ラウラが軍隊をクビになった場合の話   作:赤いUFO

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何とか完成した2話目。どんな終わりにするか幾つか案は浮かんだけどそこまで書けるかは分からないです。もう1話か2話投稿出来たら連載に切り替えます。






銀の少女の新しい日常

 上官である中佐の溜め息にクラリッサ・ハルフォーフ大尉は首を傾げた。

 

「どうしました、中佐」

 

「なに。先月のボーデヴィッヒを退役させた件についてね。惜しいことをしたと今更ながら後悔しているのだよ」

 

 言って読んでいた新聞をクラリッサに見せるようにデスクに置く。

 

「あぁ。例の男性操縦者の件ですか」

 

「そうだ。ボーデヴィッヒは丁度この少年と同年齢だ。IS学園に送り込むにも適した歳だしな。上手くすれば、ボーデヴィッヒが彼個人と親交を結べたかもしれん。いやはや間が悪い」

 

 何せ、ラウラが軍を出ていった数日後に発見された世界最強の弟にして唯一の男性操縦者。上層部からすれば喉から手が出るほどパイプを繋ぎたい存在だろう。

 

「呼び戻しますか?」

 

 クラリッサの問いに中佐は肩を竦めた。

 

「もし呼び戻したとして、ボーデヴィッヒはIS学園のカリキュラムで良い成績を取れると思うか?」

 

 中佐の質問に一瞬だけ思考し、首を横に振るった。

 

「一般的なカリキュラムなら問題ないでしょうが、やはりISの実技は……」

 

「そういうことだ。今までは同じ軍人。それも年上ばかりの環境だ。しかし同世代。それも、ISに殆ど触れたこともない者たちにまで追い抜かれたら今度こそ立ち直れないかもしれん。退役させたのは惜しいと思うが、無理に連れ戻すほどのことではないさ。それで?本人はどうしている?」

 

「現在は、一般人の家に居候している模様です」

 

「そうか。ま、野垂れ死ななくて幸いだったな」

 

 何せ、今まで殆ど軍から出たことのない子供だ。そういう可能性はあった。与えた金も使い道が解らなければ意味がない。最悪、監視員に誘導されてどうにかさせようという案もあった。

 ちなみに初日にラウラに対して窃盗を働いた男は既に捕まえ、塀の中に引っ越しさせて荷物もラウラに返却されている。

 

「さて……野に放たれた子兎はどうなるやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実を傷付けないように丁重にね」

 

「あ、あぁ……」

 

 ラウラは先生が趣味の家庭菜園で育てた苺を慎重に収穫していた。

 軍で育てられ、戦闘以外の知識と経験に欠けるラウラには果物の収穫というのは初めてで。

 やはり初めて行う作業とは、緊張が付き物である。

 しかし、やはり要領が良いのか一度コツを掴むとどんどん作業速度は速まっていき、楽しそうに苺を収穫している。

 

「ふふ。ラウラが来てくれて本当に助かるわ」

 

 正直もう高齢で家事やこうした家庭菜園を続けるのが辛くなってきた彼女は惜しいが今年か来年でこの菜園を止めてしまおうかとも思っていた。しかしラウラが気に入ったのならもう少し続けるのも悪くないと思える。

 

 先生がラウラに対しての印象は世間からズレているが真面目過ぎる子といったモノだ。

 数週間前に盗まれた荷物がここに届けられた際にも自分の貯金を全て宿代として渡そうとしてきた。

 それは丁重に断り、将来の貯蓄として残しておくよう言い含めた。もう老い先の短い自分が持つより、ラウラの将来の資金とした方が良いという考えと家事などを手伝ってくれて本心から助かっているからだ。

 

 ラウラのことは近所からは遠縁の子を事情があって引き取ったと説明してある。

 最初は先生の後ろをついて回るだけだったラウラも今では近所の人たちと自然とあいさつが交わせるくらいには周りに馴染み始めていた。

 

「明日はどこかに出かけるのか?」

 

「えぇ。収穫した苺を持って昔の教え子が経営している施設を行こうと思うの。ラウラも行く?」

 

「あぁ、これだけの苺を運ぶのは大変だろう。力仕事は任せてほしい」

 

 ラウラの言葉に先生は嬉しそうに目を細めた。

 この少女が世界が少しずつ広がり、いつかはここを胸を張って巣立つ日が来るだろう。

 

「ラウラ」

 

「ん?なんだ、先生」

 

「手を出して」

 

 言われた通り手を出すラウラに先生は大きな苺の粒を渡した。

 

「食べてみて。ラウラが収穫した苺よ」

 

 驚いたラウラがいいのか?と視線で問うた。それを頷いて返す。

 取れたばかりの苺を口に入れた。

 すると苺特有の甘酸っぱい味わいが口に広がる。

 

