第一話 『退魔師のお仕事』
眼を開けば、周りはすっかり暗くなっていた。
スマホの時計を見れば、午後11時を指している。仕事の時間だ。
俺は家の自分の部屋の窓から外に飛び出した。
俺の仕事は至ってシンプル。悪魔憑きを浄化することだ。
悪魔憑きというのは文字通り、悪魔に憑かれた人間のことだ。
悪魔は『魔界』というところに住んでいて、決して人間の世界にやってくることは出来ないとされている。
だが、それは悪魔の肉体の話であり、悪魔の精神は何処かの世界の綻びからこの世界にやってこれるらしい。
そして悪魔の精神は人間の肉体を乗っ取る。そうして悪魔の意のままに動く人間が『悪魔憑き』と呼ばれる。
この俺―――『
俺は夜の街を散歩でもするかのように歩いていく。
その間、全く人に会わないが、これは悪魔憑きが今現界していることの表れだ。
悪魔憑きが現界していると、その周辺に魔素という物が溜まる。魔素は夜の間活性化するため、人間は夜の間活動できなくなる。
退魔師は当然特別な訓練をしているので、耐えられるのだが。
俺は生命エネルギーを感知しながら周囲を警戒する。悪魔憑きは普通の人間になりすましていることもあるが、魔素の影響で生命エネルギーを異常なほど持っているため、これで悪魔憑きかただの人間か判別できる。
おっと、生命エネルギーを感知するのは別に退魔師の必須技能ではない、俺が勝手に覚えた類のものだ。もちろん他にも出来る人は結構いるが。
退魔師は最低でも3人一組ほどで行動することが推奨される。それは、生命エネルギーの感知を使える索敵係、直接的な戦闘を担う戦闘係、戦闘中の援護、もしくは戦闘後の後始末などを担当する支援係の三つのバランスが重要だと言われているからだ。
現場で動くのは俺一人だが、実は裏で控えてくれてる支援係が一人いる。そして現場の俺が戦闘係と索敵係を両方担っている形になっている。
退魔師と悪魔憑きはD~Sでランク分けされており、俺のランクはD級。格上の悪魔憑きからは逃げるような安全体制をとる前提であっても、二人で―――しかも現場の方は一人という状態で仕事をするのは無謀だと言われている。格上ということは自分より強く素早い可能性があり逃げにくいということもあるし、そもそも同等の悪魔憑き相手でも一人で相手をするのは非推奨だ。
それでも、俺は問題ないと言うしかないのだが。
「......いたか」
明らかにおかしい生命エネルギーの生物を感知した。十中八九悪魔憑きだ。
俺は駆け足で相手の居場所に向かった。
***
「...ヴヴ......」
「見つけたぞ...そっちから出向いてくれればいいのに」
まるでゾンビのように顔色の悪い顔。前のめりの姿勢。それに眼が金色に輝いている。
前半の二つの項目はともかく、眼が金色になっているのは悪魔憑きの証拠だ。今は唸り声のような声しか出せていないが、悪魔憑きになって日数が経つと、眼も普通の人間のものに出来るし、普通に発声も出来るようになる上に、魔素の操作も上手くなる。そうなると社会に影響を及ぼす可能性が高くなってくるので、今のうちに浄化できればベストである。
「ていうか、来ないでくれるのが一番いいんだけどな...こっちの苦労知ってる?あんたらさぁ」
「ヴヴヴヴァァァァァァァ!!!」
唸り声で返事しつつ、真っすぐ突進してくる。
悪魔憑きは人間を襲う。しかし、積極的にそんなことするのは悪魔憑きになってから日が浅い奴らだ。
どうやら人間の中にある霊素という物を摂取するのが悪魔の目的であるらしく、それを十分に摂取することで悪魔憑きとしての成長速度が速まるらしい。
そのため、日が浅いうちは手あたり次第に人間を襲う。それが朝になって連続殺人事件とかで報道されたりする。
