ARMORED COREⅤ DAY AFTER DAY 作:キサラギ職員
レシプロ機並みの速力で荒波をかき分けて進む巨大な艦艇を沈める――あるいは無力化するにはいくつかの問題があった。まず速力である。あまりに速過ぎてヘリコプターでは追い付けない。通常の航空機を出してもミサイルに食われてしまう。かといって通常艦艇を出しても逃げられる。対艦ミサイルを連発しても迎撃されるか装甲に弾かれるだけ。爆撃機を出しても迎撃機が上がってきて撃ち落とされる。
これを打破すべく、いくつかの案が提示されていた。
一つが飽和攻撃。全方位から攻撃を仕掛けることで敵を逃がさず迎撃の限界点をこえていおうというもの。問題はTYPE-Sの索敵範囲が広いために、まず間違いなく攻撃隊が先制攻撃を食らい自慢の速力で逃げられてしまうこと。
そして二つ目。これこそジョンたちが担うことになる任務である。
――敵索敵と迎撃を受け付けない距離まで接近して高スピードで肉薄すること。
発想と言い攻撃法といい、かつて世界を牛耳っていた企業と呼ばれる支配者たちが編み出した手段と何ら変わらない帰結だったのは、皮肉か合理性の結論か。
問題になったのは、いかにして敵に追い付くかということである。TYPE-Sの最高速度は時速460km超。仮に巡航速度を300kmとしても、一分の遅れで5kmも進んでしまう。
通常兵器による攻略が難しいいま、ACの出番である。ACは絶大な火力と防御性を兼ね備えておりTYPE-S破壊にはうってつけと言えた。直進するか回避機動を取るかしかできないミサイルや航空機と異なり、ACは自在な機動と強力な迎撃装置や回避装置などの豊富なオプションそして装甲がある。が、ACは障害物を活かした立体機動を得意とする兵器。直線移動に関しては不得意なのである。いくら数を揃えても遮蔽物の無い海上ではカモ撃ちされる。
そこで急きょ考え出されたのが強襲用モジュール『オーバード・ブースト』である。これは本来ならば大型ミサイルに使われるロケットブースタを二基と小型ブースタを複数束ねたものをハンガー・ユニット部と背面部に接続して、空力特性ではなく純推力のみでACを高速度に押し上げる装置である。これに加えAC本体の推力も利用する。
問題はまだある。ロケットブースタをそのまま据え付けて使おうと言うのだ。固形ロケットにしろ液体燃料ロケットにせよ、被弾すれば即座に炎上して爆発する。大型のロケットブースタが背後で爆発すればさすがのACでもひとたまりもない。
まさに捨て身。
そこで傭兵が使われる。兵士として扱われる人間に『死んでこい』とは言えないが、傭兵風情ならば景気よく『死んでこい』と言うことができる。
傭兵によるオーバード・ブーストによって接近しTYPE-Sの機動性を奪い、別働隊と合流して一気に攻め落とす。これが作戦の全てである。
言うならば傭兵は先鋒(ヴァンガード)を駆るのだ。一番槍を投じるべく攻撃に向かうのだ。
太陽が地平線に落ちていくのを、甲板上の兵士たちが目を細めて眺めていた。
EGF極東エリア所属の航空母艦『ベロボーグ』『オロチ』『ガルダ』が駆逐艦と航空機の防護を受けて航行していた。いずれの空母もかつての戦争で大打撃を受けてスクラップ同然に放置されたものを再利用したもので、耐久性や信頼性こそないものの、EGFの極東の守りの一端を担う貴重な戦力であった。
ジョンは、甲板にでかでかとEGFのグリーンのマークが刻まれているのを一瞥すると、ほかの兵士と同じように地平線に没頭する作業に移っていた。
「これから化け物を退治しに行くと言うのにエライ綺麗な地平線じゃないか。ええ?」
誰に言うでもなく呟くと、愛機を見上げた。
