燃えよ斬鉄剣 -前編-
おれは今、前世含めて人生初の歌舞伎を観に来ていた。
石川五右衛門没後四百年を記念して? 偲んで? まぁそんな感じの記念公演だ。
ルパンと次元は歌舞伎には興味ないからゲーセンで暇潰ししている。
ならどうしておれは歌舞伎の方に居るのかと言われたら、これが燃えよ斬鉄剣の始まりであることを知っているからだ。
燃えよ斬鉄剣──。
その名の通り、斬鉄剣に纏わり、五ェ門がスポットされるTVスペシャルだ。
これは当時ビデオにダビングして、風邪を引いた時なんかは何回も見返していたから内容に関しては心配ない。
斬鉄剣絡みとあればおそらくこっちも無関係じゃいられないだろう。
となれば、初動に出遅れない様に五ェ門が居る歌舞伎座の方に来たというワケだ。
芝居も佳境。いよいよ石川五右衛門の釜茹でに差し掛かる。隣のもんごえ先生は涙うるうるであるが、僅かな殺気に反応して斬鉄剣を抜いた。
手裏剣を弾き落としたのを皮切りに、歌舞伎の舞台に次々と忍者が現れて手裏剣を投げてくる。その悉くを五ェ門は斬鉄剣を振るって弾いている。
尤も、こっちも他人を感心している場合でもなく、飛んでくる手裏剣を倣う様に斬鉄剣で弾く。こちらをも狙ってくるということは、斬鉄剣について五ェ門だけでなくおれも狙われる予想は当たりだったというわけだ。
手裏剣では埒が明かないと、幾人かの忍者が刀を抜いて飛び掛かって来るが、問答無用でそれを真っ二つにする五ェ門。対するこちらは殺しをしないので峰打ちが精々である。
そのまま五ェ門は舞台の上に上がって忍者を数人切り伏せながら飛び上がり、舞台装置の門の上に降り立つ。一度斬鉄剣を鞘に納めれば、斬られた数人の忍者が倒れ伏した。
「お主たち、何が狙いだ」
「斬鉄剣をいただく…」
鎖鎌の分銅を振り回す忍者の一団。それは五ェ門だけでなくこちらにも向いている。観客席と舞台上に立ち位置が分かれていても両方を狙ってくるというのならば、おれの持つ刀も斬鉄剣であることが知られているということだ。
迫り来る分銅を斬り捨て、ホールから抜け出し、歌舞伎座の屋根の上に登る。
瓦屋根の上を駆けながら、目の前に飛び出してくる忍者を打ち払って、五ェ門の背に立つ。
「拙者ばかりではなくお主もか」
「どうやらね。コイツも斬鉄剣なのがバレてるらしい」
五ェ門の斬鉄剣については有名だが、おれの持つ斬鉄剣については如何程か。
五ェ門に投げつけられた分銅を、入れ替わって抜いた斬鉄剣で微塵切りにする。
飛び上がって斬り掛かってくる忍者を、立ち替わった五ェ門が切り捨てる。
「ぬっ、いかん、散れ!」
「くっ」
五ェ門の足元に突き刺さったクナイにはチリチリと音を立てて火花が散っていた。爆弾クナイが来るのを知っていたから、五ェ門が足元のクナイに気づいた瞬間には歌舞伎座の屋根から飛び降りていた。
その後は銀座の街中を舞台にして大立ち回りの始まりだ。
ゲームセンターの中を駆け抜ければルパン、次元と擦れ違う。後ろから爆発音がしたのはルパンのやっていたUFOキャッチャーのルパン人形に爆弾クナイが刺さっていて、それをルパンが投げ捨てたからだ。
物凄い速さで後ろからルパンと次元が横に追いついてきた。
正面から忍者が刀で斬りかかって来たのをルパンが白刃取りで受け止めて、忍者の顎を蹴り上げて倒した。
今度は手裏剣を後ろから投げられたが、次元がマグナムでそれを撃ち落として、さらに一枚の手裏剣を弾き返して手裏剣を投げてきた忍者に刺さる。
五ェ門が斬鉄剣を抜けば、構えていた刀ごと忍者を切り捨てた。
行く手を阻もうと斬りかかる忍者に対しておれも斬鉄剣を抜いた。
