エジプトのピラミッド。ファラオの墓に賢者の石はあるという。
賢者の石と聞いてハガレンかハリポタか浮かぶのが大半だろう。
非金属を黄金に変えたり、不老不死の源になると考えられている。
それを盗む為には通路に張り巡らされた赤外線センサーの網を越えていかないとならない。
しかも普段の警備の数倍の人員が配置されていた。
「まったく。とっつぁんの勘はホントに厄介だな」
まったく。やってくれるぜ、銭形のとっつぁんは。
張り巡らされた赤外線センサーの網を抜けていく為に、立てた三脚付きのポールに横にポールを着けて足場にして、アスレチックの中を進むように進んでいく。前に移動するのも目盛り付きのポールを使ってcm単位で抜け道を見つけながら伸ばして、また三脚付きのポールを立てて進んでいくというかなり地味なものだ。
近くの窪地に隠したベンツから双眼鏡でピラミッドの様子を窺う。露天の警備本部指揮所にとっつぁんが現れた。
「あらら。センサーが反応しちまったぞ?」
指揮所からちょろまかしたケーブルに繋いだノートPCで警備システムとリンクさせ、モニターしていたら通路で警備システムが反応してしまった。
「こちらノワール。警備システムが反応したけど何か触った?」
『ああ、多分な。急ご』
『急ごったって、これじゃあなぁ』
次元の持つ無線に繋ぐと、何処かで赤外線を触ったらしい。あのルパンでも苦難する程にセンサーの密度があるのだ。だから今回はピラミッドの中に入るのは遠慮した訳だが。
「外の警備が動いた。中に続々入っていくぞ」
『バレたか?』
「拡声器片手にとっつぁんが叫んでるよ」
『またとっつぁんかよ。どうなってやがんだ』
ルーマニアに続いてエジプトにもドンピシャで現れたとっつぁんに悪態を吐く次元。まぁ、気持ちはわからんでもない。でもとっつぁんだからと納得するしかない。
「撤収ルートは当初の予定通りで良いね?」
『ああ。ブツをいただいたらすぐにずらかるぜ』
「ラージャ。外の掃除は済ませとくよ」
次元との通信を終えて、外に居るとっつぁんが中に入っていくのを待つ。
ピラミッドの中にとっつぁんが入るのを確認して作戦開始。手鏡でピラミッドの上で待機していた五エ門に合図を送る。
最低限の人員のみ残しているピラミッドの外の制圧は五エ門ひとりであっという間に終わった。
ピラミッドの下方の出入り口からぞろぞろとエジプト警察が出てくる。下は固められているが、ロープを使って上方の出入り口と、自分の居る窪地までが繋がり、その上をバイクで走ってくるルパンと次元。さらに五エ門が綱渡りで走ってやってくる。さすがニンジャ。
窪地の手前。ロープを固定する杭の周りには落とし穴も掘ってある。ルパンにピタゴラスイッチ作らせたらどうなるのかと思うくらいだ。追い掛けてきたとっつぁんは見事落とし穴に落ちた。100点。
「よっしゃ。出せノワール」
「はいよ」
「ほんじゃまぁ、おげんきでー」
「またなー、とっつぁーん!!」
ルパンのベンツを運転する機会は中々ないが、仕事中シートを暖めていたからそのまま運転する事になった。ちょっと足の長さがキツい。早くこの身体も大人にならないかと切に願う。
「この銭形さまがこの程度で諦めると思ったら大間違いだぞ! 覚えてろーっ。ルパーーン!!」
そんなとっつぁんの執念に燃える叫びを聞きながら、ルーマニアの時と同じ様にパリに戻って、賢者の石を不二子に渡すわけだが、不二子のバックに居る人物を探るために盗聴機を仕込んだ偽の石を渡す事になった。
「あーあ。言わんこっちゃねぇ。クスリ嗅がされてお宝奪われてやんの」
「見えてるならルパン拾ってきてあげたら?」
双眼鏡でルパンの様子を覗いていたパッパに言う。ちなみにおれは晩飯を作ってるから手を離せない上に体格的にルパンを運べないから仕方がない。
「最近の浮かれたあいつには良いクスリだ。もうしばらくしたら拾ってくるさ」
ルパンのクローン処刑があったからか、確かに少しルパンに落ち着きがない。簡単なヘマはしたし、着替えてまでおちゃらけて不二子の気を引こうとするし。
一言で言えばらしくないのだ最近のルパンは。それは不二子もそうだ。いつにも増して秘密主義だ。だから次元も五エ門もいつも以上に不二子に思うところがあって不機嫌だ。
