子犬と子猫と偽札
生活拠点に日本を中心にしながら、時折ルパンの仕事を手伝ったりしてなんのかんの過ごしたある日。
銀行からお金を引き下ろしたお札を数えていた時だった。
「ん…?」
何となく1枚の一万円札に違和感を覚えた。
「どうかしたの?」
学校から帰ってきたサオリに声を掛けられた。
「ぅひゃう!?」
「ああ、お帰り」
「痛いぃ……」
また英語を使った彼女にチョップしつつ、テーブルの上に一万円札を並べていれば普通に不思議がられるだろう。
「この一万円札をどう見る?」
「なにか変、なの…?」
「なーんか気になってな」
他の一万円札も出してみるが、その1枚だけが気になる。だが並べてみてもなんで違和感があるのかわからない。しかし何故か気になる。
気にしても仕方がないからテレビを点けてニュースを回していた時だった。
カリオストロ公国王女。クラリス・ド・カリオストロ姫結婚というニュースを見た。
「まさか……」
先程気になった一万円札を手に取って、ニュースを映すテレビ画面と一万円札を行ったり来たり。
「ゴート札……」
本物以上と言われた偽金。ナポレオンの資金源になったり、世界恐慌を引き起こしもした歴史の裏舞台にある偽札界のブラックホール。
「…また、行っちゃうの……?」
背中に寄り掛かられ、抱き締められる。耳元で悲し気に甘える子供のような声を出す彼女は、毎回ルパン絡みの仕事になるとこんな感じに察してくる。普段の仕事は鉄竜会の稲庭組長絡みの仕事や、時々ダラハイドお爺ちゃんからの依頼も入ってきたりして家を空ける事もあるが、ルパン絡みの仕事は家を空ける間が長い事もあってこんな感じになる。
「着いてくるか…?」
「良いの!?」
普段学校があるから仕事に関しては関わらせていないが、今回は観光客として滞在する予定だから連れていっても問題ないだろう。義務教育は出席日数も気にしなくて良いからだ。
「その代わり、言うことはちゃんと聞けよ?」
「うん!」
というわけで、学校に暫く休ませる連絡を入れ、旅行に出る準備を進める。こんなことになるなら五エ門先生がルパンの仕事でヨーロッパに行くって話の時に着いていけば良かった。
「それと、銃も持っていけよ」
「銃も…?」
「一応外国だからな」
日本国内で銃を持ち歩く事なんて皆無のサオリからすれば、銃も持っていくことに違和感を感じる程度には日本の生活は長いとだけ言っておく。
そんな彼女の銃も、S&W M10から、M27に変わっている。通称.357マグナム、レジスタード・マグナムと呼ばれる357マグナム弾を撃つのに適した銃になった。
弾の購入が1本になったから調達料金が安くなったのは良かった。
最初は撃つ度に反動で跳ね上がっていた腕も、確りと保持し続けられる様になった。リロードの時に熱くなったシリンダーを触らなくなった。自衛程度なら出来るだろう。
二挺のコンバットマグナムを後ろ腰のホルスターに収める。
あとは造った野太刀も持っていく。居合いは出来るが、まだ鋼鉄斬りは修得していないし、鍛造の仕方も手探りだ。やり方はわかっても職人の腕が伴っていないからなまくらしか打てていない。斬鉄剣も形になるのにあと何年掛かるのやら。
ちなみに野太刀なのは間合いの関係だ。自分の体型で五エ門と同じ様な間合いで斬るとなると必然的に剣を長くする必要がある。だから野太刀にしてみた。それで余計に斬鉄剣を造るのが大変になったわけだが、致し方ない。
観光客として静かに滞在するつもりでも気づいたら巻き込まれていたなんて事はしょっちゅうだ。だからマグナムが効かないカゲ相手でも打撃武器として野太刀は使えるだろう。未熟とはいえ鍛造には斬鉄剣の技術を使っているからそう簡単には折れないとは思う。
低身長に野太刀の浪漫がわかる同志はサイドテールの神鳴流剣士スッキーだろう。せっちゃん万歳。このせつ万歳。
スバルに荷物を積み込んで、向かうは東京。ニューヨークまで飛んで、そこからヨーロッパに飛ぶ。車も込みだから値段が張るが、ダラハイドお爺ちゃんの格安ルートだからそこまで懐は痛くはない。また今度居合い斬りを見せに行かないとだろうが。