リタリエイターはいつものような青白い塗装を脱ぎ捨てて、より深く鮮やかな洋上迷彩を被っていた。オーバード・ブーストにも洋上迷彩がかけられており、青と灰色一色であった。
作業員たちは空母のど真ん中に起立するリタリエイターにブースタ・ユニットを据え付ける作業に追われていた。本来ミサイルとして運用するものを、本来つけるべきではない兵器に装備させる作業のせいか表情が暗くピリピリとした雰囲気が漂っていた。
オーバード・ブーストは自重で自立できない。ACに搭載するにしても実質的に自立が不可能な重量である。またカタパルトも、ACを射出することを想定していないので射出できない。そこで甲板に機体を固定した状態で補助ロケットと本ロケットに点火したのちに、補助ロケットで離陸し固定を解除し本ロケットで前進する。
また、空母のど真ん中に搭載するということは、航空機の離発着ができなくなるということである。作業は別の空母もしくは基地からの支援が必須であった。
ジョンがそろそろ機体に乗り込むかとパイロットスーツの首元を締め付けた時である。
突如サイレンが鳴り響き兵士たちが一気に緊張し始めた。赤色灯が回転して状況を伝えてくる。
ジョンの乗り込むベロボーグを含む空母三隻が急激に舵を取り方角を変更し始めた。船体が僅かに唸る。
『ジョン=スミス。機体に搭乗せよ。機体に搭乗せよ。ターゲットを確認した。機体を射出する』
管制からの声に手を振ると、即座にヘルメットを被って機体によじ登る。ハッチを開けて手動で閉鎖。コックピット全体がスライドして内側へと滑り込む。操縦桿を握り動作を確かめて、ユニットが正常に動作するのかをパネルを操作して目で見て確認した。
システムを戦闘モードに変更。
『メインシステム、戦闘モードを起動します』
リタリエイターのカメラアイが一際強く輝いた。
通信。
『聞こえていますか? 各機……通信状態を確認。ファイルをアップロードしました』
リーフェンからの通信だった。分類がOPとなっており、要するに戦場でACを駆るつもりはない、ということなのだろう。
ごほん、とリーフェンが咳払いをすると各機の進行ルートをマップ上とメインモニタに原色の線で表示した。マップの先には目標A(アルファ)がいる。もう一つ、マップの先にはB目標が円で表示されていた。目標群B(ブラボー)――つまり護衛艦隊である。
ジョンはマップをサブモニタに呼び出すとブリーフィングを聞く姿勢を取った。
『作戦を確認します。TYPE-S、目標Aに対してオーバード・ブーストによる奇襲攻撃を仕掛けます。現時点において敵はこちらに気が付いていませんが、気が付かれた場合、対空ミサイルとレールガンによる迎撃があると考えられます』
ブリーフィング用のマップの上で傭兵を意味するMの矢印が目標Aに向かって伸びている。あるものは陸地から。あるものは海から。総数13機。
不吉な数だとジョンは思ったが口に出さずにおいた。
目標Aの周囲には別の円が描かれていた。敵射程及び攻撃範囲。
『特に長射程のレールガンに注意が必要となります。護衛艦隊も存在を確認していますが、TYPE-S単体の戦闘力を過信しているせいか、数は極めて少ないです。TYPE-Sのロケット推進装置を破壊さえしてしまえば後は押しつぶすことができます。とはいえ最善を尽くすため可能な限り叩いてください』
ブリーフィング画面が閉じた。メインモニタへと目をやると、操縦席内部の機器を弄り機体コンディションを確認する。オールグリーン。
操縦桿を握りしめる。作業員が一斉に去っていく。空母各所から伸びる固定装置つまりワイヤが機体各所に繋がっているのを、合成された三人称視点で見遣る。
通信の向こう側でわずかにリーフェンが興奮を隠せぬと言ったように息を大きく吸うのが聞こえた。
