寝息を立てて、膝の上にあるサオリの頭を撫でてやりながらちびちびとバーボンを飲む。ストレートだから飲み辛い。ウィスキーはハイボール派だし、普段はサワー系かビールはスーパードライ派なんだ。
「なんだ、なんともなかったのか? つまんねぇなぁ」
「なんともあってたまるか。エロオヤジ」
確かに今の時代の14歳って考えたら出るとこ出て引っ込むところ引っ込んでますよ。平均的な14歳に真正面からケンカ売ってるスタイルしてますけどね。
14歳でもウ=ス異本ならOKだって?
知るか。今は
「カーっ!! おめぇそれでも男か? 金タマ付いてんのか!?」
「うっさい!! 余計なお世話だっつの!」
彼女の頭をそっと降ろして、ソファから立ち上がる。
「これから人を撃とうっていう手で、女が抱けるかバカ」
「細けぇなぁ。女の覚悟も汲んでやるのが男ってもんだぜ?」
「だったら男でなくても構わないさ」
マグナムを収め、左肩を回す。引き攣る痛みを堪えてよれたジャケットを直す。
「なら何になるってんだ?」
「決まってるだろ」
腰から抜いたマグナムで帽子のつばを押し上げて、片目だけを次元に見せながら答えを出す。
「ガンマン、だ」
「ケッ。カッコつけやがって」
「男はカッコつけて生きるもんだって教わったんでね」
「へぇ。誰にだ?」
「さて。誰だったかな」
部屋から出ていく次元に続いて、おれも部屋を出る。
フィアットの運転席に自分。次元は助手席だ。
場所がわかっているなら、あとは向かうだけだ。
「ルチアーノとはおれがケリをつける」
「勝手にしろ」
「勝手にさせて貰うさ」
車を走らせ、目的の船着き場へと向かう。
「だがな。仮にもルチアーノはプロの殺し屋だ。半人前のお前に勝ち筋が見えてるのか?」
「だからさ。アイツは殺し屋だが、
そんな相手に撃ち負けてこのまま引き下がっていられるわけがない。1発お見舞いしてやらなくちゃ腹の虫が治まらないってやつだ。
「おれに勝ち筋があるとすればそこだけだ。違うか?」
「ま、わかってんのなら何も言わねぇよ。好きにしな」
「あいよ」
そう、相手によって得物を代えるなら、コンバットマグナムの扱いにはおれにだって一日の長があるはずだ。
それに、反射神経や反応速度はこっちがおそらく上だ。
部屋から転がり出た時。向こうがおれの姿を認めて引き金を引く前に、おれは銃を向けることが出来た。若いっていうのはこういうときは便利だ。
「…ひとつ訊いて良い?」
「なんだ?」
「ルチアーノと撃ち合って、勝つ自信ある?」
「フッ。答える必要があるか?」
「ま、そうだよね」
「だったら訊くなよ」
つまりそういう事だ。なら、おれにも勝ち筋がある。
船着き場の入り口から少し離れた裏道に車を停めて、あとは徒歩だ。
「見張りは、3人か」
「手下は問題じゃねぇ。ルチアーノには注意しなきゃだがな」
「オーライ。それじゃ」
「おっぱじめようぜ!」
物陰から飛び出し、寝静まる闇の中でマグナムの銃声が響いた。
◇◇◇◇◇
「っ、ぅぅ……はっ!?」
周りを見渡すと、もう夜だった。
「ノワール……?」
部屋の中を見渡しても、誰も居ない。
「どこ……?」
銃弾で穴だらけの荒れた部屋は少しだけ肌寒い。
「ノワール……」
ノワールがくれた銃をテーブルの上から取って、腰のホルスターにしまう。
なにかが爆発している音が聞こえていて、空が少しだけ赤くなっている。
「……バカ」
ホテルから飛び出して走り出す。
「置いて行かないでって、言ったのに……っ」
言ってもダメなら勝手に付いていく。だから待たない。
◇◇◇◇◇
「カーッカッカ! 随分とハデに吹っ飛ばしたな」
「燃料缶でもぶち抜いたんだろ」
弾をリロードしながら次元に返す。轟々と燃え盛る炎と、鼻につくガソリンの臭い。流れ弾か何かが当たったのかもしれない。
しかしこれで光源が出来たから戦い易くはなった。
「数ばかりはいるけど、まるで七面鳥撃ちだ」
「弱小マフィアの残党だからな。腕は期待すんな」
物陰から物陰に転がりながら、サブマシンガンを撃ってくる相手に向かってマグナムを撃つ。
