うおおお……!語彙力が足りぬと痛感するのぜ…!
「クク 文才が無い。」(ククが付けば誰でもスルトくん説)
ナザリック地下闘技場。そこには二人の人間と白骨の骸が向かい合い、互いに様子を伺っていた。その中の一人である骸、自身をアインズ・ウール・ゴウンと再定義した男は二人の男女の内、片方の男に注意を向けていた。
先程その男にふざけた事を言われ胸の内に怒りが燻っているが、精神抑制により少し冷静さを取り戻し分析を始める。
このナザリックを壊す程の力。
傷だらけで致命傷すら見受けられる姿で在りながら、それらを感じさせない程の余裕に溢れた自然体。
無愛想な無表情だが、男はこちらを注視していることを感じる。……。恐らく、男も俺と同じ予想をしている筈だ。成らば直接聞いて判断するのみ。
「……。お前はもしや、ユグドラシルのプレイヤーか?」
予想は所詮、予想に過ぎない。不確定要素が多い目の前の男をただの予想だけで判断したのでは、いずれ大きな過ちを犯す。ナザリックを……アインズ・ウール・ゴウンの名を背負う覚悟を決めた以上、これ以上の無様を晒す訳にはいかない。その前に少しでも相手から情報を引き出す。
アインズの問いかけを聞いた男は少し驚いた様な顔をしていた。
「ユグドラシル? ……成る程。貴様はオレと同郷か。」
──同郷。
男はハッキリとその言葉を口にした。それはつまり──
──やはりコイツは、ユグドラシルのプレイヤーか!
この世界へナザリックごと転移した時からずっと考えていた事。自身を選ばれた特別な人間だと考えていないアインズだからこそ一番先に思い付いた。それは"ナザリックと同じくこの世界に流れ着いた他のプレイヤーが居る筈だ"という考え。
アインズ・ウール・ゴウンはユグドラシルの中でも悪名高いギルドの名だ。もし他のプレイヤーが聞けばまず間違いなく敵対する。
……そうならない為に、ひたすら隠してきた。そうならない様に、他のプレイヤーに負けない程の力を付けるため自分や子供達…NPCの成長を図ってきた。
──しかしそれは全て、無駄となった。目の前に恐れていた"プレイヤー"が現れたのだ。
俺、『モモンガ』と言うユグドラシルプレイヤーは、ユグドラシルの中では良くても中の上。弱くはないが勝てる程の実力は無い。その差を課金アイテムや戦略で埋めてきたに過ぎない。単純な実力なら子供達の方が俺よりもずっと強い。アインズ・ウール・ゴウンの仲間達ならもっと強い。
…しかしナザリックにかつての仲間達の姿は無く。仲間達が残した子供達を傷付ける訳にはいかない。
仲間達が帰ってくるナザリックを
この男は何度でもナザリックを殺しに来るだろう。仲間の子供達を皆、殺すだろう。
……成らばやることは決まっている。
この男を、自滅覚悟で俺の持てる全てを使って必ず殺す…!
