泥棒一家の器用貧乏   作:望夢

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ラブロマンスはありません。タブンネ!


それは女の香り

 

 すっかり暗くなったニューヨークの街で、黒のジャケットを羽織らせた女の子を連れ歩く。

 

「…………何処に、向かってるんですか?」

 

「今夜の寝床」

 

 おれもバカじゃない。女の子を連れてガルベスの屋敷に入るわけにはいかない。

 

 黒人のチンピラから助けた女の子を連れて、おれはとあるホテルに入った。宿泊費とは別に料金を払う。こういう世界で安心して寝泊まりするには余計に金が掛かるという事だ。

 

 部屋に入って備え付け冷蔵庫を開けるが、水しか入っていない。

 

「風呂に入るなら先に入って良いぞ。その間にチョイと買い物に出てくる」

 

「え、ええ……」

 

 急にしおらしくなった様子の女の子。というより多分此方が素だろう。粗暴な口調はスラム街で生きていく知恵だったりする。スラム街でこんな丁寧な敬語を使えば瞬く間にカモ扱いされる。

 

 でもそれは弱者の間だけで、マフィアとかの幹部とか表でデカい役割とかしている人間には丁寧語を使う奴も居る。スーツ着てて丁寧語を喋るからって気軽にカツ上げするなよ? マとかヤの付く自営業のオジサンに当たったら身体がハチの巣になるからな?

 

 ホテルから出て新しいジャケットを買う。あとは適当に服も買っておく。下着は後で買わせれば良いだろうか。

 

 適当に酒とつまみ、あとはパーラメント。子供の買い物にしたらオヤジ臭い品目だが、却ってそれが子供のお使いに見られるからやり易い。

 

「どうするかなぁ……」

 

 助けた手前、当分は面倒を見るつもりだ。少なくても今回のヤマが終わるまで。でないとおれと関わったせいで人質に抜擢されましたなんて笑い話にもなりゃしない。

 

「というフラグを敢えて立てれば問題ないでしょ」

 

 酒につまみ、服とか入った買い物袋を引っ提げてホテルに戻る。 

 

 戻ればまだバスルームから出ていないらしい。女の子だからな。久し振りの風呂で念入りに身体とか洗いたいんだろう。自分も一時間は洗っては流してを繰り返した記憶がある。

 

 コップに氷を入れてウィスキーと炭酸水でハイボールを作る。

 

 それをちびちび飲みながらマグナムの手入れをする。

 

 銃が恋人っていう次元やルパンの言葉を、こうして銃を持って命を預けているとわかる。

 

 要は職人の道具に対する思い入れのそれに近い。

 

 タバコを咥えて火を点ける。

 

 子供の身体に酒にタバコは平成民からすると不健康だとか言われそうだが、アウトローに国も法律もねぇよ。

 

「……ま、気にしたって仕方ないか」

 

 好きなように生きて、好きなように死ぬ。それがこの世界の死生観だ。

 

 タバコを吹かしながらハイボールをちびちび飲んでいるとバスルームのドアが開いた。

 

「きゃっ!? ……、か、帰ってたんです、か…」

 

「……見てないから早く着替えな」

 

 そう言いながらベッドの上に広げた着替えを指差す。適当なTシャツとジーパンだ。男物だけど我慢してもらう。

 

「……犬耳?」

 

「犬じゃねぇ……」

 

 帽子を外したら女の子がそんなことを言ってきた。風呂に入るんで帽子を取ったが、きっと彼女からはこめかみ辺りから某白露型みたいにチョインと跳ねてる髪の毛が見えているだろう。

 

 銃撃戦は激しい動きをするから帽子が外れる事だってあるし、パッパと出逢ったばかりの頃なら帽子も被っていなかった。だから子犬なんて言われるようになったとか思いたくない。

 

 どれもこれも虫歯で二月も銃を撃てなかったどこぞの歯医者が大嫌ぇなガンマンパッパの所為だ。車の運転とかはやって貰ったけど、それ以外のドンパチ関係はみんなおれがやらされた。

 

 マグナムの他にもありとあらゆる火器の使い方を教わった。見た目は子供、頭脳は大人だからってマジでハワイでパッパに教わると誰が想像できるか。お陰さまで車からボートにヘリまで一通りは乗れる。無免だけど。

 

 お陰さまで銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)なんて厨二病クサい名前が付いちまった。……カッコいいから好きだけどね!

