泥棒一家の器用貧乏   作:望夢

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先週のルパンは面白かったですねぇ。そんなこんなで早めに書き上がりました。サブタイがやっつけ加減ですが許しておくんなましよ。


とっつぁんとの取引と娘さんの脱出

 

 ルパンが次の動きを起こすまで暇になった。

 

 ルパンはしばらくダウンタウンで大人しくするそうだが、代わりに動けるおれはあっちこっちにお使いだ。

 

 ただこの国にはまだとっつぁんも滞在しているから見つからない様にしないとならないのがちと面倒だ。とっつぁんホントしつこいからな。

 

「流石に昨日の今日で呼び出されるとは思わなかったけど。何か判ったの?」

 

 明け方。まだ日の出前の宮殿の中に忍び込み、おれは不二子と会っていた。

 

「首狩りの娘さんが逃げ出したいって噂は知ってるでしょ?」

 

「ま、だから娘さん誘拐しようとしたんだけどね」

 

 不二子の問いにそう答えた。結果はとっつぁんのワナにハメられて失敗したわけだが。

 

「彼女を逃がせば例の島のヒミツを教えてくれるらしいわ」

 

「なるほどね。つまり娘を逃がす為に力を貸せと」

 

「引き受けてくれるわよね?」

 

 本来ならルパンが監獄から逃がした男の一人が首狩りの娘さんを逃がす手伝いをする事になるのだが。どうやらその役目がおれにやって来たらしい。まぁ、要人警護の心得はあるし、隠密行動なんかは得意中の得意分野だ。不二子からするとおれの方が実力も知っていて段取りも立て易いのだろう。

 

 というか不二子は元々どうやって娘さんを逃がす段取りをしたのか少し気になる。レジスタンス側とおれの知らない所で繋がっている可能性もなきにしもあらず。余計な詮索はしないし興味はあるがやぶ蛇は踏みたくはない。

 

「ま、構わないけどね」

 

 おれが受ける方がなにかと不二子の都合が良いのだろうから話が持ち込まれるのだから断る理由もない。故に了承の意を示す。

 

「うふ。良い子は好きよ、子犬ちゃん♪」

 

 リップ音と共に頬に瑞々しく柔らかい感触が伝わる。昔の純情ボーイの頃ならいざ知らず。今ならこの程度素面でも受け取れる、その程度には女慣れしたというかさせられたというか。

 

「それで。決行はいつ?」

 

「今は宮殿の中もバタバタしてるから、それが落ち着いてからね。また連絡するわ」

 

「わかった。んじゃ、またね不二子」

 

 時間にして10分にも満たない会話を終えて、おれは宮殿をあとにする。

 

 アジトに戻ったのは昼前。

 

 街は、というより国中で殺された国王の子であるパニッシュのレジスタンス放送により民衆は沸き立っていた。

 

 それほどまでに首狩り将軍は嫌われているという意味だ。

 

 これで少しは動きやすくなったわけだが。

 

「気は確かか? スパンキー」

 

「ったく、脱獄犯だってこと忘れるなよな!」

 

「お前を脱獄させたワケ知ってんだろうが」

 

 ルパンと次元が小柄なお爺さんを抱えてやって来た。

 

 前国王の側近だったこのお爺さんこそルパンが監獄から脱獄させてまで来たのはこの国のお宝の情報を得るためだ。

 

 なのだけど飲んだくれの酔っ払い爺さんな為、話を聞くのは少し大変だ。

 

「漂流島のことでしょ~?」

 

「そう、知ってることを聞かせろっつの」

 

「そりゃあたしゃ国王の側近でしたから? ヒック…色々知ってはいますけど…ねぇ」

 

「けど、なんだってんだっ?」

 

 中身が空っぽの酒瓶を振ったり、中身を覗いたりしてる酔っ払い爺さんにルパンの語調も強くなる。

 

「あの島から財宝を盗むのは不可能ですよ」

 

「へぇ。ますますヤル気が出てきた」

 

