「これは、ちょっといけないかもしれません」
降り注ぐ弓矢を盾で受け止め、返すようにアサルトライフルで反撃。これを数度繰り返して、最初の戦闘は終了した。
「ケンタウロスかな?」
「半人半馬、弓を主武器にする。伝承にある通りの姿ですね」
ケイティの言葉に頷きを返す。確かにこの階層、ちょっと難しいかもしれないかな。
――時間は少し巻き戻る。
テキサスダンジョンの41層は未知の空間だった。これが奥多摩ダンジョンで何度も挑戦した海ステージなら本当にただの様子見だけの予定だったんだが、目論見が外れた段階でケイティは目標を変更。一先ずヤマギシチームのメンバーが居る現段階で41層の威力偵察を行う事とした。
その為、一旦地上に戻って準備を行い、再度41層へ。どこまでも続く草原の道を行くために、地上から持ち込んだ二輪にブラスチーム+鈴木姉兄妹の3名が跨って走り始める。二葉は無免なので俺の後ろに乗っている。
今回、俺と一花、それに二葉は見学――というよりは万が一の保険としてこの場にいる。ケイティ達ブラスチームだけで行けるところまで行ってみて無理そうなら俺たちが助力しながら撤退、というのが作戦になるかな?
最初の戦闘――ケンタウロス達と遭遇したのは、走り始めて数分もしないうちだった。
『敵影発見! 先制かけるよ!』
最初に気づいたのはブラスチームの一人で、ケイティの妹のジェニファーだった。ブラスチームの装備は米軍がダンジョン探索のために開発している最新鋭の物を使用しており、彼女たちが着用しているヘルメットにはセンサーや無線機能などの便利機能がぎっしり詰められている。一度被らせて貰ったことがあるのだが、鉄男さんのスーツを思い出す風景だった……駄目だな、まだ感傷的になっちまう。
ともかく、その高性能ヘルメットのセンサーで接敵に気付いたジェニファーは周囲に警戒を行い、背に担いでいたバカでかいライフルを構え、発砲。パスン、とデカさのわりにはそれほど大きくない音を立てて発射された銃弾は標的を捉え、一体を撃破。これなら接敵前に削り切れるかと思った矢先、敵は動きを変えた。
直線的にこちらを狙うのではなくジグザグと細かく、更にぐるりと取り囲むかのように獲物を中心としてグルグルと相手の周りをまわって、少しずつ距離を詰めてくる。非常にいやらしい動きだ。
「騎馬民族の狩猟法だね。巻狩みたいな感じかな」
「近づきながら弓矢で相手をじっくり弱らせる。理にかなってる」
『敵影3から5に! 新手が来た!』
更に増援も早い。恐らくライフルの音を聞きとがめたのだろう連中がパラパラと集まってくる。下半身が馬なだけに速度も速く、また遠距離攻撃の手段も持っているため手数も多い。なにより明確に戦術を理解した動きをしてくる。
こいつら、どう考えても奥多摩の41層にいたデカいサメよりも強いぞ?