チンピラやゴロツキ相手なら武器を撃つが、相手は仮にもマフィアの構成員だ。
武器を撃つ他にも腕や足を撃つ。
掠める程度の軽傷を負う運の良いやつも居るが、直撃すればエグい肉の抉れ方をする。
「弾足りるかなコレ」
「数だけは居るタイプが一番面倒だからな」
一撃一殺の次元に倣うように自分も一撃必倒を心掛けているが、それでも殺さないようにしているから無駄弾が出る。
「いちいち相手にしてたらキリがねぇや」
「んで? どうするんだ、カウボーイ」
「どたまブチ抜きゃ済む話だ。あと、カウボーイじゃない。ガンマンだ」
とはいえサブマシンガンでドカドカ撃たれていると顔を出す暇がない。
「俺が隙を作ってやる。そうしたら飛び込め」
「そういうのは大人の仕事じゃないの?」
「これも練習だ。ほれ、行ってこい!」
「おれは犬じゃねぇっ」
次元が酒ビンを投げ込むと、それにつられて銃撃が散る。
物陰から躍り出て、マグナムで片っ端から見えている相手の武器を撃ち落とす。丸腰になった敵を撃つのは次元だった。
「これで一段落か」
「ザルツも探さないと。これ以上ウロチョロされても堪んないからね」
弾をリロードしながら次元と合流する。周りにはザルツの手下たちが転がっていた。
構成員全部相手にしても弾代が掛かるばかりだ。だから頭のザルツを探し出して終わりにさせる。
こちとらこれからルパンやガルベス相手にデカい山が控えているんだ。後腐れがないようにスマートに終えたい。
「っ、次元後ろ!」
「くぬっ!?」
次元の後ろで動いた人影に向けてマグナムを撃つ。
聞こえた銃声は3発だった。
「ぐっ……!」
「……背中からとはな。だがそれが手前ぇの限界だ、ルチアーノ」
右肩を押さえるルチアーノ。身を捻って脇の下からマグナムを撃った次元。そしてルチアーノが撃った弾丸を撃ち落とした。肩を撃ったのはおれだ。
「次元…」
「言ったろ? 好きにしな」
そう言って次元は身を譲って、おれはルチアーノと対面する。
「立ちなルチアーノ。サシで勝負だ」
「く……っ」
おれの言葉に従って立ち上がったルチアーノを見て、おれはマグナムを腰に収める。
対するルチアーノは撃たれた肩を押さえながら、右手のマグナムを捨てた。
「ま、待ってくれ。俺はザルツに金で雇われただけだ。二度とお前の前に現れないと誓う。だからな? 見逃してくれ」
「はぁ…?」
「ふぅ……」
銃を捨てたと思ったら、やられたのは命乞いだった。
そんなルチアーノに次元は呆れた様に息を吐いた。
「またそれかルチアーノ。お前ぇ恥ずかしくないのか?」
「るせぇぞ次元! 命あっての人生だろ?」
「プライドを捨ててまで生き延びたいとは思わねぇよ」
恥を捨てて命乞いをされた事などなかったため拍子抜けしてしまった。
確かに命あっての物種とは言うものの、こんな調子で良く裏社会で殺し屋なんてやってこれたなと思う。
「どうするノワール? 煮るなり焼くなりはお前ぇさんに任せるぞ」
「どうって言われてもねぇ……」
完全にシラけた。腕のお礼をするつもりだったが、ルチアーノも1発受けている。差し引きゼロになったが、不完全燃焼だ。
「はぁ……っ。気が変わらねぇウチにとっとと消えな」
一応無抵抗になった相手だ。そんな相手を撃つ様な人間にはなりたくない。だから腹の虫が治まらずとも、仕方がないから銃を収める。
「そ、それじゃあ、あばよ」
「っ、避けろノワール!!」
次元がそう叫んだ時、サーチライトに照らされ、そしてマシンガンによる銃撃の嵐が襲ってきた。
首根っこを引っ張られて次元と物陰に隠れられたおれだったが。移ろう視界の片隅で、弾の衝撃によって死の舞を踊るルチアーノを、おれは見てしまった。
「まったく。とんだ外れを引いたもんだ」
「っ、ザルツか!?」
「昼振りだなノワール。お嬢様を渡す気になったか?」
「ノーセンキューだこの野郎」
「そうかい。ならそこで死んで貰おうか。心配しなくても、彼女には良い暮らしをさせてやるよ」
「それもノーセンキューだクソ野郎」
物陰から躍り出て、先ずはサーチライトを潰す。
銃撃を掻い潜ればマグナムの銃声が聞こえる。
