やはり書きたい欲求が募ってしまいまして。
そんな内に頭の中にルパンがまた盗みに入って来てくれたので、前回無理やり仕上げて淡々としてしまった燃えよ斬鉄剣篇を再編する事にしました。
またウチの子犬ちゃんの物語をよろしくお願い致します。
銀座歌舞伎座大騒動
おれは今、前世を含めても人生で初めて、歌舞伎というものを観に来ていた。
演目は、かの大泥棒・石川五右衛門の没後四百年を記念した特別公演。もっとも、隣に座るご本人の子孫は、そんな堅苦しい枕詞はどうでもいいと思っているだろうが。
ルパンと次元は「柄じゃねぇ」の一言で、とっとと近くのゲームセンターに消えた。斬鉄剣が関わるこの物語の始まりを知っているおれとしては、彼らが合流せざるを得なくなる状況を思うと少しだけ愉快な気分になる。
そう、これは『燃えよ斬鉄剣』の幕開けだ。
その名の通り、五ェ門が持つ天下無双の刀──斬鉄剣にまつわる物語。主役は紛れもなく石川五ェ門。
前世ではテレビ放映した際にビデオに録画し、風邪で学校を休んだ日に観ていたおかげで物語の展開は脳に焼き付いている。そして、斬鉄剣が絡む以上、同じ刀を持つおれが無関係でいられるはずもない。
だからこそ、初動で出遅れるわけにはいかない故に五ェ門の隣に居る必要があった。
舞台は佳境。巨大な釜が設えられ、いよいよ石川五右衛門の釜茹での場面だ。派手な隈取の役者が大見得を切る。隣に座る五ェ門の、普段は静かな横顔を見ればその目尻からは涙が零れ落ちるのが見て取れた。きっとご先祖様の晴れ舞台に感じ入っているのだろう。微笑ましい光景だ──もし、この直後に起こることを知らなければ。
その瞬間、空気が変わった。
ほんの僅かな、しかし刃物のように鋭い殺気。それに反応し、五ェ門が感動に潤んでいた瞳をスッと細めた。次の瞬間、彼の体は舞台に向けられたまま、しかしその手は鞘走る斬鉄剣を抜き放っていた。
「キィンッ!」という甲高い音とともに、客席の闇から飛来した黒い影が二つに割れて落ちる。手裏剣だ。
それを皮切りに、舞台のあちこちから忍び装束を纏う忍者達が現れ、観客席からは悲鳴が上がる。次々と投げ放たれる手裏剣の群れが、五ェ門とおれ、二人だけを狙って殺到した。
「やっぱり来やがったか」
短く呟き、おれも腰の鞘から銀色の光を放つ刀──もう一つの斬鉄剣を抜く。
予想通りの展開。手裏剣の雨を、五ェ門は舞うように斬り払い、おれは的確に弾き返す。
手裏剣では埒が明かないと判断したのか、数人の忍者が刀を抜き、舞台から客席へと跳躍してくる。
「愚か者どもが」
五ェ門の冷たい声とともに、斬鉄剣が一閃。忍者たちは抵抗する間もなく血飛沫を上げて倒れる。
おれに向かってきた忍者には峰打ちを叩き込む。脳を揺さぶられ、白目を剥いて崩れ落ちる相手を一瞥し、さらに後続の忍者の刀を弾き上げて体勢を崩させ、柄頭で鳩尾を打ち据えた。
五ェ門は舞台上に舞い戻ると、まるで芝居の続きであるかのように華麗な立ち回りで忍者たちを斬り伏せ、舞台装置の巨大な門の上に音もなく降り立った。一度斬鉄剣を鞘に納めると、斬られた数人の忍者が時間差で倒れ伏す。まさに歌舞伎役者のような様式美だった。
「お主たち、何が狙いだ」
静まり返った場内に、五ェ門の凛とした声が響く。
「斬鉄剣をいただく…」
その声に応えるように、新たな忍者の一団が鎖鎌を振り回し始めた。唸りを上げて飛来する分銅は、五ェ門だけでなく、客席にいるおれのことも正確に狙っている。観客席と舞台上、離れた位置にいる二人を同時に狙う連携。
やはり、おれの持つ刀も斬鉄剣であることが完全に知られている。
「面倒だな!」
迫り来る分銅を斬り捨て、おれは客席の椅子を蹴ってホールから駆け出す。目指すは屋上。歌舞伎座の絢爛な装飾が施された壁を駆け上がり、夜の闇が広がる瓦屋根の上に躍り出た。すぐ後を追って、五ェ門も隣に降り立つ。
「拙者ばかりではなくお主もか」
「どうやらね。コイツも斬鉄剣なのがバレてるらしい」
五ェ門に投げつけられた分銅を、おれが前に出て微塵切りにする。その隙に背後から迫る忍者を、入れ替わった五ェ門が斬り捨てる。息の合った連携に、忍者たちの動きが一瞬止まった。
