認識されなくなった原因を考える。忖度という敵を前にして、絶望感に苛まれ、そこから奪取したいと、皆願ったのかもしれない。結果、事態の原因の俺は排除され…
スマホでネットを見ると、『少年A、遂にタイホ…護送中に突然死か?』という文字列が踊っていた。なんだ、これは?俺、タイホすらされていないんだけど…これも忖度記事だろうか?俺はいない方がいいのかもしれない。
ホテル内では、悟さんすら、俺を認識できなくなっていた。ホテルを出ようとする俺。だけど、誰かに背中を捕まれていた。
「お兄ちゃん…置いて行かないで…梅…良い子になるから」
梅だった。目に涙をたくさん蓄えている。服装は、中学生としての梅の外着のようだ。
「梅には見えるのか?」
「うん…見える…お兄ちゃんが見えるよ。だから、置いて行かないで。梅、もう、お兄ちゃんに素直に接するから。もう一人にしないで…」
俺と梅は二人で、相沢家へと向かった。途中、自動ドアが反応しなかったり、透明人間には不自由な世の中を実感した。あの時の麻衣の心細い気持ちが分かるなぁ。その反面、自動改札なども反応しないため、電車は無賃乗車し放題ではあった。
苦難の連続で自宅に戻ると、既に誰も住んでなく、売り家になっていた。どこに行ったんだ、母さんは…
「どうする?」
梅に訊かれた。
「飯が問題だよな」
自動販売機が反応しないのだ。コンビニでも買い物は出来無いし、麻衣の場合を考えると、女優の麻衣と知らない場合、認識率が高かったよな。その理論から行くと、少年Aが俺ではないと認識する人々には、認識されるはずだが、スマホニュースを見ない人じゃないとダメだよなぁ。
ふと閃きが降りてきた。そういう人物に心当たりがある。その人物の元へと向かった。
「どうしたの?急に来るなんて、珍しい」
予想通り、遙には、俺と梅が認識出来た。早速、遙に現状を話した。
「なるほどなるほど。この広い世の中で、私だけが祐介君を認識出来るんだねぇ」
って、俺達の苦難な状況を喜んでいる遙。
「お兄ちゃん…姉並に壊れているんじゃないの?」
梅が心配そうに訊いて来た。
「犯罪臭はしないから、大丈夫だろう。壊れている件は賛成だけどな」
遙も壊れている。両想いより片想いでいたいと言い、俺の告白に良い返事をくれない。
「わかったわ。私が養う」
って、ここ、遙の自宅である。遙の両親もいるのだが、両親には俺達は認識されていない。本当に、ここで大丈夫か?
◇
大丈夫では無かった。遙は両親による忖度により、政治家のバカ息子に差し出された。黒服の男達がやってきて、遙は政治家の家に連れて行かれたようだ。
「どうする?ねぇ、お兄ちゃん」
取り敢えず、遙の部屋でカバンをゲットし、遙の家で食料をゲットして、放浪生活に戻った。認識してくれた人の家の物は、持ち出せるようだ。後、スマホに目を通さない人物って誰がいる?そう言えば、父さん…スマホ持っていない。父さんが缶詰にされている宿へ向かった。
以前、透明人間になりたいって、願った時期があったが、実際に透明人間になり、後悔している。不便すぎる。食べれば出る物は出る。が、公衆トイレのトイレットペーパーが使えなかった。トイレットペーパーにすら、認識されない俺達。しかたなく遙の家に戻り、トイレットペーパーを盗んできた。犯罪かもしれないが、梅の尊厳の為である。緊急避難的な要素だと思うし。
そして、父さんのいる定宿へと向かった。人里から離れた携帯電話すら使えない山間にある。
「どうしたんだ?祐介、梅」
父さんは俺達を認識してくれた。これまでの事情を話していく。
「ふ~む、思春期症候群かぁ」
父さんは思春期症候群と言う単語を知っていた。訊いてみたら、麻衣とのトークショウの時に、知ったそうだ。そういや、俺も梅も。あのトークショウは観覧していないな。
「困ったなぁ。ここは私の執筆スペースしかない。寝るにしても、一人分の布団だけだ。一番の問題は食事とトイレだろ?」
ここには毎日、父さんの分の食事しか届かない。トレイは梅だけが使えればいい。その分のトイレットペーパーは持って来た。
「そうだ!別荘に行け。あそこなら畑もあるし、森から食材を取って来られるし」
父さんの別荘か。買うには買ったが、缶詰尽くしの父さんが、別荘へ行く暇は無かった。あそこには黒電話とラジオしかない。それに一縷の望みを掛けてみた。
◇
レンタカーで父さんに連れて行ってもらった。ここなら生きられそうだ。電気は太陽光発電だし、蓄電池もあるので、夜も安心である。
「じゃ、たまに来る。その時に食料を持ち込む」
そう言い残し、父さんは缶詰な宿へと戻っていった。残れされた俺と梅で、畑を耕し、森で野草やキノコを摘んでくる自給自足な毎日が始まった。
