そして次回はあっさり終わると思う。
「なあ、とっつぁん。逃げないから手錠外してくんない? いやワリとマジで」
逃げられないように長い紐が付いた手錠が足に繋がっている(その紐はとっつぁんが握る手錠の片割れに繋がっている)のはともかく、手錠で塞がっている両手は如何ともし難い。これでは咄嗟に出来ることが限られてしまう。
「騙されはせんぞ? そうしてこの俺から逃げ仰せようと言うのだろうが、両足を一応は自由にさせている事の方こそ感謝してもらいたいな」
「けどさぁ」
まあ最悪の場合は親指の関節を外せば手錠抜けは出来るものの、痛いから出来れば遠慮したい方法だった。
「やべっ、とっつぁん隠れろ」
「な、なんだァっ!?」
とっつぁんにタックルを食らわせて茂みの中に隠れる。頭悪そうな人相の団体客が駆けていった。こりゃ余りゆっくりもしていられない。
「何故隠れる必要がある」
「家宅捜査の書類があっても、警察手帳を見せてもメモ帳程度の役にすらたたねえのさ、この島じゃね」
それこそ一人の警察官程度、マモーなら簡単に消すことが出来る。確かにとっつぁんは不死身に近い程頑丈だったりするものの決して無敵の存在じゃない。銃で撃たれれば死にかける事すらする。――それにしたら空爆の爆弾が降り注ぐ最中に居ても生きてる辺り不死身かなこの人は。
でもとっつぁんを不死身の研究対象にしても多分ムダだろう。信念と執念があの不死身加減を作っていそうでコワい。昭和一桁の叩き上げデカだもん。普通に精神力で物理ねじ曲げてたりしてそう。そら個人でルパン一家の総合力上回れますよ。
しかしこうも警備が厳重になっているとくればルパンはマモーから賢者の石を取り戻したんだろう。
つまり何時アメリカ空軍の爆撃がこの島を襲うかわかったもんじゃない。
「時間がない。急ぐぞとっつぁん」
「あ、おいコラまて! いったいどういうことか説明せんか!」
「直にこの島が消されるって事さ」
急ぎ足にマモーの根城に向かう。島の中央に聳える塔へ。
◇◇◇◇◇
ルパンがマモーから賢者の石を奪い返した。その序でとばかりに研究者達から自分を縛る薬の製法を手に入れられた。
なんとも呆気なさ過ぎて現実味が追いつかない。
今は追手をまく為にルパンと走っていた。
「おいルパン、この後どうする気だ?」
「どうするもこうするも決まってら。不二子ちゃんを助け出して逃げるんだよ」
「そうだな。でもどうやってだ」
「そいつはこれから考えるさ。なにより先ずは不二子を見つけなきゃな」
不二子を助け出してくれと誘い文句とは言え頼んでしまった手前、ルパンの手伝いをしないわけにもいかない。
「取り敢えず地上に出よう。下は迷路みたいで自分が何処に居るのか判りゃしねぇ」
「オーケー。そいつはごもっともだ」
ルパンの言葉に頷く。おれ自身のやることは既に終わっている。本当はとっととズラかりたいんだが仕方がない。
地上への出口を出て地下から抜けると間抜けそうなゴリラみたいな男たちが辺りをキョロキョロと警備していた。
「外は見張りばっかか…」
「どうすんだよルパン」
「どーすっかなぁ…」
出口の階段の影から外を盗み見るが、外に出れば一発でバレて鬼ごっこの始まりだ。
「んあ?」
「あらまぁ…」
階段の中に一度戻ると、ルパンととっつぁんがお見合いになる。
本物のおれがとっつぁんに手錠を掛けられていた。ざまぁないぜ。
「キサマルパン!!」
「ちょい待ちとっつぁん、しーッ、しーッてば!」
「もがもがもが!!」
慌ててとっつぁんを押さえるオリジナル。ルパンがおれとオリジナルを交互に見やる。
「へぇ。実際並んでみると見分けつかねぇもんだなこりゃ」
