ARMORED COREⅤ DAY AFTER DAY 作:キサラギ職員
ジョンは、作戦決行日時が決定されたらしいという噂話を耳にしていた。
EGFの施設の中にある酒場にて、ぼんやりと宙を仰いでラム酒を傾けていた。
TYPE-S破壊作戦で生き残れた傭兵は継続雇用という形で雇われることとなった。作戦のあまりの無茶苦茶っぷりに腰を抜かした数人を除けば、同じ顔がそろったことになる。作戦に参加するのは誰もかれもが戦争馬鹿である。傭兵が使い捨てされることなど承知の上というのに、戦い続けることを選択しているのだから。
ごたごたしていたせいでエイリークとも酒を飲めなかったし、リーフェンの尻を眺める機会にもなかなか恵まれなかった。やることと言えば作戦の為に汗を流して準備をする兵士を尻目に機体のチェックと、訓練、酒を飲んで寝ることくらいだった。傭兵とは戦うことが仕事であり、兵士のように働くことは求められない以前に監視対象でしかないのだ。もし整備の手伝いをしようかなどと提案すればにらみつけられるのがオチである。
酔っ払いの中年が酒場の隅の席でチビチビ酒を舐めているのに近寄りたいと思うものはいないらしく、活気ある酒場の中でも特に沈み込んだ領域と化していた。
時刻は昼間。一般市民ならまだしも兵士が昼間から酒を飲もうものならば折檻される。昼間から酒を飲めるのは傭兵くらいなものだった。
男一人の領域へ、足を踏み入れる者が一匹。
ジョンが赤くなった顔をついと持ち上げると、サイレントラインを踏みにじった人物をぼんやりと見遣った。赤毛を後頭部で纏め上げた背丈の高いグラマラスな女性が、気まずそうに腕を腹に巻き付かせるようにして組んでいた。
見慣れない女だ。ジョンが訝しげに見つめていると、首にタグがぶら下がっているのを認めることができた。タグの文面を瞬時に読み取る。傭兵のようだった。
傭兵の知り合いがいないわけではなかった。女傭兵もいたと言えばいたが、赤毛の女は知り合いの中にはいなかった。
――――……と思い込んでいたのだが、ふっと記憶がよみがえってきた。TYPE-S破壊作戦の時のブリーフィングにて、赤毛のラムという女傭兵がいたではないかと。
赤毛の女は更に一歩接近すると、口を開いた。
「ジョンっていうんだろ。あたしのこと覚えてるかい」
「……酒の名前の女だろ、覚えてら。ラムちゃん。ウオツカちゃんじゃないよな」
同じ名前の酒の入ったグラスを揺らして氷を鳴らして見せると、すぐ隣の椅子を顎でしゃくって座るように促した。衣服を押し上げて隆起する胸元をがっつり視界の中央に捉えることは忘れずに。
ラムは戸惑いを見せたが、おずおずと席に腰かけた。燃えるような頭髪とそばかすだらけの顔立ちは幼くもあったが、勝気な顔立ちと肉体美から肉食獣染みた雰囲気を漂わせていた。ただ、雰囲気とは裏腹に、戦闘時とはまるで相反する物静かな様子も兼ね備えていた。
戦いの時だけハイになるという人種が稀にいる。アドレナリンを制御しきれていないのか、それとも性分か、いずれにせよ。
ジョンはラム酒を注いだカップを置くと、相手を見定めるように目を細めた。
ラムは、酒と同じ名前などと言われさすがにムッとしたのか、剣呑な空気を口元に宿らせた。
「酒の名前だなんだそんなことはどうでもいい。あたしは、あんたに用事があるの」
「何の用事だ? 金貸しから他を当たってくれや」
遠回しにどこかへ行けと言いつつ、相手を追い払うようなことはしない。まさか金を借りに来たわけもない。なにかしら用事があったから来たのだろう。
ラムは外見の派手さと裏腹にこじんまりと体を寄せると、机の表面を這う小虫を指で払った。
「あんた、あの死神って聞いてるよ。依頼したいことがあって―――」
「待て。どこで聞いた」
ジョンは表情一つ変えずラムで唇を潤すと、グラスを机において相手を睨みつけた。名前は偽り経歴も隠しているはずというのに、このザマである。もっとも偽ろうがなんだろうが顔なり実力なりでばれてしまうのが世の常である。若き絶頂期が死神なら、現在は精々インプであろうと心の中で自嘲する。
