ちなみに最初は不二子のクローンを考えてたけど、それだとつまらないだろうからこんな感じに落ち着かせた。でも代わりにノワールが強くなりすぎかな?
自分からガンマンというものを取った時。残るものは前世の自分だ。
何処にでも居るような無駄にあれこれ雑学だけは持ってる引きニート。
死んで女神さまに出逢って転生したわけでもないけれど、アメリカのスラムで、子どもとして新しく人生をやり直す事が出来た自分は、幸か不幸かと言えば、これ以上幸運はない程の男に出逢った。
次元大介。暗黒街一のガンマン。
そんなガンマンとの出逢いが、おれの平凡な人生を狂わせた。
精神的には大人だと思っていた自分は、どうしようもないガキがただ歳を重ねてるだけだったと突きつけられた。弱音を言いたいのを堪えて、歯を食いしばって。でも時々ひとりでこっそり枕を濡らした事もあった。
「くっ」
「うがっ」
拳を突き出す腕に手を差し込んで受け流し、仕返しに頬に捩じ込むようなストレートを打ち込む。
「だらあっ」
「ぐほっ」
「らあああっっ」
反撃に腹を蹴り上げられ、よろめいた所を押し倒されそうになる。
「ぐらあああっ」
「ごはっ」
だがその勢いを利用して巴投げで投げ飛ばす。そのままウルトラマンみたいに身体を勢いだけで飛び起こす。
唯一やっていた格闘技は柔道くらいだ。あとはヒーロー物の格闘技の見様見真似。
だから五エ門に師事してからは空手を教わっている。
ガンマンとして生きていくにはそれで充分だった。腕が届く範囲の間合いに入られたらガンマンはおしまいだ。それこそおれがやったように銃を掴まれて取り上げられる。だからひたすら銃を撃って無力化する事を叩き込まれた。格闘技を教える時間を設けずに、だ。
まぁ、おれの体格で格闘戦やろうなんて時はもう追い込まれてチェックメイトが掛かってる時だ。
動き自体はおれの方が素人くさい動きだ。代わりに向こうはそういう手合いの覚えがあるような動きをしてくる。
銃でもステゴロでも向こうが上というか、理想形だ。おれが目指すべき形の完成形がそこにある。
「チィエオオオオオッッ」
振り向きながら飛び上がり、空中で横に回転しながら遠心力を付けて手刀を降り下ろす。エクシア斬りのアレな動きと言えば簡単だろうか。
「ぬぐっ」
横に転がって避けられた為、空振りに終わった手刀は、床板を粉砕した。
「おいおい…おうっ!?」
「ちっ」
それを見て初めてヤツが表情を崩した。しかも粉砕して舞い上がった床板の破片を蹴り飛ばしても、それも避けた。コイツ動体視力もおれより上か?
