※先日、一度続編として投稿・掲載してしまいましたが、短編として投稿しなおしてます。既に読んでくださっている方はすみません。
わたしの名前は月読調。
年齢は15歳。
好きなものはマリアに暁切歌こと切ちゃん、そして298円のカップラーメン。
わたしは両親の顔を知らない。
捨てられていたかどうかすらはっきりしないけど、その時身に着けていた調神社のお守りがわたしの名前の由来。
でも、わたしには姉さんのようなマリアがいるし、姉か妹かどっちともつかないけどとても大切な切ちゃんもいる。
だから全然さびしくなんかない。
でも、この事の発端は、その切ちゃんだった。
「お互いに水着を買いに行って、サプライズでお披露目するデース!」
今度みんなでプールに行こうとなったとき、切ちゃんはそう言った。
確かにわたしたちはいつも一緒だったから、たまには別々に買い物をするのもいいかも。
そして買い物当日、
「スポンサーげっとデース!」
ウキウキと切ちゃんはマリアとの待ち合わせに出かけていった。
じゃんけんで負けたわたしが悪いわけで、別に水着を買うお金がないわけではないけれど。
でも、一人で買い物はちょっとやだな。
そう思ったわたしだったけど、二つ返事で了承してくれそうな響さんは、先日から、
『へへ~、今度の日曜は、久しぶりの未来とのデートなんだ♪』
だそうだから、さすがに邪魔をする野暮天にはなりたくない。
そういうわけで、身支度をしたわたしは、もう一人の知り合いを頼ってみることにした。
「ああ? 今から買い物だぁ?」
雪音クリスさん。
わたしたちの先輩にあたる装者で、口調は乱暴でぶっきらぼうだけど、とても面倒見が良い。本当はピュアで優しい人だと思う。
ダメもとでわたしが訪問したにも関わらず、次にクリス先輩は素っ頓狂な声を出した。
「そういやあたしも今日は買い物に行く日だったわ」
ここで突然だけど、最近わたしは特殊な力を得た。
わたしは声の色が見えるようになったのだ。
いわゆる共感覚と呼ばれるもので音を聴くと色が見えるという「色聴」かと思ったけど、一度こっそりエルフナインに訊いてみたら、厳密には違うみたい。
というのも、共感覚とは無意識で作用する能力らしくて、わたしの場合は自分でかなり意識しないと見えない。
シンフォギア装者としての何かしらの素質的なものが開花したのかも。リンカーの副作用による一過性のものであることも否定できません―――エルフナインが言っていた。
まあ、寝てるときも起きているときも声の全部に色が付いて見えたら鬱陶しいかも。
見ようと意識しなければ見えないので、わたし自身も特に気にすることもなく、マリアや切ちゃんにも相談していない。
そんなわたしが見る限り、クリス先輩の今の声の色は、少し透き通った暖かな黄色。
透き通った色はその人の素直な気持ちで、濁った色は嘘をついていたり不快に感じている気持ちなんだと思う。
色の種類と印象は、その人の感情だ。
声のトーンで誰でもある程度その人の気持ちを察することは出来るんだろうけど、わたしの能力はトーンの高低に関わらず、はっきりと色で見ることが出来る。
つまり、いくら声の抑揚をコントロールしてる人でも、裏腹な感情を持っていたら分かってしまうのだ。
ここいらへんも一般的な共感覚とは違うらしい。
そしてわたしの能力に当てはめてみれば、クリス先輩は突然のお誘いにも関わらず、わたしに付き合ってくれるようだ。
しかも、自分も買い物に行くつもりだったとわたしを気遣ってくれている。声が少し濁っているのはそんな嘘をついたから。
ああ、やっぱり優しい人だ。
「さて、どこから攻める?」
身支度を整えたクリス先輩と歩いていると、まるでノイズと戦いに行くみたいなことを言う。
吹きだしてしまいそうなのを我慢して、わたしは今度みんなでプールに行く話と、切ちゃんの提案を説明する。
「んじゃ、最初は水着か」
「見立ててもらえると嬉しいかも、です」
「任せときな」
笑うクリス先輩だったけど、急に不思議そうに眉を顰める。
「…おい、なんでさっきからあたしの少し前を歩いているんだ?」
「昔の人が言っていたの。先輩の一歩先を歩いて影を踏まず、って」
そんな格言はあったかな? と首を傾げるクリス先輩。わたしの説明はもちろん嘘っぱち。
身長はほとんど同じなのに、クリス先輩の身体は部分的にどうしてそんなに前に突き出しているの?
