ラウラが軍隊をクビになった場合の話   作:赤いUFO

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恋愛要素はない。ない筈。


偶然から繋がった縁【後編】

「なぁ、織斑一夏」

 

「聞きたいことは分かるけど、何?」

 

「後ろで付きまとってくる女たちはお前の知り合いか?」

 

「……ゴメン。ほんとゴメン」

 

 少し離れた位置から追ってくる7人の少女。

 内ひとりは更識楯無で、本音共々今回の介入は無しと伝えてある。

 5人の少女たちは程度の差は有れど怒気を撒き散らしながら一定の距離を保って移動している。

 さらに少し離れた位置から楯無と本音が可笑しそうににやにやしているが、一瞬広げた扇子から【邪魔はさせない】と書いてあったので何かしでかすなら止めに入るだろう。

 それに箒たちももし騒動を起こせば夏休みを潰して補習を受けるという契約書を書いている。ひとりが問題を起こせば5人共々だ。だから大丈夫だろう。

 ――――本当にそう願う。

 

「どうしても付いてくるって聞かなくて。何にもしてこないと思うから気にしないでくれ」

 

「……事情は分からないが、お前も大変だなぁ」

 

「ハハ……察してくれて嬉しいよ」

 

 力なく笑う一夏。

 ラウラにしみじみとした声で労られながら内心では同級生たちがなにかして来ないかと冷や冷やしていた。

 

「あまり時間もないから細かな観光という訳にはいかないが、近辺を歩く程度になるな。構わないか、織斑一夏」

 

「あぁ。それと俺のことは一夏でいいよ。いちいちフルネームで呼ばれるのも変な感じだしさ」

 

「そうか、なら私のこともラウラでいい。ついてきてくれ、一夏」

 

「分かったよ、ラウラ」

 

 そうしてラウラの町案内が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろからついていく形で一夏とラウラが歩くのを監視していた同級生5人は苛立たしげにその光景を見ていた。

 距離があるため2人が何を話しているのか聞き取れず、彼女たちには楽しそうに会話している姿しか映らない。

 彼女たちが警戒しているのは例の少女が一夏に惚れる展開だ。

 なんと言ってもあの織斑一夏だ。短期間で女を無自覚に惚れさせることに関しては類い稀な才の持ち主なのだ。

 それに先程からの一夏の表情も彼女たちの神経を逆撫でしていた。

 

「一夏の奴なにデレデレしてるのよ!」

 

「そ、そうかなぁ。どっちかって言うとリラックスしてるだけに見えるけど……」

 

 鈴音の苛立ちに簪がフォローを入れるとアンタどっちの味方なの!という感じに睨まれる。

 そこで思い付いたとばかりにシャルロットが提案する。

 

「ボクたちも一緒に観光を案内してもらうのはどうかな?向こうもこっちに気づいてるみたいだし」

 

「それだ!」

 

 シャルロットの提案に箒が賛同するが、楯無の方からストップがかかる。

 

「ダメよ。今回私たちはあくまでも観客。不用意な接触は控えてね?」

 

「何故ですの!?」

 

 釘を刺す楯無にセシリアが噛みつくとやれやれと肩を竦めた。

 

「そりゃあ、貴女たちがいつもの感覚で暴れられたら困るからよ。いくらISが無いって言ってもここで騒ぎを起こしたらIS学園の品位を疑われてしまうわ」

 

「別にあの子に危害を加えたりしないわよ!」

 

「一夏君に暴力を振るわれてもマズイって教えてるんだけど?何はともあれ軽率な行動は控えてね。残りの夏休みを潰したくなかったら。それにこの近辺で去年テロ事件が起きて敏感になってるんだから」

 

 接触禁止と書かれた扇子を見せる楯無。

 それに不満の表情を隠さないでいるといつの間に買ったのか、紙袋いっぱいの焼き菓子を抱えた本音が皆にその菓子を配る。

 

「まーまー。これでも食べて落ち着きなよー。糖分が足りないから怒りっぽくなるんだよー」

 

