泥棒一家の器用貧乏   作:望夢

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血煙のとっつぁんヤバいよね。射撃が次元並みだと思い出すカッコいいシーン。ホークのバイクのリアタイヤを、スリップする車の窓から後ろ向きで撃って撃ち抜くところでご飯三杯行ける。


子犬と見切り

 

 修行を始めた五エ門を見守る。

 

 荒れる波が打ち付ける細長い岩の上で斬鉄剣を腰溜めに構えたまま、飛び出してきた大きなサメの牙に背中を切られる。

 

「なんで抜かないのよ?」

 

 普段の五エ門なら、ただのサメなんて切り伏せるのは簡単な相手だ。だが五エ門は斬鉄剣を抜かなかった。

 

「抜かないんじゃない。抜けないんだ……」

 

「ノワールの言う通りだな」

 

「居合い斬りを見切られた嫌なイメージが頭ん中にこびりついてるんだよ」

 

「呆れた。男ってどうしてそうバカなのかしら。付き合いきれないわ」

 

 そう言って不二子は去っていく。確かに物事を現実的に見る女にはわからない感覚だろう。

 

「バカもバカ。大バカ野郎だな」

 

「男っていうのはみんなそんなもんだろう」

 

 だが男だから、プロフェッショナルだからわかる話だ。

 

 今の五エ門は剣士としてのプライドを根本からポッキリ折られている状態だ。

 

「く……っ」

 

 疼く左手の傷を、拳を握り締めて耐える。

 

 傷は治っているはずだが、今まで感じたことのない程の痛みを発している。奥歯を噛んで堪えていなければ喚いてしまいたいくらいに痛い。

 

 10mくらいの高さの薪に火を点けた炎に囲まれている五エ門を見守る。

 

 サウナなんかめじゃないくらいの熱風。中心に居る五エ門は火炙りに近い。

 

「熱じぃっっ」

 

「焦げくせぇっ。アイツ良く耐えられるな」

 

「ぐ……っ」

 

 左手の傷からまるで炎が噴き出しているのではないのかと思うほどに全身に熱が駆け巡っていく。

 

 それを一夜掛けて五エ門は耐え抜いた。

 

 だが次は滝に打たれて耐える五エ門を見守る。

 

 全身焼けそうだった感覚が、今度は正反対の凍えそうな冷たさだ。

 

 滝の上から巨大な丸太が落ちてくる。

 

 だがそれでも五エ門は斬鉄剣を抜かない。

 

 丸太の直撃を受ける五エ門。

 

「ぐぅぅぅっっっ」

 

 そして、治った筈の左手の傷口がぱっくりと割れ、血が滴り落ちた。

 

「おいノワール…」

 

「っっ、平気だ…。これくらいっっ」

 

 ルパンに声を掛けられるが、おれは五エ門から目を離さない。

 

 オカルト的な現象だろう。だがわかる。これは斬鉄剣の痛みだ。そして五エ門の痛みだ。

 

「どうなっちまってるんだこりゃ」

 

「……自己投影だな」

 

「自己投影?」

 

「他人に自分を重ね合わせることさ。五エ門もバカならこいつもバカだって事さ」

 

 ルパンが何か言っているが気にしない。今は五エ門の一挙一動を見離してはいけない。そう斬鉄剣が言っているような気がするからだ。

 

 そして昼からは巨大な岩壁相手に抜刀する構えのままでじっとする。

 

 五エ門の意識の間合いの外で、おれも座禅を組んで静かに精神を研ぎ澄ませる。

 

 2日も食べていない。空腹もかなりのものだが、空腹を感じていられるのなら自分は余裕がある。おそらく五エ門はさらにその先に居る。

 

 斬鉄剣が教えてくれる。

 

 抜いた刃を、大きな手で掴まれ、そして大きな斧で肌を擦られ、鍔を切られた。

 

「ぐあっ…っっ」

 

 右の鎖骨の下辺りから痛みがして、服に血が滲み出した。

 

「……もうその辺にしておけ。死ぬぞ」

 

 そう言ったのはルパンだが。それではダメだ。

 

 見届けろと、斬鉄剣が言っている。だから首を横に振った。

 

 ルパンが何も言わずに去っていく。その足音すら敏感に感じられる。

 

 五エ門が何をしたいのかわかってきた。極限まで己を追い詰めて会得できる感覚を手に入れようとしている。それを斬鉄剣が教えてくれる。

 

 人を惑わす妖刀だあれは。

 

 その切れ味に魅せられたらもう戻れない。

 

 夜通し五エ門は岩壁と向かい合った。

 

 朝日が昇り、ルパンたちが去っていく。

 

 雨が降り始め、体温を奪う。雷が耳を苛む。

 