だが、その静寂を破ったのは、五ェ門の声だった。
「ぬっ、いかん、散れ!」
声と同時に、足元に突き刺さった一本のクナイが目に入った。それはただのクナイではない。チリチリと不吉な音を立てて火花を散らす、導火線の付いた爆弾クナイだ。
「くっ」
五ェ門が気づいた瞬間には、もうお互いの体は動いていた。歌舞伎座の屋根から眼下に広がる銀座の喧騒へと、おれたちは闇の中へ飛び降りた。
背後で轟音が響き、熱風が体を煽る。アスファルトに着地したおれたちを、ネオンの光が煌々と照らし出す。
ここからが、この物語の本当の始まりだ。
さーてと、今回はハッキリと憶えてるTVシリーズだ。
それに斬鉄剣を超える合金にも興味がある。
手に入れても間違いなく封印直行だろうが、だからといって手をこまねいて見ているだけじゃ面白くもない。
幸いにしておれは斬鉄剣の所持者にして鍛冶師でもある。
その方向からのアプローチもさせてもらおうじゃないか。
◇◇◇◇◇
歌舞伎座から脱したおれと五ェ門は夜の銀座へと飛び出した。スーツと着物の裾を翻し、アスファルトを蹴る足音が、週末の喧騒にかき消されていく。背後からは、あの執拗な忍者たちの気配がぴったりと付いてきている。
「五ェ門、連中しつけぇぞ!」
「言われるまでもなし!」
並走する五ェ門の横顔は能面のように静かだが、その瞳には確かな闘志が宿っていた。おれたちはネオンが煌めく大通りを避け、裏路地へと駆け込む。迷路のような道を抜けた先、けたたましい電子音と若者たちの歓声が満ちるゲームセンターの光が目に飛び込んできた。
「こっちだ!」
追手を撒くため、おれたちは躊躇なくその喧騒の中へと突っ込んでいく。その瞬間だった。
「よーしよーし、頂いたぞ次元!」
聞き慣れた声に視線を向ければ、UFOキャッチャーの前でルパンと、その隣でクロスワードパズルにペンを走らせていた次元の姿があった。
止まっている暇はない。おれと五ェ門は驚きに目を見開く二人を置き去りにして、そのまま店の奥へと駆け抜けようとした。
「五ェ門にノワール!? わっ!」
ルパンの間の抜けた声が背後から聞こえる。だが、その直後、けたたましい破壊音が響き渡った。追手の忍者が投げた手裏剣が、ルパンが今しがた景品を獲得したUFOキャッチャーのガラスを粉々に砕いたのだ。ガラスの破片がシャワーのように降り注ぐ。
「歌舞伎に忍者なんて出て来たか?」
「どうやら、芝居の続きじゃなさそうだぜ」
ガラス片を浴びながら言う次元に、ルパンは冷静に呟いた。その手には、いつの間にか黒いクナイが突き刺さったルパン人形が握られている。チリチリと導火線が火花を散らしているのを見て、ルパンはそれを放り捨てた。
背後で爆発音が響く。
それを合図に、おれの脳内ではルパン三世のテーマ89が流れ始めていた。
物凄い速さで、ルパンと次元が俺たちの横に追いついてきた。
「よぉ、お二人さん。ずいぶんと派手なお出迎えじゃねぇか」
「パッパ、説明は後だぜ!」
正面から黒装束の忍者が刀を閃かせて斬りかかってくる。それに反応したのはルパンだった。
相手の振り下ろした刀身を両手で挟み込む白刃取り。忍者が驚きに目を見開いた一瞬、ルパンの蹴り上げた足がその顎を的確に捉え、忍者は白目を剥いて昏倒した。
間髪入れず、後方から飛来する数枚の手裏剣。それを次元が愛用のマグナムで撃ち落とす。乾いた銃声が3発。2発は手裏剣を弾き飛ばし、もう一つは弾かれた手裏剣をさらに撃ち、跳弾させて後方の忍者に突き刺した。相変わらずサラリと神業をやってくれる。
五ェ門もまた、斬鉄剣を抜き放つ。向かってくる忍者の刀ごと、その体を一刀両断する。
行く手を阻むように現れた忍者に対し、おれも斬鉄剣を抜く。
擦れ違い様に一閃。相手の体に衝撃だけを与え、殺さずに戦闘不能にする峰打ち。
交差し、着地し、静かに刀を鞘に納めると、背後で忍者が崩れ落ちる音がした。
小手先では埒が明かんと見たのか、背後から追ってくる他の忍者とは雰囲気の違う奴──柘植の幻斎。その手には爆弾クナイが握られている。
