ホテルで降ろされたおれたちは、互いに無言で部屋に入った。
タバコを吸う為に擦ったマッチの音が厭に響く。
ソファに座ってぼけっとしながらタバコを噴かしていると、マッチを擦る音が聞こえた。
「っっ、ケホッケホッ、ケホッ」
「なにやってんだ?」
「ケホッ、ぅぅっ、ケホッケホッ」
タバコの吸い方も知らないのに、咽返るサオリの背中を撫でてやる。思いっきり肺に吸い込んだ反応だ。まぁ、誰もが一度はやる。おれも前世で経験した。
「い、いた…い……っ、ケホッケホッ」
「吸い方も知らないのに吸おうとするからだ。アホ」
咳の落ち着いた彼女はショボくれた様子を見せ――いきなり服を脱ぎ始めた。
「お、おいちょっと…!」
着ているのはTシャツにジーパンだから脱ぐのは早い。Tシャツに引っ掛かった胸がばるんばるんしよった。
下乳しか隠れていなくて、上は殆どレースでスケスケ。パンティも大事な所しか隠れていない攻め仕様。これで一番リーズナブル。入る店を間違えたかな? セレブの感覚は一般ピープルにはわからんね。
でもムフフな雰囲気じゃない。サオリはそのままクローゼットを引っくり返すように開け放つと、中からおれの服一式を取り出していそいそと着替えた。
マジで何がしたいんだ?
「ど、どう、ですか……?」
深く被った帽子のつばを持ち上げ、なんで顔を赤くする。
「……その服と帽子はな。おれのガンマンとしての誇りなんだ」
「っ……!?」
そう言うと怯えたように身をガチガチにする彼女。ビビるなら最初からやるなと言いたい。
「……わたしは、…わたしも……っ」
「…………ほれ、後ろ向け」
懐からホルスターに収まったM10を取り出す。
少し細めのウェスト、ヒップは見掛けより実際は大きい。
ホルスターをベルトに引っ掛けてやれば終わりだ。
「……次、こっち向け」
「はい…」
此方に向き直った彼女の首に、自分の首もとから外したネクタイを巻いて縛ってやる。ネクタイピンのオマケ着きだ。
「帽子ももう少し目深く被れ」
「んっ…」
服のヨレも直してやれば、格好だけは出来上がりだ。
「で? なんのマネだ」
「……あ、あなたの…」
「成る程。そいつは面白いな」
「っ…!?」
「腰が引けてるぜ? カウガール」
もう数えるのもバカらしいくらいに繰り返した、腰から抜いたマグナムの銃口を額に突きつけてやる。
「…それでも、わたしは…っ」
後ろ腰からM10を抜いて腰溜めに構えるサオリ。
「……銃を構える時は両手で構えろ」
「両手で……」
鏡合わせで見せる様にマグナムを両手で握って構える。
「肩の力は必要最低限。でないと撃った反動で肩を痛めるぞ」
「こう、ですか…?」
「そうだ」
そして親指でハンマーを起こす。
「素人がダブルアクションで撃つと狙いがブレる。撃つときはシングルアクションで、身体の中心を狙え。そうすれば多少狙いがズレても身体の何処かには当たる」
振り向きながら引き金を引く。マグナムの銃声が響き、窓ガラスを砕き、外に居た何かを撃ち抜いた。
「伏せろ!」
「きゃあっ」
伏せろと言っても彼女が反応しきれないのはわかっている。
ベッドに押し倒して身体を伏せさせれば、窓から銃弾の嵐が舞い込んだ。
「チィッ、嗅ぎ付けて来たか…!」
チャイニーズ・マフィアなら、中華街に程近いこのホテルを嗅ぎ付けてもおかしくはないが、思ったよりも動きが早い。考えられることは、これは最初から計画的な動きだと言うことだ。
「ここで大人しくしてろ」
「は、はい…」
銃撃が一度止んだ。恐らくマガジンを撃ちきったリロードタイムだろう。
武器だけはいっちょ前だが、扱いが素人だ。複数人居るなら絶えず銃撃出来るようにリロードのタイミングは外すのが常套だ。
銃撃の音からして5人。さっきのひとりを含めて6人か。
「く…っ」
飛び出しながら窓の方に向けてマグナムを撃つ。
「がっ」
「ぎゃっ」
「ぐあっ」