ラムは質問がなかったかのように先を続けた。
「傭兵に依頼をしたいの。どう? お金はちゃんと払うから」
「……どこで聞いてきたのか知らんが、俺はへなちょこだぞ」
「へなちょこがTYPE-Sみたいな化け物相手に戦ってい生き残れるわけないでしょ」
「偶然かもしれんぜ」
「運も実力の内」
ああ言えばこう言う。否定しているというのに、どうやらラムはこちらが死神と呼ばれた男と認識しているらしく誤魔化すことができない。選択肢は多くない。追い払うかだんまりを決め込むか。
ジョンは視線を逸らして酒をちびちびやっていると、ラムがおもむろに皺くちゃになった書類の束を押し付けた。ジョンはいかにもやる気がなさそうな倦怠感溢れる表情にて書類を指でつまんで目を落とす。
タンク型AC。オートキャノンとヒートキャノンを搭載。比較的軽量なパーツと、ブースト性能を重視した機動タンクパーツ。各所にはシュルツェンなどの追加装甲が張り付けられており、いっそ大げさなくらいにスモークの発射筒が並んでいた。
機体スペックデータなどは書かれていない、単純に機体のCG画像を印刷しましたという類の紙切れ。
「これがあたしの機体。できれば操縦の稽古つけてほしいんだ」
「正気か? どこの馬の骨ともしれん奴に稽古つけてくれとか、たいがいどうかしている」
ジョンは試しに紙切れを相手の胸元にねじ込もうとしてみた。が、直前でラムに手をむんずと掴まれ捻じられる。痛い。
「よせよせ悪かった。俺の商売道具がイカれちまう」
「依頼したあたしもなんだかあんたが死神と呼ばれた凄腕だなんて思えなくなってきたよ。このスケベ親父」
「男はみんなけだものだからな」
呆れ顔の赤毛に片目をつぶるウィンクをしようとしてしくじった。痛む手を引っ込めると、いまだ机の上にある書類を再び見つめ直して、ふと天井を見遣った。
次の作戦まではしばらく時間がある。稽古を適当につけて金を貰えればそれだけ機体の構成や武装にまわせる金が増えるということだ。なにも何かを倒してこいだの危険のある任務でもあるまい。ならば依頼を受けてもいいだろうと考えた。
溜息を吐くと、書類を丹念に畳んでポケットにねじ込み、酒を一気に呷り硬貨を机の上において立ち上がった。
とたんによろめき、ラムに傍らを支えられる。
「酒にのまれてんじゃないよ」
「やかましい」
ラムの腕を振りほどくと、ほろ酔い気分で歩いていく。酒場の親父や掃除係が視線を送ってくるのを背中で受けて、堂々と。
向かう先は会議室。誰もいないことを中を覗き込んで確かめると、ラムに顎で椅子に座るように申し付けておき、自分はホワイトボード前に立つ。しゃっくりを飲み込んで、ペンを耳に挟んで両手で間の伸びた拍手をした。
「ジョンのAC講座開催ってな。それで何について聞きたいんだ」
「武勇伝とか」
「は? 死神とかいう傭兵は知らんぞ。元ヘリパイロットのオッサンに何を期待してるんだお前は」
嘘であるが、嘘ではない部分も含んでいる。傭兵をやっていなかった、知らなかった、は嘘。ヘリのパイロットをやっていたのは本当である。
ぴしゃりと催促を追い払うと、ペンを指に挟んで弄ぶ。酒がまわってきたせいか千鳥足だった。
ラムが足を組み、顎に手をあててボードを指差した。
「じゃああたしの機体構成なんだけどさ、どうも敵が逃げちゃうのよね。オートキャノンとヒートキャノンでガツガツ攻めたいのに」
ラムの相談事とは要するに戦闘の仕方だった。操縦方法というより、戦法を聞きたいらしい。
タンクの特性とは大きく二つある。反動を相殺できるだけの安定性と、他の脚部カテゴリと比べても群を抜く積載性である。反面運動性機動性ともに劣悪であり、弱点とも言える。
ジョンは無精ひげを擦りつつホワイトボードにマジックペンを走らせ始めた。
「当たり前だろうよ、タンクが迫ってきて無視する奴ァいない。まともに撃ち合うなんてバカバカしくてやってられん。どうせお前さん猪みたいに突っ込むだけ突っ込んで逃げられてんだろ」
「ぐ」
ラムの戦闘パターンを先読みして口に出してみれば、赤毛の直下にある顔が強張った。
