「クッ...まさか、突破されるなんて思いませんでしたよ...」
「ま、俺も上手くいくかどうか半信半疑だったけどよ...」
相手の悔しそうな顔を見ると、作戦が成功したんだという実感がわく。
俺は悪魔憑きが思いっきり開けた壁の穴から悠々と外に出る。
なんかホースで水を撒かれていたので、蹴っ飛ばしておく。やっぱり対策はされていたか。一階の教室で短絡的にぶっ壊してたらヤバかった。
「......」
「おい白夜!早く出ないと今度こそ助からねぇぞ!?」
「うん」
後ろを見ると白夜が無表情でもたもたしていたので、催促する。
そして無事に白夜も外に出ることが出来た。無表情で声に抑揚が無いという要素が消えていないが、さっきまで確実に不安は感じていたはずだし、なんとなくだが脱出できて声が明るいような気がする。ミステリアスな奴ではあるが、よく見れば感情があるのがよく分かる。
「私が学校を壊そうとしない、という要素を突いてくるとは思いませんでした」
「あぁ...お前の怪奇は水の上に炎を出現させるようなもの。しかし水から離れて他の物に燃え移れば、それは怪奇の『外』のただの炎だ。そうなれば、あんたも火傷を負うし、学校だって焼ける。俺の煙幕...それを恐れたんだろ」
俺の煙幕玉は小麦粉だ。だからマッチでも放り投げれば燃える。だが、それで燃えたらそこから縦横無尽に燃え広がってしまう。
校舎が燃えれば崩れてしまう。しかも燃え移った炎は触れれば溶けてしまうような超高温ではなく、火傷よりも一酸化炭素中毒が怖いような、ただの炎だ。俺の念動力で突っ切れないものじゃない。だから煙幕を燃やさなかった。脱出されてしまうから。
更にあいつが手動で燃やすものを決めているのなら、まず視認することは前提条件と言える。だから飛んできた机を反射的に壊すことで対処した。あそこで燃やされてたら俺のシャツはあいつにたどり着く時には燃えカスになって何の意味もなさなかっただろう。
あいつが机を燃やすことなく、机がシャツを奴の視界から遮り続けたからこそ、絶妙なタイミングで火の粉から燃え移った。
巣を壊すことはできない。何故ならあいつが壊そうとしないから。壊させないから。だったら壊さなければ負ける状況にしてしまうしかない。かなりギリギリだったとは思うが。
「まぁ、そんなことはいいんだ。これで俺も自由に動ける...」
「......」
俺が拳を構えると、悪魔憑きも同じように拳を構える。
「...逃げねぇのか」
「何?」
「お前は最初に計画していた作戦を俺にぶっ壊された。振出しとは言ったが、確実にお前が不利だ。それでも逃げないってのか?」
不利になれば逃げる。当然だ、それが普通。
だが、俺が質問すると、論外だという顔で悪魔憑きは言った。
「...逃げれば、貴方は怪奇で私を追うでしょう。逃げ切れるわけはない、逃げれたとして次はどうなるというんですか?貴方が私の逃げた先を知り、もう一度戦うことになった時、貴方は今度は絶対私の巣には入ってこない」
「そうだな」
「私は勝ちますよ、そのために一番勝利に近い方法を選んでいるのです。私は...貴方相手に本気を出さない程愚かではありません」
「...そうかい」
***
その時、無明は笑った。
私が見ていた色が少なからず変わった。
黒の奥にあった赤が『今は関係ない』とばかりに黒に混ざって消えていくのが分かった。
そして、あの悪魔憑き、という人もその色は変わっていた。
あの子供の落書きのようにただただ塗りつぶされていただけの色だったはずなのに、今はそれを更に塗りつぶすように、ただただ黒く、黒く染まって―――無明と全く同じような色になった。
それがどんな色なのか―――見たことはない。こんな綺麗で光沢のある黒なんて見たことは無かったけど、なんとなく分かる気がした。
だって、二人ともその笑みで語っているから。
「貴方を殺して勝つ...ッ!!」
「なら、ぶっ殺してやる...ッ!!」
遂にその笑みを消して険しい顔で本音をぶちまけた二人。
先に動いたのは無明だった。
あのすごいスピードで飛べる術―――念動力を使ってほぼ一瞬で悪魔付きの眼前に現れて、握った拳を思いっきり振りかぶって顔面に向かって突き出した。
