不祈の退魔師《いのらずのたいまし》   作:おどろおどろしい朧

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第三話 『願い、思い、好奇心』

「んじゃ、適当にくつろいでくれ」

「うん」

 

 白夜を家のソファーに座らせて、俺もカーペットに座る。

 俺の家は安物のアパートの二階の部屋だ。狭い部屋だが、別に散らかしてもないし、要らないものを買ったりもしていないので、それなりに広く見える。

 中央にちゃぶ台、その下は茶色単色のカーペット、部屋の隅には小さいテレビ、そしてテレビの向かいにソファーが置いてある。ただ、これだけの簡素な部屋だ。

 

「......」

 

 だが、そんなシンプルな部屋にいても、白夜の異常さは全く緩和されなかった。

 白単色という人間と言うか生物としてありえない雰囲気がプンプン漂っている。白夜を真昼間に連れ回したりなんてしたら確実に話題になってネットに上げられるだろうな、と思うと怖くて身震いしてしまう。

 

「ねぇ、テレビつけていい?」

「いや、もう寝ろよ」

「...眠くないから」

「ダメです、寝ましょう」

「貴方って怠惰な生活を送ってそうな雰囲気なのに、生活習慣に律儀なんだ」

「おいいきなり饒舌になってどうしたんだよ、怠惰な生活送ってそうじゃなくて送ってるんだよ、夜に起きて昼に寝るよ」

「じゃあ私も起きてる」

「俺はどうしたらいいんだ、ヤフー知恵袋に聞けばいいのか、『13歳ぐらいの同居人が夜に寝てくれません、どうしたらいいですか』って」

「...そのヤフー知恵袋っていうのは分からないけど、多分まともな返答は帰ってこないと思う」

「お前の知識水準がどれぐらいなのか分かんねぇ...」

 

 テレビは知ってるけどネットは知らないのか。若干貧乏な家出身だったのか?Wi-Fiが繋げない的な。

 

「なんで、私を寝せようとするの?」

「なんでって...健康に差し障る」

「嘘」

「え?」

「嘘の色が見える」

「なんだそりゃ...」

 

 どうやら、人の精神状態のような物を色に例えて、見ることが出来るみたいだ。ただの怪奇だと言われればそれまでだが、やはり異質だということは変わりない。

 

「まぁ...別にお前に害を与えようとしてるわけじゃないから...お前は知らんくっていいだろ」

「...それは本当の色。でも納得いかない」

「知らね知らね...俺も寝るから、お前も寝なさい。電気代節約だ」

「...ベッドとか無いの?」

「金が無くて買ってません...」

 

 蛍光灯の電気を切ってカーペットに横になる。白夜も渋々と言った感じでソファーに横になった。

 なんというか、彼女を見ていると退魔師になったばかりの俺を思い出す。と言っても、彼女がその頃の俺に似ているとかそういうのじゃなくて、ただ単に彼女は不思議なだけで、悪魔憑きとの戦いとは無関係なんだなっていうことを今更思ったからだ。

 出来るだけ、あの時の俺と重なって欲しくない―――戦いとは無縁の生活を送って欲しい、これが本音だ。

普通に夜に寝て、朝に起きたりして欲しいだけだ。

 たった数時間前に会った他人に向ける感情じゃないのでは?とも思うが、今まで戦ってばっかりだったから余計にそう感じるのかもしれない。

 まぁ、最近は如月としかまともに会話してなかったから、なんか普通の会話できる人が増えて嬉しくなっているのかもしれない。まぁ、それは今の俺には分からないことなんだろうな、と結論付けて俺は眠くないながらも必死に目を閉じて、意識を薄れさせていった―――

 

「ねぇ」

「...どうしたし」

 

―――しかし、すぐに白夜が俺に何か尋ねてくる。

 

「そういえば、貴方の名前聞いてない」

「...赤塚無明だよ」

「無明...うん、覚えた」

「早く寝なさい」

「うん」

 

 それ以降は何か言ってくることも無く、俺も目を閉じて、今度こそ意識を薄れさせて、夜の長い時間を過ごした。

 

***

 

「...重いな」

 

 朝になったら、白夜が俺の上に乗っかっている。ソファーの近くで寝た俺の自業自得か。

 前々からずっと言ってるが全身真っ白であるため、一目見た時はでかい餅でも乗ってるのかと思った。

 

「...すぅ」

 

 こうして見ると普通に可愛いんだけどな、細かい輪郭分かりずらいけど。

 こう、体のラインとかは外界からめっちゃ切り離されてる感があって分かりやすいんだけど、全身が単色だから細かい顔立ちが中々分かりづらい。

 起きてる時は虚ろな目が若干不気味な印象だったが、寝ていればそんな印象もない。普通に年頃の女の子みたいな感じだ。昼はもっぱら寝てるから同級生の女子と話したこととかあんまり無かったけど、きっと同じだ。