 静かに穏やかに。ただ一点の曇りのない刃を鍛え上げる。

 

 五エ門が立ち上がった。

 

「いくのか……」

 

 小さく呟き、おれも立ち上がる。身体の感覚が鈍い。五エ門の様に自身を追い詰められなければこの様に何も得られない。

 

 五エ門のあとに続いて、山を歩く。

 

 身体の感覚が鈍くなり過ぎて、どうなっているのかわからない。

 

 だが、人里に近くなると、わらわらと鉄竜会の人間が集まってきた。

 

「なんだぁお前。その格好は? 生きてるのか?」

 

 何か言っているが、正直おれも何を言われているのかはわからない。

 

「気を付けた方が良いぞ」

 

「何か言ったか? クソガキ」

 

「耳が聞こえないから返事はしない。ただ、五エ門の前に立つな。武器も出すな。斬られても知らねぇぞ」

 

 おそらく今の五エ門は、銃を抜けばおれでも斬られるだろう。

 

「そうかいおもしれぇ。なら、やって貰おうじゃねぇか」

 

 そう言って鉄昆で五エ門を叩こうとしたバカの武器を撃ち落とす。

 

「このクソガキっ」

 

「喚くな。死にてぇのかバカ」

 

 正直今の自分も良い案配に狂っている。だから武器を抜けば構わず撃つ。

 

「お主たちを斬る道理はない。そこを空けて貰おう。指一本動かすな。そうすれば命だけは助けてやる」

 

 五エ門が口を開いた。斬られたくないからマグナムをしまう。

 

 五エ門の気配が変わった。今の五エ門には、何かが違う。

 

 冷たい刃だ。

 

 五エ門の意識の間合いのギリギリ外に居るから、斬られずに済んでいるが、少しでも五エ門に殺気を向けたら此方にも跳んでくるだろう。

 

 斬鉄剣が笑っている。

 

 音でわかる。過去にないほどの鋭く滑らかな太刀筋に感涙している。

 

 斬られた鉄竜会の面々の間を抜けて、五エ門のあとを追う。

 

 それでも生きていて片手が無事なやつが武器を手にするが、それを手を撃ち抜いて無力化する。

 

 血の滴る左手でも、今は痛みも鈍い。

 

 撃ち切った弾を1発1発込め直す。

 

 熱さも鈍い。身体を打ち、服に染みる雨の冷たさも鈍い。

 

 そんな半死半生の体で歩き続けて、耳に聞き慣れたマグナムの銃声が聞こえた。

 

 光に誘われる蛾のように、音のもとへ向かって歩く。

 

 呼吸が聞こえる。五エ門の静かな呼吸。斬鉄剣の呼吸。足を怪我した銭形の荒い呼吸。逃げて走るルパンと次元の激しい呼吸。

 

 廃れた寺の境内に入る。

 

 五エ門とホークの一騎討ちが始まった。

 

 斬鉄剣を抜いた五エ門の太刀筋をホークはまた見抜いて左指で斬鉄剣を掴んで止めた。だが、五エ門は止まらずにさらにホークに近付き、飛び上がりながら身体を横に回転させて斬鉄剣でホークの親指を裂いた。だがホークに右肩を斧で切られて、寺の屋根に吹き飛ばされた。

 

 お堂の柱を切り裂いて行くホーク。支えを失った屋根は崩れ、崩壊する。

 

 五エ門とホークが再び向き合い、仕掛けたのはホークだった。

 

 左手の斧を投げるホーク。それを鞘から抜いた斬鉄剣で切り裂く五エ門。

 

 その場で一回転してホークに背中を向ける五エ門。

 

 ホークの右手が降り下ろした斧が、五エ門の左腕を大きく削ぎ落とした。だが、五エ門はホークの右腕を切り裂いていた。

 

「なあっ!?」

 

「あああっ!? ダメだぁ…!」

 

「……ホークの右腕が落ちるよ」

 

「なにぃっ!?」

 

「……見えたのか?」

 

「ああ…」

 

 ルパンに言葉を返す。そしておれの言うようにホークの右腕が落ちた。切り口が鮮やか過ぎて暫く傷がくっついている。まるで漫画だな。いや、漫画の世界かここは。

 

 五エ門みたいに何かが見えているわけじゃない。だが、五エ門の太刀筋のすべてが()()()

 

「っっっ!?」

 

 ホークが雄叫びを上げながら斧を降り下ろすが、それを五エ門は斬鉄剣の刀身を滑らせて、太刀筋をいなした。

 

 ホークが切り返す前に、五エ門がホークの首を落とした。

 

「っっっっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ――っ」

 

 そして、自分の首も落ちる幻を視た。

 

 全身から噴き出す汗。死の瞬間。

 

 確かに今、一瞬、自分は五エ門の剣気で死んだ。

 

