ARMORED COREⅤ DAY AFTER DAY 作:キサラギ職員
Mission 05 "The Giant"
Mission05 "The Giant"
見よ、たとい川が荒れても、これは驚かない。
ヨルダンがその口に注ぎかかっても、これはあわてない。
だれが、かぎでこれを捕えることができるか。
だれが、わなでその鼻を貫くことができるか。
―――ヨブ記 40章23節~24節
かつて戦争があった。
統治者と抗う者。
正義の名における闘争はいつの時代でも変わらない人類のあり方と言える。結末は呆気なく、そして語られることもなく、全てが終わった。
そして、戦場には誰もいなくなった。
記録の大部分は失われ、記憶だけが大地に取り残された。記憶はやがて伝説となり伝承となった。おとぎ話は多くの物語を取り込んで大人から子供に伝わるお伽噺へと姿を変えていった。
記録が記憶へ、記憶が伝説そして伝承へ、伝承がお伽噺となって――。
ながい時が流れた。
統治者と抗う者の墓標の上で愚かしい戦いはいまだに続いている。
ユーラシアと呼ばれていたらしい大陸の東端に列島がある。小さく、資源もほとんど産出されない利用価値皆無に等しいその列島であるが、EGFが現在の組織になった経緯に深くかかわってくる重要な土地であり、また太平洋上のシーレーン確保に重要な戦略的拠点であり、列島の北に位置する島にタワーの一つがあることで知られていた。
その島は大昔ホッカイドウなる呼び方をされていたらしいこと、かつて戦争で使われたらしい兵器が無数にあることで知られていた。
各勢力とのタワー争奪戦が発生してしばらくして、特殊兵器と呼ばれる高性能兵器群が一斉に各地で稼働して無差別攻撃を仕掛けるようになった。
それは数世代遡りミグラントと呼ばれた集団が世界中で争いを繰り広げていた頃から目撃例のある二足歩行巨大兵器はもちろん、肉食獣の二つ名を持つ機動兵器、一ツ目の異形、高速回転しつつ爆撃を繰り返す謎の兵器等である。
これら特殊兵器群は各勢力どころか傭兵民間人問わず無差別に攻撃を仕掛けはじめた。
もはや三すくみの状況を維持することもできず、三勢力の主導者が歩み寄り一つの勢力として手を結ぼうという話し合いが行われたこともあった。『ユニオン』もしくは『アライアンス』の結成か!? とVoWをにぎわせたこともあったのだが、もともと三勢力は主義主張統治方法全てが違う上に敵対していたこともあり、あえなく白紙になった。
このことを受けて各勢力は特殊兵器を操作していると思われるタワーを攻略することを余儀なくされたのであった。
元よりEGFはタワーのような過去の産物は可能な限り早急に破壊されて緑あふれる大地と人の人による人のための世界を取り戻すべきだという主張であり、タワー攻略作戦の立案まではそう時間がかからなかったという。
死なない奴はたとえ弾幕に晒されても死なないが、死ぬ奴は流れ弾が頭を貫き死んでしまう。これは何も戦場だけではない。
「お前さんもしぶといな。死んだらACを回収してやるつもりだったんだが」
「まぁた生き残っちまった」
「不死身の異名が世に広がっていくな」
「よせや。いつつつ………腕が痛みやがるぜ」
ジョンは顎髭を擦って皮膚から出しつつ眼前の男を見て呟いた。
鼻に絆創膏、頭に包帯を巻き、右腕を布で吊っている男ことエイリークであった。戦闘終結後にトールハンマーⅡのハッチを自力でこじ開けて物資集積所をうろついていたところを発見されたのだった。中量二脚にけっ飛ばされたというのに、鼻の擦りむきと頭部裂傷と右腕骨折で済ませるなど、幸福の女神に愛されているとか思えなかった。
スナイパーライフル四丁持ちの男もそうである。コア直撃の打撃を食らったというのに、あろうことか単独でコアを脱出してきたのだ。炎上し始めるコアからの脱出故に大やけどを負っていたが、生きていた。
銀髪の線の細い若者が、部屋の隅のベッドに横たわっていた。彼は、左腕をこんがり焼かれてしまい切断するしかなかった。戦闘のショックと術で血液を失いすぎたことで意識が戻らないが、それでも死なずに生きていた。
ジョンが髭を擦るのを止めて窓の外を見た。辛うじて無事だった兵舎の一室から見える風景は酷い有様だった。防衛装置の大半が大破しており、鉄塔は折れ、コンテナが散乱していた。
戦闘は終わった。ジョンがヤツと呼ぶ人物の圧勝で。
防衛装置を構えた拠点に計四機のACが居た状態に攻め込んで、極めて短期間で二機のACを撃墜する。ランチェスターの法則に当てはめれば1:16以上の大差をつけられた状態からの戦闘開始である。状況を打破し追尾を振り切って悠々と離脱した『ヤツ』がいかに例外的な戦闘力を保有していたのかわかるというもの。
ジョンは、生まれて既に数十年の年月をともにしてきた脳髄を働かせていた。窓のもとへと歩いていくと、ぼんやりと瞬きをした。
もし最盛期の頃であれば五分五分に持ち越せたかもしれなかった。だが時間を巻き戻せる人間がかつていただろうか?