 

「...俺はこれどうすりゃいいの?」

 

 独り言を漏らしてみるが、当然返事は無い。

 そこそこに重たいぞ白夜。いや、人間の体なんだから重くて当然なのだが。

 それに、下手にこいつを動かして起こしてしまっていいものなのだろうか?という疑念で動こうにも動けない。

 如月が前に課金で一文無しになって上がり込んできた時は容赦なく蹴飛ばして起こせたものだが、普通の少女―――いや、普通ではないのか?とにかくずぼら女の扱いは知ってても、少女の扱い方など知ってるはずもない。

 とりあえずポケットの中からスマホを出して時刻を確認すると、6時27分と出る。

 俺の家はそこそこ学校から遠いので7時半に出るぐらいがちょうどいい。

 いつもなら、普通に顔洗って飯食って行って来るだけなのだが―――

 

「...んん...すぅ」

「起きねぇな、こいつ」

 

―――このまま遅刻しろ、という命令か何かなのだろうか?

 それとも俺の上から叩き落せという試練なのだろうか。

 いや、よく考えたら今日学校に行く理由としては、山中先生に扮している悪魔憑きを浄化することだ。

 ここは学校が終わる時間まで寝て英気を養うべきなのでは?すると白夜は俺に二度寝しろ、という意味を込めて乗っかってきた可能性が微レ存?

 

「...今日は休むか」

 

 そろそろ留年になりそうだけどしょうがないか、これは仕事のためなんだ。

 適当な理由を心の中でつけて俺は二度寝するのだった。

 

***

 

「起きて」

「ん...あぁ?」

 

 白夜に起こされて周りを見渡すと、強い日差しが窓から入り込んでおり、部屋が暑苦しくなっている。これだから夏は。

 スマホを見てみると、午後の5時半だ。予想以上に寝入った。いや、いつもこの時間帯は寝てるから普通の睡眠時間なのでは。

 

「お腹減った」

 

 そんなことを考えていると、白夜が無表情で俺の袖を掴んでくる。無表情だけど可愛いな。

 そういえばこいつは朝も昼も飯食ってないのか、そりゃ腹もすくはずだ。俺もだけど。

 

「んじゃ...適当に冷凍食品おかずにして食うか...」

 

 寝起きで重たい体を引きずってキッチンへ。

 冷凍庫から冷凍食品のから揚げを引っ張り出して電子レンジに放り込んだ。

 その間に買い溜めして袋に詰め込んだ、これまた電子レンジで温めるだけの白米を二つ取り出す。

 そしてから揚げがチンされてほっかほかになったら、今度は白米を一個ずつ入れる。

 これだけで普通の飯が食えるんだから冷凍食品は凄い。やっぱり料理するのとは違って安定感が違いますよ。

 俺も一回外食中心の生活というものをしてみたかったものだが、そんな金もない。白夜が来て更にヤバくなりそうだし。在庫尽きたら冷凍食品も食えなくなりそう、これからは毎朝、卵かけご飯か...美味いけど。

 

「はい、出来たぞ」

「うん」

 

 数分して皿に乗った10個あまりのから揚げと雰囲気だけはよくしようとした感満載の茶碗によそわれた白米をちゃぶ台に並べる。別に白米はパックのまま出してもいいと思うけど、雰囲気は大事だよね、やっぱり。決して冷凍食品であることを誤魔化そうとしているわけではない、冷凍食品は正義である。

 だが、俺が数分経って食べ終わると明らかな異変が。

 

「?なんか思ったよりから揚げが減ってないような...」

「...?」

「...白夜さぁ、ちょっと聞いていい?」

「何?」

「お前、から揚げ食った?」

「食べてない」

「...じゃあ何で米食ってんの?」

「...そのままだけど」

 

 こいつから揚げは食べずに白米だけ食ってやがる、から揚げ嫌いなんだろうか?

 

「から揚げ嫌いか?」

「いや...なんというか」

「なんだよ」

「白い物以外は食欲が沸かない...」

「マジで言ってんの、それ!?」

 

 え?じゃあなに?こいつ白米しか食わなかったのってから揚げの色のせいなの!?それはちょっと...なんというか...ちょっと。

 あ、もしかしてあれか?野菜が嫌いな子供が緑色の食べ物を敬遠しがちなように、こいつも白色以外の色の何らかの食べ物を食って嫌いになってた、とか...いや、無理やりすぎるし、それじゃあどんだけ嫌いなものがあるんだという話になるか。

 

「ところてんなら...」

「ところてんならいけるんだ、あのプルプル食感ならご飯いけるんだ」

「うん」

「...から揚げ食べなさい」

「嫌」

「食って?」

「嫌」

「食えば美味しいから食べなさい」

「...はい」

 