◇
梅と二人だけの世界…たまに父さんが来て、着る物や食べる物を差し入れてくれた。原稿用紙と鉛筆、スケッチブックと色鉛筆が、俺達の娯楽である。俺が物語を書き、梅がイラストを描く。それらを冊子状態にして、父さんへプレゼントしていく。そんな暮らしを続けていった。
数年経過した頃、
「あの政治家がやっと失脚したぞ。バカ息子がJKと回春して、オヤジの方は政治資金規正法違反だと。特捜が入って、叩くと出るわ出るわの不正の痕跡だってさぁ」
父さんが最新ニュースを知らせてくれた。
「遙はどうなった?」
あの時、連れて行かれたはずだ。
「タイホ者の中にはいなかったぞ。バカ息子の女房は…」
突然、言葉をゴニョゴニョした父さん。
「バカ息子は誰と結婚したんだ?」
「お前の元カノ…桜島麻衣だ。結婚を機に女優業を引退して、若手政治家の妻をしていたそうだ」
まぁ、遙とうり二つだからなぁ…じゃ、遙は?
「そうそう、悟さん達は?後、母さんは?」
「祐介のことを覚えていない。透明人間のままだよ」
まだ、透明人間のままなのか…
「なぁ、梅も二十歳になったことだし、お前達、夫婦になってはどうかな?」
もう、あれからそんなに経過したのか。ここでの生活は年月の経過に疎くなるな。
「私は…お兄ちゃんの妹でいたい。ダメかな、お兄ちゃん…」
「夫婦になっても、今の関係は変わらないから、梅の意思にまかせるよ」
「うん」
父さんは孫の顔を見たいのだろうか?そもそも、透明人間では、婚姻届けが出せないと思うんだよ。
「ところで、アレは?」
「アレか?病院を何度も脱走をしてな、今は塀の中だ。無期懲役なんだが、懲役刑がこなせないそうだ」
無期かぁ~、何をやったんだ?困った姉である。税金で生き延びているのが、むかつく。俺達は、こんなにも苦労しているのに。
「アレはあのまんまだろう」
そうなると、俺か梅が子供を作らないと、父さんに孫は出来無い。俺は相沢家の者ではないから…いや、待てよ。確か、俺が結婚すると、夫婦養子になるんだっけ。そうなると梅の相手は俺以外で無いとダメだな。
「まぁ、二人共元気そうだし。また来るよ」
って…
「待てよ、父さん。母さんはどうしたんだ?」
「入院している。梅の妹を身籠もっているんだよ」
「私の妹かぁ…逢えるかな」
三姉妹になるのか…優しい妹だといいなぁ。
「母さんは、お前達二人を認識できていない。だから、逢ってもなぁ…」
哀しそうな父さんの顔。母さんは俺達のことを覚えていないのか。
「そうか…父さんだけなのね」
梅が久しぶり大泣きして、俺に抱きついてきた。
◇
思うのだが、二十歳を超えて、思春期症候群ってなんだ?いい加減、透明人間の呪縛から逃れられないのか?
「お兄ちゃん、アユが釣れたよ」
嬉しそうに、梅が釣りから帰って来た。ここは俺達しかいない。この山は父さんの物なので、川も自由に使えるのだ。秋には松茸が採れるし、良い山である。梅は釣ってきた鮎を生け簀に放した。喰いきれない分は飼育している。今日は兎の肉があるからね。
---佐田悟---
久しぶりに兄さん達夫婦が住む予定だった部屋へ向かった。20年くらい足を踏み入れていない。マスターキーを手にしようとして、異変に気が付いた。予備のマスターキーが無くなっていた。俺しか開けられない金庫にしまっていたのに、何故だ?俺はマスターキーを手にして、目的の部屋に急いだ。
部屋は誰かが使っていたような感じであった。誰が?一部屋ずつ見ていくと、通信制高校の参考書がある部屋に、学生証が置いてあった。『佐田祐介』という人物の物だ。顔写真は、どこか兄と義姉の面影がある。どうして?俺に甥ッ子がいたのか?記憶にない甥の存在。洗脳でもされたのか?俺は、俺の顧問弁護士をしいてくれている伊集院に連絡を取った。
用件を伝えると、事務所に来るように言われ、伊集院の自宅兼事務所へと向かった。
「端的に言うが、その佐田祐介と言う人物は、6年前、お前が養子に迎えている」
「記憶に無いんだが…」
「あぁ、俺もだよ。その申請書類には俺のサインがあるのに…」
俺と伊集院の両方の記憶に何かをしたのか?誰が?先代派の老害どもの顔が浮かぶ。あの忖度強要の政治家に繋がっていたし。
「その祐介の旧姓は、相沢だ。父親は小説家の相沢貞治だよ。面会を申し込んである。お前も行くか?」
「勿論だ」
伊集院は手回しが早い。俺がここに車での時間で、相沢貞治との面会をセッテイングしておいてくれた。
「相沢貞治は、事情を知っているようだった。俺が連絡したら、漸くかって…」
どうして、思い出せないんだ?甥が生きていたことを…養子縁組したのに、なんで、手元にいないんだ?俺が追い出したのか?
