ルパンファミリーの中で誰が一番絡ませ難いかと考えたら、やっぱり不二子ちゃんかもしれない。
ファーストコンタクトで縁を用意するのが難しい。他のみんなはなんとかなりそうだけど不二子ちゃんだけが良い案が思い付かない。
「何か他に買うものはあるか?」
「い、いえ、大丈夫です」
年下に見えるガンマンの男の子。でもその雰囲気がわたしに丁寧語を話させる。助けて貰ったからと言うのもあるかもしれない。
車の後部座席にはいくつもの袋に日用品が入っている。
「た、タバコって、美味しいんですか……?」
「いや。辛いだけさ」
「辛い…?」
映画とかドラマじゃ美味いってセリフを良く聞くから、つい訊いてみた。
彼は余り自分から喋る子じゃない。それでも話し掛ければ応えてはくれる。
「知らなくて良い味さ。まだな…」
子供なのに彼はお酒もタバコもお構い無しだ。お酒は飲ませて貰ったことはあるけど、美味しいとは思わなかった。「お子さまだな」って彼は笑ったけど。
寝ている寝顔はとってもかわいいのに、起きているときは少し恐い様な感じのする子。でも優しいのはわかる。でなかったらわたしは今ここに居ない。
「あそこのカフェで少し待っててくれ。飯も適当に食べろ」
「あ、はい…」
車を道の端に停めて、歩いていく彼は路地裏に入って行った。その小さな黒い背中は、いつも見た目よりも何倍も大きく見える。小さいのにとても頼りになる背中なんだと思う。
ある日、パパが死んだってママに聞いて、まるで隠れる様にわたしはママとひっそりと暮らしていた。わたしは殆ど家から出る事をしなかった。外は危ないからって、ママが言ってたから。
ある日、ママがお昼になっても起きてこなくて、様子を見に行ったらママは冷たくなっていた。
そのあとは家にあったお金を少しずつ使って暮らしていた。
それも出来なくなってスラム街でゴミを漁って生きる事を始めた。ゴミの傷みかけの食べ物を口にした時は涙が止まらなかった。
そんな生活が一月を過ぎようとした時に、彼に出逢って、今に至る。
彼が居ないと外を出歩けない。人によったら不便に思うかもしれない。でも、彼に救われたわたしには贅沢を言う権利はない。
「こんにちは、お嬢さん。相席良いかな?」
「っ、…は、はい……っ」
注文したアイスティーとサンドイッチ、彼の貸してくれた本を読みながら迎えに来るのを待っていると、向かい側に男の人が座った。混み合っているから仕方ないよね。
カッコいいガンマンの彼から借りたのはホラー小説だった。コズミック・ホラー小説というもので、クトゥルフの呼び声というタイトルだった。
ホラーというより内容が謎過ぎてわたしには何が怖いのかわからなかった。
相席の男の人にじっと見られている気がする。
「あ、あのぉ……。何か?」
そこで顔を上げると、赤いジャケットを着た男の人と目が合った。
「いやいや別に。かわいいなぁって思っただけさ」
「は、はぁ……」
可愛いとか、綺麗だとか。最近初対面の男の人にそんなことを言われている気がする。
スラム街で絡まれた時にも言われたけれど、彼や目の前の人とは違う厭な感じの言葉に聞こえて恐かったし気持ちが悪かった。
でも彼の言葉は恐くなかったし、目の前の人の言葉は気持ち悪くなかった。
「君今ひとり? マッマやパッパは?」
「……両親はもう…。今は連れの人を待っているんです」
「……わりぃな。デリカシーのない質問だった」
「い、いえ……」
パパが死んだっていうことはママに聞いた事だから現実味はない。でもママが死んだのはその時に居られなかったとしてもわたしの前で眠っていた。だからわたしは親無しになったという事実だけは理解できた。まだ受け入れるのは大変だけど、両親を亡くして独り身になってしまった他の子供よりわたしは恵まれた環境に居ると思う。
だからわたしは寂しいとは思わない。
◇◇◇◇◇
「やあノワール。デートは良いのかい?」
「茶化すな。ベニー」
路地裏の安アパートの一室を、おれは訪ねていた。安アパートには似合わない最新のパソコン機器が目白押しだが。