手応えは3つ。これが次元なら5人軽く撃ち抜いているって言うのにっ。
反撃の銃撃を物陰でやり過ごしながら弾をリロードする。
廊下に続くドアを蹴り飛ばして、転がり出る。
視界の左端で何かが光る。
マグナムを向けて引き金を引く。聞こえた銃声は、マグナムの2発。
「っぐ、くぅっっ…!!」
マグナムが床に落ちる。
視線の先には、マグナムを構えている男が居た。また白人だ。
「次元の子犬と聞いたが、所詮は子犬か」
「なにもんだ、手前ぇ…っ」
血の滲む左腕の痛みを噛み殺しながら、マグナムを持つ白人を睨む。
「俺はルチアーノ。お前のパッパとは古い馴染みだ」
「ケッ。親の因縁をガキに持ち込むんじゃねぇよ…っ」
事情持ちの女の次は、因縁ある敵のご登場とはお約束過ぎて涙が出てくる。
「ザルツの雇われか?」
「さて。これから死ぬお前に教える気はねぇな」
「そうかい…っ」
ルチアーノの射撃は次元のそれより遅い。
右手でマグナムを抜いて、ルチアーノのマグナムを撃ち落とす。空かさずに部屋の中に飛び退き、ベッドに押し倒したサオリを引き起こす。
「裏の窓だ!」
彼女を先に行かせて、裏手の窓を撃ち抜く。そこなら隣の建物の屋根があるから逃げる事が出来るはずだ。
あとに続こうとした時、銃声と共に足が崩れ落ちる。
右足から血が流れ始める。
「ちくしょう…! おれのマグナムを…っっ」
ルチアーノが握る銀色のマグナム。それはおれの落としたマグナムだった。
「ノワール……!」
「行け!!」
「っ、やぁ…っっ」
「走れっっ!!」
「っぅぅぅ」
動こうとしない彼女に怒鳴りながら睨み付ける。振り返りながらマグナムを構えるが、ルチアーノに蹴り飛ばされた。
「お嬢様。大人しく付いてくるなら、このガキの命は助けてやる」
「っ…!?」
「バカ野郎! 罠に決まってるだろ! 早く行けっ、があああああっっっ」
サオリに逃げるように言うおれの足を、ルチアーノは踏みつけてきた。ただ踏まれるならまだしも、掠めたとはいえ撃たれた傷は生理的な悲鳴を出すには充分だ。
「さぁ。どうするお嬢様? 別に俺はこのままガキを撃ってお前を捕まえても構わないんだぜ?」
そう言いながらルチアーノはおれにマグナムを向けながら彼女を脅す。
「……なんのマネだ? お嬢様」
「…彼から、離れて…っ」
ルチアーノにM10を向けるサオリ。教えた通りに銃を構え、ハンマーを起こす。構えだけなら先ず先ずだ。
「本気かお嬢様? 死なない程度に痛い目見たいのかな?」
「……離れろって、言った…!」
銃を構える彼女は真っ直ぐに、震えることなく銃を向け続けた。
そして一発の銃声が響いた。マグナムの銃声だ。
「っぐ、なにもんだ!!」
「相変わらずだな、ルチアーノ」
声の主はおれの撃ち抜いた窓からマグナムを構えていた。
「次元……っ」
2回もマグナムを撃ち落とされて流石に手を痛めたのだろう。
次元を睨み付けるルチアーノ。
丸腰になったルチアーノに向けてサオリが銃の引き金を引いたが、ルチアーノは銃撃を避けて身を引いた。
「ノワール…っっ」
「喚くな。掠り傷だ」
「ほれ、消毒液だ」
「お高い消毒液だこって」
パッパからバーボンの瓶を受け取って、それで傷を洗う。
「ぅっ、ぐぅぅぅっっっ」
銃撃で傷を負ったのは久し振りだ。
傷口をキツく絞める事で痛みを誤魔化す。
「外は?」
「あらかた片付けたさ」
「流石パッパ。手が早い」
「パッパ言うな。あとな、俺は奥手なんだ」
「嘘おっしゃい。いっっ、もう少し優しく扱ってくれよ。痛てて」
パッパの腕を借りて立ち上がる。酒が傷に染みるぜまったく。
「ほら、お前さんのオンナだ」
「ああ」
次元からマグナムを受け取る。上手く弾いたもんだ。マグナムも掠り傷だった。
「なんなんだ、あのクソマグナム野郎は。パッパの馴染みとか言ってたけど?」
「ルチアーノは昔殺り合ったやつだ。アイツも殺し屋でな。殺す相手と同じ得物を使うのさ」