◇
相沢貞治は、大都市から離れた温泉宿の離れにいた。ここで缶詰生活をもう何年も続けているそうだ。
「やっと、気づいてくれたのですね」
気づく?
「俺達は、なんで、甥のことを覚えていないんですか?」
相沢氏にストレートに訊いた。
「悟さん、6年前、あなたのホテルでディナーショーをしたのを覚えておいでかな?」
クリスマスに行ったトークショウのことかな?そうだ、あの時相沢氏と若手女優の筆頭である桜島麻衣さんと、ラノベ界の大型新人である永遠野誓先生をお呼びしたんだっけ。
「えぇ、覚えています。普段、公の場に顔を出さないお二方がでてくださり、驚きましたよ」
「あのショーの企画は祐介がしたのを覚えているかな?」
「えっ…」
記憶に無い…なんでだ?相沢氏がウソを吐いているとは思えないが。
「忘れているんですか…では、あの時、麻衣さんが話した奇妙な話は覚えていますかな?」
奇妙な話?う~ん…確か、透明人間になってしまった…
「思春期症候群ですね」
俺が思い出している隙に、伊集院が正解に辿り着いていた。
「そうです。麻衣さんは、ネットで酷い根も葉もない書き込みをされ、その存在を消されてしまったんです」
まさか…俺達の甥っ子も…俺と伊集院が顔を向き合わせた。伊集院も同じ答えに辿り着いたようだ。
「私の息子だった祐介も、根も葉もない書き込みにより、殆どの人々の記憶から、消し去られてしまいました」
「殆ど?覚えてる者はいるのですか?」
「えぇ、私と私の娘の梅、後は円城寺遥さんです。ただ、遙さんは、忖度総理の息子へ、両親が差し出してしまい、行方知れずですよ」
忖度総理とは、周囲の者達に忖度を強要し、総理にまでなった政治家である。つい、先頃、失脚したばかりである。失脚したソイツの屋敷に、特捜が入り、多数の未婚女性達を救出したそうだ。気に入った女性達の両親を恫喝し、忖度させるように仕向け、娘を差し出させていたそうだ。そう言えば、ソイツの息子の嫁は、あの桜島麻衣だったなぁ。あれも忖度の産んだ悲劇か?
「あのバカ息子の書き込みのせい…私の息子だった祐介は、殺されたも同じですよ」
相沢氏は俺達に背を向けた。小刻みに肩が震えている。悔し涙を流されているのか…くそっ!なんで、思い出せないんだ…
「どうすれば、思い出せますか?」
伊集院が訊いた。相沢氏は、部屋の備え付けられているタンスから、紙の束を取り出してきた。
「これを、あなた方お二人に託します。祐介を救ってください。お願いします」
俺達に頭を下げてきた相沢氏。思い出せないのに、無理で無いか?
◇
相沢氏の逗留している宿に、俺と伊集院で宿泊することにした。そこで、相沢氏から託された紙の束に目を通していく。それは、『世界で一番●●な君へ』
という小説であった。作者名はユースケで、イラスト担当はブラザーコーンとある。その小説はオリ主である少年が、思春期症候群に悩む少女を救う物語で
あるようだ。所々、イラストも描かれていて、読みやすい。その少年の出生の秘密の下りを読むと、涙があふれていく。
「祐介…すまん。忘れていて…」
想い出が脳裏に蘇っていく。楽しかった日々の想い出だ。
「そうだったな。祐介の部屋はいつの間にか、救いを求める女性の駆け込み寺になっていったんだよな」
伊集院の記憶も蘇って来たようだ。そうだ。祐介の部屋にいた少女達は、いつも笑顔で幸せそうだった。救われたんだろうな、あの部屋で…祐介に…
「祐介は誰が救ってくれるんだ?」
「決まっているだろ。俺達だよ」
伊集院の顔は楽しそうに微笑んでいた。