 

 帽子とマグナムをテーブルに置いてバスルームに入る。

 

 頭からシャワーで熱湯を被って、良い感じにアルコールが身体に巡っていく。

 

 お湯でも水でも濡らせば普通はしんなりして落ち着く筈の髪の毛の跳ねは、それでもあまり無意味だったりする。

 

 適当に頭と身体を洗ってバスルームから出ると、彼女は一人がけソファで小さくなって座っていた。

 

「あれま」

 

 風呂上がりには着替えるまで彼女を見ないようにしていたからわからなかったが、綺麗になるとかなりかわいい娘だった。ボサボサの髪も色の良い黒髪で妖しい光を宿しそうな程のセミロングの髪は少女に似合わない色香があった。

 

「……あ、あの…」

 

「なんだ? 別に獲って食ったりしないさ」

 

 ルームサービスで夕食を注文しながら、彼女の反対のソファに腰掛けて足をテーブルに乗せようとしたが、流石に人の居る方に足は向けられないから断念して足を組むだけに留めた。

 

「タバコ吸うけど、構わないか?」

 

「はっ、はいっ。お、お構いなく……」

 

「おう」

 

 パッパ以外と二人きり、しかも赤の他人とある上に相手は女の子だからつい昔のクセみたいにタバコOKかどうか聞いてしまった。喫煙所なんてものはまだこの世にはない。

 

 タバコに火を点けて、一服煙を吐いて、灰皿にタバコを置いて口を開く。

 

「お前、歳は幾つだ?」

 

「じゅ、14……です…」

 

「14か。それにしちゃあ綺麗だな」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 おれの言葉に俯く女の子。確かに綺麗で将来美女確定の美少女だが。おれの言いたい綺麗さは別の話だ。

 

 スラム街生まれの人間と、スラム街に住むことになった人間というのは持っている空気に違いがある。

 

 目の前の彼女は後者だ。更に言うとスラムに入ってからまだ日が浅い。それは彼女の着ていた服の汚れ加減で推察出来る。

 

「親はどうした?」

 

「…………」

 

 その言葉に返答はない。ただ、腕に力が入ったのを見逃さない。

 

「これからどうする?」

 

「どうって……」

 

 おれの問いに呆ける彼女に、机の上からマグナムを取って弾を抜き、空の銃を彼女に投げる。

 

「きゃっ、わ、わわっ」

 

 弾が入っていないのにおっかなびっくりという感じでマグナムを掴んだ彼女を見計らって口を開く。

 

「それがお前の命の重さだ」

 

「わたしの……」

 

 昔。おれもあの人に言われた言葉だ。

 

 銃の重さが命の重さ。ガンマンらしい例えだ。銃がなければガンマンは始まらない。

 

 親も居ないらしい上に女の子の彼女が生きるには力がなければならないだろう。

 

 彼女の容姿なら身売りでもすれば生きていけるだろうが、そんな鬼畜外道な提案をするくらいなら自分の頭を撃ち抜くね、おれは。

 

「おれだっていつまでも面倒見れるわけじゃない。何時までアメリカに居るかわからないしな」

 

 パッパがルパンと付き合うなら自分も付いていくつもりだ。というより、まだ10万ドル稼いでないから離れるつもりはないし。それにおれはファザコンだから死ぬまでパッパに付いていくつもりだ。

 

 そんな生活に、いずれは国際指名手配犯の仲間入りを果たすつもりでもある。そんなハチャメチャデンジャーな人生に付き合わせる気はない。

 

「まぁ、直ぐにどうするかを決めろとは言わない。先ずは飯を食って今日は寝ろ」

 

 そう言って灰皿に乗せていたタバコをまた口に咥えて、ぼーっと天上を眺めて暇を潰す。

 

 コトリとマグナムをテーブルに置いた音が聞こえた。視線を向けると、なんでか彼女はTシャツを脱ぎ出した。

 

「ちょ、ちょっと…!?」

 

「わっ、わたしには、これくらいしか…っ」

 

 脱いだTシャツを胸に抱きながら胸元を隠す彼女。ハッキリ見える場所で見たから良く見える。見掛けは中学生くらいなのにこの娘胸でけぇ。Dある?