交差して着地し、抜いた斬鉄剣を納めると斬られた忍者は倒れた。もちろん峰打ちだ。
小手先では埒が明かないと判断したのか、忍者のリーダー柘植の幻斎が爆弾クナイを投げた。
爆発したクナイが破壊したのは銀座の有名な時計塔だ。
頭上に降ってくるそれを五ェ門が一刀両断。取り敢えず押し潰される危機を脱する。
時計の歯車に乗ってなんていうコミカルなやり方で逃げもして、しかし車の渋滞に差し掛かってそれも出来なくなって車の上を伝って逃げる。
すると今度はビルまで爆破して行く手を阻もうとするというちょっとやり過ぎなやり方に物申したくなる。
さすがにどう逃げても押し潰されるヤバい場面だが、これも五ェ門が斬鉄剣でビルを木っ端微塵に切り裂いて、降ってくる瓦礫を足場にして生き埋めになるのを回避する。それでどうにか追っ手は退けられたらしい。
しかしそれでは終わらない。今度はパトカーがわんさかやって来た。
先頭のパトカーから出てきたのはもちろん銭形のとっつぁんだ。
「ルパーーン!! 華の銀座のど真ん中でこのような騒動を起こすとは言語道断! 逮捕する!!」
「いけねぇ、とっつぁんだよ」
「やべぇな」
「ごめん先に逃げる!」
「あ、おいノワール? 五ェ門?」
さすがにとっつぁんに睨まれたくないんで真っ先に尻尾を巻かせて貰った。ただそれだけではないのだが。
「ノワール、しばらく斬鉄剣を預からせて貰う」
落ち着いたところで同じ方向に逃げていた五ェ門にそう言われた。
「タンマタンマ。斬鉄剣を預けてもおれの知識が狙われてるんだったらどうするよ」
「む。それもそうだな」
一先ずおれの斬鉄剣は預けなくても良さそうだが。これからどうするか。ルパンとパッパに合流するか、それとも五ェ門とこのまま行動するか。
電車の高架下。占いをしている老婆に死相が見えていると声を掛けられた。
響くワルサーの銃声。よろめきながら近づいてくる老婆は柘植の幻斎の変装だった。倒れる幻斎の額には銃痕。
「自分の運命は占えなかったってワケだ」
「五ェ門。なんで狙われたんだ?」
「狙われているのは拙者だ。余計な関り合いにならぬ方が良い。これ以上首を突っ込むと、お主たちでも…斬る!」
斬鉄剣を見せながらルパンと次元を制する五ェ門。
「行くぞノワール」
「お、おう」
声を掛けられて一瞬反応が遅れた。斬鉄剣の事から関わり合うのを許されたらしい。
ルパンたちと離れて少ししてパーキングに停めているスバル360を取りに行ってシートに落ち着いた頃、五ェ門が口を開いた。
「今回の件、お主だからこそ1つ話しておく」
「今回の厄ネタに心当たりでも?」
「斬鉄剣に纏わる秘密だ」
五ェ門が語ってくれたのは竜の置き物の事だった。
それがなんなのかは教えてくれなかったが、斬鉄剣に纏わる秘密を封印する為に協力する事を告げられた。
どのみち斬鉄剣絡みで襲われたのだから借りがある。断る理由もないので五ェ門の言葉に頷いて了承の意を示す。
そのまま伊賀の山中に向かうために車を走らせた。
◇◇◇◇◇
半日掛けて車を走らせて到着した伊賀の山中を忍者の軽い足取りで斜面や川の浅瀬、岩の間を飛んで駆け抜けていく五ェ門にやっとの事で追いついていく。
そして急な崖を手で登っていく五ェ門を自分は見送る。これから先は自分だけで行くと五ェ門が言ったからだ。
待ってる間に手持ち無沙汰になったおれは辺りの気配を探って待っていた。待ち伏せされているのに気配が無いのは敵の隠遁が優れているからだろう。
「うぉぉっ。派手だなぁ」
頂上で斬鉄剣に斬られた岩が降ってきて地鳴りを引き起こす。
殆ど間を置かずにロープを手に五ェ門が上から降ってきた。