 難攻不落とか不可能とか言われる難解な獲物となればルパンは挑まずにはいられない。あんだけひどい目にあっても諦めないのはルパンだからこそだ。

 

「島で襲われたでしょ~?」

 

「ああ。なんなんだありゃあ?」

 

「あの島の守り神、ナノマシンですよ!」

 

 中身の無い酒瓶を置いて新しい酒瓶を漁る酔っ払い爺さんの口からようやくナノマシンの名前が出てくる。

 

「ナノマシン!?」

 

「漂流島の財宝を守るために拙者らを襲ったのが、ナノマシンということか」

 

 ナノマシンという言葉に驚くのは次元。そして斬鉄剣で斬っても効果がなかった五エ門もその名を知る。ただこの二人がナノマシンをどういうものかを知ってるかどうかは知らない。

 

 しかし時代錯誤もあったもんだ。人間のクローニングやらナノマシンやら、ルパンと付き合っているとその手のオーバーテクノロジーの話題なんかは事欠かない

 

「そうです…」

 

「で? そのマシンを黙らせる方法は?」

 

「ありませんねぇ…」

 

 新しい酒瓶を開けて煽り始める酔っ払い爺さんを見てこれ以上話を聞くのは難しそうだとルパンたちは視線を外す。

 

「んで、どうするよ?」

 

「まぁ、取り敢えず相手がどんなもんか調べますかねぇ」

 

「調べるって…」

 

「俺のケツに着いてた砂粒からなにか判るかも知れねぇぜ?」

 

 そう聞くパッパに対してルパンは返しながらおれにまたお使いを言い出した。つまり買い物である。

 

「って。パソコンは良いとして、顕微鏡なんてこの国に売ってんのかねぇ」

 

 そう溢しながら、実際にルパンは顕微鏡とかを用意してナノマシンを解析したんだから探せば何処かにあるんだろう。

 

「ん? うわぁ…」

 

 慌てて隠れたのは長年の泥棒家業で身に染み付いた泥棒的直感からだった。

 

「とっつぁんだよ。っぶねぇ…」

 

 この舞台の監督が原作者の先生だからだろう。今までのTVSPやコミカル調のアニメシリーズと違って、渋い叩き上げのデカ。つまりガチで強くて渋くてカッコいい銭形幸一警部なので、少しでも気を抜けばお縄を頂戴されてしまう。それくらい今のとっつぁんはヤバいので触らぬ銭形になんとやらだ。

 

 万が一には言いくるめられる材料は有るとは言え、余り使いたい手札ではない。

 

 しかしとっつぁんも何かを探している様子。とはいえ人を探している様には見えない。

 

 不法滞在は逮捕すると言われているのに、しょっぴきに来た数人の警官を撃退して、自分がこの国を去る時はルパンを捕まえた時だと言い切る程だ。

 

 ああいう信念に生きる男は強いし、正直憧れる。

 

 やることもないし暇だからこのままとっつぁんを観察するか、しかしそうなると普段の8割マシで強そうなとっつぁんにおれの存在がバレないかとのドキがムネムネチキンレースの始まりだ。

 

 賞品はとっつぁんの現状の様子。チップはおれという存在がこの国に滞在している事をとっつぁんに知られる事だ。

 

 今のところ裏方で動いている自分がこの国に居ることをとっつぁんは知らないだろう。ルパンが首狩りの娘を誘拐する時だって、首狩り側の軍人は奇襲と不意打ちで影すら踏ませずに速攻で倒して回ったし、アジトにだって居なかったのだから、次元が居るからおれも居る可能性を完全に除外してないだろうが、それでも警戒度は低いはずだ。なのに態々存在を知られる危険を冒す事もないが、それじゃあつまらないだろう。

 

 まぁ、ちょっとしたスリリングな隠れんぼだ。

 

 というわけで追跡開始だ。

 

 なにか物をとっつぁんは探している様子。立ち寄る先はジャンク屋など乗り物を扱っている店などだ。

 

 そうか。この国にとっつぁんの味方は居ないから乗り物も自前調達なのか。経費とかで落ちるのかね?