「あら気が利くわね本音ちゃん」

 

 良い子良い子と楯無に頭を撫でられると本音がわーいと嬉しそうにする。

 箒たちは受け取った焼き菓子を食べながら視線は一夏へと向けられる。

 そんな彼女たちを見ながら楯無は自分たちの他に2人に意識を向けている数名に気を配った。

 

 それは、ラウラ・()()()()()()()を監視している面々だった。

 ラウラの所在を調べた際に楯無は彼女の経歴について大まかにではあるが調べていた。

 軍属であった彼女が退役させられ、あのおばあさんの養子となったこと。それに巻き込まれた事件に関してもだ。

 細かな経緯こそ調べられなかったがだからこそ楯無はラウラに関しても若干の警戒を抱いていた。

 周りを彷徨いている監視の軍人たちに視線を動かすと騒ぎを起こすなよ、と釘を刺される。

 つまりこの場では自分たちも監視対象なのだ。

 

 ちなみにドイツに来る前に軍の方に連絡を取った際にそちらが問題を起こさない限りこちらも関与しない。織斑姉弟に対しても同様、と言質は取ってある。逆に言えばちょっとでも騒動を起こせば即お縄、という事態になる訳だが。

 そんな風に思考していると苛立ちの募った声で箒が呟く。

 

「一夏め!あんな表情、私たちの前でも最近見せないくせに!」

 

 多少の硬さはあるものの楽しそうにラウラの説明を受けている一夏の表情に皆の表情が一層険しくなる。

 それに本音がんー、と意見した。

 

「でもさー。それって仕方ないんじゃないかなー」

 

 本音の言葉に全員の視線が集まる。

 それに物怖じした様子もなくいつもの雰囲気で話す。

 

「おりむーにとってLさんはみんなと違って攻撃してこないしー。安心して会話できるんじゃないかなー。実際、生徒会室にいるときもおりむーは肩の力抜けてるよー」

 

 パクッと焼き菓子を口に放りながら話しを続ける。

 

「クラス替えがあってさー。新しくおりむーと同じクラスになった子がねー。みんながおりむーを攻撃する姿を見て言ってたよー。ひどいって」

 

 最後の方は普段の本音と比べて真面目な口調で話す。

 しかしそれに真っ先に反応したのが鈴音だった。

 

「な、なにがひどいのよ!!」

 

「だってー。この間やまぴーが物を運んでる時に手伝ってたおりむーが転びそうになったやまぴーを支えて怒ってISで攻撃したよねー。去年1組だったわたしたちは見慣れた光景だったけど、新しくおりむーと同じクラスになった子は驚いていたよー。だから去年同じクラスだった子たち以外に皆に話しかけないのも気付いてたー?私たちはおりむー以外に攻撃しないって分かってるけど、他の子たちからしたらいつ怒らせて自分たちが攻撃されるか分からないからだよー」

 

「そ、それは一夏さんが山田先生のお尻を触ったからで……」

 

「でもそれって支えようとしたときの事故でわざとじゃないよねー?ラッキースケベをして気にいらないのは仕方ないかもだけど、おりむーの行動全部を否定するみたいに攻撃するのは違うんじゃないかなー」

 

 間違いを指摘して叱ることと自分の感情をぶつけるために怒ることは違う。

 ここ最近、一夏が専用機持ちたちと過ごす際にどうすればより仲良くなるかではなく、どうすれば怒らせないかに変わってきているために仕草が硬くなってしまうのだ。

 千冬も一夏に出席簿などで手を挙げるが彼女は何が悪いのかをしっかりと説明した上で直させようとする。だから一夏も自分の落ち度を自覚して直そうとするが、ただ感情のままに手を上げられれば一夏だってストレスになる。そして説明もされないままだからどうしても行動に警戒が浮き出てしまうのだ。何が悪いのか理解できないまま。

 これに関しては本気で怒り返さなかった一夏にも問題はあるが、彼は良くも悪くも異性に優しかった。いっそ甘いと言えるほどに。

 