ベニーは昨今増え始めているパソコンを使った情報屋をしている。ハッキングで電子化された情報を引っ張り出して売っているのだ。大手の企業とかだとパソコンでデータ管理をしているところも増えてきたから、ベニーみたいなハッカーが続々と増え始めている。
「探して貰いたい奴が居る」
「オーライ。誰をお探しで?」
「峰 不二子。この街に居るはずだ。ピンクのハーレーを転がしてる」
「峰 不二子ね。最近女を作ったと思ったらもう別の女探しかい?」
「詮索は身を滅ぼすぜベニー。アイツはただ気紛れで助けてやっただけだ」
「にしては手元に置いて大事にしてるみたいだけど? 暗黒街じゃ、子犬が子猫を侍らしたって噂で持ちきりだよ」
「はん! 酒の肴にもならない噂だな」
無駄に若者の女絡みの噂話が大好きなおじさん程手に負えないものはない。不用心だったおれの不始末だと言われたらなんとも言えないが。
「それともうひとつ。最近君を嗅ぎ回ってる連中が居る。用心しといた方がいい」
「やけにサービスが良いなベニー。料金に上乗せは利かねぇぜ?」
「少ない友人としての忠告さ。それと、お探しの人を見つけたよ」
そう言いながらプリントアウトされた紙を受け取る。
「まさか灯台もと暗しとはな」
「ロープライスの君とは違って、彼女はお金持ちみたいだね」
「金って奴は程よく稼いで程よく使うのが一番なのさ」
しかしまさか今サオリを寝泊まりさせているホテルのスウィートに不二子ちゃんまで泊まっているとは思いもしなかった。こりゃ泊まる場所を変えた方が良いな。
情報料に色を付けて支払い、おれはサオリを待たせているカフェに向かった。
「……なんでアンタがここに居る」
「まぁ、そう睨みなさんなって」
「あ、あの、おかえりなさい…」
サオリの対面に座るルパンに警戒心を向けながら言い放つ。
流石にまだ14歳。胸は大きいがまだ子供のサオリに手を出すとは思いたくはない。……クラリスの件があるから不安になってきた。
「不用心だぜ? 女の子をひとりで待たせちゃ」
「白昼堂々一般人巻き込んでドンパチするバカは居ないだろう。しかもこの辺りはガルベスの庭だ」
「詰めが甘ぇよ。カウンター席の客。隣の女の影に隠れて、ずーっと此方を見てたぜ」
「ケッ。面白くねぇ」
サオリの隣にドカリと座り、店員にアイスティーを注文する。
「で。なんでここに居る」
「なぁに。噂の子猫ちゃんの顔を拝んでみたくってな」
「もう少しマシなウソを吐くんだな。峰 不二子の情報を探しに来たんだろ?」
この辺りは情報屋が多い。いくらルパンでも全部自分で探し出した訳じゃない。と、思いたい。
「峰 不二子? だーれかなそりゃ。お前さんの新しいガールフレンドかい?」
「ダチを殺した相手を探して。恋人のその女を探している。違うか?」
「……何を知ってる」
ルパンから僅かに敵意が漏れてきた。気安かった声もシリアスに変わった。
物語として知っているからというかなりズルいアドバンテージだが、あいにく物語の世界であってもここは現実だ。確証のある情報しか吐かない事にしている。記憶も少し怪しいからだ。だから――。
「おれが知ってるのは不二子の居場所だ」
そう言ってベニーから手に入れたプリントを折り畳んだ紙をルパンに投げて寄越す。
「それともうひとつ。例の鍵がガルベスの所に渡りそうだ。その前に在処を突き止められなかったら、中身を見せてもらうぜ?」
おれがマフィアを壊滅させて手に入れた密輸ルート。それを譲る代わりに斬鉄剣を取引する。骨董収集にも金が掛かるからな。
気になって調べてみたらビンゴだったわけだ。
「可愛いげのねぇガキだぜ」
「挑戦状と受け取って欲しいね」
賭けの条件を変える為に不二子ちゃんの情報は充分代金になるだろう。あとはルパンが斬鉄剣の在処を突き止められるかどうかだ。
「フッ。あんまり大人をからかうと、あとでこえー思いをするぜ?」
「上等。ナメられるよりマシだ」
立ち上がるルパンにコインを、親指で弾いて投げ渡す。
「ガード代だ。コーヒーは奢らせて貰う」
「パッパよりは可愛いげのあるワンちゃんだな」