 

 確かルパンを捕まえた時にもカブに乗ってたはずだ。バイクがカブって時点でなんというか、昭和っぽい。いやとっつぁん昭和生まれだもんな。てか昭和一桁言うなら平成になってもバリバリに動き回るとっつぁん実際幾つなんだろか。いやよそう。それいうとルパン達や自分も何歳なのかわからなくなる。

 

 年月は過ぎてるはずなんだが、見かけがちっとも変わりやしないからな。

 

 何軒か店を見て回って、日本車関係を取り扱う店に辿り着く。正直とっつぁんを尾行する意味なんてないんだが、そこは一応暇潰しも兼ねているからセーフだ。

 

「ん? 不二子か」

 

 懐に入れてある携帯にキャッチが入る。不二子から持たされている物で、掛けてくるのも不二子だけだ。

 

 3コール鳴って切れる。つまり呼び出しなのだが、朝会ったばかりでまた呼び出しなんて人使い荒すぎ。

 

 普通はそう思うところだが、タイムスケジュール的にいうと明日の朝に娘さんを逃がすだろうから覚悟はしていた。なにしろ今朝と今のたった数時間で情勢はかなり慌ただしくなっている。

 

 最悪顕微鏡は明日の夜までに用意すれば間に合う。

 

 とっつぁんの買い物も確認したことであるし、そろそろ退散しようかと思ったところで「カチャリッ」と、腕から音がした。

 

「んなにっ!? ありゃ、ありゃ、ありゃりゃりゃりゃ~~~!!」

 

 そのまま引っ張られる力に負けて地面を引き摺られた。

 

「ふん、またお前か。ワシを尾行しようなんざ10年早いんだよ!」

 

「あれまとっつぁん。バレてたのね」

 

 引き摺られて辿り着いたのはとっつぁんの足元。視界には此方を見下ろす逆さまのとっつぁんが見えた。そう言えば今回の輪っぱはゴムみたいに伸びる輪っぱだったっけか。

 

「お前さんが何を企んでいるのか探るためにワザと尾行()けさせたが、警視庁からの叩き上げをナメるなよ?」

 

「なははははは。お見逸れしやした~」

 

 さて。笑って見せた所で困ってしまった。こっちだってルパン一家全員から隠遁に関しては習っていて、早々見付かりはしない自負もあったのに呆気なく最初から見つかってしまっていた。それこそおれはあの四人の隠遁術が混じって見つけ難いとはルパン達から言われているのにも関わらずにだ。

 

 やっぱり今のとっつぁんには近づいちゃアカンわ。

 

「さぁて。ルパンがタダ首狩りの娘を盗む訳がない。何が狙いかをキリキリ吐いて貰おうじゃないか」

 

「いやとっつぁんね。まだおれがルパンと組んでるなんて一言も言っちゃいないぜ?」

 

「はぐらかそうたってそうは行かんぞ? お前さんが裏でコソコソしてる時は大抵ルパンに関係している何かがある。長い付き合いだ、それくらいはわかるわい」

 

 と言って詰め寄ってくるとっつぁん。そらまぁね、おれ自身の主観的にはもう数十年の付き合いですから。にしては身体は成長しないし、ルパン達も歳とらんけどさ。

 

「いやでもね? おれは別にこの国の為に動いてるんだぜ?」

 

「なんだと?」

 

 おれの台詞にとっつぁんは食い付いてきた。さて、何処まで話して煙に捲るかね。

 

「とっつぁんもこの国が民衆にマトモな政治をしてるとは思わないだろ?」

 

「確かにそうだが。それとお前さんの何処に関係がある」

 

「おれはこの国のレジスタンスと契約しててね。まぁ、クーデターで代わった不当な政府を取り戻してやろうってことさ」

 

「それにルパンも絡んでるのか?」

 