老いた体で『ヤツ』と戦わなければならない。現実が重くのしかかった。
エイリークが、窓際でたそがれるジョンへ声をかけんと口を開いた瞬間、部屋の扉が開いた。
服装こそきっちりとしたビジネススーツだが、げっそりやつれた顔と乱れがちな前髪のリーフェンであった。傍らには書類を抱えていた。
彼女がジョンを見遣るや手招きした。
「来なさいジョン=スミス。今後の契約に関する話があります」
「いいとも」
二人が部屋から去る間際にエイリークが一言を発した。目の端に皺を寄せる謎のジェスチャーをして、サムズアップ。
ジョンとリーフェン――二人がそれをウィンクであると理解するのに数秒を要した。
「あとで酒飲もうや」
「おうとも。戦友」
扉を閉めるとリーフェンが靴を鳴らして先導していく。ジョンは小柄な彼女が肩をいからせて歩いていくのに多少の面白みを感じながらも、大人しくついていった。
途中、疲弊した顔の兵士たちとすれ違う。
比喩でも暗喩でもなくきな臭い空気を吸い込みつつの移動は、ひどくだるいものだった。
辿り付いたのはとある会議室だった。戦闘の衝撃で窓ガラスが割れておりブルーシートで覆いがされていたが、机や椅子は無事であった。
「座ってください」
「それは命令なのか?」
意地悪半分に訪ねてみれば、地獄の悪鬼でも殺せそうな表情で威嚇してきた。
「命令です。早く座りなさい」
「まるでおふくろみたいな言い方しなさるな。ほれ座ったぞ。契約に関する話があるといったな、早く言ってくれ」
ジョンが肩をすかして椅子に座り足を組んでみせた。早くしろと手を振り、髪の毛を掻く。
先の作戦における失敗で降格させられましたという話を少しだけ期待した。
リーフェンはため息を吐いて椅子に腰かけると、几帳面に前髪を指で整えてからジョンの前に書類を置いた。心なし手つきが乱暴であり、疲労が滲んでいた。
ジョンは書類に目を通すと、おちゃらけた空気を払拭して眼光を強めた。今より幾分若い自分の写真が載っていた。タバコを口の端に咥え、コートを着込んだ男。大勢の自動小銃を構えた部下を引き連れている。場所はどこかの廃工場のようであり、数機のACが背後でカメラアイを光らせていた。
リーフェンが隣の席に移動してくるや、写真をトントン指で突いた。
「死神。凶鳥(フッケンバイン)。猟犬(ハウンド)。いくつもの名前を持った傭兵。ストーカーを率いて各勢力の依頼を偏りなく受けて、ほとんどの任務で多大な戦績を残した。数年前に消息を絶つ」
「調べたのか。流石はEGF。流石は上官殿」
「神がかり的な戦闘力を武器に各地を放浪しては戦場を荒らすハイエナのような男であると、調べてわかりました」
「ハイエナね……」
ジョンは、自分の過去を調べられ見透かされた事実に苦笑すると、相手を試すように息を吐いた。
リーフェンの目がたかが傭兵から強力な傭兵という個体と認識している目つきに変化していた。
書類には際立つ戦績のいくつかが記されていた。仲間と協同して特殊兵器狩り(ジャイアントキリング)をおこなっていたことや、単機による拠点攻略、
「それでどうする? 求めるなら戦ってやる。求めないならここで契約は完了。俺は他の場所へ行く」
「一緒に来ていただきます。私が……私たちがあなたを雇い続ける限り」
ジョンは書類を畳んでリーフェンの手元に押しやると、人差し指と中指を順々に挙げていった。
「いいだろう。そのかわり二点言っておく。一つ、俺はEGFを利用するために契約書にサインした。二つ、俺は全盛期からは程遠い。死神なんざ昔の話だ」
「構いませんよ。我々EGFもあなたを利用しますから。可能ならば兵士として雇用したいところですが」
リーフェンが本気ですよと眉に力を込める。
ドライな物言いにジョンは再度苦々しい笑いを浮かべると、足を組み替えて窓の外に視線をやった。
「ただの傭兵……そういう風には、もはや生きられぬ時代か。傭兵としてならばいいが兵士としてはお断りだ」
―――――
作戦室。と言っても電子パネルが屹立するような立派なものではなく、ホワイトボードと机と椅子と観葉植物だけが配置された、物資集積所とは異なる場所の、よりタワーに近いエリアに建つ兵舎の一室である。
片腕を失った傭兵と、機体を失いしばらく戦えそうにないエイリークは契約を解除されたが、ジョンとその他新規で雇われた組が一堂に会していた。
バンダナに燃えるような赤い髪の毛が印象的なグラマラスな女傭兵。ラム。
ブロンド髪の優男風貌。狡猾な目つきが特徴的な男傭兵。ボーガス。