幻斎はそれを高く放り投げた。クナイが描く線の頂点は、銀座の夜空に聳え立つ有名な時計塔。次の瞬間、轟音と共に時計塔の上部が爆発四散し、巨大な文字盤や歯車が灼熱の破片となって降り注いできた。
五ェ門が落下してくる巨大な時計を斬鉄剣で一刀両断する。
崩れた歯車に乗って走るというまるでコミカルなアクション映画のように逃げ惑う。しかし、車の渋滞に阻まれ、それも長くは続かない。
「こっちだ!」
ルパンの先導で、おれたちは車の屋根の上を跳んで逃げる。だが、幻斎の追撃は常軌を逸していた。今度はビルそのものを爆破し、おれたちを潰そうとする。
「やりすぎだろ、あいつ!」
次元が悪態をつく。絶体絶命。ビルが丸ごと崩れ落ちてくる光景、逃げ場はなし。
その時、五ェ門が軽く跳躍する。
そして斬鉄剣を抜き、ビルを小間切れにした。信じられない光景だった。巨大なビルが、まるで豆腐のように切り裂かれるのだから。
おれたちは五ェ門が斬り拓いた瓦礫の道を足場にして、生き埋めになるのを回避した。背後で響く更なる崩落音を聞きながら、どうにか追っ手を振り切ったことを確信する。
しかし、息つく暇もなく、また次の追っ手が来るのをおれは知っていた。
忍者を撒いたのも束の間。銀座通りの端から端まで、赤ランプが反射して揺れた。サイレンが重なり合って鼓膜の奥をくすぐる。
第一陣のパトカーが横滑りで停まり、ドアがバンと開く。先に飛び出したのは、もちろんあの男だ。
「ルパーーン!! 華の銀座のど真ん中でこのような騒動を起こすとは言語道断! 逮捕する!!」
トレンチコートの裾を追い風みたく振り回す銭形のとっつぁん。肺活量、今日も健在。
「いけねぇ、とっつぁんだよ」
「やべぇな」
ルパンと次元の顔に、面倒ごとを押し付けられた時特有のうんざりとした表情が浮かぶ。だが、おれの反応は二人とは違った。
「ごめん先に逃げる!」
おれは反射でくるりと踵を返した。とっつぁんに説教される体力は、今はない。
さすがに、あの銭形警部に睨まれるのは御免だ。あの男のしつこさと、ルパンへの異常なまでの執着心は、下手な殺し屋よりも厄介極まりない。ただ、それだけが理由ではない。この騒動の根幹にある斬鉄剣の秘密…その核心に触れるには、とっつぁんと大立ち回りを演じている場合ではなかった。
「あ、おいノワール? 五ェ門?」
背中でルパンが間抜けな声を上げる。振り返らない。五ェ門も同じ方向に身を翻し、先ほどと同じく五ェ門とおれは銀座の闇に溶けるように駆けた。
路地を抜け、人波をかき分け、しばらく走ったところで、同じ方向に逃げていた五ェ門と合流した。息を切らすおれの隣で、彼は着物の乱れ一つなく佇んでいる。
「ノワール、しばらく斬鉄剣を預からせて貰う」
「タンマタンマ。刀を預けても、おれの頭ん中が狙いなら意味ねえだろ。二振り目があるって情報が漏れてる時点でさ」
「……む。理はある」
五ェ門が頷く。つまりおれの斬鉄は手元のまま。ありがたい、裸で夜の銀座を走る趣味はない。
この世で今、唯一斬鉄剣の製法を知り、実際に打てるのはおれだけだ。
その斬鉄剣の製法を記した巻物は五ェ門が厳重に保管しているが、中身の委細をまで把握しているのはおれだけだ。
ビルの隙間を抜け、おれたちはルパンたちとは別行動を取り、人目を避けるようにして夜の街を移動した。辿り着いたのは、ガタンゴトンと電車の通過音が絶え間なく響く高架下。湿ったコンクリートの匂いが鼻を突く。そこでおれたちは、これからの身の振り方を話し合おうとしていた。
その時だった。重い鉄の震えが頭蓋に響き、電車が頭上を通り過ぎると、細かい砂がぱらぱらと降った。
その薄暗がりの隅で、ぽつんと小さな人影があった。小卓の上の水晶玉を覗き込む老婆。占い師だ。
老婆がゆっくりと顔を上げた。深く刻まれた皺の奥から、昏い瞳が俺たちを射抜く。
「おや…お侍さんと、若い衆。二人して、濃い死相が出ておるぞ…」
かすれ声がおれの背筋を撫でる。胡散臭い。だが、視線は自然と手元へ落ちた。
水晶玉と黄ばんだ手。袖の奥で、なにかがきらりと光った──。
短く乾いた音。鉄橋の影が一瞬明滅する。
占い婆がよろめいた。胸ではない、額だ。