チャーター機で貸し切りの飛行機を操縦しながらカナダで1度給油に降りたりしながら2日掛けてカリオストロ公国入りだ。
「カリオストロ公国なんて聞いたことない」
「人口3500人。世界で一番小さな国連加盟国だよ。テストに出るかもしれないから覚えておいて損はないかな」
そう言いながら、国境の関所を抜けるためにした変装を解く。とはいえ帽子の代わりに着けた眼鏡と三編みにした後ろ髪を解いたりだ。軽い変装と服装を変えるだけでバレないもんだ。仕事の時は必ず黒いジャケットに帽子は外さないからだ。
ジャケットをロングコート。下をハーフパンツに変えて、薄化粧をすれば意外にもバレない。ただし男としてのプライドにダメージを負う。
某封印指定の人形師の様に眼鏡を掛けて人格を切り替えるなんていう技術も会得した。
次元から早撃ちに重火器に乗り物の扱い。
五エ門から刀の振るい方に忍の身体能力。
ルパンから盗みの技術に変装術。
不二子からは潜入術にその他色々。
悪いことは色々と教わってきた。
眼鏡を外して帽子を被る。このトレードマークがないと落ち着かなくてダメだ。三編みも解いて手櫛で整える。変装する理由としては、おれもICPOのデータベースに名前が載っているからだ。つまり国際指名手配の極悪人だ。
仕事じゃなくて観光だから入国手続きは普通に表から堂々と行けば怪しまれない。
「でもどうしてこの国に来たの?」
「別に。ただの観光だ」
タバコを咥えて、ライターで火を点ける。日本と違って人目を気にせずに吸えるから気楽で良い。
おれの覚えた違和感の正体がアタリだったら、あの一万円札はゴート札だという事だ。そしてクラリスの結婚という事は、カリオストロでドデカい祭りの開催だ。これを黙ってスルーするわけにはいかないだろう。ルパン一家の一員としては。
「ぬがっ」
「ひゃっ」
普通に走っていたのに不自然に車が揺れた。道の横に車を止める。
「な、なに?」
「パンクだな」
位置的に左側のリアタイヤがパンクしたらしい。
車を降りてスペアタイヤとジャッキを用意する。ホイール着きだからボルトを外して、付け替えて、ボルトを閉め直せば交換終了だ。
「んん?」
「どうしたの?」
道具を片付けていると、耳にエンジン音が聞こえた。聞こえるのは構わないんだが、回転数が高速回転で猛スピードの上にタイヤのスリップ音も聞こえた。
すると猛スピードで走り去る車には、なんでかドレス姿の女の子。
そしてそれを追うリムジン。
車に飛び乗ってエンジンを掛ける。
「フッ。おもしろくなってきやがったぜ」
「の、ノワール…?」
エンジンが掛かって直ぐにアクセル全開。走り去った2台の車を追った。
◇◇◇◇◇
日本から飛行機を使って2日。車でも走って3日目にカリオストロ公国なんて国に着いた。
学校から帰ってきたらテーブルに一万円札を並べて唸っている彼が居た。
2枚の一万円札を見せられたけど、何が違うのかわからなかった。
テレビを点けてニュースを見た彼が、一万円札とテレビを交互に見て、いつものクセが出ていた。
多分ルパンさんとのお仕事に行くんだと直ぐにわかった。ルパンさんとのお仕事の話があるとき、彼は独特な笑みを口許に浮かべるからだ。
ルパンさんとのお仕事があるときは彼が遠くに感じていつも不安で、無事に帰ってくることを祈るしかない。その間はソワソワして学校で勉強も身に付かない。
早く卒業して、銃の撃ち方ももっと身につけて、彼の役に立てるようになりたい。そうすればわたしも、置いていかれなくて良い様になると思う。置いていっても勝手に着いていけば良い。
でも今回は珍しくわたしも連れていってくれるみたい。
観光って言ってたけど、観光で終わるとは思っていません。
「ノワール…っ」
「しっかり掴まってろ!」
物凄い速さで走る車。飛んだり跳ねたりもうめちゃくちゃ。観光なのに、ノワールのバカぁ!