「いんや。ルパンは別口さ。取り敢えずとっつぁん、この手錠外してくんない?」

 

 とっつぁんもバイクを買うのに軽くこの国の事情を見たはずだ。さらにルパン達を逮捕したいとっつぁんと、逮捕と処刑を同列に扱うこの国のやり方の反りの合わなささ。

 

 この国のトップが間違っていることくらいとっつぁんもわかってるはずだ。

 

 まぁ、おれにはそこまでの義憤はない。ただ、今捕まえられると予定が狂って来てしまう為に勘弁して貰いたい。

 

「つまり営利目的はないというのか?」

 

「おれの方はね。ルパンの方は知らないけど」

 

 おれとしてはレジスタンス――王子さまからこの国を取り返した時の働きを料金にして請求するつもりだ。なにしろ漂流島で首狩りと戦う予定ではあるのだし、首狩りを国から引き剥がせば後の軍隊は烏合の衆だ。統制が取れているレジスタンスに分がある。

 

 ちなみに王子さまが生きていることはルパンには伝えていない。本人から硬く念を押されたからだ。まぁ、そうなると男同士の約束だ。喋る訳にはいかない。

 

 それでもルパンとレジスタンスの接触があったのは確かだし、あっちはクーデターの仕返し、ルパンはお宝を盗む為に首狩りからの注意を逸らしたい。最悪ルパンが捕まるようなことはないし、殺されたとしても本物の王子さまは生きているからまだやりようはある。

 

 世界一の大泥棒にして変装の名人でもあるルパンを替え玉に使う代わりに漂流島のお宝を頂く。大した契約内容だ。

 

 そんな両者の利害の一致から偽者のパニッシュが産まれたわけだが。

 

 それほどまでに、影武者とは言えパニッシュが処刑された事が元国王派が過剰に生きている王子さまを匿い隠している事情だ。まぁ、捕まったら今度こそマズいだろう。首狩りは漂流島の例の扉のカギがパニッシュであることを処刑後に知って後悔したらしいが、今度捕まってはカギを開けるまでは無事でもそのあとは消されるだろう。そうであっても、漂流島には生きたパニッシュが居ないとナノマシンは誰彼構わず防衛機構が働いて襲ってくるのだから、どのみちパニッシュを殺すのは悪手なんだが、それを知るのは今のところ原作知識のあるおれだけだろう。

 

 ともかくも、とっつぁんに取っ捕まる訳にはいかない。でないと不二子との待ち合わせや予定が狂っちまうからだ。

 

 姫様の件や、これから起こるだろうアルカトラズ、その他にも判る通りとっつぁんは悪の優先事項は間違えない。

 

 そのとっつぁんからしてこの国の在り方はどう映っているのか。

 

「戻ってこい! クソガキィっ!!」

 

 おれたちの直ぐ横を数人の子供たちが駆け抜けて行き、それを追ってオヤジが声を荒げる。

 

「この国じゃ食べていくのにも盗みをしないとならない。それも悪だって言うのかい? とっつぁん」

 

「ぐ、むぅ…」

 

 とっつぁんの良心に訴えるというかなりズルい事をしている。まぁ、この手も使いたくはなかったが、それでも今のとっつぁんが折れてくれるかは果たして微妙な所だ。

 

「何故お前さんがこの国の事情に首を突っ込む」

 

「別に。ただたまたま声を掛けられて、そんでもってアレを見ちゃね。それはおれの信念に抵触するから手伝ってやろうってだけさ」

 

 という建前(ウソ)でとっつぁんを誤魔化すものの、こっちも出来る限りの手伝いはするつもりでいる。何故ならやっぱりあんな風に子供が関係ない大人の事情で振り回されるのはクソ喰らえっていうおれの信念があるからだ。

 

 でなかったらサオリや姫様だって助けてない。それは悪事を働くおれの唯一譲れない芯。悪党でも外道には堕ちない為の最後の境界線だ。

 

