気ままに書いてみた短編小説です。

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同定

 とある山間の地方都市のバス停に降り立った。目的はある人物に出会うためだ。

 私とその人物とはSNSで知り合った。私はその人物が男であるのか女であるのかすら知らない。ただし年齢は私よりは若いように思えた。

 あるとき会話のやり取りの中で、その人物はやや唐突に自分語りを始めた。それはその人物が子供時代を過ごした街の話であった。その街は違法薬物によって汚染されていた。その人物は幼い頃、街のゴミ捨て場で注射器やガラス瓶などが無造作に放置される光景を幾度となく見てきたそうだ。やがて、その人物はそういった品々を拾い集めてはコレクションするようになった。時にはそういった注射、吸引具だけではなく、薬物それ自体が捨ててあることもあった。それらに関してもその人物のコレクションに加えられたようだ。

 その人物がそういった話をしていると、よくやり取りをする別の人物が「まだそういった品々を持っているのですか?」と質問をした。その人物はその問いかけに対し首肯した。

 すると別の人物は「画像をアップできますか?」と問うた。その人物は「できる」という主旨の回答を行うと画像をアップした。そこには確かに注射器や瓶、そしてパウチ袋に入った結晶状の物体が見て取れた。

 その画像を見たとき、私はおやと思った。そのパウチには付箋でその薬物の正式な名称が記載されていた。その字は乱雑なものであったが精神錯乱者ものとは明らかに違う。拙さと同時に力強さが見て取れた。子供の字であろうか。

「そのクスリはご自身で同定したのですか?子供の頃に」

「はい」

ではどうやって。

 その人物はその問いかけに対し、直接会ってであれば教えても良いと回答した。そして指定された待ち合わせ場所となる住所がそのバス停であった。

 私は以前にもこの場所を訪れたことが二度あった。ただ二度目に訪れたのは、今から10年以上前のことであった。

 私の職業はアニメを中心とした脚本家だ。10年以上前この地を訪れたのは、アニメのロケハンのためであった。そのアニメは現代に蘇った妖怪を高校生が封印していくという内容のもので、オカルト、アクション、ラブコメなどが入り混じったものであった。大学卒業後フリーターをしながら脚本家を目指していた私にとって、それは最初に手がけた作品であった。まず大まかなプロットを書いた後、より細部を突き詰めようとロケハンに同行させてもらった。それ以後私は売れっ子というには程遠いものの、それなりの作品数をこなし業界内では中堅ポジションに収まろうとしている。

 約束の時間まではやや間が空いていたので、私は当時の記憶を辿ってぶらぶらと歩き始めた。そうだ、この場所だ。私が担当したのは「烏天狗」の回であり、完成したアニメではこの場所の上空を烏天狗が飛び去っていくショットがあった。

 ふと周囲を見ると蕎麦屋がある。ちょうど小腹も空いてきた。時間にも余裕があったので私はその店に入った。

 私は豚カツ蕎麦を注文した。しばらく待った後やってきたその蕎麦は、文字通り暖かいかけそばの上に豚カツが一枚乗っかっているというものであった。

 私はまず豚カツを口に含んだ。しっかりした肉質だ。衣はだいぶふやけてしまっているがダシの効いた汁をよく吸い込んでいる。また汁には肉と衣の油が溶け込んでおりこちらもいい塩梅だ。

 蕎麦の麺に関しても香りがしっかりと立っているしコシもある。美味い。私は普段は塩分摂取量に気を使って麺類の汁などは飲まないようにしているが、この時ばかりは一滴残らず飲み干してしまった。

 心地よい満足感とともに店を出た。外は雪が振り始めていた。

 大きな建物が立っている。そうか、ここは某宗教団体の総本山であったか。

 私はこの宗教団体の信徒である。とはいえ現在はほとんど何の活動もしていない。しかし大学時代は別であった。

 大学1年のある日、私の下宿先のアパートのインターホンが鳴らされた。出てみるとそこには私と同い年であるという女子大学が立っていた。聞けばその団体の信徒であるという。