そんな大振りの拳を顔を逸らして紙一重で避けた悪魔憑き。掠った頬から血が飛ぶ。
悪魔憑きの掌底が無明の腹に直撃する。
「ガッッ!?」
「次...!」
苦し気に吐き出された息と共に血を吐いてしまう。それを見れば、内臓にダメージを負ったことが分かる。
そして狙い目と思ったのか、悪魔憑きは回し蹴りで追撃にかかる。
だが、それを見た無明は顔をしかめて、咄嗟に後ろに下がる。
「なっ!?」
「次喰らうのはてめぇの方だろッ!!」
悪魔憑きの回し蹴りで前に突き出された足をつかみ取り、ジャイアントスイングの要領でぶん投げる。
悪魔憑きはきりもみ回転しながら飛んでいくが、空中でバランスを取って両手両足を地面につけ、地面を滑るようにしながら少しずつ速度を落として止まった。
それと同時に再び念動力で距離を詰める無明。
それを見た悪魔憑きは右に移動し逃れようとするが―――
「グゥッ!?」
―――タイミングが合わず、それを攻撃前に視認した無明は念動力で浮きながら逃げようとした方向とは逆の左の方から蹴りを叩き込み、また吹っ飛ばしていく。
更に追撃をかけようと念動力で追いかける。
「ッ...!?」
だが、無明はすぐにそれが悪手であったと知る。
悪魔憑きが吹っ飛んで行った方向は校舎側。そしてすぐそばには―――
「ホース!?」
「ふふ...」
―――悪魔憑きの怪奇の発動元。水を流していたホースがそこにあり―――そして既に悪魔憑きの手がホースを掴んでいた。
恐らく最初から狙っていた構図、展開。それに無明は嵌ってしまった。
水をかけられれば、間違いなく死ぬ。
その情報は私の頭の中にもしっかりと恐怖として鮮明に記憶されていた。
「無明...!」
私は彼の名を呼んだ。
初めて名前を知った人。初めて名前を付けてくれた人。
不思議な色をした人。嫌いじゃない色をした人。
だけど彼を見れば分かる。今は届かない、私の声は。周りの雑音は。
彼の見ている先は一つだけだから。彼が聞いているのはその視線の先にいる人の声だけだから。
まだまだ分からないことだらけだけど、彼を見ればきっと誰だってそれだけは分かる。
だからこそ―――
「まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!!」
―――きっと彼は生きる。私の中にそんな根拠のない―――だけど、何故か信じられるその言葉が浮かんだ。
無明の念動力が、無明自体から離れ、ホースを操作し始める。
「ッ!?クソ...ッ!!」
「うおおぉぉぉぉッ!?」
ホースは持ち上がらない。念動力で地面に押さえつけられ、そこから出る水が無明に向かうことは無かった。
だが、超スピードで低空飛行していた無明は急に飛行能力を失い、地面を転がった。
全身に擦り傷が出来て、その姿は痛々しい。だけど、無明はそんなことは全く気にしていない。
タイミングよく地面に思いっきり両手をつき、身体を浮かせて一回転して足から着地した。
そしてそのままの勢いで走り―――
「ッ...!!」
―――悪魔憑きの頭を右手で校舎の壁に押さえつけた。その衝撃で壁にひびが入るほど強く、強く。
悪魔憑きはホースを離し、両手で無明の右手を離そうとする。
だけど、もう遅いようだった。
「こ、これは...ッ!?」
少しずつ剥がされていく無明の右手が掴んでいたのは―――私には分かる、あの悪魔の魂だ。
あの悪魔の本来の色が―――紛うこと無き純粋な色があの中にあるのが見えた。
「吸魂...どうやら間に合ったみてぇだな」
「グッ...!...」
引き離されれば引き離されるほど、悪魔憑きの両手の力が抜けて行った。
そしてほとんど剥がされた時には、最早指先を動かす力もなくなってしまっていたようだった。
「ここまで、ですか...」
「あぁ、じゃあな...『神によろしく言っといてくれ』」
「神に...ですか...ハハハ、貴方そういうことですか...」
私には分からなかった。殺されかけている悪魔憑きが笑っているのか。
ただ、その笑いはたただ諦めて自暴自棄になったような笑いじゃない。ただただ今のこの状況が面白いと言わんばかりの力がこもっていないなりの軽快な笑いだ。