「変わった殺し屋も居たもんだ」
血で汚れた服を脱ぎ、クローゼットから新しいシャツとジャケットを出す。
青のシャツに白ネクタイ。カリ城パッパの組み合わせだ。
「っっ。ネクタイが」
撃たれた腕の痛みでネクタイが上手く結べなかった。
「ほら、貸してみろ」
「あ、うん…」
パッパにネクタイをひったくられ、結んで貰った。帽子も適当な位置に被せてくれる。そしてベルトにマグナムが収まるホルスターも引っ掛けてくれた。
「フッ。似合うぜカウボーイ」
「カウボーイじゃねぇ。ガンマンだ」
パッパから差し出されたタバコを1本受け取り、口で咥えると火を点けてくれた。
「連中の寝床はわかったの?」
「ああ。チャイナタウンを抜けた先。今じゃ廃れた海運会社のあった小さな船着き場だ」
「成る程。ヤクを流すにはうってつけってワケか」
右手でマグナムを抜いて構える。好調には少し劣るが、それでも傷を負った左腕より断然マシだった。
「……ところで。いつからカウガールを拵えたんだ?」
「おれのマネだと」
「成る程。良いオンナだ」
「あ、あの……。わたし…っ」
話題が自分に向いたからだろう。なにか覚悟を決めた声をサオリは発した。
「好きにしな。だが、お守りはしねぇぞ?」
彼女に向けて次元が言い放つ。
それに彼女は頷いた。
「わからんね。自分のオヤジを撃った男に付いて来ても一文の価値にもなりゃしねぇのに」
「だからお前はガキなんだよ」
「なにがだよ。だいたいねぇ。手ぇ出したら犯罪でしょうが」
14歳の女の子に手を出したら世間一般的にロリコン扱いだ。
「それでも受け入れてやるのが、男の甲斐性ってヤツさ」
そう言うと、パッパは部屋から出ていこうとする。そのあとをおれも追おうとするが。
「その足じゃ、もう少し大人しくしてろ」
「ちょっと。どこ行くんだよ」
「酒が無いから買ってくる」
確かに今の治療で盛大にパッパのバーボンは消費されてほぼ空っぽだ。
だからって襲撃直後でケガ人置いていくような薄情ものじゃない。とはいえ自分の命は自分で守るのがおれたち裏社会の決まりだからなぁ。
「いっっ…。……あぁ、悪い」
「んっしょ……」
サオリに肩を借りてソファに座る。転がってるグラスを立てて、バーボンを注ぐ。
「暇なら弾込めとけ。一発が手前ぇの命を分けるんだからな」
「はい…」
マグナムのシリンダーを出し、使った弾を交換する。
「あっ…」
ポロポロと弾を落とす彼女を横目に、弾込めを終える。
サオリにM10用の弾を持ってこさせる。箱を受け取るが、腰を上げようとして足の痛みで顔を顰める。
「大丈夫、ですか……?」
「この程度、つばでも付けときゃ治るわ」
痛いのはノーセンキューだが、こういう痛みが生きているんだって実感させてくれる。
「どうしたんだ?」
シリンダーに弾を込めようとする彼女の手が震えていて、弾が込められていない。
「……コワかった…、です…」
「恐いと思うなら上出来だ」
おれの腰掛ける隣に座ると、手を絡めてきた。震えているから手を握るのにも手間が掛かった。
「…わたしは、コワい」
「そうかい」
「……ノワールは?」
「どうかね」
恐いには恐いんだろう。命を賭けた銃撃戦が素面で出来るわけがない。だからおれは半端者なんだ。恐いって感情を、次元のマネをして誤魔化してるだけだ。
気紛れ。というよりは手前勝手なポリシーで助けた女の子が偶々厄介な種だったが、親の因縁に子は関係ない。
「お、おい…!」
「教えて、くれますか…?」
「……そういうのはあと5年したら覚えるんだな」
タバコを咥える彼女の口からタバコを奪って、咥えて火を点ける。タバコは二十歳からだ。
口からタバコを奪われて、代わりに柔らかい感触がした。
「バカか。こういうのはムードと相手を選べ」
「わたしは、構いません……」
そしてもう一度、唇に柔らかい感触がした。
to be continued…