ARMORED CORE 4 / Answer とある傭兵の記録   作:さかき(ヒロタカリュウ)

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序章
序-1


 その時代。世界情勢は混迷を極めていた。

 

 エネルギー資源の枯渇に始まり、食糧不足による飢餓、疫病の蔓延と続き、気付けば各国政府の統治能力は大きく低下。

 

 更には、テロリズムの横行によって世界各地で紛争が頻発し、力無きものは倒れ、力ある者が生き残る地獄のような世界に変貌しつつあった。

 

 そんな中で力を伸ばしてきたのが、軍需産業である。

 

 

 かつて、世界を席巻した存在があった。

 

 環境適応型汎用人型兵器──『アーマード・コア』。衰退してゆく世界の中で唯一、大成長した軍需産業の大遺産である。

 

 かの人型兵器は、様々な状況に合わせて機体のパーツを大胆にも変更することで、高い環境適応力と有利な状況での戦闘能力を併せ持ち、瞬く間に陸上兵器最強の座を勝ち取った。

 

 そしてその巨人を操るの者は、莫大な金銭で雇われる傭兵たち──『レイヴン』と呼ばれた。

 

 

 今や国家をも凌ぐほどの力を手に入れた軍需産業複合体は、ついに政府への見切りを付け、経済活動による平和『パックス・エコノミカ』を謳い、国家や『レイヴン』へ宣戦を布告する。

 

 後に、『国家解体戦争』と呼ばれる世界大戦の幕開けだった。

 

 

 ***

 

 

 夜の砂漠。吹き荒ぶ風が砂嵐を呼び、視界は悪い。

 その上空を、一機の大型ヘリが航空していた。

 四基のローターを携えた大馬力。それに吊るされた大型コンテナの内部。

 緊張にひしめいてるはずの空間に、一人の男の鼻歌が流れていた。古い故郷の歌だった。

 

 いやに掠れた鼻歌声の中肉中背の彼は、もうじき三十路に突入するかしないかというぐらいだろうか。まだ力を秘めた若い肉体だった。

 

 男は人型兵器『アーマード・コア』の胴体後部、閉鎖されたコクピットハッチの上部に腰掛け、葉巻を吸いながらご機嫌な様子だった。

 

 ……厳密にいえば、そう取り繕っていた。

 

『——作戦開始まで、残り5分だ。レイヴンたちはコクピットにて待機しろ』

 

 すでに、3度目となる勧告。

 

「……、」

 

 男は渋々と、葉巻を冷えた装甲に押し付け、火を消してから放り捨てた。そのまま慣れた手つきでコクピットブロックを開いて体を滑り込ませると、がしゃりとハッチが閉鎖してロックがかかる。

 『コア構想』によって様々な局面で汎用的に立ち回ることを可能とした人型兵器『アーマード・コア』と、その操縦のプロフェッショナルたる『レイヴン』。今や国家最大の戦力である彼らは──窮地に立たされていた。

 

 時間経過を報告した先ほどの男が、苛立ちをを隠しもせず続けた。

 

『「伝説」も鼻歌を口ずさめる状況ではないと知れ。「六大企業」が起こしたこの戦端が開いてから二週間。たったそれだけの間に、こちらの戦力は実に60%損失している。このままでは全滅だ。必ずここで「ヤツら」を仕留めろ』

 

 ──安全地帯で見ているだけのくせに、と誰かが零した。

 

 それを無視した上で、声は告げる。

 

『各員、メインシステム始動。これより、コンテナをパージする。──鳥になってこい』

 

 がしゃこん、と金属音が響く。3機のACを積んだコンテナを固定する爪が開き、揺りかごは重力に従って徐々に降下していく。切り離しとほぼ同時に、直方体の貨物が開き、機体が風に乗って投げ出された。

 

 

『手荒な出撃だな』

 

 若い男が愚痴るように言った。『伝説』は見えないところで首肯し、手元の計器を弄ってシステムを立ち上げる。

 

《メインシステム、戦闘モードを起動します》

 

 女性の合成機械音声が淡々とシステムの立ち上げを宣言。直後にブーストペダルを限界まで踏み込む。慣性制御システムとともに、背面の2基のメインブースターと脹脛のサブブースターが点火して蒼い火を噴いた。