「...いいでしょう」
「...ありがとう」
そして感謝の言葉を述べた瞬間、無明は左手でボディーブローを喰らわせ、同時に右手を思いっきり引っ張った。
その手に乗った悪魔の魂を躊躇なく握りつぶした。
無明は数十秒は無言だった。動きもしない。俯いて自分の右手を見て、何回も拳を握ったりしている。
気が済むまでやると、私の所まで歩いてくる。
「終わった...クッソ、腹いてぇな...」
「無明、大丈夫?」
「あぁ、死んではねーから...そうだ、電話して報告しとかねーと...」
左手でお腹を押さえながら、多分あの如月っていう女の人に電話を掛ける無明。
数分間、事情を説明してから電話を切る。
「学校壊すとか何やってんだって怒られた...まぁ、3日ぐらいで直ってんだろうけど。退魔連合の技術力よく分からないんだよな」
「ご愁傷様」
「あぁ...癒しが欲しい。早く帰ろうぜ...あー、腹いてぇから歩いて帰ろうかな...念動力だとどっかで誤爆しそ」
「うん、いいよ」
「バレそうになったらお前だけ上空に打ち上げるか」
「別にいいけど」
「いいんだ」
そんなやり取りをしながら、私と無明は家へ歩き始めた。
当然、私は詳しい道なんて分からないから無明についていくように歩く。
私は無明に聞いてみた。
「ねぇ、あの悪魔憑きっていう人と戦ってる時...」
「ん?」
「無明...笑ってた」
「......」
「無明の色...凄く綺麗だった。悪魔憑きの方も...」
「そうか」
「どんな気持ちで戦ってたのか...教えてほしい」
「......」
無明は黙ってしまった。私の方が後ろだから顔が見えない。
こんなところで話すことではないのかもしれないけど、さっきの人払い?っていうもののおかげか他の人は歩いていないようだった。火事になってるのがバレないように広範囲に使っていたのかもしれない。
だから聞いた。よく考えずに言ったのは認めるけど。
「人間ってのは追い詰められると祈るだろ?」
「祈る...?」
「あぁ祈る。助けてほしいだとか、攻撃が外れてほしいだとか、とにかく祈る。自分じゃない誰かに、神だとか霊だとかに祈るんだ」
「そうなんだ...」
「でも、あいつらは祈らない」
「え?」
「悪魔は祈らない。だから...別に俺はあいつら嫌いじゃないんだよ」
「......」
「確かに町壊したりするし、人を殺す。もし、俺の友人とか殺されたら普通に怒るだろうな。でも、あいつらはどんだけ追い詰められようと祈ったりしない。最後まで一番勝てる方法を模索して、偶然に頼らない。攻撃が飛んで来たら、どんだけ弱ってても避けようとする。俺から言えば...そこだけは尊敬出来るんだよ、そこだけはな」
「...そっか」
「あぁ、だから...あいつらが相手なら...ただただ純粋に『命を奪う』とだけ思える。『敵意』を向けることがどれだけあろうが、俺はあいつらに『悪意』を向けられる気がしねぇんだ。だから話しかけてなんとなく同意してくれる奴がいてくれれば、とでも思って毎回話しかけてるんだが...最近は日が浅くて話せない奴多いから...」
「嬉しかった?今日」
「まぁ、な...久しぶりに喋れた感じだ。どんな話しようが、俺もあいつも殺意が消えるなんてない。あいつらが相手なら何をしようが『殺し合い』から離れられない。なんというか...命を張っているって自覚がない奴が嫌いなのかもな、俺」
「そうなんだ...」
私が納得すると、無明はこれ以上何か言うことは無かった。
無明は純粋だ。純粋に悪魔憑きを殺そうとしている。それに命を懸けている。
そして、その意味を十分に理解している。だから理解していない人が嫌いなんだ。
それはきっと祈っている人のこと。命を懸けて、自分を殺しに来ているはずの人が追い詰められれば祈り、助けを懇願する姿が、きっとこの世のどんな事よりも嫌いなんだろう。自分の命を祈りで冒涜されるのが、嫌いなんだろう。
「いてて...これ入院かな...やべぇ、金が...金が...」
「......」
最初に見た時、私は無明のそんな姿を―――無意識に知っていたのだろうか?