「ルパン…コイツは」
「ルパン、不二子はこの塔の真上だ。上に登るエレベーターがあるはずだ。それか外の階段って手もあるが」
「さすがワンコちゃん。下調べばーっちりね」
「ま、これくらいはな」
ルパンに対して不二子の居所を教えるオリジナル。その不敵な視線がおれに突き刺さる。
とっつぁんに捕まってていったいどうやってそれ程の情報を調べ上げたのか。
「しっかし外は警備が厳重でムリだな」
「となると、中のエレベーターか。場所の目星はついてるけど、どうする」
「そりゃ、行くっきゃねぇだろ? 不二子を取り戻してとっととこの島からオサラバよ」
「よし来た。早くしないと米軍の攻撃も始まる。その前に脱出だ」
「米軍? どういうことだよ?」
「とっちゃん坊やが調子こいて大統領を敵に回したからだよ。直にこの島は消されるのさ」
そんな情報まで何処で仕入れて来るのか。おれも初耳の情報だ。なのにオリジナルの言葉には一点の淀みもない。つまりは確かな情報というわけだ。
いったいなんなんだ。おれとオリジナル、何が違うってんだ。
「ぶはぁ!! コラ、勝手に話を進めるな! それとルパン、神妙にお縄につけぇい!」
「だからとっつぁんそれどころじゃねぇってのよ。早く逃げねぇと命が危ねぇのよ?」
「キサマを捕まえてこの場を去れば済む事だ。さぁ逮捕だルパン!」
「だからこの島から出るまで休戦つったでしょうがとっつぁん!」
「それはキサマとだけの取り引きだ。ルパンは関係がない」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだってば!」
とっつぁんがルパンを捕まえようとしてオリジナルと言い争っている。……あんま騒がしいと知らんぞ。
「ちょいとお二人さん、あんま騒がしくすっとさぁ」
「……手遅れらしいぜ、ルパン」
「ほにゃ?」
階段から見張りの男達が続々と入ってくる。とっつぁんの声がデカいんだよクソ。
「やべ、にげろぉ~!!」
「ちょ、ルパン待ってコレ外して! わひゃあ!?」
「待て待て待て! 俺は警視庁の銭形だ!! おわっち!!」
「だぁから、警察手帳見せても無意味だっつたでしょ!!」
「ええい! 公務執行妨害でキサマら全員逮捕だ!!」
「言ってる場合か! ひやあああ!?」
手に持つ斧や棍棒を振り回す男達の攻撃を避けるオリジナル。
とっつぁんは男達に警察手帳を見せたらしいが、お構い無く男達は襲ってくる。
「っし、切れた!」
振り下ろされた斧を利用してオリジナルはとっつぁんと繋がっていた足の紐を切る事に成功したらしい。
「ああっ、ノワール! キサマ逃げる気か!?」
「こんな状況でんなこと言ってられるか! 死ぬわ!!」
自由になったオリジナルは手錠を首の襟の裏から取り出しだ針金で外すと、そのままルパンの首根っこを掴んでダストシュートの中に飛び込んだ。
「クソ、あんな所に逃げちゃ袋のネズミだろ!」
見張りの男達はおれさえも敵と見なして襲ってくる。バカを量産して何を考えているんだか。
◇◇◇◇◇
クローンのおれと入れ替わって、ようやくルパンと合流出来た。
ダストシュートの先でマモーの部屋への直通エレベーターがあるはずだ。
「んで? お前のコピーまで居るとなると、マモーの目的はなんなんだ?」
「さてね。本人に訊くしかないさ」
おれを知る為におれのコピーを造ったと言っていたマモー。ルパンたちとつるんでいて、凡人のおれがマモーの予測に反して生き続けている理由をただ1つ証明できるのは、前世の記憶の有無だろう。
前世の記憶や、実際にルパンたちと過ごして、そして次元や五ェ門、ルパンや不二子から教えられた事を費やしてなんとか生き延びているだけだ。