 ちなみに簪は生来から人に手を挙げるのを苦手としており、楯無も一時期そうしたことはあったが彼女は家業から自分を客観的に見る癖があることと、本質的に冷めた部分があるためにすぐにそうした行動はすぐになりを潜めた。

 一夏が生徒会でリラックスできるのもその為だろう。

 

「こんな時くらいゆっくりさせてあげなよー。おりむーだってずっと一緒に居たら疲れちゃうかもだしー」

 

 そう締め括って本音はまたひとつ焼き菓子を口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、街並がガラッと変わったのもそのためか」

 

「そうだな。ヨーロッパ方面は古い建物と新しい建物を区別して建築する。日本では違うのか?」

 

「うん。新しい物も古いものも一緒にしてるかな。住んでるところによって違うかもしれないけど」

 

「利便性を求めた結果だろうな。土地の広さもあるだろうし。そうした意味ではどちらが優れているかは決められない」

 

 ラウラの説明を受けていると一夏が少し話題を変えた。

 

「もし良かったらだけどさ。ラウラのことも教えてくれないか?」

 

 その質問にラウラが少しだけ驚いた表情をする。

 

「……もしかして私は今ナンパというものをされているのだろうか?」

 

「へ?いや違う!俺を助けてくれたラウラのことが知りたいってだけで他意はないから!」

 

「そう力強く否定されても困るのだが……それに話せることも多くないな。私が話せるのはこの町に住み始めたここ1年ちょっとことばかりだし」

 

 少し困ったように顎に手を当てるラウラに一夏が首を傾げた。

 

「どういう意味だ?」

 

「私の人生が始まったのはこの町に来てからと言っても過言ではないからだ。だがそうだな。少しばかり自分のことを話すのも悪くないか」

 

 そう言って自分のことを話し始めるラウラ。

 

 自分と義祖母の血が繋がっていないこと。

 よく遊びに行く施設とそこに住む子供たちのこと。

 アルバイト先でのこと。

 学校での友人とのこと。

 

 その話をしている時に一夏が印象的だったのはラウラの表情だった。

 噛み締めるような。感謝するような。

 宝物を手で大事に持つように話す彼女の表情がとても心に残る。

 特に義祖母のことを話している時はより一層に優し気な瞳になるのだ。

 

「大事に思ってるんだな。あのお婆さんのこと」

 

「あぁ。あの人に出会わなければ、私はどうしようもない奴になっていたかもしれないからな。あの人には感謝してもし足りない」

 

 ラウラも初めて出会った時から義祖母を好いていた訳ではない。

 助けてくれたこと家に住まわせてくれたことには感謝していたがやはり一緒に暮らし始めた当初はそれなりに警戒していた。

 そうでなくなったきっかけはやはりあの強盗を取り押さえた時のことだろう。

 暴力は良くないと教えてくれて、何も知らなかった自分に色々なことを教えてくれると約束してくれた彼女だからこそラウラは義祖母を慕っているのだ。

 

「無知だった私に当たり前を教えてくれて、少しだけまともになれた。帰って良い居場所をくれた。だから私の人生はおばあちゃんに出会ってから始まったのだと思っている」

 

 祈るように目を閉じて微笑むラウラ。

 それを一夏は綺麗だなと思った。

 心の底から感謝を想う人の表情はこんなにも尊いものなのか。

 例えラウラの顔立ちがもっと平凡なものであったとしても、きっと同じ感想を抱けただろう。

 一夏が何かを言おうとすると何かに気付いたラウラがすまない、と一夏から離れた。

 どうしたのかと思い、ラウラが歩いて行く方向を見るとそこにはベンチに座っている5歳ほどの女の子が居た。

 

『ビアンカ!』

 

 ラウラが名を呼ぶと少女は不安そうな顔を上げてラウラに近づく。

 

『ラウラおねえちゃん』

 

『こんなところでどうした?ひとりでここまで来たのか?』

 