 まっすぐ垂直に降下する機体のサスペンションも同時に稼働、緩やかに着地させ、機体はそのままホバー走行に移行する。

 

『さて、「伝説」の力量、今日も見せてもらうとしようか』

 

「ふん」

 

 軽口を鼻で笑い飛ばし、彼は機体のアクティブセンサーをフルにした。

 

 レーダーをはじめとした観測機が拾った情報を見て、彼は思わず顔をしかめた。

 

「どうやら、上の推測は当たってたらしい。熱源と……なんだ?」

 

『どうした?』

 

 モニタの片隅には不審な報告があった。≪重金属元素を検出≫と書かれた文字列に目をやり、男は息を飲んだ。

 

「この一帯、重金属元素の反応が届いてる。核が使われたかもしれないな」

 

『オイオイ、俺らは毒の沼に放り込まれたってわけか? ACの耐汚染性能なんてシケたもんだぜ』

 

「別れるのはまずい。俺が前に出る。ジャックとエイワズは左右後方を頼む」

 

 

 後に国家解体戦争と呼ばれる戦いにおいて、ACを旧型兵器へと追いやった存在があった。

 食糧危機、エネルギー危機。化石燃料不足から始まった世界情勢の不安定化によって、世界は混迷を極めていた。そして、疲弊した国家に見切りをつける──パックス・エコノミカを掲げる企業たちによる、一大クーデター。そこには、ACを次々と駆逐していった巨人の存在があった。

 

 曰く、あらゆる砲弾を無効化、ないし弾き飛ばす不可視のバリアを持ち。

 曰く、瞬間移動かと見間違えるほどの出力を持つブースターによる変幻自在の三次元機動力を誇り。

 曰く、旧型ACを簡単にガラクタに変えてしまうほどの大火力を持つ火器群に身を包んだ、ACを超えるAC。

 

 その名は。

 

 

「見えたぞ。……《ネクスト》だ」

 

 

 『伝説』── オーエンとも呼ばれる男は、遥か彼方で光を放ち縦横無尽に空を裂く鉄の巨人を睨め付けた。

 

 

 ***

 

 

 戦端が開かれた。

 砂漠の闇を進む3機は、しばらくして巨人と接敵していた。

 

「機体は特定できるか?」

 

『ネガティヴだ。暗いし、速すぎて捉えられない』

 

 若い男、エイワズが呟く。オーエンは誰にでもなく首肯し、モニタの先にある黒い巨人に視線をやる。

 漆黒の機体は、夜の砂漠の闇に紛れていても鮮烈に映った。

 

 流線的な美しいフォルム。いずれの企業にも見られない特徴から消去法的に考えると、新興企業レイレナードの新型。全身に爆炎を滾らせ、地上で、時に空中で、前後左右あらゆる方向に、20Gを超える殺人的な加速を繰り返す機体。『ネクスト』というらしいそれは、先遣していたらしい別部隊と交戦中だった。

 

 オーエンらはジェネレータ出力をギリギリまで絞り、ECMを撒いた上でステルスモードを利用し丘を拠点に観察していた。最初は先遣していた部隊を支援しようという話だったが、その提案はすぐに否定された。

 

 ドゴン、と爆音が響く。ACの背部専用大型グレネードランチャーの榴弾が、回避動作直後のネクストに直撃した。しかし、緑がかった光が煌めくと、次の瞬間爆発は相殺されている。

 

『チッ。あれだ! あのバリアをどうにかしなきゃ、俺たちもいずれジリ貧になっちまう!』

 

 ネクストはお返しとばかりに、背中のキャノンを展開した。そこから落雷の如きプラズマキャノンが放たれ、同志のACは一撃で木っ端微塵になった。

 

「…………」

 

『どうする? エイワズの言う通りだ。奴さんの練度も並ではない。こちらの武装をぶつけても、回避されるか、バリアで消されるか。返す刀でこちらが命を削ることになる』

 

「後退は出来ない。どのみち、後ろに道なんてない。誰も迎えになんて来ないんだ。……それに、移動中に狩を終えた奴のセンサーに引っ掛かりでもしたら、追われてなぶり殺しだろう」