 だからまぁ、漂流島のお宝を頂戴するついでに首狩りを倒すくらいの事はしてやるってだけだ。だから正義の味方を気取るつもりはない。ただ悪党として、目的のために邪魔なヤツを消すってだけだ。

 

 取り敢えずその為にはルパンの手伝いをしながら不二子の手伝いの他は、なるようになるだろうさな。

 

「……お前さんの信念に免じて、今回は見逃してやる。だがこの国で少しでも悪事を働いてみろ。その時は必ずお前も逮捕してやるからな」

 

「上出来だ」

 

 とっつぁんに立たせられて手錠が外される。まぁ、おれがとっつぁんに色々とペラペラ喋るときは大抵何かしらルパン以上に悪党が動いてる時だから、長い付き合いのとっつぁんだってこっちの事をわかってるってことだ。

 

「んじゃな、とっつぁん」

 

「ふん! 気が変わらない内にさっさと行っちまえっ」

 

 とっつぁんに背中越しに手を上げながらおれは歩き去る。なんというか結局全部ゲロっちまったが、お陰でとっつぁんからのフリーハンドが貰えたんだから上出来だろう。これで営利目的に悪さをしなけりゃこの国の中なら自由に動き回れる。目下最大の障害はとっつぁんだからな。

 

 つまりだ、漂流島のお宝は手に入れられないんだが、確かアレは結局ルパン達も逃す事になるはずだ。そう考えるとまぁ、おれの取り分はゼロで今回も骨折り損のくたびれ儲けだ。最近こういうこと多いな。その代わりスリル満点の大冒険してるんだから、その体験料ってことで納得するしかねぇか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 明朝。まだ日の出前。おれは手漕ぎのボートで王宮の周りを通る水路を行き、水路に面している外壁にボートを寄せた。

 

 物音を立てないように道具を使わないで、外壁の僅かな隙間や出っ張りに手や足を掛けてよじ登る。イヤホント、五エ門様々っていうか。ルパンも手足で壁を登ったりするが、垂直の壁を昇る技術は五エ門からの技術が大いに役立っている。そら斬鉄剣の侍のイメージが強いが、伊賀流忍者でもあるからな五エ門は。

 

 指や足を掛けて、身体の重心が重力に引かれる前に上に登れば垂直の壁でも登っていけるし、極めれば垂直の壁の上にも立てるそうだ。やっぱ忍者ってハンパねぇ。

 

 そうして外壁を登った頃。二つの影が王宮の方から走ってやって来た。見つかるようなヘマはしてないし、影の形は女性の物だ。

 

「ハァイ、ノワール。お待たせ♪」

 

「なぁに。おれも今来たところさ」

 

 そんなデートの待ち合わせをするカップルみたいなお約束の会話に、不二子に連れられてきた別嬪さんは眉を寄せた。

 

「ねぇ。本当に大丈夫なの?」

 

 まぁ、あっちからすればただの子供が迎えだなんて思ってもみないだろう。普通なら不安になって当たり前だ。

 

「心配しないで。こう見えて、この子はプロだから」

 

 そう言って、娘さんの不安を拭う不二子。まぁ、多方面に手を出してるからプロかどうかは胸を張れないが、素人じゃないのは確かだ。

 

「それより、漂流島の秘密を教えてくれない?」

 

 不二子が木の枝にロープを引っ掛けながら娘さんに声を掛けた。

 

「……あの島に行くのは、止めた方が良いわ」

 

 それに娘さんは言い淀む様に言葉を口にした。

 

「どうして?」

 

「あの島の防御システムは、私の父ボルトスキーが前の国王の命令で造ったの。誰にも破れないわ」

 

「でも、アナタはその方法を知ってるんじゃ」

 

「いいえ…」

 

「ええ!?」

 

 そんな娘さんの告白に珍しく不二子は驚いて声を上げてしまう。まぁ、こんな警戒厳重な場所で命懸けで骨を折っているのにそんなこと言われたら驚きもするのは無理もない。

 