食事の準備が出来た頃にパッパがルパンを拾いに行った。
クスリ抜きの為にシャワーを浴びに行くルパンを横目にテーブルに食事を並べていく。
次元が盗聴機の受信機を出してチャンネルを合わせる。その間におれと五エ門は先に夕食だ。五エ門が食べられる様に和食寄りだ。だし巻き玉子にしらすの大根おろしは最強の組み合わせだ。あとはたくわんと梅干しもある。おまけに昆布だしのお吸い物も付けちゃう。でもそれだと肉が恋しいから肉じゃが作ってみた。
「いやー、参った参った。まーだ頭がクラックラッすらぁ」
「プレイボーイ気取りが良いザマだな」
「ルパン。仕事と女の両立は出来んぞ」
「つべこべうるせぇな。これも計算の内なんだよ」
「いつもの事だろいつもの」
次元と五エ門の言葉に言い返すルパン。なんか穏やかじゃない空気にツッコミを入れるのも重苦しい。
なんかルパンがいつもの調子じゃないからか、みんないつもの調子じゃない。
「ぎやあああああああっっっ」
「な、なに!?」
「ぉぉぉっっ、みみがぁぁっ」
どうやら盗聴機をやられたらしい。ルパンとパッパが呻き転がっている。
盗聴機がやられたんじゃどうしようもないので、飯食って寝る事になった。
翌朝。モーニングを近くのカフェで取りながら、ルパンは本を読み漁っていた。
「ファラオや、秦の始皇帝が求め続けた永遠の命。不老不死の夢は、太古より伝わる賢者の石に秘められているという。ほー、なるほど」
「賢者の石は錬金術師が求めた空想上の物質で、金を産み、不老不死の源にもなるとも言われている。それがどうやって作られたかはわからんけどね。マンドラゴラの根も、北京で盗んだ仙薬も不老不死とか永遠の命の源になるって曰く付きだ」
「じゃあなんだ。不二子は永遠の命でも手に入れようってか? いつにも増してトんでるぜ」
「非現実的だ。その様な物のために我らを謀るなど」
そう言って五エ門はイスから立ち上がる。
「どうした五エ門? トイレか?」
「とても付き合いきれん。帰る!」
ルパンの言葉に五エ門がそう返した時だった。急にヘリのロータ音と共に突風が吹く。
カフェの前の道路に降下して来たヘリの底部には旋回式の2連装機銃が取り付けられていた。
その機銃が旋回して此方を狙い定めてくる。
そしていきなり発砲を始める機銃の射線から逃れるために背中から地面に転がる。
機銃掃射を終え、削られて倒れてくる街路樹の葉っぱに紛れる。
「いきなりご挨拶だなオイ」
「ルパンと次元は?」
「もう逃げてる。あいたたた」
枝に引っ掛かりながら街路樹の影から抜け出して、近くに停めてあるフィアットの方に向かう。
「車とヘリじゃとても逃げ切れたもんじゃないな」
「何処へ行ったかわかるか?」
「何処に来るかはわかるけどね」
ルパンのベンツにはノートPCが置きっぱなしだ。
双方向に位置がわかるように発信機を仕込んである。もうちょい時代が進めばGPSも内蔵したいところだ。
空から追いかけ回されているのなら、追い掛けてこれない場所に逃げれば良い。
「今ここに居るなら、そこから一番近い下水道への工事用出入口がここだから、そこのマンホールから下に降りれば来ると思うけど」
「あいわかった」
そう言って五エ門はマンホールを開けて下水道に降りていってしまった。いや少しは疑って欲しい。もしかしたら反対方向に行くかもしれないのになんも疑いも持たずに下水道に向かわれると外したらどうしようと考えてしまう。
「止まった? …いやでもこっち来るな」
マンホールから響いてくるヘリの音。ベンツのエンジン音も聞こえてくる。
取り敢えず予想は外さなかった様で一息吐く。
タバコを咥えて火を着けようとした時だった。地響きと共にマンホールから火柱が上がって、その上に居た車を吹き飛ばした。
「あれまぁ。大丈夫かな? ルパンたち」
下水道でヘリを爆発させたのだろう。普通なら重傷とか死ぬことも考えるが、ルパン一家ならよっぽどでなければ大丈夫かと思ってしまう辺り大概自分も毒されてる感が否めない。いやでもそうでなかったら何回死んでるかわからんし。
「あれ? 皆さんお揃いで」
ミニクーパーにすし詰めもかくやという感じでぎっしりなルパンたちが走っていく。だが頭上から銃撃を受けながらだが。