なぜタンクのように火力が豊富な機体と正面から撃ち合わなければならないのか。ブレードやヒートパイルのように動きの遅い機体には鬼門となる兵装を装備した機体ならまだしも、射撃兵装持ちからすればわざわざ正面から戦うこともなく、それこそ置いてきぼりにしてしまってもよいのだ。
ホワイトボードに何機かのAC――起用にもそれっぽいシルエットで――を描き、ラムのタンクも同じように書く。
カツン。ペンの尻でボードを叩き教官のように向き直った。
「いいか。正面から突っ込んでも、運動性及び機動性に大きく差がある。オートキャノンとヒートキャノンとショルダーはなんだ? ミサイルか。ほとんどが近距離中距離対応となれば、逃げられた段階で終わってる」
「ならどうすればいいのさ」
「誘うんだ。誘い、敵が一直線上に並ぶような配置が一番いいな」
「どうして? あ、そうか」
ラムが一瞬ぽかんとするも、すぐにハッとした表情をした。脳味噌まで筋肉だらけのゴリ押し戦術しかとれないというわけではなく、頭の回転も効くらしい。
ホワイトボードの端の方に、点を並べる。一つ一つの点を指で差し、説明を続けた。
「複数と言えどしょせん、一人一人が固まってるだけに過ぎん。群れからはぐれた奴から仕留める。閉所に誘い込む。戦力差を覆すには、敵の緻密な連携が発揮できないよう誘導するのが一番だ。それか、複数いる敵の真っただ中に飛び込んで敵に優位性があると勘違いさせろ。優位性を握ったと思い込んだ奴程ノコノコ近づいてきてくれるもんだ」
「随分小難しいこと知ってんのね」
感心するラムへ、ジョンはふむんと鼻を鳴らした。
「知っておいて悪くない理屈ってのは多く転がってるもんだ。そいつを実戦で活かせるかどうかがカギさ」
ペン先が黒いインクを白の上に描き出す。タンクが後ろに下がるコースと、敵が複数群れている個所へと飛び込む二方向へ。続いてラム機の周囲に丸が描かれた。
ジョンはペン先にキャップを嵌めると、ボードを手で叩いて見せた。
「それか、いっそ動くな。敵が余裕綽々で近づいてきたら一斉にブチ込んで始末しろ」
「動かなかったらやらちゃうじゃない」
「やる前にやれ。ダメージレースに持ち込むようなリスクは負うな」
「依頼しておいてなんだけど参考にならないんだけどさ。もうさ、操縦教えてくれない?」
ジョンは肩を竦めてみせた。もとよりタンクのような機体は得意ではなかった。ある程度の運動性機動性を持つ機体で戦場を荒らしまわることを得意としていたからだ。
酒の回りが早く、平衡感覚が怪しい。機体の操縦に関する指南などできるはずもない。首を振りペンをホワイトボードに戻すと、手をひらひらさせて部屋の外へ向かった。
「そんなもんだ。さてとおじさんは退散させてもらう。操縦はまた今度暇があったらな。いま操縦してみろ、まっすぐ歩かせることもできん」
「教えてくれなかったせいで私が死んだら化けて出るから」
ケタケタと馬車馬の骨が鳴るような笑い声をあげて部屋を出てみれば、目の下にくまを作ったリーフェンがつい今しがた廊下を歩いているところへ出くわした。乱れた髪の毛を丹念に櫛で整えながら廊下から臨む窓の外を睨みつけて何やら呟いている。糞だのくたばれだのの単語が呟きに混じっており、触れられたくないオーラを纏っていた。
オーラに触れないように、すぐ後ろをラムが通り抜けてどこかへ歩き去っていく。
ジョンはリーフェンに声をかけるべきか迷ったが、あえてオーラを踏みにじることにした。具体的には酒の臭いを含んだ口笛で。
「お疲れさん。マッサージしてやろうか?」
「あぁ、あなたですか…………ふん、飲酒しましたね。寄らないでください。臭い」
リーフェンがうんざりした表情を隠そうともせず、おまけに振り替えようともせず窓の外に顔を向けたまま対応した。ジョンが横についても特に反応もない。
ジョンはさりげなく肩に手を置こうと試みたが、リーフェンが最小限の動作で肩を逸らしたことで不発に終わった。身のこなしはあまりに自然であり東洋の武術を習得していることを動作の一つだけで理解させた。
「あなたたち傭兵の任務が決定しました。島に上陸する際の橋頭堡を築くための第一波として出撃していただきます」