『打ち合わせ通り、敵に発見される時間を遅くするため、可能な限り低く飛んでください。オーバード・ブーストの姿勢制御システムは未熟です。ACの姿勢制御力を最大限に活かしてください。以上、ブリーフィングを終了。幸運を』
通信終了。無線が封鎖された。
一応、形式的なものなのだろうが、マーシャラーが機体前方に出てくると腕を振って合図をし始めた。周辺障害物無し。マーシャラーは管制塔からの合図をもとに右腕を挙げて即座に退避した。
操縦席内部に設けられたスイッチを倒す。
次の瞬間、補助ロケットが作動してACとオーバード・ブーストの全体を数十cmであるが持ち上げた。各所に張られたワイヤが撓みと緊張を繰り返す。AC各所のブースタが自動で作動して機体と、装着物であるオーバード・ブーストを水平に保ってくれる。
スイッチを入れた後は、全てが自動で行われる。
本ロケットへと点火開始。膨大な推進炎の予兆がノズルから噴出すると、機体全体を前へ前へと押し出す。ワイヤが緊張し、固定装置から嫌な音がし始めた。
通信こそ繋がっていないがとりあえず叫んだ。
「ジョン=スミス機でるぞ!」
ワイヤが解除された。補助ロケットと本ロケット双方のノズルから、膨大な火炎が噴出する。戒めから解き放たれた巨人が戦場へと槍を構え鬨の声をあげたのだ。
ジョンは、ペダルを踏み込み機体本体のブーストを吹かした。
システム変更。
『システム、スキャンモード』
刹那、機体が風になった。
後方で待機していた作業員らに盛大にガスをブチ撒けながら、航空機かくや猛烈な速度に達して飛翔し始めたのだった。
『撃ち方はじめ!』
空母護衛艦隊の各ミサイルハッチから次々ミサイルが放たれるや、上昇したのちに急激に下方へ舵を取り、海面を舐めるようにして飛翔を開始した。
「ぐう………ッ!」
殺人的な急加速に老いた肉体が悲鳴をあげた。否、実際に悲鳴を上げていた。くぐもった声が自然と喉奥から響き、眼球が眼底へと押しやられ、各所の毛細血管が痺れる。
姿勢制御の限界を超えて機体挙動が低下しているときに表示される『STAGGER』の警告文がメインモニタにちらつく。
半ば無意識的に戦いの為に換装したバトルライフル二丁を握る両腕を前方に突き出して空気抵抗減をはかった。
空母がサブモニタ上でどんどんと遠ざかっていく。オロチとガルダから、同じように傭兵二人――ラムとボーガス機が離陸するものの、ボーガス機は挙動が怪しく、ラム機はタンク故に遅い。
メインモニタに映るガイドラインに沿うようにメインブースタやボックスブースタを使い、なんとか方角を定めると、おそるおそる海面付近へと機体を降下させていく。万が一脚部が海面に接触しようものならバランスを崩しオーバード・ブースタごと爆散する。羽に触れるよう慎重に、操縦桿とペダルを駆使した。
が、異常な震動とふらつきだけは完全に殺すことができず、ひっきりなしに機体が発する『STAGGER』表示に歯を食いしばり、己を叱咤する意味も込めて声をあげた。
「じゃじゃ馬め!」
ジョンは機体と己の肉体がキリキリと疲弊していくのを感じつつも、操縦桿を必死に動かすことしかできなかった。入力を電気信号に変えて変換する形式故に操縦桿が動揺したり重くなることはなかったが、そもそもつけるべきではないものを無理矢理つけて飛ばしている関係上、腕の血管が浮き出る程にひっきりなしに動かさなくてはならなかった。
高度を無制限にとられるならば手放しでもよかっただろうが、海面スレスレをなおかつ接触しないように飛ぶのは、至難の業でしかない。
超低空を飛ぶということは、地平線が障害物になるということだ。いかなるレーダー・センサも地平線を何の経由もなしに見通すことはできない。逆に、自分も見えないということだ。
予め入力された航行データをひたすら辿るしかない。メインモニタのガイドラインを辿って、とにかく飛ぶ。