「……間を開けるか」
タバコに火を着けて、一息煙りを吸って吐いたところでミニクーパーのエンジン音が遠ざかった。
車を出してルパンのミニクーパーを追って路地に入ると、不二子が居た。
「なにしてんの? 不二子」
「ノワール! ちょうど良い所に来てくれたわ。家まで送ってちょーだい♡」
「いや送ってちょうだいって言われても」
これからルパンたちを追い掛けなくちゃならないのに無茶を言う。
そう思っていたが、もう不二子は車に乗ってしまった。
「仕方ない。パンケーキとコーヒーで手を打つわ」
本を読んでいて朝食のパンケーキとコーヒーを逃しているからお腹が空いてる。不二子がマモーとグルなのは知ってるが、いつもの事だからどうしようもない。不二子はそういうオンナだと前世から知っているから怒っても仕方がないとある種の諦めと、自分個人がまだ不二子に裏切られて痛い目を見ていないからというのもある。
その辺り四六時中ルパンと一緒に居ることの多い次元はルパンのとばっちりを受けるし、五エ門はピュアサムライだから不誠実な不二子が赦せないんだろう。
「ありがとうノワール! 愛してるわっ♪」
「ちょーし良いんだからまったく…」
横から抱き着いてきて頬にキスして来る不二子を怒るとかせずに、そういうオンナだからって思って赦してしまっているから、怒る気が湧いてこないんだろうなぁ。
場所を移して少し離れたカフェに入る。
「それで? いったい今回は何を企んでるワケ?」
「企んでる? そんなことないわよ」
「……永遠の若さを手に入れても、魂まで永遠に生き続けられるとは限らないよ」
「……何を知ってるの?」
「さぁね。自分の知る事しか知らないよ」
先に出てきたコーヒーに手をつけながら、不二子に言葉を返す。
「記憶の転写が出来たとしてもまったく同じ人間になるかどうかはわからない。いや、環境が違えばまったくの別人になる事もあるかもしれない」
その辺りはブラジルから来た少年か、またはリリカルマジカルなプロジェクトフェイトがわかりやすいか。いやどっちも創作物だが的を射ているはずだ。
人間は日々の積み重ねで己を形成する。
なにかが違えば、別人になったとしても不思議はない。記憶も人格も経験も完璧に再現出来たコピーが居たとしてだ、さすがに前世のあれこれはムリだと思いたい。でないとさすがにちょっとヤバい。
「永遠の命も良いけど、限りある命だからこそ、人は精一杯頑張るし、思いやりや優しさがそこに生まれる。おれはそう考えるよ」
マモーはその辺長生きが過ぎて優しさなんて言葉を感じない。自分が神さまだと威張る傲慢な人間。すべての人間が永遠の命を得て同じ様になるかはわからないが、あの他人を見下す態度や、自分の認めたものしか生きることを認めない選民思想もマイナス。仲良くはなれないタイプだ。
「まぁ、よく考えてみなよ。自分が自分でなくなっても、永遠を手に入れるのかどうかをね。永遠の命なんてそう簡単に手に入る物じゃないんだからさ」
「もう! 勿体ぶらずに教えなさいよっ」
不二子が身を乗り出して来ようとするが、それを手で制しながら右手でマグナムを抜く。身体を捻った真後ろ。外跳ねする黒い髪の毛を黒い帽子に納めた黒いスーツ姿の子供が居た。
「後ろからご挨拶たぁ、ガンマンの風上にも置けねぇな」
「……なんでわかった」
「ちと耳が良くてな。これだけ近い上にマグナムの音だったら聴き逃しはしねぇよ」
背中のイスに突きつけられている銀色のマグナム。
自分と同じ声に、同じ格好。髪の毛の癖っ毛まで同じとはご丁寧な事だ。
「ノワールが、ふたり…?」
不二子がこの状況を一言で言い表してくれた。
「クッ、ククク、あはっ、ははははははっ」
「……何がおかしい」
「そりゃおかしい。いや、愉しい、か。マンガでしかないような展開だろ? 自分の偽物と銃を突きつけあうなんてのはな」
自分のそっくりさんならドッペルゲンガーなんて考えるが、見た目も服装も、得物まで同じなら、そして今はタイムリーな相手が居る。
「見せて貰おうじゃねぇか。
パンケーキを食い損ねた事を気に病みつつ、おれはマグナムの引き金を引いた。
to be continued…