確かにアイツはおれが寄り道した分だけ先に居る。だが、その寄り道をおれはムダとは思っていない。
五エ門は伊賀流の流れを汲む忍者で斬鉄の技、鋼鉄斬りを会得する居合いの達人だ。そして示刀流空手という空手と名のついた立派な剣術の免許皆伝者。
さすがに岩を手刀で砕いて削るとかは出来ないものの、瓦を砕くくらいは出来る。だから床板くらい手刀で割るくらい出来る。ちょっと痛いけどな。
「のっ、このっ、逃げるな!」
「むちゃ、い、うなっ」
隠し玉のお陰で流れを掴めたが、代わりに向こうは全避けスタイルに移った。あまり面白くない流れだ。
こっちが攻撃を当てようとムキになればスタミナ切れはこっちが早い。しかも仮にもガンマンのおれの複製。まぁ、ガンマンの誇りはないみたいだが能力は本物だ。もうおれの攻撃を見切り始めてる。か――。
「っふ!」
「なっ――がっっ」
縮地。達人のそれに比べれば距離は全然のもどきだが、室内の狭いスペースなら充分間合いを狂わせられる。五エ門に習っていて正解だった。
縮地で近付き、掌打を胸に食らわせる。
「かっ――がはっ」
「結構効くだろう。危ないから
正常な動きをしてる心臓にドギツい一撃だ。マジカル八極拳の麻婆神父の一撃宜しく心臓を破壊とか出来る力はないが、不整脈を起こさせるかもしれない危ない一撃なのは保証する。なにしろ五エ門の保証書つきだ。
「ふぐっ…はっ、くっ…、グソッ、ダレぇぇぇっっ」
苦しい顔をしながら睨み上げてくる。おお、コワ。
「があああっ」
掴み掛かろうと飛びついてくるが、それを掴んで背負い投げる。
「がはっっ」
「受け身もなっちゃねーな」
「ゴホッ、ゴホゴホッ」
背中を打ち付けて咳き込む様を見下ろす。
「さぁ、どうする。ガンマンでないならお前はなんだ? 何になる? 言ってみろ!」
「ッッ、クソッ、タレ……ッ」
仰向けから寝返って弱々しく四つん這いになって、ゆらゆらと立ち上がる。
「ハァ…ッ、ハァ…、ハァ……。クソッ!!」
そう言葉を吐き捨てて、懐から何かを地面に投げつけ、それは弾けた。
「っ、煙幕!?」
慌てて鼻と口を塞いで、不二子のもとへ駆け寄りながら背中に庇うように立つ。
そして銃声がした。それはマグナムに次いで聞いている銃の音だった。
「っ、…ぐっ」
「ノワールっ!?」
煙が晴れたらそこには、ワルサーを構えているヤツの姿があった。
「ハァ…ッ、ハァ……ッ、ハァ…」
「…ぐぅっ。…はぁっ、……フ、…それが、お前に、残る…、もの、か…?」
腹に感じる熱。傷を押さえながらワルサーを握るヤツを睨む。
ガンマン以上に、男の風上にも置けねぇな。まぁ、良くてまだ年齢一桁にしたら良く我慢してた方か。あるいは万策窮したか。
「うるさい。お前にわかるかよ。わかってたまるか。ぐっ、ぅぅっっ」
そういうヤツは突然胸を押さえて呻き出した。顔も真っ青だ。
「クソ…ッ」
ポケットから錠剤を取り出して噛み砕いて飲み込む。
「わかってたまるかっ」
まるでこの世に対する怨嗟で満ちた声だった。
「っ、ぐっ…、ははっ、残ってるじゃねぇか…」
「くっ」
どういう意図かはわからないが、アイツは自分の人生を縛られている。
その事に対する怨嗟が渦巻いている。まぁ、自由な泥棒に付いて歩いてたんならその違いはバカでもわかるか。
「フッ。どうした飼い犬。悔しいんなら盗んでみろよ。自分の自由ってやつを」
「なっ、何を…!?」
目を見開いて硬直する様を見て、コイツはマジのバカというか、まぁバカなんだろう。
「ガンマンじゃないならお前はなんだ? 何になる? 言ってみろ!」
もう一度その言葉を投げ掛けながらアイツのマグナムを投げ渡す。
「…命はなんにだってひとつだ。だからその命はお前だ。おれじゃない」
「っ、バカにしやがって…っ」
マグナムを腰に納めると、踵を返してアイツは窓から飛び出して去っていった。
さて、これでまた少し面白くなるか。
「ノワール!」
ただ撃たれて痛い上に血が出過ぎか足が崩れ落ちた。
「ダメ、ちょっと、寝る…」
「だ、ダメよ寝ちゃ! しっかりしなさいっ」