それを何処まであのコピーが再現しているのかで勝負は決まる。
殺し屋としての腕は彼方が上だ。だがおれは殺し屋じゃない。その差で負けているが、勝ってもいる。次は負けない。
だが先ずは不二子を助けてからだ。
「行き止まりか」
「コレ押せば良いんじゃないか?」
行き止まりの壁面にあるボタン。その他には特にコレといった物はない。
「よぉし」
ルパンがボタンを押すと、床が上へ向かって動き出した。
「あとは上まで一直線、か。ルパン、武器は?」
「いんや。お前さんは?」
「同じく」
マグナムは不二子に預けたままだ。ルパンもワルサー無し。つまりこれからどうやってマモーから不二子を取り戻すかだが。
エレベーターが最上階へと到着すると、そこには椅子に腰掛けるマモー、そして不二子とおれのコピーが居た。
「待っていたよルパン、そしてノワール君」
「ルパン! ノワール!」
「よう不二子、迎えに来たぜ」
「ルパン! 離して偽物!」
「わりぃがそれは聞けねぇんでな」
ルパンに駆け寄ろうとする不二子をコピーのおれが引き止めている。さて、此処からどうするか。
「ルパン、君は世界最高の泥棒として永遠を手に入れる栄誉を承れるのだよ?」
「何が永遠だ。地下の瓶詰めの赤ん坊に、死んだハズの人間、そして全く同じ人間。それとこの石っころを使って何をするつもりだ?」
「神の実験さ。私は一万年以上、この研究を続けて来たのだよ」
「こーんにゃろぉ。人をバカにすんのも大概にしろっての、あがっ!?」
マモーの言葉を聞いて近寄ったルパンが透明な壁に阻まれてひっくり返る。見えないガラス張りで遮られているらしい。
「君もだノワール。オリジナルである君にだけ備わっている不可思議な波長。私は君を研究し続けて来たが、いくつのコピーを造ろうとも、君の脳波長の再現は出来なかった。光栄に思いたまえ。君もまた私の手によって保存される人間となった」
「残念だが、お年寄りのお人形遊びに付き合う義理はないんで、ぐがあああああああ!!!!」
首から走った強烈な痛み。それが電流なのだとわかるのは、電流が流され終わって床に倒れて、手足の痺れを認識した時だった。
「ノワール!」
「マモー、ノワールに何をした!」
「何もしてはいないよ。ただ躾のなっていない野良犬に灸を据えたまでだ」
ルパンの肩を借りてマモーを睨み付けてやる。だがそれも単なる強がりだ。この首輪、どうやって外すか。
五ェ門に頼めば斬鉄剣で1発だろうが、ムリに外してドカンッはゴメン被りたい。今も何かボタンを押した雰囲気はなかった。つまりマモーの念力か脳波で操作された可能性がある。つまり、目の前のマモーの脳天をぶち抜いて、目の前のコピーを操っている機械をぶっ壊せば外れる可能性がある。
「君たちは世界の終わりについて考えた事があるかな? 私は予言しよう、あと数日でこの世界は滅びる。私に選ばれたものだけがその滅びを逃れ、永遠に、永久に生き続けられるのだよ」
「なるほど、そういうわけね。アンタの演技も堂に入ったもんだぜマモー。だがな、オレは永遠の命なんてのはこれっぽっちも興味がないんでな。それに、仲間をやられて黙ってられるルパン様じゃないってな」
「ルパン……」
「くだらない仲間意識で永遠を手放すとは。君は思ったよりもつまらない人間だったようだね」
「なんとでも言え。仲間を見捨てたとあっちゃ、ルパン三世の名が泣くんでな。独りぼっちでお人形さんごっこしてるアンタにゃわからないだろうがな」
そう言いながらルパンはおれを傍にあったソファに座らせてくれたが。あ、ヤバいのではこのソファは?