ひらひらと後ろ手を振りながら店を出ていくルパンを見送る。
運ばれてきたアイスティーの次にハンバーガーを頼んで待つ。
「あ、あの…」
「大人の話だ。余計な首は突っ込まないのが長生きのコツだぜ?」
「……狙われているんですか?」
「人質を取らねぇとガキとも撃ち合えねぇ腰抜けどもさ」
タバコを吸う為に、先程までルパンが居た場所に座り直す。
「どうして、ここまでしてくれるんですか?」
「手前ぇの都合だ。気にするな」
実際、ガルベスとやり合う時に邪魔にならないように、今は彼女を守ってるだけだ。助けた手前、ガルベスがお縄になるまでは面倒を見る。そのあとの事はパッパとルパンの身の振りがわからないとなんとも言えない。
「飯食ったら今日は帰るぞ」
「は、はい」
次の宿も探さないとならないし。色々と忙しくててんてこ舞いだ。
帰り道で尾行されたが、それを撒いてホテルに戻る。
フロントでルパンと擦れ違った。隣には女が居た。
生の不二子ちゃんは、……美人だったとだけ言わせてもらおう。
てかあれが下手するとまだ10代くらいだと噂のある女の色香かと思うと末恐ろしいものを感じた。見掛けというより雰囲気が、存在感が色っぽかった。あれじゃあ世の中の男は騙されても仕方がない。
あんなセクシャルアダルティーな10代女子が居てたまるかと言いたいが。それを言ったら自分はミドルティーンのガンマンだ。
正確な歳なんてわからないから気分で言ってるだけだけどね。
◇◇◇◇◇
ブラッドの死。アイツが誰に殺られたのか、アイツが盗んだだろうクラム・オブ・ヘルメスの手懸かりを探して、アイツの女を探すことにした。
そうしたらあの子犬が居やがった。しかもガールフレンドが出来たって噂はマジだったらしい。フィアットなんてかわいい車に乗っちゃって。かわいいのは見掛けだけじゃなくて趣味もらしい。
アイツが路地裏に向かうから時間をズラそうと、ガールフレンドに声を掛けることにした。
しっかし、かわいい顔してアイツも男だね。おっきいのが好みか。
ブラッドの女の居場所を先に突き止められたり、鍵の動きも把握している手際は認めてやるが面白くねぇ。まるでこっちの考えを見透かされてる様で嫌な気分だった。
あのガキの考えが見えて来ねぇ。それがどうにも引っ掛かって仕方がなかった。
◇◇◇◇◇
あまり来たくはなかったが。次の宿は中華街に程近いホテルだった。不二子の泊まるホテルからは離れた場所にあるからガルベスの目には留まり難いだろう。
タバコが切れたから買いに出た先でとんでもない物を見てしまった。
茶色のトレンチコートに帽子。縄の付いた輪っぱで人を一本釣りする日本人。
生のとっつぁんだった。
マジでか。いやいやいや。まだ自分ととっつぁんには縁がないから大丈夫かと思ったら、とっつぁんが捕まえた男の腕からすっぽ抜けたヤクの包みが腕の中に降ってきたのだ。なんだこの奇跡的なホールインワン。まったく嬉しくねぇ。
「日本警察の銭形だ。その小包を渡して貰おうか?」
「言っておきますが、おれは無関係だ。欲しければどうぞ持っていってくれ。ヤクの不法所持でしょっぴかれたくないんでね」
ヤクの包みを渡しながら無関係なのを示す。いや今回マジで無関係だから。
「日本語? 坊や日本人か……?」
誤解を招かないように伝わりやすい日本語で話す。英語を覚えてから日本語を話すのは久し振りだ。
「さて。それより署に電話した方が良いんじゃないですか? あと、タクシーのおっちゃんも待ってますよ」
「おっとしまった。元気でな坊や」
敬礼して去っていくとっつぁんに敬礼を返して帰路に着く。
っぶねぇ…。サオリが留守番してる時で助かったぜ。とっつぁんにサオリを重要参考人として連れていかれても困るからな。
次元、ルパン、不二子、とっつぁん。
あとは五エ門が来ればルパンファミリーをコンプリートだ。
「……嵐の前の静けさ、か」
口に咥えて火を点けたタバコからゆっくりと立ち昇る紫煙を見上げる。
風のない空へと昇る煙は真っ直ぐ伸びて消えて行くのだった。
to be continued…