「──
先手必勝。まずは小手調べに時間停止対策をしているのかを確認する。
魔法を唱えた瞬間から自分を中心に周囲の時間が止まるのを骨と化した肌で感じとる。
地下闘技場を今も燃やし続ける炎がその揺らめきを止め、上に空いた穴から落ちてくる瓦礫も空中でその動きを止めた。
多少は魔術を嗜んでいたのであろう侵入者である人間の女も、またも見知らぬ魔法に驚愕の表情をしたままの姿で命の時間を停止した。
だが──。
「………やはり時間停止対策はしているか。」
止まった時の中で、唯一。目の前の男だけは興味深そうに周囲を観察していた。
その事実に少し落胆する。出来れば簡単に御し得る存在であって欲しいと思っていたが相手はかなりの使い手の様だ。
…まずいなぁ。完全に油断していたからとはいえ、ろくな装備も無く明らかに接近戦特化の高レベルプレイヤーの相手が務まると思うほど自分に酔ってはいない。
全て無くしてしまう。
そんな最低な未来を予想して、もう無くしてしまった筈の胸の心臓が早く打つのを幻聴する。
──焦るな。冷静になれ。
俺はアインズ・ウール・ゴウンの名を背負っているんだぞ。その名には仲間達の名声と誇りが在り、そして大切な子供達も居る。
──冷静に、分析しろ。
小心者な自分自身に言い聞かせる。
相手は炎を使う事はこの周囲を見れば分かる。
そして複数の短剣。恐らく何らかのマジックアイテムの筈だ。
時間停止対策もしっかり準備するほどの高レベルユグドラシルプレイヤー。
男であり長身。
そして傷だらけの身体。
俺が今知っている男の情報はこれくらいだ。明らかに情報が不足している。
そして俺の最も得意とするのは即死魔法。…通用するか?もし相手がそれを対策していた場合かなり苦しい戦いになる…いや、しているだろうな。
ならシャルティアの時と同じ様に……いや駄目だ。アレ等はギルドメンバー達から託された物。もし破壊されたら、奪われでもしたらどうする!仮に宝物庫から取り出すとしてもそれは確実に勝てると想定した時だけだ。
…………。ならば、今を見逃して情報を集めるべきか?……いや、致命傷の傷がある今がその倒すチャンスかもしれない。
慎重に行くべきなのか、大胆に攻めるのか。
こうやって悩む度にやはり俺は人の上に立つべき存在じゃないと思う。
…
ならば無駄に魔力を消費する必要もない、そう考え時間停止(タイムストップ)を解除する。
それにより動きを止めた炎は再び動き始め、宙に浮いていた瓦礫は重力に従い落ちていった。
男の後ろに居る人間の女も再び動き始め、その驚愕の表情から恐怖へと変わり悲鳴の様に叫んだ。
「また新しい魔法?!気を付けて、この怪物は未知の魔法を使う。もしかしたらバハルス帝国のフルーダ・パラダイン様の『第六位階』も越える…!」
バハルス帝国のフルーダ・パラダイン?何だか凄そうな名前だ。……しかし『第六位階』?もしかしたら俺達と同じく実力を隠しているプレイヤーの可能性があるな。帝国に偵察を行う際には注意しなくては。
そんな人間の女の言葉には全く触れず、周囲を観察していた男が口を開く。
「聞きたい事がある。」
……仲間っぽい女の事を全力で無視しているなこの男。まあ、俺にはどうでもいいが。…ちょっとあの子泣きそうになってるぞ!
「……聞きたい事、だと?人様の家に無断で侵入し、あまつさえ壁や床を壊してここまで降りてきて。……何だ、何が聞きたい。」
この男の今までの諸行を思い出し、少し理性が引きちぎられそうになったが必死に耐えて冷静に聞き返す。…冷静になって考えてみたら俺達は不可抗力とはいえこの土地を不法占拠している様なものでは…。い、いや今は目の前の事を考えよう!うん!それに男の情報を引き出すこのチャンスを逃す訳にはいかないし!
そんな葛藤の中、男の言う言葉はあまりにも予想外で──。
「貴様は
「────。」
──俺が、
…それは考えたことがある。考えない筈がない。
元々はただ普通の人間だった俺が。突然異世界へ連れてこられた意味なんて──。
俺の元居た世界。
そこはどん詰まりの絶望の世界だった。
土地は枯れ、作物は育たず。大気汚染により周囲には常に濃い霧に囲まれて一歩先すら見渡せない灰色。
子供は親元から離され働かされて。だだ働いて味の濃い栄養食品を食べては寝て、また働く。意味の無い延命活動。緩やかに終わっていく事だけをただ皆ひしひしと感じていた。
