不祈の退魔師《いのらずのたいまし》   作:おどろおどろしい朧

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第五話 『炎の巣』

「で...結局どうするの」

「どうって...まぁ」

 

前には悪魔憑き、後ろは燃える水が張っている。どっちに突っ込んでいっても相手の怪奇の的になるだけだ。

だが、一つだけ道が残されている。

 

「逃げるぞ、白夜!」

「うん」

 

俺はポケットに隠しておいた煙幕玉を地面にたたきつける。小麦粉をカプセルに詰めた簡易的なものだが粉塵が巻き上がって視界を防ぎ始める。

 

「煙幕ですか...」

 

悪魔憑きが俺達を見失っている隙に、白夜の腕を引っ掴んで悪魔憑きが出てきた教室に入る。

後ろの廊下が水浸しだったのは、恐らくは生徒が使う蛇口やトイレの水道なんかを壊したりしたからだろう。あいつが直接水を撒いていたわけではないはず。

だったら教室の中はまだ水が張っていたりはしないはずだ。

 

「ビンゴッ!このまま窓から―――」

 

思った通り、教室の床に水が張っているなんてことは無かった。

しかし、窓を破壊してまずは外に逃げようとした時、いきなり窓が炎上した。

 

「無明、塞がれた」

「ッチ、窓だけは対策されてたか...!」

 

見れば窓枠の溝に水が入っていた。

いつも冬に暖房を利かせた部屋に入っていると窓の水滴が落ちて、こんなことになっていたりするが、今回ばかりは悪魔憑きが水を流したのだろう。

 

「私が巣から逃がすと思いましたか?もう気は済みましたか」

「うっせぇ、気が済むのは目的果たすか死んだときだろうが、適当言ってんじゃねぇ」

 

悪魔憑きが勝利を確信した不気味な笑みを浮かべて教室の外から話しかけてくる。

この状況、悪魔憑きからすれば教室の中に入ることは、いい判断とは言えない。

教室の中に水は無く、あいつが持っているのもペットボトル分の水しかない。しかもさっき消費してたし。

その状態で俺と近接戦をすれば、念動力の餌食になる。こういった、勝利目前でありながら自分の負け筋をちゃんと考えれる奴は本当に厄介だ。

金属製のナイフがちょっと燃えただけで溶けたところから見ても、あの炎は普通の炎よりもかなり温度が高いはず、窓を念動力の速度で突っ切るのも良策とは思えない。壁を破壊するのも思いついたが、相手側も対策していないとは考えづらい。

ならば―――

 

「白夜、上に逃げる」

「上って...」

 

無表情ながら声が少し不安げな白夜にニッと笑顔を向けながら、俺は袖口から家から持ってきた隠し武器、1キロのダンベルを取り出し、即座に天井に向けてダンベルを射出した。

一瞬で最高速まで加速したダンベルはものの見事に天井に直径2mほどの穴を開けた。

 

「む、あそこまで威力がありますか」

 

感心したような声を出す悪魔憑きを無視して、俺は白夜を抱えて、念動力で二階の教室に登った。

二階は凄惨な状況になっており、開いた穴を中心として机はもちろんあらゆるものが放射状に吹き飛んでいる。俺のせいだけど。

だが、俺のせいでもないものが一つ。窓が赤く燃えている。

炎の先にうっすら見える外の景色が俺にもどかしさを植え付けてくる。こんなに近くに出口があるのに逃げられないなんて。

 

「ここも対策済みってことは、廊下はもちろん、他の教室の窓も、か」

「どうするの?これじゃ...」

「あぁ、二階の蛇口も捻られてんだろうな」

「水を浮かせられないの?」

「液体とか気体は無理だ...」

 

これじゃどんどん廊下に水が増えてきて俺達の移動範囲が狭まってしまう。

とにかく確認が大事だ。二階の教室から廊下に出てみれば、一階よりは少ないが、やはり水浸しになっていた。

見ていれば、少しずつ少しずつ水が増えてきている。だが、その増えるスピードは一階よりも遅く感じた。

 