三人の傭兵を率いるリーフェンは、いっそ清々しいまでの威圧感を醸し出す三者を何のその、白壁に投影したモニタを指示棒で指し示して説明を開始した。傍らにはパソコンが置いてあった。
「事前に説明したとおりに我らがEGFはオペレーション・カムイを発動します」
地球上の大部分の地上が属する大陸の東端へと画面が拡大する。ニホン。ジャパン。両方の名前が表示された。つまるところニホンなのかジャパンなのかさえ記録が曖昧になっていることを示しているが、この場のだれも指摘も疑問も挟まない。
更に画面がニホンもしくはジャパン列島の北側に位置する島へと寄った。島の中心部には特徴的なタワーのシルエットをうまい具合に記号化した線が立っている。その地点へとリーフェンが棒の先端を移動した。
「作戦の詳細を全て語ることはできませんが、我々はタワーに向けて進軍します。その為には補給線の確保が最大の課題となっています。このホッカイドウという島は言うまでも無く島です。もっとも最短の補給線は、ニホン列島の北端及び、ホッカイドウの更に北に位置する島の南端となります」
「質問!」
ジョンは説明を途中で遮り手を挙げた。渋々リーフェンが指をさした。
「作戦の全容だの、作戦の意義だの、どうでもいい。俺たちは何を壊せばいいかだけ教えてくれ」
「………いいでしょう」
大義や生存をかけて戦う三大勢力と傭兵最大の差は『何のために戦うか?』である。ジョンにとってEGFは雇い主に過ぎず、グダグダ話を聞かされても苦痛なだけであった。
リーフェンがほかの傭兵に視線を配ると、いかにも嫌そうにブリーフィング画面を飛ばした。
ジョン以外の傭兵二人からどよめきに近い声が漏れた。
指示棒がカツンと投影されたモニタの中央を叩く。
「あなた方には可及的速やかに始末すべき脅威――特殊兵器TYPE-Sを破壊していただきます」
それは島と錯覚してしまいそうなほど巨大であった。あまりに巨大であるために、比較対象となる駆逐艦が隣を航行しているのと見比べてようやくサイズを理解できるほどであった。
画質は悪く望遠した情報を無理に引き延ばしていることから偵察機で撮影したのだと用意に想像できるもの。
下手すれば全長数kmはあるのではないかという体躯を持った、灰色の船と称すべきもの。しかし船にカテゴライズして正しいのか、この場の誰にも判断がつかなかった。
船体前面部は流線型を多用した構造となっておりセンサーと思しき眼球状のパーツが幾数十にも並んでいる。後部は無数のカタパルトが並び対空火器群が設置されていた。船体最後尾には弾道ミサイルをそのまま括り付けたようなロケット推進装置が鬼のように並んでおり、速力に優れていることを示していた。
リーフェンが靴を鳴らしつつ画面の前を通り過ぎて、画面反対側で足を止めた。
「TYPE-Sは主に太平洋上で目撃される特殊兵器……あるいは艦艇です。最大速力はおよそ250ノット(460km前後)。レシプロ機並みです。このサイズの艦艇としては異常な速力を誇っています」
リーフェンは画面を切り替えると各部を拡大した画像を映し出した。
「武装はミサイルと、艦艇上部にレールキャノンらしき狙撃兵装が確認されています。その他、本兵器は後部に飛行甲板を備えており、多くの航空機の離発着を可能としています。また装甲も相応に分厚く生半可な攻撃は通用しません。優れた速力と、遠距離兵装及び航空戦力による航空優勢。移動要塞とも称すべきTYPE-Sがある限りは、補給線は常に敵に握られたままと考えていいでしょう」
驚異的な速力と射程。TYPE-Sがある限りはその周辺は常に脅威にさらされる。もし上陸したのに補給線を断たれてしまった場合は、悲惨な死が待ち受けているだろう。
「質問! ちょっといいか」
ブロンド髪の男が怯えた表情で挙手をすれば、リーフェンが発言を許可すべく頷いた。
男――ボーガスはTYPE-Sを指差した。
「どうやって……」
「それを今からご説明します」
ぴしゃりと言葉を遮ってパソコンを弄れば、別の画面が表示された。艦艇後部のロケット推進装置である。
「過去の戦争で使われていた本兵器は推進装置を後付のスクリューとロケット推進装置に頼っています。驚異的な推力もこの後部のロケット推進装置によるものです。あなた方にはこの部分を破壊していただきます」
どうやって?
の言葉を継げることも無く次の画面が表示された。TYPE-Sとまったく同じ発想のロケット推進装置をこれでもかとくっつけた装置があらわれ、ACの背後に接続されるアニメーションが流れたのであった。
「端的に申し上げますとあなた方傭兵には鉄砲玉になっていただきます」
いつものことさとジョンは思った。