「ごめんなさい。父は殺される直前に、私が生きている事が島の秘密を解く鍵だと将軍に言ったの。でもそれは私を守るためのウソ。私は何も…」

 

「そんな……」

 

 島の秘密を教える代わりに逃亡を手助けする約束が、実は何も知らなかった。不二子はその事実に落胆している。てか不二子じゃなかったらこの時点で殺されても文句は言えない。

 

 不二子にどうするのか視線を投げる。裏の世界ではこういった場合は放り捨ててもokだ。何故なら報酬をチラつかせて騙して此方を利用したのだ。女でなかったら、相手が不二子でなかったら、撃たれたって、それこそ別嬪さんなんだから後ろ暗い鬼畜外道な事をされても文句は言えない。

 

「でも。首狩りの部屋のコンピューターに、何かヒントがあるかも」

 

「コンピューター、か…」

 

 そして不二子はおれに視線を寄越した。

 

 確かに裏の世界でなら問答無用だが、娘さんはそうじゃない。まぁ、カタギにしたって人を騙して此方を利用したのだから褒められたモノじゃないが、ノーヒントのままという訳でもない。ほぼ監禁状態だっただろう生活っぷりは不二子だって知っていて、それでも彼女に出来る精一杯の情報は話したのだから、不二子的にはokらしい。

 

「いいわ。ここまで来ちゃったら戻るにも大変だし。逃がしてあげて」

 

「わかったよ」

 

 おれも熊手着きのロープを外壁に引っ掛けて、紐の先端を水路に向かって垂らす。

 

「それじゃあお姫さま。エスコート致しましょう」

 

「よ、よろしく」

 

「ヘンなコトしちゃダメよ?」

 

「なんでそう雰囲気悪くなること言うかなぁ」

 

 これから暫く二人っきりでボートに乗って逃げる娘さんの不安を煽る様な事を言う不二子。

 

 おれは一息吐いて余計な事を宣った不二子に歩み寄ると、背伸びをして不二子の目蓋にキスをする。

 

「こういうことをするのは不二子だけだって知ってるでしょ?」

 

「あら、子猫ちゃんにはシないのかしら?」

 

「アイツは別口。というか、別におれがしなくたって不二子は困らないんだから意地悪しないでよ」

 

 それこそ不二子が一体何人の男と関係を持ってるかなんてわかったもんじゃない。そんな大勢の内の、しかも子供の一人なんか気にする女じゃないだろう。

 

「そうでもないわよ? アナタは女の子を大切にするから、自分本意な男の何百倍も気に入ってるのよ?」

 

「そうなら光栄だけどね。それじゃ、そろそろ行くよ」

 

 さすがに話し込んでいるて見つかったんじゃ笑えない。不二子に別れを告げて、おれは待っていた娘さんのもとに戻る。

 

「アナタ、あの人とどんな関係なの?」

 

「ま、仕事仲間ってトコロかな? それよりコレ着けてくれ。素手でロープを握るなんて危なっかしいからな」

 

 そう言いながらおれは娘さんに滑り止めつきの軍手を渡す。素手でロープを握って滑ったら手の皮なんて直ぐに削れる。前世で経験があるが、ありゃめっちゃ痛い。

 

 しかし薄手のワンピースというか、そんな感じの格好でロープを降りるのって中々大変そうだ。

 

「取り敢えず滑って落ちないように腰は支えさせて貰うから、そこは勘弁してくれ」

 

「え、ええ。でも、ヘンなコトしたら赦さないから」

 

「そこまで飢えちゃいないさ」

 

 不二子の余計な一言で警戒されてしまったが、別嬪さんだからってホイホイルパンダイブするほどおれは節操なしじゃないし飢えちゃいない。

 

 それにコレは不二子からの仕事なんだから、依頼品を傷つける様なことはしない。コレが他の男ならわからんが、少なくともおれはしない。まぁ、ルパンだとちょっと心配? パッパともんごえ先生なら大丈夫だと言えるか。

 