「美味しい?」

 

「うん。甘い。とても美味いな」

 

 その美味しいと感じるのがラウラの味覚に合うからなのか。それとも自分で収穫したからなのか。

 確かなのはここで確かにラウラが普通の少女として微笑んでいたということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苺の入った箱を持って着いたのはやや古い建物だった。

 所々塗装が剥げていて、10人以上の人間が暮らすにはやや狭いのではないかと思える大きさ。

 

 庭で遊んでいた子供のひとりがこちらに気付いて近寄ってきた。

 

「おばあさん、久しぶりです!」

 

「えぇ。院長を呼んできて貰えるかしら」

 

 はーい!と元気よく返事をしてとてとてと施設の中に消えていく子供。

 数分後にこの施設の責任者である小太りの男が現れた。

 

「先生、お待ちしてました。そちらの子が連絡にあった?」

 

「えぇ。ラウラ、挨拶して」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、だ……です……」

 

 敬語に突っかかりながらも軽く会釈するラウラに院長は人の良い笑顔を浮かべた。

 

「はい、はじめまして。僕はここの責任者をしている者です。昔は先生にもお世話になりました」

 

「あらあら。貴方は昔からの聞き分けの良い子だったじゃない。私のしたことなんて些細なことよ?」

 

 そんな風に雑談していたがラウラが持っているから箱に気付いて院長はすまなさそうに中へと通した。

 案内された場所が学校の教室のような部屋だった。

 ラウラが持ってきた苺の箱を言われた場所に置くと先生が置いてあるホワイトボードに字を書き、先に集まっていた子供たちに告げる。

 

「今日はこの苺を使ってジャムを作ってもらいます。皆さん、仲良く美味しいジャムを作りましょうね」

 

『は~い!!』

 

 先生の言葉に子供たちが元気よく返事をして順々に苺を取りに来る。

 ラウラはエプロンをつけて子供たちに順々に苺を決められた数を渡していく。

 

 先生が手順を説明しながら子供たちを見て回り、質問に答えたりしている。

 それを遠巻きに見ていたラウラに院長が話しかけてきた。

 

「先生はね。こうして月に1回か2回ほど顔を出して色々なレクリエーション活動をしてくれているんだ。外国のちょっとした遊びを紹介したり、人が集まった時は人形劇なんかもやってくれる。僕はそういうのを考えるのが苦手だからね。助かってるんだよ」

 

「そう、なのか……」

 

 子供たちとの雰囲気から関係は良好のようで、親しまれている。

 そうして室内を見渡していると、幾つか別れているグループの中でどれにも属さずに黙々と作業をしているまだ十を迎えるかどうかの少女が見えた。

 

「あの子は……?」

 

「ん?あぁ。2週間前にこの院に来て。事故で御家族が亡くなってね。顔に傷跡が見えることもあってまだ周りの子たちに馴染めてないんだ。僕もなんとかしたいと思ってるんだけど……」

 

 難しいね、と呟く院長の言葉を遠くに感じてラウラはその少女をジッとみた。

 髪で隠れているが左の眉から頬の辺りまで確かに切り傷の跡が見える。

 少女はまるで自分が居ない者のように黙々と作業している。

 そんな切り取られた存在を見てラウラは妙な既視感を覚えた。

 だからだろうか。自然とその少女の下へ足を進めたのは。

 

「周りと、交ざらないのか?」

 

 自分が話しかけられるとは思わなかったのだろう。

 少女の肩が一瞬ビクッと跳ねたがラウラの姿を見るとすぐに俯いて首を小さく横に振った。

 

「また、コレを変って言われるの、イヤだもん」

 

 落ち込んでいるようにも不貞腐れているようにも感じる口調で話す。

 その指でそっと自分の傷に触れる。

 

「この傷は、あたしのせいじゃない。あたしのせいじゃないのに。色々言われたり、指さされるの、ヤダ」

 

 もしかしたら、少女を貶める意図は、無かったのかもしれない。

 ただ珍しくて軽い気持ちで訊いてしまったことを目の前の少女が過敏に反応してしまっているだけなのかもしれない。

 ただ確かなのは、このままではこの少女が周りに馴染む機会がドンドンと失われていくということだ。

 

(あぁ、そうか。似ているのは、私か……)

 

 ラウラの左目にある失敗作の証。

 これの所為でラウラは軍から居場所を失くし、追い出された。

 だが、本当にそうだったのだろうか?

 本当に誰もが成績を落としていったラウラを蔑んでいただろうか?

 

 周りが自分に向ける声の全てが嘲笑や軽蔑などの悪意に塗れているように感じたあの頃。

 だがそれは、ラウラ自身が決めつけていただけではないだろうか?