自分の周りに敵の忍者が水中から現れた。マジかよ。こんな近くに居て気づかないのか。その隠遁の高さに舌を巻く。
手足に糸を巻き付けられ動きを封じられる。それは五ェ門も同様だった。
「お主生きていたのか…!」
「フフフフ。掛かったな五ェ門」
「服部の流れを組む者か?」
「いかにも。柘植の幻斎。百地党の流れを組む。お主とは兄弟門よ」
「斬鉄剣ではないな、本当の狙いは」
「知れたこと。その懐にある巻物をいただきたい」
「これは渡さん」
「生きているうちに奪うも、死んでから奪うも、こちらにしては同じことだ」
「くうっ」
幻斎の言う通り、此方は身動きを封じられていてたいした抵抗も出来ない。煮るなり焼くなり好きにしろ状態だ。
「そこの子供は生かして捕らえよ。やれぃ!!」
幻斎の号令に忍者たちが襲い掛かってくる。万事休すかと思いきや、横槍が入る。誰かが此方を襲おうとする忍者を斬り伏せた。
自由になって此方も敵を峰打ちで切り捨てる。
「なんでお前が此処に?」
「え? えっとね。修行中、なの」
まさかこんな山奥でサオリに会うとは思うまい。
五ェ門の方も女忍者に助けられていた。それも予期せぬ再会を添えて。
桔梗とサオリが繋がっていたとは思わなかったが、まさかサオリに助けられるとは。おれもヤキが回ったか?
「取り敢えず礼を言うぜ。ありがとな」
「うんっ」
礼を言っただけで華が開いた様な笑みを浮かべるんだからかわいいやつだよまったく。
「お前、学校はどうした?」
「や、休みだから」
一応土曜日であるから信じてやるとする。ただ目が泳いでるから昨日とか平日も休んで修行してそうだな。
まだ中学生で義務教育だからって休み癖がつかなきゃ良いがな。
サオリに手を引かれておれは桔梗を紹介された。
「紹介するね。桔梗、わたしの友達」
「よろしく。まさか噂のノワールが子犬のノワールだったなんて思わなかったよ」
「子犬はやめろ」
よからん噂に辟易しながら子犬を否定する。
ともかく場所を移すことになって伊賀の忍者屋敷に移った。
その頃にはもう夜だった。
「やはり、あいつらはその巻物を狙ったんだね」
「うむ」
「80年以上も昔にこの忍者屋敷からなくなった竜が、今頃動き出すとはね」
「その事は、我が一族しか知らぬはず…。桔梗、お主今、やはりと言ったな」
「そうさ。竜の在処がわかったんだ。香港の陳珍忠てのが調べ出したんだ」
「まことか!?」
「陳だけじゃない。狙ってるのは他にも居るよ」
「たとえ誰だろうと、邪魔すれば…斬る!」
五ェ門の宣誓。それは一族の宿命として竜を封印するのに燃えているのは結構だが、此方としては初手から敵と通じている相手を身内に抱えている状況でどうしたものかと考える。奴らが五ェ門の持つ巻物だけでなく、自分も狙った意図が見えなかった。
「おれたちにもその話を聞かせたってことは、頭数に勘定されてるって理解しても良いんだな?」
「うむ。一度ならず二度もお前まで襲われた理由が解らぬが、襲われた以上無関係でもあるまい」
襲われた理由が解らないなら目の届く場所に置くのも理解出来る。今回は五ェ門とチームを組むのはもう決まったようなものだ。
だからといってパッパに銃は向けられない。
そして陳だけでなくルパンも竜を狙っていると桔梗は五ェ門に告げ、そのルパンが動くなら陳が作った深海潜水艇を狙うだろうということで、その潜水艇のあるニューヨーク沖に向かうことになった。
「ルパンが竜を手に入れたらしい」
「まことか!」
「おう。無線傍受でバッチリだぜ」
潜水艇の無線を傍受してルパンが竜を手に入れたのを知る。しかし深海4000mの水圧に良く耐えられたなぁ。普通ぺちゃんこだって。その辺はギャグだな。
