不祈の退魔師《いのらずのたいまし》   作:おどろおどろしい朧

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第四話 『S級悪魔憑き』

「おー、着いた」

「行く前も言ったがはしゃぐんじゃねぇぞ」

「うん」

 

『西林高校』。ここが俺が通っている高校だ。

着いたのは6時14分。もう教室には誰もいないが、運動場ではまだ運動部が部活をしていた。大会が近いとかで前よりも部活時間が長くなっている。熱心なのはいいことだが、今から仕事する俺から一つ要望を言わせてもらうと、さっさと帰ってもらいたい。

運動場も校舎も太陽のせいで真っ赤に染まっているように見える。この時間帯になると夕日が眩しい。

 

「ッチ、うっとしいんだよな...」

「...夕日嫌い?」

「嫌いだな、ちょっと前に色々あって。夕日っていうより火が嫌いだ、個人的に」

「そうなんだ」

「ま、イライラする程度だけどな」

 

雑談しながら校舎内に入っていく。

俺が来客用のスリッパを履いていると、白夜が裸足で先に進もうとしていた。そういえば靴ないんだったな、こいつ。

 

「こら、汚いからスリッパ履きなさい」

「ん、裸足でいい」

「よくない」

「...分かった」

 

こいつ、しょうもないところで少し意地張ってくるんだよな。

 

「無明って小うるさいよね」

「...そうかもしれん」

 

と、思っていたんだが、確かにスリッパの有無をわざわざ指摘するあたり俺も意地張ってるのかもしれない。

 

「これからどうするの?」

「んー、山中先生見つけても、この状況で戦闘に入りたくはないんだよな...どうすっか...」

 

廊下を歩きながら白夜が聞いてくる。

流石に退魔師の存在を一般市民にひけらかすのはまずい。

山中先生の住所を朝聞いて夜にそっちに乗り込んだ方がよかったかもしれない。

そう思っていた、その時だ。

 

「...なんだかおかしい」

「何が?」

「嫌な色...人が嫌がる色が、ここに溜まってる」

「よく分からねぇけど...」

 

白夜への返答に困りながら、廊下の窓の先を見てみる。その窓は運動場が見える方向のものだった。

そこから見えた景色に人がいなかった。

 

「なんだ...?部活してた連中がいない...?」

「?」

 

おかしい。明らかにおかしい。

俺が校舎に入る前には確かにいた運動部員が一人残らず消えていた。まるで最初から誰もいなかったかのように。

校舎に入ってから5分も経っていないにもかかわらず。

 

「どうなって...いや、この感覚は...まさか」

 

身体を撫でるように感じた違和感。間違えるはずもない、魔素の感覚だ。

 

「『人払い』っつーことは...ッ!!」

「......おはようございます、赤塚君」

 

すぐそばの教室から現れたのは山中先生、いやその姿をした悪魔憑きだった。

『人払い』。これは魔素を使って人に無意識の嫌悪感を与えて、この場から立ち去らせるという技術。

魔素の扱いに長けた悪魔憑き―――すなわちランクの高い悪魔憑きが好んで使う技術だ。

これで獲物の周囲だけ魔素を排除することによって獲物だけを残すことが出来る。獲物以外の周りの人間を立ち去らせて、獲物を好き放題するのが高ランク悪魔憑きの常套手段だ。

 

「まんまと罠にはめられたってわけか...いや、これはこれでラッキーだったのか...?よく分かんね」

「アンラッキーだと思いますよ。(ワタクシ)の蜘蛛の巣に入り込んだわけですから」

「蜘蛛の巣、か...」

「無明...あの人、嫌な色してる...」

「...具体的に言うと?」

 

白夜が俺の袖を掴んで上目遣いで話しかけてくる。嫌だって言っときながら無表情なんですけど。

 

「元の色を汚い色で上から無理やり塗りつぶしたみたいな...なんだか嫌」

「塗りつぶした、か」

 

悪魔憑きは人間の魂から肉体の主導権を奪っているようなものだから、その表現は確かに的を射ていると言える。

 

「ふむ、その少女は...?」

「お前には関係ない奴だよ、気にすんな」

 

関係ないって言ってるのに目を細めて白夜を見つめている。確かに真っ白だから気になるとは思うけど。

対して白夜はいつも通り無表情だ。なんかシュールだな、この絵面。

 

「霊素が多い...いや、考えるのは止めておきましょう。ここで二人とも始末し、平らげてしまえば同じことです」

「霊素が多い?白夜が...?」

 

『霊素』、悪魔が強くなるために必要な人間だけが持つ精神エネルギーのようなものであり、大体の悪魔はこれの摂取を目的として魔界からやってくる。

確かに個人個人で多い少ないはあるが大体の悪魔はそんなことをいちいち気にしたりはしない。気にするほど異常に多いのだろうか?