「強いっていうより巧いって感じじゃない? ケイティ! 助けはいる?」
「まだ大丈夫!」
一花の呼びかけに盾を頭上に掲げたままケイティが応える。あの弓矢、当たり前みたいにバリアを貫通してくるな。まぁ、39層に居たエルフの影(狩人)だってバリア貫通してきたんだからそらそうかって話ではあるんだが。
新しい防御手段を考えるべきかなぁ、と自分に飛んできた弓矢を回し受けで叩き落としながら考えている内に戦闘は終了し、そして冒頭に戻る。
「通常の銃弾は効果なし。魔鉄で弾頭を作った物じゃないと意味がないな」
使用したライフルの簡易チェックを行いながら、ジェニファーがそう口にする。戦闘中、盾を掲げながら器用に片手で弾倉を変え、幾つかの銃弾を試していたらしい。一花と同い年で今年から大学生だと聞いていたが、軍服をベースにしたデザインの専用装備に馬鹿でかライフルを背負った姿がよく似合っている。
「ちょ。スパ、違うイッチ止めてくれよ。恥ずかしいじゃないか」
おっと、思念の伝達が発動してしまったか。気恥ずかしそうに視線を逸らすジェニファーさんからは、ダンジョンに入る前の気落ちした様子は見受けられない。彼女、俺の知る限りだとシャーリーさんの次位に熱心なマーブルのファンなんだ。例のネズミーさんとの件、マーブルのファンであればあるほどにショックが大きいらしい。
ここ数年のマーブルの勢いは本当に凄かったらしい。その前の落ち込みを知っているからこそ、往年のファンは近年の大きな進歩に期待していて、だからこそ例の報道には強い落胆をしたんだとか。流石に自分より年下の子に顔を合わせた瞬間に泣かれるのは、その。ちょっと心が痛かったかな。
「ケイティ、進言。無理しないで良いと思う」
「……そうですね。連続で来られるとかなり厳しいのは分かりましたし……今回の威力偵察としては十分な成果でしょう。イッチが居る内がチャンスではありますが……」
まぁそういった俺の心の痛みはどうでもいいとして。一戦目は切り抜けられたけどかなり手間取る場面も多かったからここは無理せず安全第一がヤマギシ流であるし、それはケイティも承知しているはず。
現状この階層だと怖いのは連戦の事故死くらいだろうし。ボスがどうかは分からないが、必ず俺たちが居ないとって感じはうけない。奥多摩の方でもどっちかというと41層より42層のウツボの方が初見殺し感あったから、恐らくこちらもそういった流れじゃないかと推測してみる。
まぁ、とはいえだ。テキサスダンジョンの新階層がこんな感じという事は、全世界のダンジョンにも差異が出てくる可能性が高い。その全てをヤマギシチームでクリアするわけにもいかないし、各国のトップチームも初見殺しを前提にダンジョン攻略を進めていく必要が出てくるだろう。
今回のテキサスダンジョンで俺たちが手を出さなかったのも、そういった新規階層への挑戦という経験値をケイティたちブラスチームに積んでもらうという意味合いがある。撤退の判断を促さずに自分で判断してくれていたら及第点と言えたんだけどね?
「そうですね。新階層でのアタックは、いつもキョーちゃんと一緒でしたから……」
そう言ってケイティはポッと頬を赤らめる。さらっと惚気ないでくれます??? てかこれ恭二の奴やっぱりケイティに手を……っ!!?
カーッ! 見んね一花! なんて卑しか男ばい!
「いや、恭兄もケイティも良い大人だしね。むしろお兄ちゃんこそさっさと相手を見つけてお父さんたちに孫の顔見せようと思わない?」
「善処しています(震え声)」
『……え。い、イッチって男色じゃなかったの? 全然恋人のうわさがないから、てっきり』
やめてくれジェニファー。その言葉は俺に効く。
俺は、俺はノンケなんだよぉん!!?
帰り際に絡んできた草原の王に
ブラス家が惜しげもなく投資した結果。たったの2年で人口がそろそろ万に届くという規模の都市になっているみたいだ。
当然この町においてブラス家は支配者という立ち位置で、そこのお嬢様でかつ恐らく全米でも五指に入る有名人であるケイティは完全にお姫様状態で、ダンジョンの受付に姿を現した瞬間にモーゼのように人の波が割れて道が出来たりする。で、その道を当然のような顔で歩いていくブラスチーム。上流階級の人は立ち振る舞いからして違うってのがはっきりわかるね。
うちだと……一花も二葉もなんら臆することなく歩いてるな。ここで庶民感覚なのは俺だけ……ってこと!?