凧に乗って不二子のクルーザーの上に陣取る。
ルパンたちが上がってきて竜を不二子に見せていたところで五ェ門の声が響いた。
「その竜は渡さん!」
「五ェ門?」
「ノワール?」
「サオリまで。あっ」
「竜を渡しな!」
桔梗が不二子を人質に取る。いきなりそれはいただけないんだが、やっちまったもんは仕方がない。
「一体どうしたんだ五ェ門。そんなかわい子ちゃん連れちゃって」
「アタシは桔梗。五ェ門と同じく先祖代々、伊賀の屋敷に遺された宝の竜を封印する為に来たのさ」
「封印だと? なんのこった」
「何も訊かずにその竜を渡せ」
「冗談じゃねぇぜ。折角深ぁい海の底まで潜って取ってきたお宝なんだ。簡単には渡せないわよ」
「お主が持っていても、それは一文の値打ちにもならん物だ」
「それだけじゃ納得出来ねぇわなぁ」
「渡しちゃダメよルパン!」
「グズグズ言ってないで渡しな。さもないとこの女を…!」
「わーったよ。ほら!」
ルパンが竜を頭上に放り投げた。五ェ門と桔梗の視線が竜を追う。その隙に次元がマグナムを取って、不二子を人質に取る為に首筋に当てていたクナイを撃ち弾く。さすがはパッパだぜ。拘束が解けた不二子はルパンの元に駆け戻った。
一瞬次元の視線が此方に向くが、肩を竦めて返事にする。敵対する気はゼロだ。
「このぉ!」
「待て!」
クナイを弾かれた桔梗が後ろ腰から銃を抜くが、それを五ェ門が制した。
「どうしよう。五ェ門さんとルパンさんが敵になっちゃった」
「まぁ、見てろ」
竜を渡さないのなら斬ると言って、五ェ門が斬鉄剣を抜いて、斬りかかる。テーブルを真っ二つにして、返す刀の横凪が、ルパンの手の竜に受け止められ、ピカッと光を放った。腰の斬鉄剣がビリビリと動いた気がした。
「きゃあっ。なに? なに!?」
「来やがったか…」
一触即発の空気を裂くように機関砲の砲声が鳴り響いた。五隻の巡視船を引き連れてやって来たのは銭形のとっつぁんだった。ある意味で助かった。とっつぁんの執念に乾杯。
「五ェ門、期を逸した。一旦退こうぜ」
「うむ。桔梗!」
「はい!」
分銅を付けたロープを凧に引っ掛けて引くと、凧に付いていたロケットに点火して離脱する。おれもサオリも同じく別の凧で離脱した。
巻物を五ェ門、竜はルパンが持っている現状で狙うべきはルパンだが、桔梗から竜はルパンから陳に渡ったという情報を告げられ、おれたちは竜を手に入れる為に香港へと向かうこととなった。
◇◇◇◇◇
サオリから聞いていたノワールというのがまさかあのルパン三世の一味のノワールだとは思わなかった。
銀色の二丁拳銃、もっと有名なのは子犬としてアメリカの暗黒街じゃ五指に入るガンマンと言われている。
そして五ェ門以外に斬鉄剣を持つ人間の1人。いや、斬鉄剣を造ることの出来る人間だ。
それを利用してさらに旨い話を考えたけれども、腐っても斬鉄剣の担い手か。最初の追っ手は退けられた。
ただ影に生きるのが忍びだ。忍びの得意とする隠遁は見破れなかった様だ。
噂ほどにもないと思っていたらサオリが飛び出して行ったんで、アタシも五ェ門を助ける事になった。
元々の筋書きのままだから良かったものの、サオリの事も注意しておかないとならないのは面倒だね。
五ェ門もあの2人を使う気でいるみたいだし。まぁ、せいぜい足手纏いにはならないでってところよ。
竜の置き物は陳が手に入れたと連絡があった。ならあとは巻物を手に入れるだけだ。
その最後の仕上げの為に五ェ門を連れてアタシは陳の屋敷に忍び込む事にして、巻物を手に入れる算段を付けた。
これで世界はアタシの物だ。
to be continued…