『ア、アニータおねえちゃんと一緒に……でもはぐれちゃって……』

 

『アニータなら、携帯を持っているな。今連絡を入れよう』

 

 すぐに自分の携帯でアニータに連絡を入れ、現在地を教える。

 目線の高さを合わせてもう大丈夫だからなと手を握ってあげる。そこで一夏に申し訳なさそうに訊く。

 

「すまないが、迎えが来るまでこの子の傍に居てあげてもいいだろうか?」

 

「あ、あぁ!もちろん!こんな小さな子を放って置くわけにはいかないさ。俺のことは気にしないでくれ。その子、知り合いなのか?」

 

「さっき話していた施設の子だ。すぐに迎えが来ると思うが」

 

 そう説明していると息を切らして走ってくるアニータが来た。

 ビアンカもアニータが来ると彼女に駆け寄った。

 

『ごめん、少し目を離した隙に』

 

『まったく。ちゃんと面倒見ないとダメだろう』

 

 顔に傷のある少女、アニータはラウラが施設に初めて行ったときに気にかけ、去年の事件で一緒に巻き込まれた。

 そんな少女も今では明るくなり、背丈もここ1年でグンと伸びた。それはラウラと並ぶくらいに成長しており、身体の一部に関しては既に追い越している。

 しかしそれでもラウラの方が姉役だと判るのは纏っている落ち着いた雰囲気からだろう。

 そこでアニータは後ろに居る一夏に気が付く。

 

『後ろの人、もしかしてお姉ちゃんの恋人?』

 

『まさか。客だよ。町を案内していたところだったんだ』

 

『なんだ、つまんない。じゃあ、ありがとうねお姉ちゃん。後ろの人も』

 

 一夏にも礼を言うが、一夏自身は話せないためにとりあえず頭を下げておいた。

 アニータがビアンカの手を引っ張ると彼女も手を振って別れる。

 ラウラも手を振り返しているとこっちを見ている一夏に気付いた。

 

「どうした」

 

「あ、いや。なんか、お姉ちゃんだなって思って」

 

 何を話しているか一夏には理解できなかったがラウラが接して安堵した姿を見てそう思った。

 その言葉にラウラは驚いた顔をする。

 

「そう……見えたか?」

 

「だってあんなに慕われてたじゃないか。きっとラウラは良いお姉さんなんじゃないか」

 

「そうか……」

 

 安堵する表情。しかしそれはすぐに曇る。

 

「……実は、私もな。前はISに乗っていたことがあるんだ」

 

「そうなのか!?」

 

 ラウラの言葉に今度は一夏が驚いた。

 ISを動かすのは女性にとって大きなアドバンテージだし操縦者に憧れる者は多い。本来ならそう驚く話でもないのかもしれないが一夏には目の前の少女がISで戦う姿が想像できなかった。

 

「昔の私は、ISを動かすことだけが全てだった。それが出来ない自分に価値がないと思っていたんだ。だが、あまりに上達しない落ちこぼれでな」

 

 どうして、そんな話を始めたのかと思っているとラウラは視線を一夏から外した。

 

「だから私は当時、色々と嫌な感情を溜め込んでいて。そんなときに、お前が、誘拐されそうな現場を見たんだ」

 

 僅かに体を震わせてラウラはあの時の真実を話した。

 

「あの時、私はお前を助けようと思ったわけじゃないんだ。ただ、あの男たちが失敗すれば良いと。自分が、上手くいかないから、誰かの失敗を嗤いたかったんだ。だから一夏に感謝されるようなことはなにも――――」

 

 言う必要は、なかったのかもしれない。それでも口に出してしまったのはあの子たちの姉と認めてくれた少年に、騙すような気持ちを抱き続けることに堪えられなくなったからか。

 失望されただろうか、と一夏の顔を見ない。

 僅かな沈黙。先に口を開いたのは一夏だった。

 