成長した悪魔憑きは人間社会に溶け込んでいくため、あまり積極的に襲いはしなくなるが、それでも霊素を摂取しなければならない点は同じであるため、もっと周到に、証拠を残さずに殺すことを覚える。故に日が経ってしまった悪魔憑きは見つけるのが困難になってくる。魔素の操作も上手くなるため、生命エネルギー感知にも引っかかりずらくなるし。
「でりゃああぁぁ!!!」
「グァァァ!?!?」
俺は突進してきた悪魔憑きに向かって思いっきり飛び蹴りで反撃した。相手の体が10mは吹っ飛んでいく。
悪魔の精神を人間の肉体から離すのが目的と言っても、そう簡単に引きはがせるものじゃない。
S級退魔師だったらB級悪魔憑き程度までは簡単に剥がせるらしいが、普通の退魔師はまず相手を弱らせる。
弱らせて精神と肉体の接着が弱まったところで退魔師御用達の『浄化符』と呼ばれる護符を貼り付けて浄化するのが鉄板だ。他にも浄化用の技や何やらがあり、確かに一つだけ俺も使えるが、別にそれで簡単に浄化できるというわけではない。ただ浄化符を使わなくていいというだけだ。
それに、飛び蹴りしたところで相手の肉体がボロボロになるわけじゃない。一般人相手だったら首が千切れ飛んでそうな勢いで蹴りはしたが。
悪魔付きは生命エネルギーが強い。つまり身体能力も自然治癒能力も高くなっているということだ。だから今の蹴りでも少し骨は折れただろうが十数秒で再生されるだろう。厄介なのがこの異常な治癒能力だ。これのせいで少しでももたもたするとこっちの致命傷になりかねない。
「今のうちに...!}
俺は追撃をかけるために悪魔憑きに飛びかかった。
一発ぶんなぐって気が遠くなったところを浄化してやる―――
―――そう思って近づいた所で相手が倒れ伏した状態から起き上がって、俊敏な動きでナイフを投擲してきた。
「ッ!?」
俺は咄嗟に自分の体を浮かせ、右に引っ張りナイフを躱し、そのままゆっくりと着地した。
これが俺の主な能力、『念動力』というものだ。自分か物一つを自由に動かせる。
退魔師のほとんどがこういった特殊な能力を持っており、とても長くこの世界にいる悪魔憑き等も持っていたりする。こういった能力を総称して『怪奇』と呼んでいる。
悪魔憑きは俺が回避するのを見ると、すぐさまもう一つナイフをポケットから取り出した。
「中々動けるみたいだな、この世界に来て日は浅いように見えるが...C級、いやB級はあるのか?俺の感覚適当だけど...」
「ヴヴ...」
「...会話にならねぇんだよな、お前みたいな悪魔付きは...クソ、お前らと話すのが日課になりつつあるのが恥ずかしく思えてきた...」
俺は相手が悪魔憑きだろうが、というか悪魔憑きには戦闘中だろうが話す。
かなり無駄だとされているが、自分らに協力的な悪魔憑きもいるっちゃいるっていうのもあるし、これは俺の個人的な趣味でもある。
まぁ、九割九分ぐらい無駄な行為だが。
残りの一分ぐらい夢を見たっていいだろう。
「まぁいい。さっきのナイフを躱した時点で、俺の勝率は100%だ。異論があるならかかってきな」
「ヴヴヴァァァァァァ!!!」
返事の代わりにこっちに向かって投げ放たれるナイフ。
だが、それが裏目だ。俺の能力を理解していない奴が使う裏目の戦術。
ナイフは俺の眼の前でピタリと止まり180度回転した後、今度は悪魔憑きの方へとリニアモーターカーの如き超スピードで放たれ、右足を穿つように突き刺さった。
「グゥゥゥァァァァ!?!?」
悪魔憑きにも痛覚はあるらしく、壮絶な叫び声をあげて苦しんでいる。
耳を塞ごうが否応なく耳に入り込み暴れまわるようなその声が、俺の神経に痛みのようなものを走らせる。
だが、既に何百回も聞いた声だ。今更この程度で止まるわけにはいかない。
すぐさま自分自身を念動力で浮かせ、さっきのナイフと同じようなスピードで悪魔憑きへ突進する。