遠近法を駆使したわたしのささやかな抵抗を、笑いたい人は笑えばいい。
デパートの水着売り場に到着。
要塞級のエリアは急いで通過して、ジュニアコーナーに隣接しそうなエリアへと到着。
このサイズは、かっこいいというより可愛らしいものが多いような気がする。
色々と悩んだけれど、結局クリス先輩の選んでくれた一着に決めた。
胸の部分にたっぷりのフリルが盛られ、ある程度の戦力不足を誤魔化してくれる。
何か負けたような気もしなくもないけれど、とにかく可愛いからOK。
先輩の趣味は、結構わたしの好みと合っているのかも知れない。
「ありがとうございました」
「おう。可愛いやつ買えたな。こりゃ切歌のやつも驚くぜ」
「そういえば、クリス先輩は何を買うんですか?」
言ってから、ちょっと意地悪かなと思ってしまう。
「ん? おお、そうだな、新しい部屋着が欲しいと思ってたところさ。また少し胸がきつくなってきてさ…」
困ったようなイメージを示す緑の透き通った声の色が返ってくる。
ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ燃え立ったドス黒い感情を飲みこみ、わたしは笑顔で言う。
「それじゃあ、今度はわたしが見立ててあげます」
ルームウェアを扱うお店の軒先で、わたしは驚愕に立ち尽くす。
…こ、これを纏うことが出来る人類は、そんなにたくさんいるのッ!?
クリス先輩のサイズを聞いて顎が壊れかけたけど、そんなサイズの服が幾つも売られている事実に、わたしは心の底から驚いている。
ひょっとして地球は既にインベーダーに侵略されていて、地球人とは違う宇宙人がたくさん紛れこんでいるのかも知れない―――。
以前、切ちゃんと見た古いSF映画のストーリーを頭の中でなぞってしまう。
「うん、こういうのがいいな」
クリス先輩が選んだのは、花柄の凄くキュートなもの。
きっと着たら似合うんだろうな、とわたしにも素直に思えるくらい可愛いやつ。
「うん、それでいいと思うの」
少しやけっぱちなわたし。
これ以上この売り場にいたら、異端文明の服の群れに溺れてしまいそう。
「んじゃ、これにすっか」
気軽に決めたクリス先輩が、レジで服を包んでもらっているときだった。
「あー、クリスちゃんに調ちゃん!!」
聞きなれた大きな声は立花響さんだ。
隣には当然のように小日向未来さんが立っている。
「な~に~? クリスちゃんも隅に置けないなあ。こっそり調ちゃんとデート?」
「ばっか、ちげーよ。買い物に付き合ってやっているだけだ!」
「またまた~。照れちゃうクリスちゃんも可愛いよ!」
基本的に気のいい響さんなんだけど、ときどき話が通じなくなることがある。
それがわかっているからこそ、クリス先輩も苦虫を噛み潰したような顔で切り返している。
「そういうおまえらこそデートなのか?」
「そうなの! そうなんだよ、クリスちゃん! 久しぶりの未来とのデート! これから遊園地にもいって、デラックスパフェも二人で食べるんだ~!」
「もう響ったら。デラックスパフェじゃなくて、ウルトラジャンボパンケーキでしょ?」
…見るまでなく、響さん、未来さんの声の色はギンギンのピンク色。
そうかい、そりゃ良かったな、とおざなりに返事するクリス先輩に、響さんは散々さっきまでのデート内容とこれからのプランを繰り返す。
隣の未来さんもニコニコと訂正したり補足してくるあたりが、ドン引きを通り越してちょっと怖い。
結局、二十分以上ノロケ話を聞かされたあと、わたしとクリス先輩は解放された。
二人を見送って、げっそりとした顔つきになったクリス先輩は言う。
「…飯でも食い行くか」
「はい…」
日曜日の昼時ということもあり、デパートのお洒落な店はほとんど満席。
一時間も待つのも嫌なので、結局フードコートの一角で、わたしたちはハンバーガーを買って食べることにした。
いつも食べているチーズバーガーだけれど、今日は少し贅沢をして二人分のメロンフロートをつける。
「ま、日曜の昼なんか、こういうので良いよな」
家族連れでごった返すフードコートを、少し羨ましそうに眺めながらクリス先輩はハンバーガーに齧りつく。
「そうですね」
わたしもハンバーガーは好きだ。まだF.I.Sに所属していたころ、一個百円のハンバーガーを大量に買い込んだこともある。
切ちゃんなんか、口の周りをケチャップだらけにして食べていたっけ。
「あ、先輩、口の周りに…」
「ん? あ、おう」
クリス先輩も食べ方は下手くそな方らしい。
ボロボロとひき肉がこぼれ落ちそうになって、とっさにわたしが紙ナプキンで受け止めている。
「…悪ぃな」
行儀が悪いというやつなのだろうけど、先輩の場合、コケティッシュにさえ見えてしまうのは何かずるいと思う。
そうこうしているうちにハンバーガーを食べ終えてメロンフロートへ手を伸ばしたクリス先輩だったけれど、予想通りにやってくれました。
ソフトクリームの先端に口をつけたら、ずるりと滑った塊が胸元へジャックポット。
「うわッ、冷てぇ!」
「先輩、ハンカチハンカチ」
「ちくしょう! 胸の谷間の深いとこまで入っちまったッ!」
「…………」
イエイエ、殺意ナンテコレッポチモ沸イテイマセンヨ?