「あの後さ。日本に帰るときに千冬姉に訊いたんだ。もし俺が本当に誘拐されたら、千冬姉はどうしてたって。その時ただ俺はちょっと聞いてみたいだけだったんだけど。千冬姉は真剣な顔でこう言ったよ。”助けに行ったに決まってるだろう”って」

 

 ラウラが一夏の顔を見ると、そこには気恥ずかしそうに。しかしどこか誇るように姉を語る少年の顔があった。

 

「その為に大会を棄権することになっても助けに行ったって。そう言ってくれた。でももし本当にそんなことになったらさ。千冬姉は色んな人から後ろ指さされるようになってたと思うんだ」

 

 思わずそう返すと千冬は笑い飛ばしてこう返した。

 

 ”その時はその時だ。二度とISに関われなくなるかもしれないし、大会に関わった者たちや私に期待を寄せてくれた人たちには申し訳ないがな。私にだって譲れない物はある。そうなったらそうなったで別の方法で金を稼ぐさ”

 

 尊敬する姉はそう言った。

 自分の言葉を嘘にしないところがある姉は、きっと本当にそうしただろう。

 周りから批難に晒されても、自分の身勝手さを謝罪して国家代表を降りたかもしれない。

 

「千冬姉がそうなったら俺は、きっとすごく落ち込むし、きっと千冬姉だってすごく大変な目に遭ってたかもしれない。そう思うと、やっぱり感謝の気持ちしか思い浮かばないんだ。ラウラがあの時、何を思って俺を助けたかなんてどうでもいいんだ。だから改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう、ラウラ。俺たち姉弟を助けてくれて」

 

「あ――――」

 

 その言葉が、ラウラの心の泥をどれだけ洗い流したのか。

 軍に居た頃の。落ちこぼれだった自分はこの世界に必要のない存在だと思っていた。

 いつ世界から消えても誰も困らない。すぐに誰からも忘れ去られる程度の価値しかないのだと。

 でも違った。

 それはたった1回だけだったけど。

 善意からの行動でもなかったけど。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは確かに困っていた誰かを助けたのだと目の前の少年が教えてくれた。

 無価値などではなかった

 小さなことだけど確かに昔の自分には価値があったのだと。

 

「そうか……私は、お前たちを助けたのか」

 

 そんな当たり前の事実をようやく受け入れた。

 

 一夏は照れくさそうに頬を掻く。

 

「しかし、ラウラもISに乗ってたのならIS学園(うち)に来てくれれば良かったのに。きっと楽しかったろうな」

 

「いや、どうだろうな。もし私がIS学園に通えるくらいの実力があったのなら……」

 

 言葉を切るラウラを不思議に思っていると遠くを見つめるように空を見上げる。

 

「夢を、見たんだ」

 

「夢?」

 

「あぁ。その私は専用機を持っていて。誰かと戦っていた。いや違う。戦っていた誰かを嬲って悦んでいたんだ。そんな自分を見て、とても怖くなったよ」

 

 アレが本当にただの夢だったのか。今でも判断がつかない。

 しかし充分に在り得る可能性だと思った。

 義祖母に出会って色々と変わった自分が、力を手にして大きく変わらないとも限らない。

 

「だから、私はもうISには乗らない。そう決めてここにいる」

 

 帰る場所を自分で定めた。

 そして自分から力を得る可能性を捨てた。

 

「だから、私はここに居る。ここで生きていく」

 

 それはとても平凡な一生になるかもしれないが、その大事さをラウラは知っているから。

 真剣に生きた一生に平凡も非凡もないのだと実感したから。

 

「そっか」

 

 このラウラならきっと力を手にしても溺れることはないだろうと思うが、それを口にするのは野暮だろう。

 彼女は力を手にしないという選択をしたのだから。外野がツッコむことではない。

 

「でも、そうだな。一夏、もしまだお礼が足りないと思っているのなら、ひとつだけお願いしてもいいだろうか?」

 

「え?あぁ、もちろん!俺に出来ることなら!」

 