そのまま相手の頭を右手でがっしりと掴み、地面に引きずり倒す。念動力のスピードを減速させずにゴリゴリと頭を地面に押さえつける。どす黒い血が道路に帯のように伸びていく。夜で暗いこともあり、その血は一層黒く汚く見えてしまう。
「終わりだ」
念動力を解除して地に足を付け、掴んだ頭を高く持ち上げる。
そして頭を引っ張ると、今度は青白い粘土のようなものが、悪魔憑きの顔から突き抜けて俺の右手にべったりとついていた。
これが俺の浄化用の技『吸魂』。精神を肉体から無理やり引きはがす力。
引っ張れば引っ張るほど、青白い―――悪魔の霊魂が人間の肉体から剥がされていく。
だが毎回、最後の最後で肉体と霊魂が引っかかってしまう。
そういう時は―――
「んじゃ、さよならだ...『神によろしく言っといてくれ』」
―――左手でこぶしを握り、ボディーブローを喰らわせながら右手を思いっきり引っ張ると、最後に引っかかっていた部分も引きはがすことが出来た。
そして完全に離れた瞬間、右手で思いっきり霊魂を握りつぶした。
「浄化完了......もしもし?」
浄化出来たので、裏で控えてる支援係に電話をかける。
『何?浄化できたの?」
「あぁ、後始末は頼んだ」
『はいは~い、お疲れ様~あとで家に寄ってね~」
「おう」
短くやり取りして電話を切る。
これが俺の日常だ。俺は17歳の学生だが、夜に起きて朝に寝るという不健康そのものの行為を繰り返している。
そのことで先生に怒られるのも日常だ。そろそろ単位ヤバいかも...。
そんなことを考えながら俺は件の支援係の家へと歩いていく。
後始末は彼女がやってくれるが、本部に届ける報告書は戦った俺が書かなければならない。凄くめんどくさい。
この仕事を始めてから8年は経つだろうか。でも、一向に俺のランクはD級のままだ。
俺が退魔師になる前に起こした事件のマイナスをまだ清算しきれてないらしい。
こればかりはしょうがないと言えるが、やっぱり命がけであることには変わりないんだから、もう少し給料を増やしてほしいところである。
安定を取るなら他の退魔師と組んだ方がいいんだろうが、俺と組んでくれる物好きが意外と少ないのだ。
支援係がOKしてくれたのは結構奇跡に近かった。
「...?」
その時、視界の端に見えた人影。
それは、この夜の中に―――いや、夜だからこそものすごく目立っていた。
注視してみれば、その全体像がはっきりと見えてくる。
ゆっくりと近づいてくるその人影は、少女のものだった。
13~14あたりだと思われるその少女の服装は簡素な白いワンピースただ一つ。なんと靴も履いていない。
膝あたりまで届く長い白髪、虚ろにさえ思える白い瞳。少しやつれているように見えるが、それが逆に芸術的な儚さを醸し出している。
だが、それと同時に隠し切れない異様さが強調されている。
肌の色は―――血色も何もない白一色だ。髪も眼の瞳孔の部分も真っ白。爪も―――更にこっちを見て虚ろに半開きのようになっている口の中まで白だ。夜で暗く、若干黄色っぽい街灯の光に晒され、当たっている部分はその光の色に支配されているかのように見えるぐらい―――全身真っ白。人間としてありえないぐらい、そう―――例えるなら、色を塗られた家族の絵の中で、一人だけ塗られていない娘の絵のように、この世界の中において唯一『色が無い』ように見えるのだ。
「ねぇ」
「な、あぁ!?」
そんな不自然な少女にある意味見とれていると、いつの間にか、少女は俺の目の前までやってきていた。
近くで見ても、その体が真っ白であることは変わらない。
彼女に色がついていると思えるのは、光で出来た影だけで、それでも本質的に色などついているはずがないことを逆に示しているようだった。
「貴方は...何色?」
そんな純白で虚ろな少女はただただ俺を見て、そう言ってくるだけだった。