ワルサーの9ミリが正確に印を刻んでいる。おれは反射で銃のグリップに触れ、次の瞬間には身を引いていた。
「自分の運命は占えなかったってワケだ」
ネオンに照らされた光の向こうからルパンが歩み出てきた。片手でワルサーを下げ、遅れて次元。帽子の影からこちらを見る目は、いつもどおり冷静だ。
ただしジャケットが無いのはとっつぁんにUFOキャッチャーを付けた飛行船に捕まって抜け出す際に、忍法ジャケットすり抜けの術で逃げ出したからだった。
崩れ落ちた老婆の姿の下から現れたのは、あの男、柘植の幻斎だった。
「五ェ門。なんで狙われたんだ?」
その最もな問いを投げたのはパッパだった。
「狙われているのは拙者だ。余計な関わり合いにならぬ方が良い。これ以上首を突っ込むと、お主たちでも……斬る!」
斬鉄剣がすっと上がる。刃は俺には向かない。ルパンと次元に対しての警告。
空気がぴんと張る。次元が片目を細め、ルパンが肩をすくめた。
「はいはい、江戸の剣客は血の気が多いねぇ」
「行くぞ、ノワール」
「お、おう」
名を呼ばれ、胸のどこかがきゅっと鳴った。許された。二振り目の斬鉄剣を持つ者として──いや、仲間として。
ルパンがヒラヒラと手を振る。
「じゃ、子犬ちゃんは落ち着いたら電話な? 銀座署は電波悪いからさ」
「まずお前が落ち着け」
俺と五ェ門は高架下を外れ、裏通りを抜ける。パトカーの音は遠退き、代わりに深夜の厨房の匂いが鼻を掠めた。
少し歩いて立体駐車場の影に出る。
スロープを上がった先のスバル360の前で止まった。
白い小さな車体。丸い目。
運転席に身を滑り込ませると、古いシートがきしっと鳴った。隣には勿論、五ェ門が乗り込む、
キーを回す。スターターが頑固に唸り、やがてその心臓がコトコトと目を覚ます。
俺はシートベルトを締め、吐息を一つ。背中の汗が冷え、寒気が下りてきた。さっきの爆風の名残りか、それとも──。
坂を下り、裏口から表通りへ。ネオンの残照を背に、国道に乗る。
しばらく沈黙が続き、エンジンの音だけが車内を満たした。やがて五ェ門が口を開く。
「今回の件──お主だからこそ、ひとつ話しておく」
「今回の厄ネタに、心当たり?」
「斬鉄剣に纏わる秘密だ」
五ェ門の横顔はいつもどおり無表情だったが、言葉の重さはいつもと違った。
俺は姿勢を正し、窓の外に目をやった。高速の照明が一定の間隔で流れ、トンネルの壁のタイルがリズムを刻む。
「昔、我が家に伝わる“巻物”があった。斬鉄の理、その根を封じるものだ。そこに記されたのは“竜”。竜の置物だ」
竜。
さっき、銀座の空に火を吹いたのも竜なら、五ェ門の刃が狙われる理由も、竜。
ピースがゆっくりと回り始める。
「詳らかには──まだ言えぬ。だが、封印を解こうとする者がいる。忍びの流れに連なる者。拙者は、それを断たねばならぬ」
「……で、俺は?」
「二振り目の斬鉄。お主の知も、奴らの的になっている。ゆえに、拙者はお主を巻き込む責を負う」
巻き込まれる責、ね。
胸の奥で笑いが零れそうになる。俺はハンドルの向こうで、薄く笑った。
「いいさ。どうせ借りがある。歌舞伎座の屋根で爆弾クナイを食らわずに済んだ礼は、まだ返してない」
「恩を数える必要はない」
「そういうわけにもいかねぇんだ、うちの“パッパ”の教育でね。借りは返す。そういうもんさ」
次元の顔が脳裏に浮かぶ。
俺は腰のホルスターに無意識に触れた。
外灯が減り、街の明かりが後ろへ遠ざかる。空が濃くなり、山の影が深くなる。
「行き先は?」
「伊賀の山中だ。巻物の在り処へ。忍びの巣に入るのは本意ではないが、背を向けたままでは太刀を持つ資格がない」
「了解」
そう返せば、五ェ門がぽつりと付け加えた。
「ノワール。先ほどの下知──ルパンと次元を斬ると言ったこと、謝る」
視線を向ければ、前を見たままの横顔。
「いいよ。あれは、覚悟を見せるためだろ。二振りの斬鉄がブレないようにさ」
「……恩に着る」
スバルは小さな背中で夜を押し分けて進んだ。
伊賀の山が、闇の向こうで待っている。
竜の置物、斬鉄の秘密。そして、五ェ門の過去。
眠りの底で、金属が鳴るような夢の音がした。
to be continued…