 

「バカ野郎! そういうのは大事な時に取っとけ!」

 

 そもそもそういうんで助けたんじゃない。

 

 ただ大人が子供と言っても差し支えのない女の子を囲って嬲ろうとしたのが見過ごせなかっただけだ。

 

 大人が子供から、しかも男が女から搾取するのは違うだろどう考えても。

 

「でも、わたし…っ」

 

 俯きながら震えている時点で経験ないだろうって感じだった。

 

「まだ、なんだろう?」

 

 下世話な言い方だが、こっちの意味を正しく受け取ってくれたらしい。耳まで赤くしてこくんと頷いた。

 

「スラムに暮らしてどれくらいだ?」

 

「い、1年、くらい、です……」

 

 妙だな。それくらいの間スラム暮らしでならもっと服とか色々酷いはずだ。

 

「誰かと居たか?」

 

「……ママと」

 

 そう言って彼女は俯いてしまった。

 

「一月くらいか?」

 

「……3週間、くらい、です……っ」

 

 ソファから立ってジャケットを手に取って肩に掛けてやりながらハンカチをそっと置いておく。

 

「大体飯が出来るまで20分だ」

 

「え……?」

 

「チョイと外で一服してくる」

 

 着替えながらそう告げて、マグナムもちゃんとホルスターに戻しながら部屋を出る。

 

 ……タバコ忘れた。締まらねぇね、どうも。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 わたしを助けてくれたのは黒のスーツに黒い帽子を被ったかわいいカウボーイだった。

 

 わたしより年下のはず、だと思う。

 

 男の人に囲まれて、乱暴されるんだって。とても恐かった。

 

 ママが死んでから初めて他人に助けてもらった。

 

 わたしよりも年下の男の子なのに、銃を使って大人を追い払ってくれて。こんなキレイなホテルに連れてきてくれて。

 

 なにも持ってないわたしには、もう身体で返すしかなくって。

 

 と、年下だけど意味は伝わってたから大丈夫な……はず。うん…。

 

 経験、あるのかな…?

 

「重かったなぁ……」

 

 変な想像をした頭を振るって別の事を考える。

 

 あんな重い銃を、映画のガンマンみたいに一瞬で早撃ちして、しかも片手で二挺も構えていた。わたしとそんなに変わらない細い腕で。

 

「カッコ、良かったなぁ……」

 

 思い出すと恐かった事なのに、夕陽の光を背に現れたのは白馬の王子さまよりとってもカッコいいカウボーイ。

 

 カウボーイも馬には乗るから、ガンマンの方が良いのかな?

 

 ママの事を思い出して泣いてしまって。気を使わせちゃった。

 

「……ママ」

 

 涙を拭ったハンカチも、肩に掛けて貰った服も、温かかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 飯を食べてガルベスの屋敷に戻れば、ガルベスの部下たちが慌ただしく右往左往していた。

 

 お宝盗まれて慌ててるって所かな?

 

「……空振りか?」

 

 寝泊まりする部屋に入ると、ソファで横になっているパッパの声がした。真新しい火薬の匂いが漂ってきた。

 

「いんや。ダブルリーチでもう一息ってとこかな?」

 

「…どういうこった」

 

「ルパンと会ったけど抜かなかったってだけだよ」

 

 部屋にある荷物からまた必要最低限の荷物を取り出す。

 

「……何処に行くんだ?」

 

「こんな場所じゃ熟睡出来ないから外で寝るの」

 

「違ぇねぇ」

 

 そう言ってパッパはソファから立つとなんでか肩を組んできた。パッパお髭イタい。

 

「おめぇもようやく女遊びを覚えやがったか!」

 

 影で見えないのに顔がニヤついてるのが声でわかる。

 

「なんでよ急に」

 

「んで? 明日の朝飯は赤飯か?」

 

「だからなんで?」

 

 て言うかおれはまだ体格的に充分未成年でパッパが居ても夜のお店には入れませんのよ? バー以外入る気ないけど。

 

「女連れるならもうチョイ周りを気にしな。お前だってここいらじゃ有名人なんだぜ」

 

「肝に銘じておきますよ…。ったく」

 

 シリアスパッパの腕を振りほどいて部屋を出る。つまり調べれば彼女を連れていた事がバレるっていう忠告だ。

 

「明日はショッピングしてくるから」

 

「おうおう。行ってこい行ってこい」

 

 ハードボイルドパッパがすっかりうざったいオヤジパッパだ。ああいうのはめんどくさい。

 

 明日は考えて宿決めよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ククク。からかい甲斐のねぇヤツ」 

 

 ただルパン探しで先を行かれたのはチョイとアレだな。たまに鋭い時があるからなあアイツは。

 

 ただアイツもガンマンの端くれだ。

 

 なのにルパンに抜かなかったと言った。

 

「何を考えてる」

 

 ただ、邪魔をする様な事はしてないだろう。その辺りの線引きはちゃんとしてるヤツだ。

 

「……大きくなりやがって」

 

 女を知る歳になったと思うと、なんでか急に自分が老けた気分だ。まだ20代だっつうの!