 その時私は大学に入学したばかり友達もおらずホームシックになりかけ人恋しさもあり、また彼女の如何にも美少女といった出で立ちもあり、私はその勧誘を快諾した。それ以後、私は彼女と軽い交際関係を続けながら学生信徒として熱心な活動を行った。その甲斐もあってか、2年後には彼女とともにその地域の青年組織の代表を任せられることとなった。

 しかし大学卒業とともにその信徒としての活動からも自然と足が遠のき、彼女との関係も自然消滅していった。

 そんなことを思い出しながら歩いていると、また別の大きな建物が建っていた。それはその宗教団体の系列の大学であり薬学部のキャンパスであった。今回私を呼び出した人物は、この大学の設備を利用してクスリの同定作業を行ったということであろうか。

 気が付くと私は大学キャンパスの周りをぐるっと一周していた。約束の時間は過ぎていたがその人物の姿はない。

(嵌められた…?)不意に嫌な予感が脳裏をよぎる。

 私のカバンにはその薬物の画像をプリントアウトした紙が入っていた。ここでもし不審者だと見做されると面倒なことになるかもしれない。

 そもそもこの人物は、なぜこの場所を指定したのか。私は普段は身分を明らかにせずSNSを利用している。にもかかわらず、なぜあの人物は私に非常に馴染みの深いこの場所を指定してきたのか。私はもっと用心深くあるべきであったのではないか。

 雪は徐々に積もり始めていた。それと同時に私の心の中を不快な直感がぞわぞわと侵食し始める。するとどこからか「カン…カン…」と音が鳴る。

 その音の主は70~80歳くらいの男であった。男は拍子木を鳴らしながらこちらに近づいてくる。

「日程は?」と男が尋ねた。

 この男はこの団体の信徒だとすぐにわかった。この団体には総本山であるこのそばの山に登る「勧業登山」という儀式がある。ただしこの登山では一人で山に登ることは許されていない。登山希望者はまず拍子木を打ち鳴らしながら総本山の近辺を歩き、通行人に「日程は?」と尋ねる。尋ねられた者が信徒であった場合にはその者は承諾の意を伝える。そしてその人物に登山の同行をしてもらうのだ。この登山への同行をこの団体では「同定」と呼称した。この登山の儀式を済ませることでその信徒は正式な「正宗徒」として認められるのだ。ただし現在ではこの儀式はだいぶ形骸化が進んでいる。ほとんどの信徒は事前に知り合いの正宗徒に同行の約束を取った上でこの地にやってくるのだ。

 私は地区の青年組織の代表になる際この勧業登山を済ませていた。その時は彼女に承諾を取っていた。登山を済ませた後、私たちはこの近辺のラブホテルで初めての性的接触を行った。その快感は非常に大きなものであったが、しかし同時に彼女の表情の中に「対価の支払い」のようなものを感じ取り何となく釈然としない思いを抱いたのも事実であった。思えばあのとき既に後に彼女や教団との関係が遠のいていくのは規定されていたのかもしれない。

 そんなことを考えていると、再び男に「日程は?」と尋ねられる。

「信徒の方ですか?」

「いえ、はあ、まあ」

「同定してもらえませんか」

 男はやけに必死そうな表情であった。随分高齢であるようだが、その歳になるまで登山を済ませていなかったのか。そして事前に正宗徒に同行の約束をしておくのが通例であるのだが、この男はそれもしていないのであろうか。

(嵌められた?)

また嫌な予感が頭をもたげる。この老人もまた私を罠にかけようとしているのではないか。

「すみません」と一言述べると私は足早にその場を立ち去ろうとする。

「同定してくれませんかっ、同定してくれませんかっ」老人は必死の形相で私を追いかけた。

私は小走りで逃げ始めた。雪の吸音効果で老人の声はまたたく間に小さくなっていく。

 私は小走りで去って行った。この光景を上空から見ると、新雪の中に私の足跡が点線のように続いているはずだ。


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