「なるほど。ではその仲間の頭の中を見てみようではないか」
そうマモーが言うと、ソファから足枷と腕枷が出てきておれの身体を固定してしまう。
「お、おい、何をする気だマモー!」
「大人しくしておくことだルパン。私の気分次第で君の仲間はその首輪で木っ端微塵になるのだからな」
「なんだと!?」
ソファがぐるんぐるん動いて、自分の身体が磔にされるのがわかるものの、身体が痺れている上に捕まっていてどうする事も出来ない。
頭に脳を解析するのだろうトゲトゲのメットを被せられて、意識が遠退いていく。
脳波を解析して夢を映像にする装置。ふざけたものだ。それでも抵抗空しくおれの意識は闇に落ちていった。
◇◇◇◇◇
ノワールが磔にされて変な機械を被せられた。マモーが機械を操作する為にガラス張りを上げで此方に来たが、マモーの言葉が本当なら下手に手出しが出来ない。
ノワールの頭の上のモニターに映るのは──。
オレや次元、五ェ門、不二子にとっつぁんだ。
ベンツで「ルパン三世」と書かれたガラスを突き破るオレ。
マグナムで的撃ちをする次元。
斬鉄剣を抜き、そして海を岩を蹴って跳んでいく五ェ門。
魅惑の躍りを披露する不二子。
電話の受話器を叩きつけるとっつぁんまで。
そしてそこで細胞から機械が一部を取り出して、他の細胞に取り出した細胞を植え付ける。
細胞は分裂して人の胎児となっていく。
「ほう。やはり彼は私の研究を知っていたか。しかしどうやって知ったのか。私はそれが知りたいのだよ」
「何をするのマモー!」
「案ずることはないよ不二子。彼のすべてを見るだけだ」
マモーが機械の制御装置のダイアルを回す。
すると映ったのは今よりももっと子供のノワールだった。次元に銃の撃ち方を習っていた。
さらに映るのはおそらくニューヨークの街をカーチェイスする次元とノワール。
また変わって映ったのは夜の街。次元を見上げるノワールと、ノワールを見下ろす次元。
そしてニューヨークのスラムで空を見上げるノワールが映った所で映像は途切れた。
「なに? 何故だ、どういうことだ?」
「どうしたのマモー?」
モニターは点滅するだけで喧しくピーピー鳴るだけだ。
「ノワールは夢を見ないのか!? いや、そんなハズはない。確かに夢を見ていた。だがこれ以上の過去の記憶がない! ありえん、人間であるならば思い出せずとも赤子の頃からの記憶がすべてあるはずだ。それすら持たない彼はなんだ!? 虚無の空白!? いや、それこそ白痴の、神の意識に他ならないとでも言うのか!?」
ノワールの過去が無いことがマモーには余程の衝撃を受ける事だったのか? ヨロヨロと制御装置のダイヤルに手を掛ける。
「マモー!?」
「この世に私以外の神など必要ない。永遠の眠りに就くが良い!!」
マモーがダイヤルを回すと、ノワールの身体が痙攣する。
「止めてマモー!!」
「離せ不二子!!」
止めさせる為にマモーに駆け寄る不二子。オレもそうしようと思えば、外からミサイルの音が聞こえて、不二子を床へ引き倒した時、壁が爆発した。
「不二子、大丈夫か?」
「え、ええ。でもノワールは?」
慌ててノワールを探せば、磔られた姿のまま床に倒れていた。
「おい、ノワール。しっかりしろ、ノワール!」
何度か呼び掛けてもうんともすんとも言わない。息はしているから生きてはいる。
「おいルパン!」
「次元! 五ェ門!」
なんで此処に次元と五ェ門までいるのかなんて気にしてる暇はない。ノワールの言葉が本当なら、この島に米軍の攻撃が始まったハズだ。早くズラからないとこっちまで爆撃される。
「不二子……」
床に倒れた石の柱の影から這い登って来るマモーが不二子の名前を読んだ。爆風に吹き飛ばされていたらしい。そのままくたばってりゃ良いもんを。
「私から、離れては…ならない。永遠の若さが、欲しくないのか、ね?」
「……アタシは、ノワールの言葉を信じるわ」
「そうか…。なら…!」
不二子にフラれたマモーは懐から銃を出すが。
マモーが引き金を引く前に、一発の銃声が鳴り響いた。それはマグナムの銃声だ。
だが次元じゃない。
「悪いな。おれは明日が欲しいんでね」
撃ったのは、もうひとりのノワールだった。
横から脳天を貫かれたマモーはそのまま倒れた。どうあっても人間なら脳天を撃たれりゃおしまいだ。
「お主…」
「勘違いするな。おれも自由になるにはコイツが邪魔だったのさ」
マグナムをしまって去り行くもうひとりのノワール。
「待って!」
不二子が呼び止めようとするが、もうひとりのノワールは手を上げて去って行った。
「なんなんだ、ありゃ」
「さてな。オレにもわからねぇ」
ノワールの複製。それを何故マモーが造ったのか、結局はわからず終いだった。
その後、フリンチっていう大男と五ェ門が切り合って、五ェ門は勝ったが、フリンチの合金チョッキの前に斬鉄剣が折れるというハプニングもあったが、無事に脱出したオレたちは海を渡ってコロンビアへと入った。
to be continued…