 

「ケッ」

 

 ひとり静かな夜も随分久しぶりだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 本当だったら今日は不二子を探そうと思っていたものの、予定変更である。

 

「あ、あの……」

 

「なんだ?」

 

「この車…」

 

「おれのだよ」

 

 荷物を後部座背に放り込んで乗り込む車はフィアット・500。色はカリ城定番のクリームイエローだ。チョイと感動できるね。音煩いけど。

 

 運転席は座席を高くしたりペダル周りを延長したり弄ったくらいであとはそのまんまだ。

 

「でも、運転免許は…?」

 

「裏社会で免許なんてのは1ドルの価値にもならねぇよ」

 

 車に乗ってエンジンをかける。

 

「免許が無いと警察に捕まっちゃうんじゃ」

 

「無免で捕まってたら今頃何回警察に捕まったかわかったもんじゃねぇよ」

 

 それこそ船舶から航空機、車にバイクまで色々乗り回しているのを摘発されてたらキリが無いよ。

 

「乗るなら早く乗りな」

 

「は、はい……」

 

 助手席に座るのを確認して、車を発進させる。

 

「きょ、今日は何処に行くんですか…?」

 

「そっちの下着と幾つか野暮用を片付ける」

 

「ぅっ……あ、ありがとう、ございます……」

 

 パンツは貸せても男物だし、ブラなんか持っちゃいないし選べないから本人に選んで貰うしかない。

 

 余計な目撃者を減らす為に街中に向かう。物の値は張る代わりにアングラからの目はほぼ無くなる。人を隠すなら人の中だ。

 

「あの……」

 

「なんだ?」

 

「……銃は、何時から」

 

「…………6年目だな」

 

 こっちの世界でもう5回もニューヨークでハッピーニューイヤーを聞いた。

 

 そう考えたら小学生が入学から卒業までの時間を過ごしたことになる。

 

 もしこれが夢だって今さら言われても意地でも目覚めてやらない。

 

 向こうの家族には悪いが、おれはこっちでガンマンとしてハードボイルドに生きてみたいんだ。

 

「贅沢しないなら半年かそこらで仕込んでやるよ」

 

「半年で…?」

 

「やる気とセンス次第だがな」

 

 実際リボルバーの撃ち方を教わったのはそれくらいの時間だった。あとはひたすら的当てだ。更に自分は早撃ちに時間を割いていた。それは今もだが。

 

 一挺の早撃ち0.3秒。本気なら0.2秒。必ずものにしてみせる。

 

「普通に生きたいのなら、そこまで這い上がるしかない」

 

 親無しなら孤児院に入るのも手だが、アタリを引かなかったらそこは人身売買と売春の温床だ。そう言う時代なのさ、まだ。

 

「……どうして、銃を…」

 

「生きる為だ」

 

 生きる為。シンプルで原点だ。

 

 だから次元大介という一流のガンマンに失望されないように、おれは銃を握って生きる。それがこの世界での生き方を教えてくれた男に対する礼儀だ。

 

「おれもスラムに住むようになった人間だった」

 

 普通の日本人で、仕事をして家に帰ればパソコンの前に陣取って動画を見たりゲーム三昧だった生活を送っていた。

 

 それがある日いきなりニューヨークのスラム街に放り込まれていたんだ。

 

 明日の食べ物どころか、生きていけるのかすらわからない地獄。

 

 そんな地獄から掬い上げて貰ったんだ。

 

 だからおれは、次元大介という男に感謝をして、ガンマンとして尊敬し、信奉し、信仰する。

 

「…あ、あの、な、名前は」

 

「……ノワール。そっちは?」

 

「……サオリ、です」

 

「サオリ、か。どっちか日本人か?」

 

「…パパのパパが、日本人だって、聞いてます」

 

「なるほどな」

 

 なら彼女のアジア系の特徴は父方の遺伝というわけか。

 

 地下駐車場に車を停めて、大通りに徒歩で上がる。この辺りはセレブも利用するから裏側の下衆な視線は入ってこれない。

 

 適当に目についたランジェリーショップに入る。

 

「好きなの選びな」

 

「え、あ、うっ、で、でも……」

 

 金銭感覚を把握する為に敢えてフリーにさせる。

 

 視線が一瞬深紫の下着に泳ぐ。

 

 色に拘りはないが、敢えて言うなら黒と紫だ。

 

 

 

 

to be continued… 


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