「...二階の水は階段から下りて行って一階に流れていく分があるから増えにくいのか...だけど、このままじゃ燃えるのは必至...」

 

俺達がこの炎に触れれば、ほぼ一瞬で燃えて死んでしまう。それは間違いない。

しかし、あいつ自身は炎の中でも平気そうだった。恐らく燃やす対象を決めることが出来るのだろう。

それによって、この形成された炎の巣を崩さないよう、学校を燃やさないようにしているのだ。

水が足りなくなるということもないようだ。普通燃えていれば、燃料となる物質はどんどん減っていくものだが、水が減る様子はない。水を燃やすというよりは、水の上に不思議な炎が浮かんでいる感覚だ。

それに、本当に水が燃えてるのだとすれば酸素が必要だ。そして不完全燃焼でもしてしまえば一酸化炭素が出来る。こんなに大規模な火事で、しかも校舎全体が密閉されているのなら、俺達は既に一酸化炭素中毒で死んでもおかしくはない。だが、そうなっていないということは、そういった普通の『燃焼』とは違うのだろう。怪奇なら別に何もおかしくはないが。

 

「あっつッ!このままここにいるだけで焼けそうだ...」

「うん...」

「これだから火は嫌いなんだ...クソが」

 

ちょっと昔のことを思い出して思わず悪態をつく。

考えていると、舞った火の粉が届くぐらいにまで炎、もとい水が近づいてきていた。

白夜も真っ白な体の上に汗をびっしょりかいているようだった。このままここにいても何も始まらない。だが、悪魔憑きの元に行っても何かできるわけではない。

 

「ッ!?痛ぇ!?」

 

その時、俺の左肩の部分に猛烈な痛みが走った。

見れば、服の左肩の部分に火が移っている。

 

「クソッ!ちょっとした火の粉で燃え移るとかどんな炎だよ!?」

 

すぐに左の袖を破り捨てた。

火は袖からどんどん床を燃やし、焦がしていく。

 

「あ?待てよ...?」

 

これに俺は違和感を覚えた。

なんで床が燃えている?

それに床に捨てられた袖の火はすぐに消えてしまった。これではまるで―――

 

「今の火、火の色がした」

「え、何その崩壊した文章は」

「あの水から出ている炎は炎の色じゃない。でも、今服についていた火はただの火の色がした」

「......」

 

―――そうだ、これではまるで普通の火だ。

服と酸素を燃料として燃えるだけのただの火のように見える。

その時、俺は煙幕玉を使った時のことを思い出した。

 

「まさか...」

 

俺は廊下を見渡す。この時の俺には白夜の声は入ってきていなかった。

見れば、既に水が周りを取り囲んでおり、ここからどこかに行けるとは思えなかった。

だが、一つ思いついた。奴の巣を利用した策を。

 

「白夜、この巣は壊せない」

「え...?」

 

白夜は俺の顔を覗き込んできた。

当然だ。さっきまで絶望的状況ながら軽口を叩いていたのに急にこんなことを言ったら誰だってビビる。

だが、違う。別に諦めたわけじゃない。

 

「壊せないからこそ、あいつを倒せる」

 

俺はポケットの装備を確認しながら、白夜に自信をもって断言した。

 

***

 

「さて、もうそろそろ二人とも燃え尽きたころでしょうか...」

 

悪魔憑きは最初の位置から全く動いていなかった。別に動かなくてもいずれ彼らは死ぬと分かっていたからだ。

窓も廊下も水によって燃やしており、壁を壊されても、外には水を撒くホースを置いておいた。それによって壁を濡らし続けている。これで壁が壊れても炎の壁を作ることが出来る。

脱出できるはずがない、この巣からは。

そう思っていた、その時だ。

 

「...よぉ、巣の主さんよ」

「どうかしましたか?今度こそ諦めたのですか」

「馬鹿言っちゃいけねぇよ」

 