 

『じゃあどうするんだ? 本当に挑むってのか?』

 

「そうだ。……エイワズ、最後のACがやられたら、その隙をついてマイクロミサイルを一斉射しろ。ジャックはスナイパーキャノンを、できるだけ奴にぶつけてくれ」

 

『ああ、わかったが……策はあるのか?』

 

「なくはない、というところだ」

 

 両手で操縦桿を握りなおし、緊張をほぐしながら、『伝説』を冠する男は黒い巨人を睨んだ。

 

 そして、程なくして、最後の一機が爆散した。

 

 見殺しは心痛いが、即席の連携が取れる状況ではない。今は信頼できる仲間たちと最適に動くことが先決だ。

 

『ッッ……!!』

 

 後方から熱源。エイワズのマイクロミサイルだ。肩部兵装(エクステンション)から追加でさらにミサイルが放たれ、十数基の小型ミサイルがネクスト目掛け飛翔していく。

 

 しかし、光の膜がそれを全て薙ぎはらった。続けて、ジャックが狙いを定めてスナイパーキャノンを放つ。次の瞬間、黒の巨人が動いた。

 

 ──回避した。ということは、あのバリアは無敵じゃない。

 

「ジャック、エイワズ、砲撃を続けてくれ!」

 

 ブーストペダルを踏み込みながら男は叫んだ。右手のライフルをマガジンありったけ連射する。回避ポイントを出来るだけ削ぐためだ。

 

 直撃を取れても殆どはバリアに弾かれた。だが無意味ではない。そんな兵器はとても考えられない。

 

(あのバリアは、なんらかの資源を利用して生成されている。それを全部消費させてやれば消えるはずだ)

 

『オーエン!』

 

 ジャックが叫んだ。『伝説』──オーウェンは咄嗟にオーバード・ブーストを起動。メインブースターを調整し、真横に跳ねるように移動した。

 

 次の瞬間、紫色に輝くレーザーブレードが一閃し、オーエンのACが存在していた座標を一瞬のうちに切り裂いた。空気が震え、モニタ脇に表示される重金属の反応が増大した。

 

(どういうことだ……?)

 

 考えている暇はない。武装変更、両肩のリニアキャノンとチェーンガンを見舞う。瞬間移動で避けるネクストだが、回避を予測し、ついにリニアキャノンが巨人に直撃した。

 

 装甲に巨大な弾痕。バリアが働いていない。

 

(今だ……!)

 

 オーエンは再びオーバード・ブーストを起動する。ブーストペダルをフルスロットルで踏み込み、FCSをマニュアルでカット。左手のレーザーブレードにほぼ全ての余剰エネルギーを収束させる。

 

 ACの左腕から伸びる桜色のレーザーブレードが巨人を襲った。一振り目は、後ろに跳ねるようにブーストを吹かして回避される。だがそれは予想していた。オーエンはブレードユニットが悲鳴を上げるのも無視して、さらに出力を絞り出して突進する。

 

 左肩から入る袈裟斬り。完璧な角度とタイミングだった。

 

 しかし。

 その寸前に。

 

 まるで残像を残すように『ネクスト』が消失した。

 

「ちッ……!!」

 

 オーエンは咄嗟に機体を右に向ける。背後に回り込まれた、というのはただの勘だった。左側のレーザーブレードさえあれば対抗はできる。右手側は捨ててもいい。そして予想通り、機体の右側モニタにそれは居た。

 

 ザン、と静かすぎる一閃が機体を揺らす。残像すら残す勢いで鋭く振り切られた光の刃は、ACの装甲も内部機構もコクピット内のモニターもまとめてバターみたいに切り裂りいた。

 

 オーエンの眼前に広がる生の景色。その先に、細く絞られたアイセンサーと目が合った。

 

 見惚れるほど美しいフォルムの『ネクスト』。 回り込み、レーザーブレードを一太刀叩き込み、腕を振り切った巨人が、返す刀でそのまま二度目の構えを取っていた。

 

(なんて、ヤツだ)

 

 オーエンは咄嗟にコクピットをパージする。完全に無意識の行動だった。

 