補助ロケットが切り離され、本ロケットから捲れ上がり後方へとゆるやかに回転しながら過ぎていく。
重量が減ったことで機体は更に加速した。
レーダー波ではなく目標座標を追尾するようにプログラムされた対艦ミサイルの群れさえ追い越して、機体は加速していく。ジョンに遅れてラム機とボーガス機が後を追いかけた。
目標Aから一定距離に張られた円へと、AC13機という大部隊が高速で接近する。攪乱と攻撃の為に発射された対艦ミサイルを引き連れて。
円を跨いだ。即ち、敵索敵範囲に入ったということ。それはあらかじめ計画されたとおりに13機が同時に線をまたぐように設定されていた。圧倒的な防空を破り、特殊兵器を撃破するには、とにかく一斉に攻めるのがセオリーだった。
前方からの攻撃を警戒したジョンはシステムを変更して肩部内蔵兵装を起動した。
『システム、戦闘モード』
CIWSスタンバイ。肩のハッチが開くと、外部脅威から機体を守るべくセンサーを働かせる。
すぐ背後にボーガスの黒い機体が来ているのをサブモニタで視認した。万が一の衝突を危惧し、右にハイブーストを吹かすことで進行軸をずらす。
前方より、無数のミサイルの群れ。速力のみを重視した対空ミサイル。戦車砲さえ防いでしまうACにとって障害にさえならない貧弱な威力しかないが、オーバード・ブーストを背負っている今は致命傷になりかねなかった。
AC本体のアクティブ防御作動。敵ミサイルのレーダーを誤魔化すための妨害電波を浴びせかけ攪乱する。が、数発逸れただけで、大部分のミサイルは正確に狙いを追いかけてくる。すなわち先頭のジョンへと。
リタリエイターのカメラアイが俄かに光を増した。
「チッ」
ジョンがペダルをけっ飛ばした。機体が急激に右へ機動した。ミサイルが上空から蛇のようにクネクネと尾を振りつつ迫ってくる。
CIWSが反応。自動機銃が矢継早に弾幕を張り、なんなく蹴散らす。ミサイルの破片が機体にかかり嫌な金属音をあげた。
「クソ、速い!」
敵射程内であることを自覚し、なんとなく左へ舵を切った刹那、頭の上をプラズマ化した弾頭が音速を超える速度で通過した。
第二射撃。今度は、より下へ。大気を撹拌しつつリタリエイターを掠めて背後へ流れた。
次弾での命中を悟ったジョンは、すかさずハイブーストを左に吹かして続く第三発目のレールガンを掻い潜った。
超大口径砲による狙撃はたしかに一撃でACを戦闘不能せしめる威力があったが、超高速で接近するACは想定の範囲外だったらしく、後に続くラム機とボーガス機が軽くジグザグで機動するだけでたちまち精度を欠いて海面へ水柱を作ることしかできなくなった。
前方へとハイブースト。距離を詰めなくては話にならぬ。
敵、目標Aが地平線から徐々に姿を現した。それは巨大な島としか形容のできない異物だった。全部のセンサーらしき眼球状のパーツのいくつかが、三機のACが織りなす矢じり型陣形を捉えた。赤いセンサーの光がジロリとにらみつけてくる。
無数のミサイルがばら撒かれ、奇襲に対抗せんと後部デッキからヘリがとびたたんとしていた。
対艦ミサイルのいくつかが敵艦から発せられる猛烈な妨害電波を受けて海面に激突した。迎撃と回避を取れないため、雨あられと放たれる対空ミサイルの餌食となり、海面を揺らす。
距離、至近距離。
無線封鎖解除。
『パージする!』
ジョンは一声叫ぶとパージを選択した。背後でロケットが粉々に自壊してスラスタ類が火薬で消し飛び、接続部が剥がれ落ちる。
中量二脚型とは思えぬ速度でTYPE-Sの懐に潜り込んだジョンは、己の務めを果たすためにまずは速度を殺すべく猛禽類のような鋭い落下にて、必死に回避運動を取るミサイル艇へと蹴りをブチ込んで撃沈した。