まさに死んで来いとでも言いたげなやる気のない倦怠感溢れる物言いに、ジョンはにやりと犬歯を唇から覗かせた。
「いいねぇ………上陸作戦第一波。危険を冒すものが勝利するってか。傭兵にはまさにうってつけの楽で安全な作戦じゃないか」
楽で安全な、を強調する。いつの時代も一番危険な役割を担うのは一番槍を担う戦士と決まっている。空挺にせよ、上陸艇にせよ、一番最初の戦況に投じられる傭兵はまさに死地へ投じられる使い捨ての弾丸である。
「嫌なら逃げればいいのです。代価はきちんとお支払いしますが、なにか?」
リーフェンは相変わらず窓の外に強い興味があるようでジョンを見ようともせずに言った。苛立ちと疲労がつのっているようであり声に覇気がない。
彼女は作戦の成功と失敗を同時に味わった。それはいい。ある意味で失態を帳消しにすることができたのだから。問題は次の上陸作戦についてである。仕事の量が多すぎて、休息をいれることができないでいた。
――成功できるのだろうか。
――父の期待に応えなくては。
彼女は焦燥感と緊張で心のたがが外れてしまいそうだった。
彼はその内情は知るわけもなかった。
やれやれと苦笑し、リーフェンの肩に手を置こうとしてまた躱された。所在なさげに手を顎にやる。
「ピリピリしなさるな。お前さん、そんなんじゃ破裂しちまうぜ」
「わ、私の……私の器はあなたが思うほど浅く小さなものではない! ………チッ。自制しなくては………」
徐々に声が大きくなり、言葉の最後では怒号に近いそれに変わっていた。通路を歩く兵士や作業員が怪訝な表情をするのを察知してか、舌打ちして窓の外に視線を戻した。
ジョンは同じように窓の外に顔を向けた。
「器ってのは表面張力で水が張るまでは注げるもんだ。まだ大丈夫、まだ注げる、あぁもうだめだ、限界だ。どぱっと溢れてはいおしまい。零れたミルクを嘆いたところで、時すでに遅しだ」
「覆水盆に返らずですか。以前から思っていたのですが、存外教養があるのですね」
感心したと言った口調で話すリーフェンであったが、声に深い感情が籠っておらず、表情も無表情からピタ一文変動していなかった。氷の女。もとい、氷の石像のような女。
「遠回しに馬鹿だと思っていたというのを止めろ。東洋人は年上を敬う文化があると聞いていたが」
窓の外ではクレーンの群れや人型重機が鉄骨などの資材を運んでビルを作り上げている光景があった。あちこちには植物が植えられており、EGFのエンブレムをいただいた垂れ幕が可憐な緑色を咲かせている。
リーフェンが長いまつげを振り払うような鋭い瞬きをした。
「世界中、国も文化も人種の壁や歴史に常識さえ破壊されたこの世界で、もはや通用しない概念ではないですか。それに私は北欧の血もひいていますが」
「フム。そうだな」
ジョンは身もふたもない台詞に肩を竦めると、リーフェンの肩をちらりと見てから外の風景に視線を戻した。
「とにかくだ。相談くらいなら乗るぜ。相談料は出血大サービスとして無料でな。破裂する前におっさんに相談くれてもいいだろ」
「……私とあなたが友好関係にあるならば、ですが。私は友人は可能な限り作らないようにしてますので。それでは」
リーフェンは首を振ると、ヒールを鳴らして歩き出した。言葉でこそ拒絶を示していたが、どこか柔らかい雰囲気を含んで。
友人をつくらないようにしている。彼女は合理的結論から得られた答えを口にしていた。それはいわば自分を守るための壁などとは自覚せずに。
ジョンは、悲しい響きの中に強がりと背伸びを感じ取った。人はしょせんふれあいが無ければやっていけない生物。追い詰められているのが目に見えていたが、拒絶されてはしょうがない。緩やかに手を振ると、その背中を見送る。
「まぁ、がんばれや」
誰も居なくなった廊下にて一人吐息を漏らす。酔いが覚めてこないだろうかと大きく息を吸い込んで吐いてみたが、一向に体内でアルコールが分解される気配も無い。
よろめく足に鞭を打ち、行き先を頭の中で計算する。
機体の様子を見に行こうと。上陸作戦はまじかに迫っているのだ。