 背部装甲がパージされ、露わになった内部機構に仕込まれた八つの爆砕ボルトが即座に起爆。

 衝撃でコクピットブロックが後方に押し出され、同時に彼は光が右から左に駆け抜けるのを見た。

 

 次の瞬間、意識が消し飛

 

 

 ***

 

 

 目が覚めた。

 暑苦しいコクピットの中だった。前面は大きく引き裂かれたような跡があり、正面モニターがあったはずの場所からは、生の砂漠の景色が広がっていた。どうやら、今は昼らしい。

 

「生き、てる……」

 

 呟くと、掠れた声にもならない呻き声が喉から発せられた。

 

 蒸し暑い上に、体の節々が痛みをあげている。みると、体のあちこちにガラスの欠片が突き刺さっていた。恐らくモニターの破片だろう。刺さった部分のスーツに染み付いた出血痕はすでに赤黒く滲んでおり、よく死ななかったと思えるほどにおびただしい量だった。

 いや、すでに死に体だ。この意識も、あと数分と経たずして消えるだろう。

 

 今はいつか。それを確認する手段すらない。コクピットの底面には緊急用医療キットと非常食・飲料水が入ったパッケージがあるが、シートから立ち上がる力もない。

 

 どうにかして汗にまみれた蒸し暑いヘルメットだけ脱ごうとしたのだが、そこで違和感があった。

 

 右腕が動かなかったのだ。首の対衝撃固定具も故障しているのか、最低限確保されているはずの首の動きもままならない。

 

 仕方なく眼球だけ動かして右側をみると、サイドモニターのあった箇所がまるごと何か別のものをつめこんだかのような壁になっていて、ライトレバーを握っていたはずの右腕はそれによって潰されていた。

 

「は、は……終わりか」

 

 ずいぶんと呆気なかった。レイヴンとして最強の男は、謎の新型兵器によって簡単に蹂躙され、あまつさえ機体の中にいたにもかかわらず四肢の一つを潰された。

 

 陸を支配した鴉が駆る兵器は、もはやただの棺桶だ。

 

「なにが『伝説』だ──、かはっ」

 

 吐血と同時に、彼の意識は再び途絶えた。

 

 

 

「オーエンのACも撃破……存外呆気ないものだな、伝説のレイヴンも」

 

 どこかで、女が言った。

 

「聞こえるか、ベル? ……こちらアンジェ、伝説のACも始末した」

 

『よくやった。それが最後のレイヴンだろう。君は、恐らく最も多くのレイヴンを撃破した個人だ』

 

「……鴉殺しの名誉か、嬉しくもない言葉だ」

 

 

 

 

 戦争集結から3日後。コロニー周辺を探索してくる、と防護服を着て飛び出した娘が、とんでもないものを持ち帰ってきた。

 

 ものはものでも、『者』と書くほうだが。

 

 なんでも、パージされたノーマルACのコクピットブロックの中で、血だらけで気絶していたらしい。

 対応はエミールに任せたのだが、その状態はとても酷かったようだ。なんでも、メット内は血と吐瀉物でぐしゃぐしゃになっていて、腹部を中心にガラス片がスーツを破って突き刺さり、右腕はノーマルの足にでも踏まれたかのように潰れていたと。寝たきりの私よりも酷い有様だった。

 

 

 

 急激な光が飛び込んできた。あまりの眩しさに頭痛が始まり、瞼を深く閉じる。その行為から数秒経って、眩しさを無視して思わず目を見開いた。

 

 目の前には清潔感溢れる白い天井。真横の黄色いカーテンが風に揺られ、開かれた窓からは暖かい太陽の光が降り注いでいる。

 

 

 生きている。

 何故だかわからないが、どうやら俺はまだ生きているらしい。

 

 どうやって? ……助けられた?