突如、教室の穴から降りてきた二人を訝しげに見る。

悪魔憑きが見た無明の表情は、さっきまで自分がしていた勝利を確信した笑みだった。

 

「さて、俺は少し勘違いをしていた」

「何をですか?」

「この巣が滅ぼすのは俺じゃない、お前だ」

「は?」

「今から見せてやるよ、あんたの巣の本当の姿」

 

そう言って無明が投げたのは、教室に逃げ込む時に使っていた煙幕玉だ。どうやら二つ持っていたようだった。

 

「煙幕など...どうせ貴方たちはゆっくりと焼けるだけ...」

 

その時、悪魔憑きは煙幕の中に影を見た。

そして次の瞬間、煙幕の中から飛び出してきたのは、教室の机だった。

 

「奇襲のつもりですか!?甘いですよッ!」

 

今まで立ったままだったとはいえ、間違いなく悪魔憑きなのだ。

例え、超スピードで飛来する机だったとしても対処できないはずがない。

 

「これでェ!!貴方の策もお終いですッッ!!」

 

大きく腕を振り上げ、机をチョップで真っ二つにして悪魔憑きは大声で『お前の策は尽きた』と、『私の勝ち』だと言い放った。

 

「そうかねぇ?俺の策はな...あんたがそうやって対処するまでが第一段階よ」

 

だが、その大声こそが合図。

 

「ッ...これは!?」

 

机の下には教科書を入れる引き出しのような部分がある。真っ二つに割いたことでその中に入っていたものが露になる。

それは無明がさっきまで着ていた服だった。そして机から外に出たことで周りの火の粉に触れ始め―――瞬く間に燃え上がり、『ただの炎』となり、机を真っ二つにした手を焼き、悪魔憑きが着ていた服に燃え移り始める。

 

「あぁぁぁぁ!?や、焼けるッ!?これはぁぁ...!!」

「あんたの温度の高すぎる炎が仇になったなッ!どうした、早く消さないと大変なことになるぜぇッ!!」

 

しかし、消す暇もなく無明の追撃が入る。悪魔憑きが持っていた怪奇に使う水入りペットボトルを念動力で持ち上げられ、そのまま足元にこぼされてしまう。

 

「ッ!?私のペットボトルを!?」

 

そして床や足やズボンについた水はあっという間に燃え上がる。さっきから怪奇をフルで使用していたし、今の状況では調整しようなんていう考えは頭から抜けていたからだ。

だが、当然悪魔憑きを燃やし尽くすわけではない。どうせ温度すら感じていないだろう。

だが―――

 

「熱いッ!これはぁぁ!?」

 

―――分からない。見た目では『ただの炎』か『怪奇の炎』かなんて見分けはつかない。

悪魔憑きは本当なら分かるのかもしれないが、火傷の痛みでそんなことを気にしている暇はない。

そして『ただの炎』がどれか分からないと言うことは、消しようもない。

今服のどの辺まで燃えているのか?痛みも最早全身にわたっているように感じる。

 

「クソォォォォッ!!」

 

たまらず悪魔憑きは怪奇の炎を消した。消せば残るのはただの炎だけだ。

 

「やっと消したな、炎上教師」

「ッ!!!」

 

だが、一瞬でも消せば―――一瞬で加速できる無明の餌食だ。

まるで瞬間移動のように悪魔憑きの眼前に現れた無明は顔面に拳をぶち当て―――

 

「うおりゃあああぁぁぁッ!!!」

 

―――念動力の速度も乗せて思いっきり殴りぬけた。

悪魔憑きは後頭部で学校の壁をぶち壊して外に吹っ飛んでいく。地に着き転がりながら更に無明との距離を開けて行く。

 

「これで...俺もお前も振出しに戻ったな...!」

 

吹っ飛ばされた悪魔憑きの耳に無明の張り上げた声が響く。

 

「こっから先にゴールに着くのは俺か...お前か、決めようぜ」

 

それは第二ラウンド開始の合図。

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