美味しい食べ物もなく。美しい景色も見えない厚い雲に覆われた現実の世界。働き続けながら代わり映えしないこの先の未来を想っては呪っていた。何かを変えたいと願ってもただの人間にそんな力は無く、妥協と締観でただ何となく、生きているから生きてきた。親の愛なんぞ知らず、友情なんて分からず、無意味な人生を送っていた。
このまま何も無く無価値なまま俺は死んでいくのか、そう考えて。
──けれど、運命に出会えた。
MMORPG『ユグドラシル』。ありきたりな非現実への逃避。
作り物の世界、しかしそこで目にしたものは──かけがえのない"美しいもの"だった。
現実の世界には最早存在しない晴れた青空。
色んな可能性に満ちた空想。
そして──、そして大切で……楽しかったギルドの仲間達。
嘘の世界には、本当の世界にはないモノがいっぱいあった。
知らない事を沢山知った。
楽しくて笑ってしまうという事を初めて体験した。楽しかった事に思いを
胸が締め付けられるほどの好きだと言う感情も知った。この嘘の世界が好きだったんだ。無機質だけど、温かくて、穏やかな時間を過ごして。誰かと一緒に居る事はこんなにも安らぐモノなのかと。息を吸うのが辛いと思っていた世界が、少しだけ軽く感じた。
悲しい事も知った。
とある事件が切欠でギルドメンバーが一人、また一人と優しい嘘の世界から消えていった。
その度にこの世界での思い出が現実に犯され消えてなくなる感覚に襲われて呼吸を忘れてしまう。胸を必死に引っ掻く様に自分に出来ることを何でもやった。仲間が欲しいと望んだものを頑張って集めて、少しでも気に入らないと思うモノがあれば排除した。皆がここに居てくれるように。皆が俺の世界から離れない様に。
…けれど夢はいつか終わり、目を覚ます時間はやってくるもので。
誰も居なくなった俺の世界には色が消え失せた。この嘘しかない世界には楽しかった思い出の残骸だけが取り残されて。あんなに暖かった筈の場所がとても寒く感じた。
何故。何故。何故。
意味のない自問自答を繰り返した。今更答えを出した所で溢れた雫は還らず、又返答者も居ない。ソレを繰り返す事に何の意味も無いのだとしても『…もしかしたら、きっと。』そんな希望を抱いてしまう。だから繰り返した。
しかし現実とはやはり残酷なもの。
最後に縋っていた"仲間達が帰ってくるかもしれない世界"をも俺から奪っていった。
叫ぶほど拒絶した。止めてくれ、奪わないでくれ。これ以上現実に置いて行かないでくれ。あそこには何もない。何もない。ここには無い。そこにしか救いはないんだ。頼む、頼む。止めてくれ、奪わないで。
いくら暴れもがこうが世界は変わらず、無慈悲に冷酷に平等に、終わりを告げた。
無意味に終わる。そう、──そのはずだった。
けれど終わる筈の世界はまだ目の前に在り。思い出の残骸と一緒に異世界へと来ていた。
俺は歓喜した。
世界は終わってなどいなかった。仲間達の帰ってくる場所はまだ此処に在る。ならば守らなければ。
何を差し出してでも。己の全てを投げ出して。
…そうだ、そうだ。俺がこの世界へ招かれた意味など──
「そんなもの、決まっている。」
世界の意思だとか、人類を救う為でもない。ましてや魔王になりたい訳でもなく。
──これはただ一人の我儘で、ちっぽけな"願い"。
「────
その言葉を言った瞬間。
──俺の中で何かが変わった気がした。何が変わったのか、上手く言語化が出来ないけれど。
「…守る為、か。」
そんな俺の言葉を聞いた目の前の男は目を細め鼻で笑うと踵を返した。
「なっ!待て────ん?」
男に逃げるのかと声をかけようとした所で『
『アインズ様、申し訳ありません。少しばかりご相談が。』
『デミウルゴスか。良い申せ。』
正直この得体知れない男の前で隙を晒したく無いのだが、デミウルゴスからならば無視する訳にもいかない。それで何度助けられた事か。…同じくらい厄介事も持ってくるが。
『はっ!この世界へ転移した際にアインズ様が拾った獣が何やらその男に話があると。』
……俺が拾った獣?何だ??誰の事を言っているんだ????情報が足りないよデミえもーん!!
いやまあデミウルゴスも俺が手を煩わせない様に手短に伝えているんだと思うが…。ハム助だろうか、いやもしかしたらリザードマン??うーん分からん!