サーチライトが次々と潰され、暗闇の中に紛れながら近付き、ザルツの目の前に転がり出る。
「よう、ザルツ。辞世の句は考えてあるか?」
マグナムを向けながらそう言い放つ。サーチライトの灯りはすべて消え、再び炎の照らす淡い光だけが今のおれを照らし出す。
「くっ…っ。おい、さっさとこのガキを殺さねぇか!!」
そうザルツは叫ぶが、誰も返事を返さなかった。
「無駄だ。他の手下はみんな次元が片付けちまったからな」
サーチライトを操作したり、おれを銃撃していた手下たちは次元が片っ端から撃ち倒した。
「おれたちを消す気なら、もう少しマシな手駒を揃えるんだったな」
「ちっ。黄色い猿どもが。どいつもこいつも…っ」
「フッ。辞世の句にしちゃ洒落てるな」
指でハンマーを起こす。狙いは額だ。
「まっ、待て! てめぇは人を殺せねぇんだろ? それに組織も潰れちまった。これ以上やり合う理由はねぇだろ?」
「だから?」
「ま、まず、今回の手付けに10万ドルやる。今後関わらない約束で1000万ドルをやる。どうだ? ここで見逃してくれたら1010万ドル手に入るんだぜ? これでお前も自由の身だ。1000万ドルもあれば遊び放題だぜ?」
「お前は勘違いしてるよ、ザルツ」
「な、何をだ…?」
「いくら積まれても、おれに首輪を掛けられるのはこの世でただひとりだけだ。そして、お前はおれのポリシーに触れた。さらに言えばな、おれは人を殺さないだけで、殺せないわけじゃない」
「ま、待て、待ってくれ! 1000万ドルだぞ!?」
「男ってのはな、金じゃねぇんだよ」
「待――っ」
引き金を引くと共に、耳に響く銃声。弾け飛ぶ火薬と煙り。
白目を向いて倒れるザルツ。吐いた血反吐が顔に掛かるが、釣り上げられた魚の様にピクピクと震えている。つまり死んでない。
ザルツに撃ち込んだのは空砲だ。それでも脳震盪で伸びる程度には威力があるが。
「遅かったな……」
視線を向ければ、そこには肩で息をしているサオリの姿があった。
「なんでっ、置いて、行ったんですか……っ」
「ガキを鉄火場に連れて行けるわけがないだろ」
「お前もガキだろ」
「うっさいよパッパ」
今カッコつけてる所なんだから邪魔しないで。
「おれたちのケリは付いた。あとは自分のケリを付けな」
「え…?」
「……こいつは決して殺しをやらねぇ。お前のパパを殺ったのは、そこで伸びてるザルツだ。マフィアの権力争いなんて珍しいもんじゃないがな」
「コイツが、パパを……ママを…っ」
次元が事の真相を告げる。確かにおれも人は撃つ。だが殺さない様に撃つ技術を次元から徹底的に仕込まれている。当たり所が悪いってこともあるかもしれない。それでも撃たれた相手が死なない場所を極力撃っている。自信がないときは武器を撃って動きを止めて撃つということもしている。
まぁ、出血多量で死ぬこともあるかもしれないが、そこはもうおれの認知外だ。
「パパの仇を討ちたいなら好きにしな」
そう言っておれはマグナムをしまって歩き出し、彼女と擦れ違う。
その時、背中に小さな衝撃が走った。サオリが背中に抱き着いて来たからだ。
「どうした?」
「……別に良いの。ノワールが撃ってくれたから」
「アイツはまだ生きてるぞ」
「…殺したら、ママが大変だった分を味わわせられないもん」
「フッ。こえー嬢ちゃんだな」
箱入り娘っぽさのある彼女だが、潜在的に良い性格をしているのだろう。コワい娘というパッパの感想に同意する。
「それに、まだ、キレイなままでいたいですから」
「は…?」
「ククク。とんでもねぇオンナを引っ掻けたな」
「笑い事かよ」
「約束を破ったのはノワールですからね?」
背中にあった彼女の腕が腰に回され、ぎゅっと力を込めて締められた。
「二度と離さないから」
「カッハハハハ。よかったなぁノワール」
「何処がだ」
背中にしがみつく女の子を引き摺り、口を開けて笑うパッパを連れながら炎をバックに歩く。
なんとも締まらない一枚絵にENDってつきそうだと思いながら、フィアットに乗り込んで夜の街に走り出した。
「ノワール…」
「なんだ?」
「ありがとう…」
to be continued…