 

 眩しさに自然と目が絞られるが、情報を得ようと必死に眼球を泳がした。右側には机と、その上に名前も知らない一輪の花が。その奥には扉が。殺風景なもので、室内にはそれぐらいしかものがない。

 

 オーエンはそれきり現状の解析を諦め、自らの記憶を探った。

 

 最初の突撃のあと、敵の攻撃で右腕を破壊され、返す刀でトドメを刺された。慌ててコクピットをパージしたものの、間に合わず前方モニタが斬り裂かれ、そこで俺は死んだはずだ──思考に浸っていると、部屋の扉が開いた。そして、目が合った。

 

 ショートカットで、銀髪の女性。年齢はまだ若い。20代に入ったばかりという程度だろうか。

 

「あ……」

 

 そして目が合った途端、彼女は驚愕の表情を浮かべながら声を漏らし、次の瞬間には顔を輝かせてこちらによってきた。

 

「目が覚めたんですね!よかった……」

 

 彼女は、壁に備え付けてある電話を手に取り、「フィオナです、《彼》が目を覚ましました」とだけ言った。そして再びこちらに振り返り、

 

「私、フィオナ・イェルネフェルトです」

 

 そう言ってオーエンの左手を両手で包んだ。彼女が、どうしてそこまで喜んでいるのかわからない。

 

「俺は……」

 

 名前を名乗ろうとして、首を振り、その前にオーエンはこう問うた。

 

「ここはどこだ? それから……俺は、どれぐらい眠っていたんだろうか」

 

「はい。順番に話しますね。……ええと、ここはコロニー・アナトリアです。わかりますか?」

 

 コロニー・アナトリアと言えば、このご時世にしては豊かな桃源郷として有名な地である。トルコ周辺、アナトリア半島の名である。なるほど、アナトリアほどに裕福な場所であれば、戦後とはいえ人っ子一人置いておくくらいのことはできよう。

 

「……名前ぐらいはな」

 

 オーエンは適当に言って、続きを促した。

 

「えっと、落ち着いて聞いてください。あなたは、三年間、ここで眠っていたんです。見回りに出ていた私が、破棄されたACのコクピットを発見して……そのすぐ側に、あなたが」

 

「……そうか」

 

 不思議と、それしか言葉が出なかった。

 オーエンは心臓を抉られるような強烈な何かを呑み込んだ。

 三年。決して短い時間ではない。

 

「俺の他に……」と言いかけて、オーエンはやめた。フィオナは首を傾げたが、エイワズやジャックも恐らく、いや間違いなく戦死しているのだろう。あれほど強大な兵器に挑む方が間違っていたのだ。

 

(結局、俺たちは国家の捨て駒にされた訳だ)

 

 しかし、もう全ては終わった後だ。

 空を翔けたレイヴンは、獣に翼をもがれた。

 

 器用に二の腕から先が切断され、失われた右腕を見やりながら、オーエンは静かに息を吐いた。

 フィオナは、気の毒なほど自分が痛いかのような顔をして言った。

 

「……腕、痛みますか?」

 

「え?」

 

「あなたを見つけた時には、右腕は、もう……」

 

「ああ……特に痛みはないよ。施術に、他の治療……とにかく、ありがとう」

 

 生への渇望はないが、感謝しなければ彼女に失礼だろう。オーエンは言いながら、再びベッドに上体を倒した。

 

 そこで、部屋の扉がノックされた。フィオナがどうぞと告げると、やや乱暴に扉が開かれた。

 

「やあ、目覚めたな、レイヴン」

 

 入ってきたのは中年の男だった。やや白くなり始めている髪と髭を見るに、もう50代に差し掛かっているだろうか。

 

「あんたは?」

 

「エミール=グスタフだ。僭越ながら、ここ、コロニー・アナトリアの代表を務めている。……すまないフィオナ、外してもらえるかな。彼と話がある」

 

「わかったわ」

 

 フィオナが出ていくのを確認し、オーエンは気になることを聞いた。

 

「アナトリアの代表はイェルネフェルト教授じゃないのか?」

 

 エミールと名乗った男は一つため息をつき、パイプ椅子を引っ張り出して座りながら、忙しく口を動かし始めた。

 

「さて、君がこのアナトリアのことをどう聞いているかは存じていないが、実に国家解体戦争からは三年が経っている。身内の話になるが、終戦とほぼ同時期にこのコロニーの最高技術者であるイェルネフェルト教授はこの世を去った。その後、教授の弟子であった技術者、つまり私の元同僚たちが、商品と技術情報を手土産に他のコロニーに高飛びした。おかげで我々は現在経営難に陥ってしまった、ということだな」