 俺の少しずつ積み重なってきたイライラを察したのか渋々から揚げを口に運んだ。

 

「...美味しい」

「お前あれだけ拒否っといてその反応は無いんじゃないの?」

「ごめん」

「ええんやで」

 

 どうやら気に入ったようでパクパク食っている。感覚がずれているのか、普通なのかよく分からない。

 ここでスマホを再度見てみると、6時前だった。そろそろ行かないと先生に扮している悪魔憑きが帰ってしまうかもしれない。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くわ」

「?...どこに?」

「学校だよ...昨日俺と如月が喋ってたの見ただろ?あー、悪魔憑きって奴を倒しに行くんだけど...まぁいいや。とにかく留守番してろ」

「私も行く」

「は?」

 

 昨日の俺と如月の会話を聞いていれば、悪魔憑きが恐ろしいものだということは分かっているだろう。なのに私も行くとはどういうことなのか。というか、争いに巻き込みたくない俺の意図は看破してくれないのか。色がどうたらこうたら言っていたが、そこまで詳しい精神状態は分からないのか?

 

「...ダメだ、留守番しろ」

「嫌だ、行く」

「なんでだよ...」

 

白夜は相変わらず無表情のままだったが、なんだか簡単には折れてもらえなさそうだと思った。

しかし、そこまでして俺についてきたい理由が全く思い当たらなかった。

 

「...なんとなく?」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

少し溜めてまで言うセリフがそれか。こんな重要な時になんとなくでついてこられてたまるか。

 

「...ダメ?」

「逆になんでそれでOKされると思ってたの?」

「そこはかとなく、局所で甘い雰囲気だったから...」

「なんか俺の性格を計ってやがる!?恐ろしく感じるわ!!」

「お願い」

「だからなんでだよ...なんとなくっつっても、こうなんか目的があるだろ...それを聞かない限りは考えるまでもなく連れてかねぇよ」

「......」

 

そう言うと、白夜は言葉をまとめるためか、数十秒ほど黙った。

無表情ではあったが、顎に手を当ててるあたり、真剣に考えてはいるらしい。おそらく、多分、きっと。

 

「私、たくさんの色を見てみたいの」

「はぁ」

 

気の抜けた返事しか出来ない。

白夜にとっては色というのが重要な価値観を占めているのかもしれないが、やはり俺にはよく分からないものだった。

 

「人の喜びの色とか、悲しみの色とか...全部見てみたい。全部、全部―――」

 

そして、白夜は俺の眼をしっかりと見て言った。

 

「―――無明の色も知りたい。貴方の色を言葉にする方法が欲しい...私の色を...知りたいし、知って欲しい」

 

その眼は、会った時からずっとしていた虚ろな眼などではなく―――ちゃんとハイライトが入った、綺麗な眼だった。

それを見れば分かる。白夜の真っすぐで真摯な願い。思い。好奇心の全部が。

全身真っ白でありながら、その時、俺は彼女の姿に違和感を覚えたりはしなかった。ただの人間に思えた。

『私の色』というのが、どんなのかは知らないが、自分のことを知りたいし、知って欲しいというのは、普通の人間が抱く感情に思えたし、俺だって少なからず持っているからだ。

そして―――

 

「...ッチ、分かった」

「本当?」

「俺が責任もって連れてく」

「...ありがとう」

 

―――重なってしまった。自分と。

今の一瞬で分かった。白夜を争いとは無関係な場所に置いておくことは無理なことを。

こいつは自分の感情のために戦場に赴くことも厭わない類の人間だ。自分と同じで。

八年前、退魔師になると宣言した時の俺は今のこいつとそっくりだったのだろうと思う。

まぁ、俺に感謝した時のこいつの眼は既に虚ろなものに戻っていたのだが。

 

「それじゃ、行くとするか...」

「?...ねぇ無明。私を脇で捕まえてどうするの?」

 

ひょいっと持ち上げて脇に持つと、白夜が不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 

「お前を普通に連れ歩いたらやべーことになるわ。歯を食いしばっとけよ」

「う、うん」

 

俺はただそれだけ言うと、念動力で自分の体を浮かせ、学校に向かって高度700mほどを維持してすっ飛んで行った。

 

「凄い...速い」

「学校に着いたら大人しくしてろよ。出来るだけ見つからないように」

「分かった」

 

基本的に抑揚のない声でもあるため、本当に分かっているのかこっちが分かりづらい。

だが、わきに抱えた白夜を見て、俺は思った。

『似た者同士みたいだし、ちょっとぐらいこいつの我儘に付き合ってやるかな』と。

俺が退魔師になったばかりの時、周りはこんな感情を抱いていたのかな、と思いながら。

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