 だが生きていると脳が正常に物事を判別し、腰が抜けて地面にへたり込んでしまった。

 

 ホークも同じ様に自分が死んだ幻を視たのだろう。

 

 自分自身だけでなく、対する相手にも打ち合う幻を視せて死を与える。今の五エ門はそれほどにただひとつ、()()ということに精神を研ぎ澄ませている。

 

 勝負は着き、それからあとのことはわからない。何故なら気を失っていたからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 鉄竜会の用心棒の仕事も終わった。

 

 といっても色々とボロボロで最初の1日以外まともに仕事をしていないが。

 

 再び縫合された左手。負ったはずのない切り傷。

 

 これは精神の影響が肉体にまで効果を及ぼした結果だ。記憶の刷り込みで実際には負っていない火傷を負わせるという実験。それと同じで、五エ門の一挙一動を視る事に埋没していた所為で全身火傷を負った上に、五エ門が最初にホークに負わされた傷や、サメにやられた傷も、自分は負っていた。

 

 ホークとの一騎討ちの時は客観的に見て、五エ門の太刀筋を視ていたから大丈夫だった。でなかったら今頃おれも大怪我じゃ済まなかった。

 

「以上が事の顛末です」

 

「…そうか」

 

 自分が見たことを、おれは稲庭組長にすべて話した。

 

「わけぇのを抑えられなかった俺の不始末だ。五エ門によろしく伝えてくれ」

 

「はい」

 

 頭を下げて、病室を出る。

 

「組長がよろしくと言っていたよ」

 

「かたじけない」

 

「差し引きゼロからまた貸しひとつだ」

 

 理由はどうあれ、組長を守れなかった上に組員を切り伏せた五エ門は稲庭組長に見せる顔がないと言うんで、代わりにおれが顔を出した。

 

 ちなみに気を失っていたおれを病院に運んだのは五エ門らしい。

 

 あのあとやって来た銭形のとっつぁんから逃げるのにルパンと次元パッパはトンズラだと。薄情な親だ。

 

 そんな波乱の1週間を終えて、おれは借家に帰ってきた。

 

 サオリを学校に通わせる為に借りた家。アパートなんて周りにはないから借家になった。一応金ならあるからどうにかなる。

 

 時間的には学校から帰ってきてる頃だろう。というか気配が家の中にある。

 

 玄関に入ると、ドタドタと騒がしくなる。引き戸だから音が誤魔化せない。

 

 そのまま走ってきた彼女に、抱き着かれて廊下に押し倒された。

 

「ぅっ、ぅぅ…、っっ」

 

 1週間帰らないだけで泣かれるとは思わなかった。

 

「学校にはちゃんと行ってたか?」

 

 その言葉に彼女は首を横に振った。

 

「……悪い娘だなぁ」

 

 涙でグショグショな顔を上げる彼女の頬に手を掛けながら、親指で拭ってやる。

 

「明日は行くぞ、学校」

 

 それに何度も頷く彼女を見て、身体を起こしながら、その肩に顎を乗せて寄り掛かった。

 

「え? あ、ぅあ、ぅぅっ」

 

「少し寝る。おやすみ」

 

 心身共に限界過ぎて、女の子に身体を預けて寝るなんて醜態を晒しているが、今回ばかりは精も根も、尽き果てた。

 

「Good night NOIR……」

 

 そんな囁きと小さなリップ音もオマケに聞きながら、意識を落とした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 風の音が聞こえる。胸の鼓動が聞こえる。地の揺れを感じる。

 

 天地鳴動というのか。極限にまで研ぎ澄まされた意識はすべてを感じ取る。明鏡止水。クリア・マインド。

 

 アクセルシンクロォォォォォォッ!!!!

 

「痛っ」

 

「……煩悩が紛れているぞ」

 

「はい…」

 

 座禅を組んでいる所で五エ門先生に叩かれた。

 

 あれ以来、また少しおかしくなったらしい。

 

 だが、そうでもないと鋼鉄を斬るなど夢のまた夢だろう。

 

 本格的に五エ門が修行をつけ始めてくれる様になった。

 

 刀の振るい方以外にも、その為の身体作りも指導してくれている。それほどの身体能力の強化があって始めて鋼鉄斬りは修得出来るのだろう。

 

 さらには鍛冶職人も紹介して貰えた。

 

 合間を縫って包丁造りに勤しんでいる日々だ。

 

 時には用心棒の仕事も入れて、武器を主に模造刀を振り始めた。

 

 さすがに日本でマシンガンは相手にしないが、ハンドガンの弾丸なら見切れるようになった。

 

 しかし斬鉄剣を造れる様になるまで何年掛かるかは不明だ。

 

 

 

 

 

to be continued… 


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