どうにかアイスの塊を拭き取れたクリス先輩に、わたしは前々からの疑問をぶつけてみる。
「クリス先輩は、普段から何を食べたりしているんですか?」
「はあ? 普段って…まあ、あんぱんが多いかな」
あんぱんって。植物と砂糖でここまで大きくなるはずなんてない。
「それじゃあ、何かたくさん飲んでたりとかは?」
「ああ、牛乳は結構飲むぞ。あんぱんと良く合うし」
これは想定内。わたしだってお腹が痛くなるくらい毎日牛乳は飲んでいる。
となると、他に考えられる原因は…。
「先輩は、どこかの神社とかにお参りにいったりしてますか?」
苦しいときの神頼みってわけじゃないけれど、日本には八百万の神様がいるってこの間の授業で習った。
それくらいいれば、胸を大きくしてくれる神様がいてもおかしくない。
そしてクリス先輩は、その神様に日夜祈りを捧げているに違いないのだ。
でなければ、こんな身体格差の説明がつかない。
「神社にお参りなんて…正月くらいしか行かないぜ? 毎日拝んでいるのは、うちのパパとママのいる仏壇くらいだよ」
…それだ!
わたしは天啓を得る。
きっとそれが胸を大きくしてくれる神様、つまり乳神さまがおわすところに違いない。
「…今日の帰りに、先輩のおうちによって拝ませてもらっていいですか?」
「ん? ああ、構わないけれど」
せっかくだから映画でも見るか。
クリス先輩の提案に、わたしも素直に乗ることにした。
恥ずかしながら告白してしまえば、自宅でビデオを見たことは何度もあったけど、映画館に行くのは初めてだったりする。
「…くそう、どれも満席だなあ」
チケットを予約するための端末を操作しながらクリス先輩はぼやく。
アクションもの、恋愛もの、SFものとたくさんあるが、日曜の昼下がりということもあり、近い上映の回の人気作は根こそぎ満席らしい。
「あ、これならまだ席が取れるみたいだけど、どうする?」
クリス先輩が言ったのは、少し昔の映画のリバイバル上映らしい。
値段は安めに設定してあったけど、まだ満席にはなっていないようだ。
「じゃあ、それでお願いします。もちろんクリス先輩さえ良ければ…」
正直に言ってしまえば、特に見たい映画なんてない。ただ、映画館の雰囲気が味わいたい。そうすれば切ちゃんに自慢できるなんて考えている。
「そっか。じゃあこれにすっか。…あ、でも、並びの席は無理っぽいな」
「わたしは少しくらい離れていても別に大丈夫です」
数分後、クリス先輩の奢りで、わたしは映画館の中にいた。
結構真ん中の座席で、少し斜め後ろにクリス先輩。
わたしの両手には御馳走してもらったポップコーンとコーラまである。
クリス先輩が言うには、これが正しい映画の鑑賞スタイルだとのこと。
ポップコーンの甘い匂いに、氷がたっぷりのコーラなんて最高の贅沢。
これも帰ったら切ちゃんに自慢しなきゃ。
上映開始のベルが鳴る。
少しずつ劇場内が薄暗くなっていくのに、わくわくしてちょっと興奮してしまった。
でっかいスクリーンに、家では聞けない大きな音に面を喰らいながら、ポップコーンを頬張る。
肝心の映画の内容は、家も財産もなくして病気になってしまった中年のおじさんが、愛犬を連れて車で旅に出るロードムービーというやつらしい。
旅の途中で病気で死んでしまったおじさんに、愛犬がいつまでもくっついて離れない健気な姿に、わたしも鼻の奥がつーんとなって目が潤んでくる。
ぐすっ、うぐぐっ、と後ろの方で何かうるさいな、と振り向いたら、口元を押さえてボロボロと涙を零すクリス先輩がいた。