 娘さんの腰を支えながらロープを伝って降りる。ボートに辿り着くと、そのまま水路の流れに沿うようにボートを動かす。手漕ぎでも音を出さないように最小限にして最低限の力で動かす為だ。

 

 そして林に入ってしまえば頭上を覆う木の枝の葉によって上からは此方の様子を伺うことは困難になる。

 

「取り敢えずそんな格好じゃ寒いだろ。コレでも着て我慢してくれ」

 

 そう言いながらおれはジャケットの上着を脱いで娘さんに寄越した。まだ日の出前の時間で水路の上の林の中は普通に寒い。おれだって寒い。だが女が肩を出すほどの薄着で寒い場所に居させるくらいなら一肌脱ぐ甲斐性と人情くらいは持ってるさ。

 

「あ、ありがとう。…ねぇ、これから私はどうなるの?」

 

 ジャケットを受け取りながらも彼女は不安そうに訊いてきた。実は言うとノープランに近い。不二子からは彼女の思うようにしてやってと言われているから、娘さんがどうしたいかという事になる。

 

「逆に聞きたい。アンタはどうしたい」

 

「どうって……わからないわ」

 

 彼女としては何時ウソがバレて自分の命が脅かされるともわからない状況だったわけだ。

 

 とにかく早く首狩りのもとから逃げたい。その目的だけが目標になっていて、その後の事は考えてなかったとしても不思議じゃない。箱入り娘っぽいオーラ駄々漏れだし。

 

「ひとつは、この国に留まるのも良し。あの放送を見たから判るだろうが、レジスタンスなら旧国王派が中心だったからアンタが首狩りの本当の娘じゃないことも知ってるから保護して貰えるだろう。もうひとつは、この国を捨てて生きる事だ。どちらが楽で大変かはおれにもわからない。ただこの国がイヤだと言うなら、見れる面倒は見てやる。それが不二子からの仕事だからな」

 

 おれの提示できる道はその二つだ。ちなみにレジスタンスに保護される方がおれ的には方々に頭下げないで済むから楽で良いんだが。

 

「……お願い。私をこの国から連れ出して」

 

「……それがどれほど大変かは、考えての事だな?」

 

 おれは念を押して彼女に問う。何故ならこんな箱入り娘が国の外で身一つで生きていけるほど、世の中優しくはない。金さえ持っていないのだから、良くて1週間かそこらで野垂れ死んでも不思議じゃない。かといって身売りをして生きろと言うほど、おれは鬼畜じゃない。

 

 なんか数十年前のニューヨークで同じことした記憶あるぞコレ。アイツに言わせれば数年前の出来事らしいんだが。まったく、時間経過の概念がいい加減だ。

 

「この国には良い思い出よりも辛い思い出が多くなってしまったし。曲がりなりにも首狩りの娘だったもの。覚えのない恨みだって抱かれてるかもしれないし。それならいっそ」

 

「それで? 無一文でどうやってやってくつもりだ? というか、アンタはウソ吐いて不二子やおれを利用してるんだ。この場で撃ち殺されても文句は言えないんだぜ?」

 

「そ、それは…っ」

 

 別に脅してる訳じゃないが、おれの言葉に娘さんは肩を抱いて身を縮込ませた。

 

「まぁ、裏の世界でならって話だ。アンタはカタギの人間だから。不二子がアンタを赦したから今も生きてるんだ。人ひとり逃がすのだって簡単じゃない。今もおれは命懸けだし。不二子もアンタが逃げたことを気づかせない様に命を懸けないとならない。そうまでするのはアンタが知ってると宣った漂流島の秘密を知るためだ。それすら知らずにウソを吐いた自分の価値は何処にも無いことは理解しろ。おれがアンタを逃がすのも不二子の仕事であるからだ。逃がしたあとの面倒を見る筋合いはない。同情心を買える程の関係でもない。おれにとっちゃどうぞ好きにして下さいってこったな」

 