 今になってそう――――。

 

 

「ちょっと見てくれるか?」

 

「?」

 

 やや、ラウラの顔から視線を下げていた少女が目を合わせる。

 すると、ラウラが外した左の眼帯の下には金の眼があった。

 

「変な、色だろう?これはな。昔、ある手術を受け、失敗してこうなってしまったんだ」

 

 眼帯の下を誰かに見せるのは正直怖い。

 気味悪がられたらどうしようと思う。

 だが、こちらから動かないと目の前の少女は信用しないのではないかと思った。

 

「この眼になってから多くのことが上手くいかなくなってな。その所為で周りから随分嫌なことを言われたんだ。だから私は自分の殻に閉じこもってしまった」

 

 手術が失敗して落ちこぼれになっていったときもラウラは自分を奮起させて前以上に訓練や勉学に勤しんだ。

 だがそれは全てラウラ個人でできる努力だった。

 考えて見れば周りは皆ラウラより年上なのだから教えを乞うことは出来た筈だ。

 そうすればラウラがどん底に落ちる前にどうすればいいのか一緒に考えてくれる者も居たかもしれない。

 軍を退役することになった時も、役に立つことを教えてくれる誰かが居たかもしれない。

 

 だがラウラは決して自分から近づかず、避けて生きてきた。

 それこそが、1番の問題だったのではないか。

 

「独りは、楽かもしれないが。本当に助けてほしい時に助けを呼ぶ選択肢を失くしてしまうんだ。お前の傷を言った者も、全員だった訳ではないのだろう?」

 

「それは……」

 

 再び俯く少女にラウラは頭を撫でた。

 

「少しでいい。前に出るきっかけができたなら、きっと見える世界が広がるはずだ」

 

 自分が、そうだったように。

 そう続けようとすると後ろで大きな声が上がった。

 

「あーっ!?溢しちゃったじゃない!」

 

「わ、悪かったって!」

 

 どうやら、鍋で苺を掻き混ぜていた最中にふざけていた男の子が女の子の体に当たり、鍋をひっくり返してしまったらしい。

 男の子は謝っているが、鍋をひっくり返した女の子は涙目で怒っている。

 

「どうする?」

 

 ラウラが指さしてみると少女はまだヘタを切り取ったばかりの苺の入ったボールを抱えてその女の子に近づく。

 

「あ、あの!」

 

 突如話しかけられて2人、というか周りも驚いているようだが少女はおずおずと自分の苺を見せた。

 

「あたしの、半分使う?」

 

 突然の申し出に驚いた様子を見せたが女の子は躊躇いがちに訊き返した。

 

「いいの?」

 

 それに少女はコクンと首を動かす。

 それから特にラウラが少女に話しかけるまでもなく。ぎこちなくはあったが会話をして、笑顔に輪へと溶け込んでいった。

 ジャムを作り終えると自分の方が上手く作れた。楽しかったね、などの会話が溢れていく。

 

 

 時間になり、ラウラと先生が院を出ようとすると少女が話しかけてきた。

 

「その……ありがとう……」

 

「いや、前へと踏み出したのはお前だ。私には出来なかったことだ。偉いぞ」

 

 少なくともこの少女はラウラと同じにはならなかったのだ。

 そのことがとても嬉しく感じた。

 

「あの……お姉さんの眼。あたし、キレイだと思ったよ。すっごく」

 

「は?」

 

 そんなことを言われると思ってなかったラウラが呆けるとまたね、と少女は子供たちの輪に戻っていった。

 

 帰り道、ラウラがポツリと呟いた。

 

「あんな経験が、誰かの役に立つなんて思わなかった……」

 

 自分にとって忌々しい記憶の筈の軍人だった頃の記憶。

 今ではあんな風に思えて、それが誰かの為になったのが信じられない思いだった。

 

「どんな経験も、いつ役に立つかは分からないものなのよ」

 

「そういう、ものか」

 

 未だ実感が湧かないそれを握り締めてラウラは先生に訊いた。

 

「なぁ、先生……私の眼を、どう思う?」

 

 一緒に生活するうえで先生には何度か眼帯の下を見られている。その度に答えは決まっていた。

 

「とても綺麗だと思うわ。隠しているのがもったいないくらい」

 

「そう、か……」

 

 何度か思案するように顎に手をあてて考えるラウラ。

 

 

 

 翌日に眼帯を外して先生の前に現れ、褒められると顔を赤くして手で覆うラウラの姿があった。

 少しずつではあるが、群れから離れた子兎は自分の輪郭を形作っていく。

 

 それがどのような形に完成するのかは、まだ誰も、本人すらも知れない。

 

 

 

 

 

 


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