「ハハ最高のステージだぜ。イニD世代舐めんなよ」
カーブをドリフトで曲がっていく。
いつの間にか隣にはニューヨークでノワールが乗っていた車が走っていて、ルパンさんとパッパさんが乗っていた。
「ようノワール。こんなところでデートか?」
「そっちこそどうしたのさ。観光でも来たの?」
「わりぃが今は構ってるヒマがねぇ! 先行くぜーっ」
そう言って行ってしまったルパンさんたち。彼はまたあの笑みを口許に浮かべている。
「上等! 峠を攻めて鍛えた走り屋のドラテク、見せてやんよ!」
「きゃぅっ」
また急に車が加速してシートに身体が沈む。彼の言葉は時々何を言っているのかわからない事が多い。でも彼が心底今の状況を楽しんでいるのは見てわかる。
「~~~~♪」
ルパンさんたちの車の後ろにぴったりと着いていくわたしたちの車。ノワールは上機嫌で鼻歌を歌っている。
「きゃあああっっ」
「ぬおっ、ぐっっ」
目の前に迫ってきたバス。でもノワールは車を傾けてバスとの衝突を避けたルパンさんたちと同じ方法で避けた。
「ひゃあああっっ」
「~~~~♪」
大きくジャンプする車。背筋がぞわっとする。
そして聞き慣れたマグナムの銃声が聞こえた。
「357マグナム? って、ヤバっ!」
「きゃぅんっ」
車が急に減速したからおでこをぶつけた。でもそれどころじゃなくて、何かが爆発した音が聞こえた。
「ちくしょう。そのフィアットはおれが買ってルパンにあげた車なのにっ」
でもそれってもうルパンさんの車って事だよね?
「アウトのアウト。掟破りの坂走りか。付き合うぜ!」
「え? ちょっと、いやあああああっっっ」
走っちゃ行けない所を走って行ったルパンさんを追って、ノワールも坂を走って登っていく。
林の中を抜けて今度は下り坂。
「ひゃあああああっっっ」
ようやく道路に戻って普通のスピードに戻った。
「ぅっ、ひっぐ、ノワール、の、バカぁぁ、っっ」
「おいおい。この程度序の口だぞ」
「バカぁぁぁっ、死んじゃうよぉ…っっ」
毎回こんな感じでルパンさんと付き合ってたらノワールが死んじゃうよ。でもノワールはバカだから何を言っても止めてくれないのはわかる。わかっちゃう。
やっぱり不二子さんに教わった様にキセイジジツ? を作って、ノワールがちゃんと帰ってきて何処にも行かないようにしなくちゃ!
◇◇◇◇◇
久し振りのカーチェイスを楽しめて満足だった。セルフでテーマ80を流したが、個人的に好きなテーマは直撃の97だ。ワルサーは渋くて好きだった。もう内容殆ど忘れてるけど。
しかしケツを追い掛けていただけだったのが唯一ちょっとつまらんかったが、メインはルパンだから仕方がない。それに、主目的は観光だし。
先ずはルパンの回収でもするかな。
車にロープを引っ掻けて、ルパンが落ちていった崖を降りていく。
「あーらら。見事にノビちゃってまぁ」
いやでもこの高さ落ちて無事なんだから頑丈だよなぁ。
「あ、あの……」
「ああ。気にしないで。この人の知り合いだから」
ルパンを手当てしようとしていた女の子に声を掛けられた。お姫様だけあって別嬪さんだねまた。
「どうして、助けてくださったのですか…?」
「まぁ、美人な娘に弱いからね、このおじさん」
「わたくしが…っ?」
美人と言われて頬を赤らめた彼女。箱入り娘特有だねこういうのは。昔のサオリもこんなんだったっけ?