 突然言い出したお願いに驚きながらも一夏は了承する。

 

「私は、もっと色々な物を見て経験してみたいんだ。だからいつか外国にも行ってみたい。いずれ日本に行ったときは、一夏の住む街を案内してくれるだろうか?」

 

「あぁ!絶対に案内する!ずっと待ってるから!」

 

「ありがとう」

 

 ラウラが笑って礼を言う。

 その笑顔に、一夏は少しだけ心臓が跳ねた気がした。

 

「は~い、お2人さん。ちょっといいかしら?」

 

「おおっ!?」

 

 離れていた楯無がいきなり割って入って来て一夏は驚きの声を上げた。

 

「お楽しみのところごめんなさい。そろそろ車に乗り込まないと帰りの便に間に合わないの。織斑先生もこっちに向かってるから」

 

「え、もう!?」

 

「もう、て。結構な時間経ってるわよ?」

 

 時計を見ると確かに時間が経っていた。

 

「ごめん、もう行かないといけないみたいだ。急に押しかけた上にこんな別れになっちゃって……」

 

「いや、こちらも楽しかったさ。また会おう、一夏」

 

 差し出された手に一夏は一瞬驚いたがすぐに手を握り返す。

 

「あぁ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千冬姉はあのお婆さんとどんな話をしたんだ?」

 

「あの人も昔は教師だったらしくてな。色々と為になる話を聞けた。そっちはどうだ楽しかったか?」

 

「うん。来て良かったと思ったよ」

 

「そうか。そうだな。一夏――――」

 

 突然真剣な声音に変わって一夏は首を傾げた。

 

「今日まで。私はお前の良き姉だったか?」

 

「当たり前だろ。今更確認することじゃないじゃないか」

 

「そうか」

 

 千冬は滅多に見せることのない穏やかな笑みを見せた。

 

 そこで我慢していた同学年たちが話しかけてきた。

 

「一夏!あの子とどんな話をしてたの!教えなさい」

 

「秘密だよ。別に言うほどのことじゃないし」

 

 教えても良いのだが何故か一夏はあの時の会話を誰かに言う気にはなれなかった。

 

「まままままままさか、告白されたりなんてことはありませんわよね!」

 

「なんでだよ。あの子とは今日話したばかりなんだぞ。失礼だろ」

 

「そうなんだけど。でも一夏の場合はさぁ」

 

 飛行機内で問い詰めに来る同級生たち。

 そこで千冬は爆弾を投下した。

 

「では一夏の方はどうだ。あの子についてどう思う?姉としてはそう悪くない相手だと思うぞ」

 

 千冬の一言に5人の少女の顔が険しくなった。

 何故なら千冬公認ということは一夏と結ばれる上で最大の難関を突破したに等しいからだ。

 

「なんでだよ。まぁ、良い子だとは思うけどさ」

 

「こ、この馬鹿者!!昨日今日会った娘に心を許すなどそれでも男か!!」

 

「ちょっ!痛いって。そんなに強く叩くなよ!」

 

 

 騒がしくなったところで千冬の一喝で黙らせる。

 こうして、一夏たちは自分たちの日常に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさぁ。結局誰だったの?あの男の子」

 

「ただの客だと言ってるだろう。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 一夏に町案内をした際に偶然見かけたらしくモニカがしつこく聞いて来たがラウラは適当にあしらっている。

 

「でも、ラウラも楽しそうだったでしょ?ほら写真」

 

 渡された写真には町を案内しているラウラとついてくる一夏が写っていた。それも数枚。

 

「この顔なんてすごく嬉しそうでしょう。コレがただの客なんて――――」

 

「……次のテストを自力で乗り切る覚悟は良いか?」

 

「うわ!この娘人の弱みを突いてきたよ!?」

 

「ほらいくぞ、モニカ。今日はお前が付き合って欲しいと言ったんだからな」

 

「は~い」

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず話数があと1話で10に達するのでもう1話書きます。

主軸はクロエ・モニカ・ラウラで。

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