。氷室がここを襲撃できたのも、これによって居場所を知ることができたからだった。
二階ではまだ戦闘音が続いている。一階を片づけたらすぐ向かうべきだろう。
反応のある部屋の扉を開けると、煙の向こうに、うっすらとたたずむ影が見えた。
「……氷室さんですね。なぜ襲撃を?」
十六夜の声だった。お互いにもう同盟者ではないということは分かっているだろうに、わざわざ聞くとは。
「もうしらじらしい演技はいい。今は殺すか殺されるか、だろう?……俺はオニどもに情報をやったし、お前は俺たちを罠にハメた」
「……その通りですね。残念ですが、袂を分かつときが来たようです」
部屋の向こうで、十六夜がちろりと舌をだした―ような気がした。
もはやスカーレット家との敵対など問題ではなかった。東京の吸血鬼たちは先のガンツメンバーとの対決でほとんどが死んでおり、ここにいるのは氷室とわずかに残った手勢のみである。
けじめをつける―そのために氷室はここに立っていた。
十六夜を殺す―俺はその一念で持っている小銃を構え、引き金をひいた。いかにスーツを着ていると言っても、小銃の連弾を浴び続ければいずれ死ぬ。
銃口がうなり、薬きょうの落ちる澄んだ金属音が廊下にこだました。十六夜の方からは何の反撃も無かった。やがて、十六夜の咳き込むような声と、どさりと倒れる音が聞こえてきた。
ダメージは与えたようだ。それならば、とどめを刺しに行く。近距離から銃弾を撃ち込めばたとえ十六夜でも助かりようがないだろう―そう思って部屋に踏み込んだとき、みし、という音が天井から聞こえた。
(なんだ?)
そのとき、聞きなれたXガンの音がして、俺は伏せた。
『あなたは、用心深い……』
十六夜……いや、この声はレミリアか。おそらく電話で話しているのだろう。
「レミリア。あんたとも今後の取引は一切ナシだ」
『ええ。私もそのつもり。でも、それはあまりにも薄情だと思うから、お土産はあげるわ』
「土産?」
『ええ。
そのとき、俺は何が起きているかに遅まきながら気が付いた。時を止め、咲夜は天井を撃ったのだ。これなら咲夜の眼が見えなくても、煙で狙いが定められなくても問題はない。そして、次に起こることは―
『裏切りには石打ちを、ってね』
レミリアが呟いた瞬間、天井が崩壊し、瓦礫となって降り注いだ。