 

「……それで?」

 

「つまり、我々には君一人を養い続けるほど蓄えがあるわけではないということだ。君の体に取り込まれたコジマ粒子を取り除くためのマイクロマシンや、腕の切断作業、全身のガラス片の除去手術もタダではなくてね。莫大な資金のもとに、君という個人はこの三年間保護されていた訳だ」

 

「俺にどうしろと?」

 

 かつて、彼の口座には掃いて捨てるほどの金があったが、国がないのでは最早意味もないだろう。今の彼は一文無しに等しい。

 

「単刀直入に言うと、仕事をして貰いたい。それもただの仕事じゃない──傭兵だ」

 

 オーエンは自分の右手を見遣り、自嘲気味に左手で抱え挙げながら言った。

 

「この手を見ろ。ACは片腕で操作できるほど単純なもんじゃない」

 

「ああ、勿論そうだとも。だが、その心配は無用だ。アレゴリー・マニピュレイト・システム──AMS技術というものがあってね。君の脊髄にマイクロチップを挿入し、脳と脊髄のAMSとを介して人工的な電気信号を伝い、義肢を動かすという技術がある。専門ではないが、奇しくもこのコロニー・アナトリアで研究をしているものだ。君のように、四肢を失った者や、あるいは麻痺したものたちが使う医療システムさ」

 

「……義肢だと?」

 

 相槌を無視してエミールと名乗った男は続ける。

 

「実は、このAMSを使うには個人差のある適正が必要なのだが……君がここに運び込まれた時、適正ありと見なされている。なにも問題はない」

 

「……俺みたいな奴をしごかなければならないほど、困窮しているっていうのか、アナトリアが?」

 

「言ったろう、技術者が逃げたと。コロニー・アスピナに逃げた裏切り者たちのせいで、うちの財政は現在火の車という訳だ」

 

「……それはわかった。それで、ACはあるのか?」

 

「君専用の特別なものを用意してあるとも。手術は君の体力回復を見て、二日後だ。筋肉は電気マッサージである程度慣らしているが、全盛期を維持しているわけじゃない。軽くリハビリを兼ねて、彼女にアナトリアを案内してもらうといい」

 

 ──随分と用意がいいな。まるで、俺が目覚めるのを待っていました、とでも言わんかのようだ。

 しかしどうやら仕事と引き換えに住まわせてもらえるらしい。オーエンは首肯すると、部屋から出ていくエミールを見送りながら思考に浸る。

 

 押し付けがましい好意の対価ではあるが、折角救われた命でもある。

 

 生に執着するつもりはなかったが、アナトリアと……そしてフィオナには、恩がある。

 

「傭兵稼業か……しかし、あの新兵器の登場で、ACなんて使い物にならないんじゃないのか……?」

 

 疑問が解決するのは、エミールが全ての根回しを終え、オーエンがその場に直面した時だった。

 

 

 ***

 

 二日後。AMS手術と義手の接続手術はつつがなく終わった。

 脊髄にマイクロチップとナノマシンを取り込むという言葉にすれば単純なものだが、いじるものが脊髄となると厳戒体制で挑まねばなるまい。

 

 十数名の医師らしき男たちの中でオーウェンは意識を失くしていただけだが、起きた時には首筋の異物感と、右肩に付けられた機械の違和感にこそばゆい思いをした。機械化手術に際して残っていた生身の二の腕部分も切断されていたが、必要であるならば吞み込もう。

 

「これが義手だ。肩の差込口に差し込んで捻ってから脇のボタンを押すと接続完了、自動でAMSが起動する。取り外しする機会はあまりないだろうが、逆の手順で外せるようになっている」

 

「ああ、わかった」

 

「真空化処理の際に排出するエアがこそばゆいかもしれんが、それは我慢してくれ」

 

 エミールは早速オーエンの右肩の機械に白銀の腕を差し込んで捻り、脇のボタンに触れた。その瞬間、機械の右腕と首筋からビリっと静電気のようなものを感じ、思わず顔をしかめた。

 