当の白夜は無表情で俺の後ろに隠れているだけだ。なんか自分のことが話題に浮かんでるのにちょっとも絡んでこないな。

 

「まぁいい、こっちだってお前の悩みなんてどうでもいい、サクッとぶちのめしてやるよ」

「言ったでしょう、貴方は私の巣に入り込んでいるのだと。巣にかかった蝶がそこから逆転できると思いますか?」

 

そう言うと、悪魔憑きは懐から何かを取り出そうとする。

 

「おっせぇッ!先手必勝だっての!」

 

何かされる前にぶっ飛ばすのはシンプルかつ王道な必勝法だ。俺も大好き。

前の悪魔憑きの戦いでこっそり盗んでおいたナイフを念動力で射出する。

 

「それが貴方の怪奇ですか...」

 

だが悪魔憑きは慌てる様子も無く、懐から取り出した物を振り始めた。

振ると、その先から何かが飛び出してくる。

 

「ペットボトル?」

 

悪魔憑きが取り出したのはどう見てもペットボトルで、飛び出した物はどう見てもただの水だ。

しかし、水がナイフに触れた瞬間、異変が起こった。

ナイフに触れた水が前触れもなく燃え上がり、ほぼ一瞬でドロドロに溶かしつくした。

 

「はぁ!?なんだそりゃ!?」

「貴方、全く対策とかしようと思ってないみたいですね。行き当たりばったりでは寿命が縮みますよ?」

 

ナイフに当たらないで飛び散った水が、同じようにいきなり炎上した。

放射される熱が俺の皮膚をじりじりと焼いてくる。

しかし炎の近くに立つ悪魔憑きは平気な顔だ。

 

「怪奇か...発動前に倒せりゃそれでよかったんだが...」

 

怪奇は人間だけじゃなく、長い間この世界に留まった悪魔憑きも使うことが出来る。

実はS級というのは、この『怪奇』というのが使えるようになるまでこの世界にいた悪魔憑きのランクであり、故にA級とS級の間には、実力面でかなり大きな壁があると言える。

大体、身体能力では間違いでも起きない限り悪魔憑きの方が強いのに、その上でこちら側のアドバンテージである怪奇を悪魔憑きも使い始めたら勝てるわけないのだ。S級退魔師であっても、タイマンでは負ける可能性があるぐらいだ。

 

「水を燃やす怪奇...奇妙だが、突破できないとでも思ってんのか?」

「...蜘蛛の巣にかかったと言っているでしょう」

 

俺が無理に余裕を見せて挑発してみると、悪魔憑きは呆れたと言わんばかりにため息をついた。

 

「ねぇ、無明。後ろ...」

「どうし...た?」

 

地味にきついと感じていた時、白夜が袖を引っ張りながら後ろを指さしていた。

その先を見ると―――いつの間にか、俺の後ろの廊下が水浸しになっていた。

 

「い、いつの間に...!?」

「最初から、ですよ。言ったでしょう」

 

そして俺が再び悪魔憑きを見ると、その眼は悪魔憑きの証である金色の眼になっていた。

太陽が沈み始めたことで暗くなり始めた廊下の中でその眼は存在を高らかに主張していた。

怪奇の恐ろしさはここだ。一回術中にハマった時の、この圧迫感、逃れようのない恐怖。

 

「蜘蛛の巣にかかったのなら、もう喰われるのみですよ」

 

その眼を見れば、誰だって感じる。白夜だって無表情だが、俺の袖を掴んでるあたり、きっと同じ感情を抱いている。

これがS級悪魔憑き。怪奇使いの悪魔憑きがもたらす正真正銘の恐怖。

だが―――

 

「...馬鹿言うなよ、こんぐらいで諦めるわけねぇじゃねぇか」

「ほお?」

「この程度は何回も通ってきた道だ...見てろ」

 

こういう時こそ空元気でもいいから余裕を見せなくては。

別にハッタリというわけでも、ヤケクソというわけでもない。

ただ戦場という、この場所において圧倒的有利な状況だったとしても、相手だって命を懸けている。

だったら弱気になってはいけない。なる暇もない。この時だけはネガティブを捨てろ、ポジティブだけを前に出せ。

怒るでもいい、笑うでもいい。ただ命を懸けているこの時は―――

 

「蜘蛛の巣なんてな―――」

 

―――相手より強気でい続けることが何よりも強い。これが俺のモットーだ。

 

「―――例え虫大嫌いな女子だろうと、鉛筆とか道具使えば簡単に破れる脆いもんだって教えてやるよ、先生」

 

さて...どうするかな、この状況。

俺は静かに策を考え始めた。一発逆転の方法を。

 

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