『いや、どっちかというとイッチが先頭歩いたほうが良いんだけどね?』
「私が全米で五指なら貴方は世界中で1,2ですよね?」
そんな事をいってジェニファーとケイティに蹴りだされて先頭を歩かされる。酷いな、酷すぎる。待遇の改善を要求してストを決行してやろうかな。
え、お前が言うとちょっとシャレにならない。はい。
そんなこんなで騒がしいダンジョン入り口前を通り抜けて迎えに来ていたブラス家の車に乗り込む――その直前、慌てた様子でブラス家の使用人らしき人がケイティに駆け寄り、耳元へと口を寄せた。なにかしらの報告だろうか。
あ、これはアカン。訝し気な表情で使用人の報告を聞いていたケイティの表情が少しずつ驚愕に染まっていくのを見て、特大の地雷が爆発したような感覚がビンビンに来てるのを感じる。案の定、ケイティは驚愕の表情のままこちらに視線を向けてきた。
目を逸らしたら回避――出来ないか。無理だよなぁ。
「イチロー……以前、頼まれていた中華の監視ですが……」
「あ……………あああああああそっちかぁぁぁぁ」
なにかを呑み込もうとして呑み込めていない。そんな歯切れの悪さで話すケイティの言葉に、自分の頭をペシ、ペシと叩く。そうだよ、ここ数か月ずっと慌ただしくて半ば忘れていたけど、特大の爆弾がそっちに合ったじゃないか。導火線に火がついているのもしっていた! だからこそケイティやシャーリーさんに情報を集めてもらっていたんだよ。
そしてケイティの表情からもまぁとんでもない出来事が起きたのは明白だ。まさか斉天大聖が倒せないからって自国内で核連打とかじゃないだろうな? んなことされたら日本にも影響が来るぞ。
「数か月前から原因不明の病が流行っていたのは、私も知っていたのです。ただ……」
「あ、ああ。そうか流行病か。それならまだ、空港の検疫でエアコントロールを使えば――」
「その病にかかった人々が、ゾンビになってしまい、中華全土の都市部でゾンビと政府軍との衝突が起きたそうです。核も使用されているようですが、勢いを留めることは出来ていないようです」
――わっつはぷん?
今。ケイティの口から飛んできた単語が理解できず、目をぱちくりとさせながら思わず思念の伝達でそう問いかける。
「あー。ケイティ、もうちょい簡潔にいこうか。今、ゾンビって言った?」
「はい。今、私はゾンビと言いました。もちろん、正気ですよ。私だって、受けた報告をそのまま口に出しているだけなんです。それ以上の報告は、現地の混乱が激しくて」
「あ。うん分かった。じゃあ、ゾンビで良いね。うん、ゾンビ。中華版バイオハザードっぽいのが始まってるのかな?」
そっかーバイオハザードが始まったのかー……いや。いやいやいや。なんで急にゲームか映画展開になった? ゾンビってあれだよな。ダンジョンの15から20階層くらいに出てくる連中だよな。あいつらをわざわざ外に出したとかだよな。流石は中華、俺たちに出来ないことを平然とやってのけるぜ!
「原因は不明ですが、現地に居る報告者からは酷似しているとの報告は上がっています」
「え。じゃあ、本当に外にモンスターを持ち出したって事? あ、いやそれよりも問題は感染してるって事だよね。あの階層のゾンビは多分ネクロマンサー的な存在にゾンビにさせられてると思うんだけど、中華はまさかネクロマンシーに成功したって事なのかな?」
「分かりません。今は、本当に何も。一先ず、私はこの件を大統領閣下へ報告します。イチロー、図々しいお願いだとは分かっていますが、貴方が1月に感じた事も含めて一緒に報告してもらえますか?」
「あ、ああ。ええと……」
「待ってお兄ちゃん。日本も、不味いみたい」
こわばった表情のままそう尋ねてくるケイティに、うんと首を振りそうになるが、一花が腕の裾を掴んで止めてきた。そちらに視線を向けると、青い顔をした一花が携帯電話を片手に首を横に振ってくる。