だから近づいたのか?だからついていったのか?
今は分からないけど―――無明の色は、別に嫌いではない。それだけは確かだった。
***
「ん...?」
「......」
少し後ろを見てみれば、なんと白夜が少しだけ、本当に少しだけ微笑んでいた。
なんだろう、なんかちょっと怖いな。今まで全くの無表情だったのにいきなりどうしたのか。
そういえば、こいつは戦いの中でどう思っていたのだろう。
色んな色を見てみたいとか言ってついてきてたけど、結局それはどうなったんだろうか。
「......」
いや、この顔を見ると今日は収穫があったみたいだ。
なんというか、落ち着き払っていたというか、感情が無かったというか。
戦闘中でも火の色なんてものを見分けていたぐらいだ。いや、まぁ確かにあの発言で怪奇の特徴を掴めたんだけど。
彼女が戦闘に参加した理由は正直、よく分からない。だが、非力なのに死地に飛び込んでしまうぐらいには覚悟もあるし、無謀でもあるようだった。しかも、反省してる様子はなさそうだ。
「なぁ、白夜」
「何?」
「お前、今日はひどい目に遭っただろ?これからはやっぱ留守番しねぇか?」
「......馬鹿」
「ん~待ってぇ?なんでそうなるの!?」
「無明言った。祈る人は嫌いだって」
「い、言ったね、それが?」
「私だって、自分がやりたいことが勝手に達成されないかな、なんて祈る気はない」
「ッ...」
揺さぶってみたつもりだったが、どうやら怒らせてしまったようだ。
「だから、私は無明が連れて行ってくれなくても一人で行く。死ぬかもしれないところにだって」
「わ、分かった。悪かったって...追いてかねぇよ、これからも」
「本当?」
「勝手に死なれちゃ目覚めが悪いだろうが...」
「なんかごめん」
「...いいよ、嫌だったら普通に嫌だって言うんだから。お前連れてくっつったのは俺だ、気にすんな」
彼女も祈りはしない。それは最初から分かっていたことだ。あいつは最初に言っていた。『連れてってくれ』と、決して『守ってくれ』ではない。自分を殺し合いから遠ざけようとしていたわけではない。
白夜は一途だ。自分の目的のために自分の命を懸けることに躊躇いがない。
彼女はその意味を十分に理解している。だから、自分でやろうとする。
どんな死地だろうが壁だろうが障害にも思わない。その障害を突破する力もないのに。
だが理解はしてるんだろう。自分の力で進まなきゃ意味が無いのだと。それだけを理解しているから、守ってほしいとは思わない。
つくづく無謀な奴だと思う。だが、俺としちゃそんなこいつは好きな方だ。
自分の力を理解している。だが、戦闘中に彼女は弱音を吐いたりはしない。火がどれだけ熱くても、涙だって流していない。
弱くても祈ったりしない。死地に飛び込んだのは自分自身だと、人のせいにしたりはしない。
だから守ろうと思えるのだろうか。来るときも思ったが、退魔師になったばかりの俺に似ているから。
「分かった気にしない」
「あぁ、気にすんなよ」
こいつと一緒にいることが、もう既に俺の中で居心地のいいものになっているのだろうか?
よく分からないが、こいつが嫌いじゃないということは、そういうことなんだろう。
この無謀な子供が好きだから、守ろうと思えるんだろう。無謀なところが好きだから。