『…何?……分かった、連れてこい。』
デミウルゴスとの念話(メッセージ)を閉じ、こちらへ背を向けて外に去ろうとする男に声をかける。
「……待て。」
先程まで怒りを向けていた相手に「ちょっとゆっくりして行けよー!」とか言いにくい。少しばかり……いやかなり気まずい!が、連れてこいと言った以上は責任を果たさねば…。
「何だ。」
声をかけられた男はゆっくりと振り返り、問い質してきた。
「…どうやら貴様と話をしたい者が居るらしい。」
「ほう。…面倒だがいいだろう。」
意外とあっさり了承したな…。
そんな事を考えていると闘技場の中心にシャルティアのゲートが出現した。黒い闇で覆われた円形状の空間から二つの人影が現れた。
それはゲートを出現させたシャルティアと────。
「…パツシィ?」
獣人の少年、パツシィだった。何故パツシィが?そんな疑問が頭を占めるが彼については知らない事が多い。…もしかしたらこの男の仲間なのか。
ゲートから出現したのを見た男は目を細め、二人を見定めていた。
「ン。来たか。そこの出来損ないか、オレに話があるという者は。」
その男が発した言葉に奥歯を噛みながらパツシィは口を開いた。
「っ…ああそうだ。そうだろうな。確かにオレ達ヤガは成りそこないだ。人にも魔獣にも成りきれない半端者。」
パツシィは自虐的な笑みを浮かべ、その美しい毛並みを逆立てた。しかしその瞳は謎の男に向けて続けている。
「けどまあ、そんな事はどうでもいい。…もう終わった事だ。でだ、オレはお前に聞きたい事がある。」
この謎の男は確実にパツシィよりも強い。獣は常に強者には従順だ。それは魔獣だろうと関係なく、存在する自然の掟。ハム助も恐怖のオーラを浴びただけで直ぐに服従した。
…だがパツシィはその男を前にして引くこと無く、真っ直ぐに見つめ問い掛けた。
「……お前は、その…。カルデアって名前に聞き覚えはないか?」
カルデア?それがパツシィが、こんな死ぬかもしれない場所にまで足を運んだ理由。
…そうか。パツシィも何かを探し続けているのか。
「……カルデア。ああ、知っている。」
「っ!ほ、本当か!な、ならそのカルデアのマスター?ってのは生きてたか?!」
パツシィは目を見開き鼻息を荒げながら興奮気味に問い詰める。
「…生きているだろうな。」
──生きている。
その言葉を聞いた瞬間、パツシィは崩れる様に膝を着いた。
「?!パツシィ大丈夫か!」
それを見て俺は咄嗟にパツシィを支える。だが彼は大丈夫かの問いにも答えず無言で俯いたままだった。
「……。…パツシィ。」
再びの問い。だがこれは先程とは違う。何故なら──。
「……てた……生き、てた。生きてたっ!アイツが……。そうか……そうか…っ!」
──涙を、必死に堪えながら。彼は安堵の表情を浮かべていた。
……俺にはカルデアと言うモノも、そのマスターと言う人物も知らない。だが、パツシィがこれ程までに気にする人物なら…その人はきっと優しい人に違いない。ああ、いつか。会ってみたいものだ。
「……。以上か。」
泣き続けるパツシィを無視し男は再び背を向け歩き出した。
「ま、待ってくれ!」
そんな男をパツシィは呼び止めた。その声を聞いた男は面倒そうに振り返る。
「オレの名前はパツシィだ。良ければアンタの名前を聞かせてくれ。」
「…我が名はスルト。炎の巨人王、スルト。」
炎の巨人王、スルト。それがこの男の名前。『ユグドラシル』ではあまり記憶に無い。無名とは考えづらい程の力を持つ男の名。今まで隠れていたのか、ただ単に強力なワールドアイテムを所持しているだけなのか。
そんな考えを一先ず頭の隅に置き、別の疑問を問い掛ける。
「ほう。敵にプレイヤーネームを晒すのか。…プレイヤーに自身の名前を知られるとはつまり、弱点を教える様なものだ。それを何故簡単に明かす?」
高レベルのプレイヤーにとっては常識のソレ。PKを許される『ユグドラシル』では常に他のプレイヤーに襲われる危険性があった。ネット等でプレイヤーネームを検索すれば簡単に能力や技構成、更には弱点属性に所持アイテム等簡単に分かる。故にプレイヤーネームは身内以外には基本晒さないという常識がある(しかし有名所は直ぐに広まってしまうが)。
それなのに何故この男は『スルト』というプレイヤーネームを晒したのか。この疑問だけは問わねばならない。
「理由?真名を隠すなぞ半端なサーヴァントがする事だ。このオレ、スルトにはそんなもの必要は無い。」
スルトと名乗る男は赤い目を細め、口元を歪に歪ませながら嗤った。
よっぽど自身の力に自信が有るのかもしくはそのリスクを埋めるほどの何かが在るのか。