 取り敢えず、この世間知らずな箱入り娘さんに今の現状を説明する。それでも今現状面倒を見切れるのはこの国を出るくらいまでだ。それから先の事は自分でどうにかしてもらわないとならない。おれだってそうそう何度も他人の面倒なんか見切れない。アイツの場合はちと歪んじゃいるがそれでも目標を持って前に進んでいるからだ。

 

「さ、さっきと言ってることが違うわよ!」

 

「違わないさ。何処まで面倒を見るのかはおれの尺度だ。取り敢えず国外に出るまでは仕事の内に入るが、それ以上は不二子の分を超える」

 

「っ…」

 

 息を飲む娘さんだが、こういうことはちゃんと線引きしておかないとズルズルとしてしまう。こっちはその気はなくとも相手はどうだかわからない。とにかくおれに対するメリットが無いのだから、国外に行く以上の面倒は彼女がおれにどれだけメリットを提示できるかによる。とはいえ、無一文の箱入り娘にどうこうできるものはあまりにも少なすぎる。

 

「っ…。だ、っ、だったら、私を売ってあげる! だからこの国から連れ出してちょうだい」

 

「……まぁ、そうなるよな」

 

「っぅ…!」

 

 身一つしかない彼女にはそうするしかない。おれが視線を寄越すと彼女は抱いていた肩をさらに強く抱き締めて、此方を睨んできた。

 

「っっ…」

 

「動くな。じっとしてろ」

 

 おれが手を伸ばすと身を捩って逃げようとするが、小さなボートはそれだけで揺れて危なっかしい。

 

 彼女に掛かったジャケットに手を伸ばして、手を内側に入れる。

 

「っひ!」

 

「…………」

 

 内ポケットからタバコとライターを取り出して、おれはまた座り込んだ。

 

「な、なにを…」

 

「別に。タバコが欲しかっただけさ」

 

 チンッとライターを開けて火を点ける。さすがにこう暗がりなら一瞬なら火を着けても構わないだろうし、宮殿には背を向けてるから大丈夫だろう。

 

「っっ、あ、アナタねぇ!」

 

「生憎と純愛派でね。無理矢理ってのは本で読んだりする分には良いが、実際にヤるなら嫌がるオンナを抱いても興醒めするもんなのさ」

 

 まぁ、そんな無理矢理する経験なんて皆無というか、アイツと不二子以外の経験なんてないからなんとも言えないが、やっぱりスるなら互いに愛し合ってシたい派なのは確かだ。

 

「ま、そんだけの覚悟があるなら、真っ当に働いて真っ当に暮らす覚悟くらいはあるだろ?」

 

 どうなんだと視線を向ければ、彼女はそっぽを向いてしまう。まぁ、そら不機嫌になるわな。ただこっちは仕事だし、向こうは厚意で逃がしてもらう側で機嫌に配慮する必要はない。

 

 まぁ、内ポケットを探るのに少し手は当たったが。まさかのノーブラとは。本当に寝間着で出てきたらしい。いや中々柔らかかったですごちそうさまでした。 

 

「取り敢えず着替えだな。そんな格好じゃどうぞ襲って下さいって言ってる様なもんだからな」

 

「好きにすれば良いじゃない…」

 

「言ったろ? 無理矢理はノーサンクスだって」

 

 いざ実際ヤれば興奮するのかもしれないが、ただでさえ泥棒として国際指名手配されてる現状で余罪に強姦魔なんてつけたかないし、そんなことすれば破門だ。か弱い女には優しくがルパン一家のモットーだかんね。

 

 吸い込んだ紫煙を吐き出しながら、さてどうするか考えて。取り敢えず今回のヤマが片付くまではセーフハウスで待っていてもらおうか。その方が国外に出るのは楽だし。もちろんルパンたちとは別に用意している部屋だ。でないとルパンがナニするかわかんないし。いや信用してるけどね、だからルパンだからやっちゃいそうっていう別の信用もあるというか、美人にちょっかい掛けないルパンなんて見た日には偽者を疑うねおれは。

 

 

 

 

to be continued…

 

 


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