「今、姫子から、電話着てて。早く日本に帰ってきてほしいって。日本に斉天大聖一派が亡命してきたって。それで、対馬に中華政府も避難してきてるらしくて、対馬に無断で上陸して、それを斉天大聖が止めるって一触即発になってて。恭兄も居ないし、このままじゃ日本が危ないからって!」
「……オーケー、落ち着こう。落ち着け、一花。一旦深呼吸しようか、ヒッヒッフー、ヒッヒッフーだぞ」
「それ、ラマーズじゃん」
若干テンパり気味だった一花に深呼吸しようと提案すると、切れ味の鋭いツッコミが投げられてきた。うん、そうだね。ちょっとは落ち着いてくれたかな。もちろん今のはわざとだぞ。
それで、だ。
「え、ええとだ。つまりなんだ、姫子ちゃんは俺に帰ってきてくれって言ってるのか? それでいいんだよな」
「うん。ええと、纏めるよ。ちょっと落ち着いてきた。現状、中華でパンデミックが発生。それを現地の政府は抑制に失敗して、政府と武装勢力両方が中華を脱出したみたい。それで、台湾と対馬につい数時間前に中華政府軍が上陸したらしいね。斉天大聖はほぼ同タイミングで日本政府に亡命を申し出てて、その手土産代わりに対馬に上陸した中華政府軍を追い出そうとしてる」
「俺たちが半日ダンジョンに潜ってる間に世界激変してない?」
「激変どころじゃないよこれ、下手しなくても第三次世界大戦の危機だかんね……」
いつになく元気のない一花の言葉に、少しずつこれがマジの話なんだと飲み込めてくる。
それで、だ。
「それで……それで、結局、俺に戻ってほしいってのはどういう状況なんだ?」
そう尋ねると、一花と、そしてケイティが顔を歪めるのが見えた。
いや、うん。言わなくても分かるんだけどな。ケイティの方に行っても多分似たような状況になるのは目に見えてるし。どっちにしても、俺を戦力の単位で考えてるんだろうなってのはさ。
でも、だ。一つだけ言わせてほしいんだが。
俺はヤマギシの社員でヤマギシが保有する
ああ、でも、だ。
どんだけ俺自身が拒否しても、俺の中の主人公たちがやる気になってしまっている以上、俺はやるんだろうな。
彼ら彼女らは俺で、だから。これは俺自身がそうしたいって事でもあるんだから。
「……分かった。まずは、大統領閣下に会って、一番早い飛行機借りて、斉天大聖と中華政府軍をしばき倒せば良いんだな」
「端的に言って正気じゃないけど、そうだね」
「そうだねじゃないんですが」
震え声の一花の軽口に口をへの字に曲げて応え、一花の頭をぐりぐりと撫でる。
ま、見てろって。お前の兄ちゃんは実は、リアルヒーローらしいんだぜ?
だから、この程度ピンチでもなんでもないさ。
「あ、でも恭二は呼び戻しておいてくれよ」
決して可愛い幼馴染ときっとハニトラで寄ってきたシスターさんに囲まれてるだろう恭二が羨ましいわけじゃないんだからね!
冒険者に+して色々やらされてんのはアイツもなんだからな。始まりは同じ、
苦労は分かち合うもんだ。これまでも。これからだって。
そうだろ? 相棒。
いつもお読みいただきありがとうございます。ぱちぱちです。
サブタイ通り、この奥多摩個人迷宮+は一旦ここで完結とさせていただきます。
急な最終回となり読者の皆様には困惑されてしまっている方も多いと思います。自分も前回の更新まではもう少し書き続けるつもりでした。
ではなぜこんなに急に最終回となったのかというと、自分がこの奥多摩個人迷宮+を面白く書けているか自信がなくなったからです。
ネタはあります。話を続けていくことも出来ると思います。ただ、それが面白く書けているかという点に疑問が出てしまいました。
中途半端な部分や回収しきれていない伏線なども多々あります。ただ、惰性で書き続けるのは原作にも読んでくれている方々にも失礼になる。そしてそんな状態ではモチベーションを維持するのも困難になった事が、ここで終わろうという決断の理由です。
気付けば6年。ここまで読んできてくれた皆様、ほんとうにありがとうございました。