男の様子を観察していると、何かを思い出したかのように口を開いた。
「……ああ、そうだったな。おい、冥界の歪な神擬きよ。貴様に確認をしよう。」
男は嗤う事を止め、ただ無表情に此方に瞳を向ける。
「…確認だと?今さら聞くべき事など何も無い筈だが?」
俺の言葉を聞いた男は、尚も無感情のまま瞳を向ける。まるで心の内を見透かすかのような居心地の悪さ。
男はその後ろで腰を抜かしている女を指差し、俺を見詰めながら言葉を重ねる。
「貴様、この女の仲間を隠し持っているな。此処へ出せ。」
「……。」
…成る程。最悪の場合は人質にと俺が考えている事くらいは想定していた訳か。……ならば隠している必要も無いな。先程の行動から察するにあの賊どもはこの男にとっては取るに足らないモノ。だが無視できる程無価値ではない──なら利用してやろう。
「……良いだろう。このナザリックを汚した賊を解放するなぞ許せることではない、…だが貴様が真名を明かしたならばその対価にあの三人を差し出そう。」
その会話を聞いていたシャルティアがゲートの中に入り、直ぐに鎖で縛られた人間を三人連れてきた。そして投げ出す様に大雑把に男の前に差し出す。
「ン。……女、貴様の言う仲間とはコレか。」
男は暫く昏睡状態にある三人を観察していたが、確認をとるように後ろに居る女に声をかけた。
「……えっ…あ、うん。」
突然の展開に付いていけてないのか、女は困惑した面持ちで恐る恐る前に出てきた。
そして地面に横たわる三人をじっと見つめて大粒の涙を溢す。
「ああ…………良かった。……っ良かっ…た!みん、な……
よっぽど嬉しいのだろう。女は未だ眠り続ける仲間達に抱きつきながら泣き続ける。…ああ、この場に姿を表す前に
「…フム。ならばもう此処に用はない。」
そう男は言うと再び背を向け、女と賊を雑に担ぎ上げ外に向かって歩き出した。
もう一度引き留めるか考えたが、今はパツシィに寄り添っていよう。このナザリックを傷付けた者を見逃すなど出来はしないが…、あの男を殺す事は何時でも出来るだろう。
俺がこの地へ来た意味。このナザリックの新しい者達も含めて、"アインズ・ウール・ゴウンを守る"事。なら今は敵か仲間か選ぶなら、仲間を優先する。
……それだけの事だ。
「……ズズズ。悪いな、…えーと。アインズ・サマ。」
パツシィは鼻水を啜りながらちょっと照れ臭そうにそっぽを向いた。目がまだ赤い。
「いやなに、気にする必要はない。ほらハンカチだ。これで顔を拭くといい。」
アイテムボックスからハンカチを取り出す。このアイテムボックスというものは相変わらず便利だなぁ。
「お、おう。ありがとよ。」
ぎこちないながらもハンカチをしっかりと受け取り涙や鼻水を拭いとった。…少し毛がハネてる。
「…にしても此処も大分壊されたな。」
「……ああ、そうだな。」
パツシィは壊された闘技場の上を見ていた。闘技場の空には星ぼしが輝いているが其処には大きな穴が空いており、この夜空が壁に描かれた偽物だと分かってしまう。
「オレ、さ。実はこの闘技場の夜空が好きなんだ。オレの元居た世界だと空は何時も曇っていて、更には猛吹雪。晴れたところ何て此処に来るまでは一度も見たことが無かった。」
彼、…パツシィも恐らくはプレイヤーだ。俺の周りには常にアルベドが付いてるから、何となく聞きづらくて直接聞いたことはない。
身体能力は人間以上だが守護者達に勝てるほどの実力は無いようで、多分低レベルプレイヤーか、もしくは『ユグドラシル』を始めたばかりのプレイヤーだろう。
先程話題に出た"カルデア"なるものは彼が所属、ないしお世話になったギルドだろうか。
俺の元居た世界も常に分厚い雲に覆われて、マスク無しで外に出ようものなら健康を損なう程の大気汚染。太陽の光なぞ遂に感じること無くこんな異世界へと迷いでた。パツシィも同じくそんな景色ばかりを見ていたに違いない。ならブループラネットさんのこの夜空を見て、きっと俺が感じた感動を彼も味わったのかもしれない。…それならとても嬉しい。
「だからこのナザリックへ連れてこられた時、この夜空を見て凄いって思ったんだ。だから……なんだ。もうあの夜空が見れないのは残念だな。」
「……そうか。」
凄い、か。…ああ、空に浮かぶ星は本当に綺麗で儚くて。本物の夜空よりも美しい。ブループラネットさんの
そんな何気ない会話をパツシィと続けていると、ずっと後ろで控えていたシャルティアがパツシィと俺の間に割り込んできた。
「アーイーンーズーさーまー!!たった今!あの憎たらしい男はこのナザリックより離脱したでありんす!」
頬っぺたをいっぱいに膨らませて何とも愛らしい顔だ。…何をそんなに拗ねているのだろうか?