ハンカチもないから手袋を濡らしてルパンの顔を拭く彼女を眺めながら、小石が落ちてきて上を見上げたらパッパが降りて来ていた。
「ん?」
「あ…っ」
エンジン音が聞こえて、その方を向くと、黒い煙を吐く船が近づいて来ていた。
「…ごめんなさい。ありがとうと、伝えてください」
そう言って彼女は走って行ってしまった。
「大丈夫か? パッパ」
「ああ、大丈夫だ。あとパッパ言うな」
「良いじゃんか。久し振りに会えたんだし」
「それよりルパンはどうだ?」
「んあ……。俺の花嫁は…?」
降りて来た次元パッパと話していると、ルパンが目を覚ました。
「あそこ」
「あーらら…」
指で指し示す先では彼女を乗せただろう船がスピードを上げて去っていった。
「くそぉ。つかなんで行かせちまったんだよぉっ」
「冗談。今回は下手に手を出したら火傷じゃ済まないし」
「あん? どういうこった」
そう言うルパンに懐から件の一万円札を出して見せた。
「コイツは……」
「一万円札じゃねぇか。それがどうしたんだよ?」
「本物以上と称えられる偽札界のブラックホール。その震源地がこの国。そうだろルパン?」
「成る程。だからこの国に居たのか」
一万円札からこっちの視線を移したルパンは合点が行ったという顔を向けてくる。しかし疑問符も浮かべてそうだ。何故この国がゴート札の震源地だと知っているのかという顔だ。
ゴート札関係の噂はそのブラックホールの噂もあって裏社会でも知っているのは極端に少ないからだ。
「ならこの一万円札も」
「ああ、ゴート札だ。しっかし良くわかったな。出来が良いから普通は気づかないぜ?」
「なんとなくさ。そうしたらニュースでこの国の事をやっててピンっと来たんだ。パッパから偽札掴まされたって聞いてたし」
国営カジノの仕事の後にちょうど電話をしたから、偽札を掴まされた事はおれも知っていた。そしてカリオストロのニュースがあったから、ルパンとパッパもカリオストロに来るとわかっていた。そこでゴート札に関してもパッパにチョイと聞いている。だから口裏は合う様になっている。
「ん? コイツは」
一万円札の話題で話が逸れたが、ルパンが握っていた手袋の違和感に気付いた。
手袋の中から銀の指輪が出てきた。
「指輪じゃねぇか」
「さーてな、どーっかで……はっ」
考え事をしそうになったルパンが、直ぐになにかに思い至った様だ。
「ねーっ、早く上がって来てよーっ、車邪魔だってーっ」
上からサオリの声が響いて3人揃って見上げる。
「上がるか」
「だな」
「オーライ」
取り敢えず続きは上に戻ってからという事になった。
「んで? 女連れとは珍しいじゃねぇか」
「観光ついでだよ」
「それで? 何処まで進んだんだ?」
「どこも進んでねぇよ」
「んげっ。一緒に暮らしてて手ぇださねぇって、それでも男かよおめぇっ。どーなってんだよ次元!」
「まったくだよなぁ。五エ門から余計なもんまで学んじまったらしいぜ?」
「その歳で童貞はねぇよなぁ」
「まだ10代だこの変態オヤジども…っ」
マグナムで撃ってやろうかと思いながら、うるさいオッサンたちのあとに続いてロープを登った。
to be continued…