不二子にビンタされるが、オヤジにもぶたれたことないのになんて言葉を返す余裕もないくらい眠気が襲ってきて、目蓋も勝手に閉じた。ステゴロなんて普段しないからというか、素面で戦ったりしたし強がったから精神的な疲れが半端なくて意識はそのままスコンと落ちた。
◇◇◇◇◇
「はぁ、はぁ…、はぁ、っ、クソッタレっ」
クスリを噛み砕いて飲み込む。効き目が切れた所為で胸が苦しい。
ワルサーをホルスターにしまった時、ジャケットの内ポケットになにかが入ってるのを見つけた。もちろんそこには普段何も入れていない。
「カリブ…、ハワード・ロックウッド……」
そんな事が書かれていた。
「…バカにしやがってっ、バカにしやがって…、バカにしやがって…! バカにしやがってっっ」
脳裏に過ぎるアイツの顔に無性に腹が立った。
何が自分の自由を盗めだ。何がガンマンだ。あんなヤツにこの苦しみがわかってたまるか。
「ルパン…っ」
おれはずっとルパンと組んでいた。いや、組まされてたというべきか。そしてルパンと一緒に盗みまくった。ルパンから盗みの技術だって教わってる。
なのに内ポケットのカードを入れられた事に気づかなかった。
自分の自由を盗めだって? バカにしやがってっっ。
確かにおれの命はマモーの手の中だ。クスリが無ければ生きていけない。
気づいた時には与えられていた役目。ノワールという名前。渡された二挺のマグナム。それだけがすべてだ。自分を構成するものだった。
それを取り上げられて残ったものはなんだ。
それはルパンのワルサーだけだ。ルパンの形見だ。
それを使うのは負けた気がして嫌だった。でも負けたくなかった。認めたくなかった。自分の方が本物だと証明したかった。
なのにアイツは撃たれても笑っていた。殴っても笑っていた。銃を撃ち合う時もだ。
なんなんだアイツは。頭がオカシイんじゃないか?
イカれてる。理解できない。まるで戦うのを愉しんでる様なバカに見えた。
そしておれの知らない格闘術を持っていた。チョップで床板ぶっ壊す格闘技なんて聞いたことも見たこともない。
そんなイカれポンチに自由を盗めと言われた。
「バカにしやがって…っ」
やれるもんならやってみろ。
マグナムを投げ返してきたアイツの顔はそう言っていた。腹を撃って血を流して、脂汗まで掻いているのに笑って、勝ち誇った顔で言っていた。
ムカつく。撃たれてへろへろのクセに威張りクサりやがって。
「…やってやる。やってやるぞ…っ」
それでも、ひとりだと自信がないのも確かだ。今までひとりで盗みに入った事はない。
ルパンが居ればなにも恐くないが。
「…居るな。ルパンなら」
それで良いのかわからない。ただ盗みを確実にするのなら確実な手はある。
「……おれです。申し訳ありません。不二子の回収に失敗しました」
『そうか。では次の仕事まで休んでいたまえ』
マモーに連絡を入れ、不二子回収に失敗した事を告げる。仕事を失敗したのは生まれて初めてだ。
「あの。ルパンの回収ですが、おれにやらせてください。必ず連れてきます」
ルパンとの付き合いは長い。だからどうすれば口説けるかも、もう考えている。
問題は次元と五エ門だ。それはどうにかするしかない。
不二子をネタにすれば釣れるはずだ。ちょうど良い塩梅でおれもボロいのが少しムカつく。こうなる事さえ計算済みだと言いたげな勝ち誇った顔でアイツが笑っている様な気がした。
『良いだろう。丁重にお迎えしたまえ』
「わかりました」
無線を切って、おれはベンツを走らせる。
「自分の自由を盗む、か…」
何故か口許がニヤけてきた。そんな事、今まで考えた事もなかった。
自由なルパンと、一緒に盗むだけで楽しかった。
そして、その自由が羨ましいと思っても、自分はクスリが無いと生きていけない、だから自由にはなれないと思っていた。
「おれの、明日は……」
胸に手を当てれば、自分の心臓の鼓動を感じる。
アイツよりもおれの方がルパンとの付き合いは長いんだ。ルパンが居るなら盗めないものはなにもない。
だったら自分の自由な明日くらい盗んでやるさ。
to be continued…