「ん?そうか。ならば守護者及び全階層の僕(しもべ)とこの世界で新たに加わった仲間も王の玉座に集めてくれ。」
そう伝えるとシャルティアは驚いた様に目を見開いた。
「えっナザリックの全人員でありんすか?」
まあそうだよな。あの男の対策会議なら守護者たちだけで十分だ。…だけど、俺がこれからやろうとしているのはそれだけじゃない。
「そうだ、全員だ。下級の者も含め全てを集めよ。」
「か、畏まりましたでありんす!」
元気よく背筋を伸ばし返事をするシャルティアを見てほっこりしていたが、改めて考えるとシャルティアの語尾の京都弁って適当過ぎやしないだろうか。ペロロンチーノェ……。
俺の言葉を聞き、すぐさまにシャルティアはゲートを開きこの場から消えていった。それを見届けた俺も即座に動く。
「…なあ。アインズ・サマ。」
「ん?なんだパツシィ。」
俺とシャルティアのやり取りを黙って眺めていたパツシィが首を傾けながら尋ねてきた。
「そういう伝達って、メッセージ?ってやつでやったほうが早いんじゃないか?なんでアンタから伝えずにわざわざ面倒な遠回りしてんだ?」
「……。うん、…まあ俺もそう思うがな。アルベドやデミウルゴスが許してくれないから仕方ない。」
一度俺が念話(メッセージ)を通して一人一人にカウンセリングの様な真似事をしたことがあるが、デミウルゴスとアルベドに怒られた。なんでも畏れ多い至高のお方から直接お話を得ることは名誉な事で、特別な事以外は極力避けて欲しいらしい。直接会って話す訳じゃないから緊張しないだろうし話しやすいのでは?と当時の俺は自身の名案に自慢気だったのだが…見事に恥を晒した。
「ふーん。そんな面倒をわざわざやる何てやっぱアンタ達も変人だな。魔術師ってのは変なのしか居ないのか?」
「……そんな筈は……無い、とは…言えないなぁ…。」
うちのギルドメンバーって全員変わった人たちだからなぁ。
「コホン。まあ世間話もここまでだ。俺達も王の玉座に行く事にしよう。」
咳払いを一つ。
気持ちを切り替えていく。パツシィと話しているとつい素が出てしまうがここからはナザリックを統べる王の出番だ。
今日この時、恐れていたプレイヤーに出会った。それもナザリックの脅威として。
この地を踏み荒らし、炎を振り撒いて嵐の如く去っていった。
許す事は出来ない。
殺さなければ満足できない。
じわじわと苦しませなければこの身に纏う憤怒の炎は消え去らない。
だが、少し忘れていたモノがあった。大切な願いが。忌々しくもあの男の問いによって思い出した。…だからこれはある意味運命の日だ。
これはその為の────
────自身への誓いだ。
「私に付いてこいパツシィ。」
「お、おう。」
さあ、世界征服でもなく、『アインズ・ウール・ゴウン』の為でもない。
一人の男の我儘を──始めよう。
書き終わった後に気付いた事。
「あっアルシェの仲間達生き返らせるの忘れてた。」
しかし書き終わったものを弄るのはめんど…ゲフンゲフン。プロットも何もなくライブ感で書いてるからねしょうがないね!是非も無し!!
まあ、アインズ様がちゃんと生き返らせたから万事解決だね!
……この作品で一番悲惨なのはアルシェなのかもしれないと思う今日この頃。