透き通った悲しい青色の声を見なかったことにしてわたしはスクリーンへと向き直る。
本当にいちいち可愛い人で困る。
映画が終わり、場内は明るくなると、クリス先輩は猛ダッシュで飛び出していく。
トイレかな? と思ってわたしは先に場外に出たけれど、15分以上経ってもクリス先輩が戻ってこない。
さすがに不安になってきて、携帯電話に連絡してみようかしら、と弄っていたら、ようやくクリス先輩が出てきた。
「いやあ、トイレが凄く混んでいてさ。結構面白い映画だったよな。なあ?」
洗ったみたいに凄くさっぱりとした顔をしてるけど、そんな真っ赤な目で言われても。
それじゃあ帰るか、と二人でデパートを出た矢先、ぷっぷーと背後から車のクラクション。
振り向くと、おっきな車から見覚えのある男の人は半分身体を乗り出している。
「クリスくんに調くんじゃないか。珍しい取り合わせだな」
風鳴弦十郎司令。わたしたち装者の指導者だ。
「なんだよ、おっさんこそどうしたんだよ?」
あらら、これは。
わたしは思わず目を見張る。
クリス先輩のぶっきらぼうな声に反し、色は艶のある赤だ。
「なに、たまには車も運転しないとバッテリーがあがってしまうからな。ドライブ中だ」
「へえ、おっさんのか。いい車だな」
「良かったら送っていくぞ?」
クリス先輩はわたしを見る。
どうする? と尋ねているつもりなんだろうけど、あまりにもキラキラとした眼差しにわたしは頷くことしか出来ない。
「…しゃーないな。調も一日歩き回って疲れたみたいだし、あたしのマンションまで送ってくれるか?」
なんかダシにされたみたいだけど、ここはとやかく言わず黙っていよう。
わたしは後部座席に、クリス先輩は当然のように助手席に乗り込む。
風鳴司令の力強く透き通った声に応じるクリス先輩の声の色は、夕焼けも霞むくらいの鮮やかな赤。
エアコンが効いているのに、不思議と胸がぽかぽかしているのは、きっと前の席の二人の交わす色があまりに暖かかったからだろう。
クリス先輩が色々とわたしに何か話しかけたりしてくれたけれど、正直ほとんど覚えていない。心地よい車の振動もあって、とても眠かったから。
そして、凄く短いけれど夢を見たみたい。
はっきりとは覚えてない。それでも、どこかとても懐かしく、優しい夢。
思わずつぶやいてしまった自分の声に、わたしは目を覚ます。
「…おとうさん、おかあさん……」
「ん? 何かいったか?」
振り向いてくるクリス先輩に慌てて首を振る。
風鳴司令はともかく、さすがにクリス先輩をお母さん呼ばわりしたら怒られちゃう。
でも、歳の差なんて関係なく、二人はお似合いだと思うな。
クリス先輩のマンションの前で降ろしてもらったあと。
もちろん先輩の家にお邪魔して、仏壇を拝ませてもらった。
クリス先輩のご両親、いえ、乳神さま、どうかわたしにも恩恵を与えて下さい。
この人の胸を育てている力を、ほんの少しでもいいのでわたしにも分けて下さい…。
「…パパとママのこと、拝んでくれてありがとうな」
先輩の見せてくれた笑顔はその日で一番のものだったかも知れないけれど、なにか凄く後ろめたかったです…。
そしてこれはしばらくあとのお話。
「調、悪いけどこんど買い物に付き合ってくんねぇか?」
「もちろんOKです。何を買いに行くんですか?」
「ああ、部屋着だ。この間買ったばかりなんだけど、また胸がきつくなっちまってさ」
「………」
…ははっ、神様なんていなかったね。
一人蚊帳の外のSAKIMORIさん 「解せぬ」