 AMSとやらが起動すると、みるみる右腕の異物感が薄れて行く。まるで本物の自分の腕であるかのように、鋼鉄のそれは自らの体に馴染んだ。

 

「何か異常は? 腕が痺れたり、頭が痛くなったりしないか?」

 

「……いや、大丈夫だ」

 

「……そうか。それはよかったよ」

 

 含みのあるような言葉を吐き捨てると、エミールは重々しく立ち上がった。

 

「では、君に見せたいものがあるんだ。付いて来てくれるか?」

 

 付いてこい、ではなく、付いて来てくれるか。

 

 オーエンは、ここが分岐点なのだと悟った。恐らく傭兵をするために用意したACとご対面することになるのだろう。だが、選択肢は一つしかない。

 

「ああ、もちろん」

 

 エミールが小さく「すまない」と呟いたのを、オーエンは聞き逃さなかった。

 

 

 ***

 

 

 案内されたのは、巨大な格納庫……ではなく、地下へ続くであろう作業用エレベーターだった。

 

 エミールは地下五階のボタンを押すと瞑目した。オーエンは頭を空っぽにしていたが、戦場に身を置く傭兵として、新しい兵器との対面にやや興奮を隠しきれないでいた。

 

 巨大な作業エレベーターが開くと、長く続く廊下に出迎えられた。幅も高さも三メートル程度で、清潔感のかけらもない小汚い廊下だった。

 

「……」

 

 壁を見ると、どこかしこにemergencyだのwaringだのと危ない単語が並んでいる。二人は無言のまましばらく歩くと、重厚なドアの前に辿り着いた。

 

 エミールがカードキーを通すと、小さく電子音が鳴って扉が開いた。目的地までは二重構造になっているらしく、その中身は3メートル四方の箱の中だった。

 

「ここは洗浄部屋だ。入るぶんには特別なことはしなくていいが、出て行くときは必ず5分間この部屋で体と身に付けたものを洗浄してもらう」

 

「随分と厳重なんだな」

 

 適当に相槌し、その先の扉へ促す。

 

「……言っておくが、ここから先へ行けば、もう戻れない。レイヴン……いや、オーエン。君は、我らアナトリアのために死ねと言われて、命を差し出すことができるか?」

 

 急にエミールはそんなことを言い出した。

 しかし、どうせ答えは決まっている。

 

「あんたらが拾った命だ。俺を使い潰すも何も、あんたらが勝手に決めればいい。……俺は、俺を助けてくれたフィオナと、アナトリアのためにやるだけだ」

 

「その答えが聞けてよかったよ」

 

 エミールが、ロックを解除する。

 がこんと重い金属音が木霊し、最後の扉が開いた。

 

 その先にあるものは、半分はオーエンの予想通りで、半分は予想とは違った。

 

「こいつは……」

 

「そう」

 

 エミールは彼の言葉を拾って、言った。

 

「次世代のアーマード・コア……三年前、君達が敗れた災厄の巨人。『ネクスト』だよ」

 

 

 ***

 

 

「AMSがアナトリアの専門商品であったことは話したな」

 

 分厚いガラス張りの壁の向こうに佇むネクストに、まるで憧れのスポーツ選手と対面した子供のような瞳で眺めるオーエンの隣で、エミール・グスタフはガラスに背を向けて体重を預け、自らの首筋を指しながら言った。

 

「ネクストは、そのAMS技術を利用して操縦する。マニュアル操作では、気の合う成人男性が十人いてやっと、という膨大なタスクを持つものだからな。

 君の脊髄に埋め込んだナノマシン、AMSを経由して、IRSと呼ばれるネクストの頭部に存在する統合制御装置に命令を送信、機体レベルで信号を解釈・再変換する。そしてFRS、専用制御体によって機体全体の挙動イメージを損なわないレベルに細かなパーツ単位で再解釈し、ACS(アクチュエータ複雑系)が稼動してネクストは動く」

 

 ネクストはAMSを利用することで、ある種の思考操作を実現しているというわけだ、とエミールは締めくくった。

 

 つまり、目の動きの信号はアイセンサーの動きとなり、右腕を上げて引き金を引く、という信号はそのまま機体の右腕を上げ射撃するという動作に直結する。

 

 疑問は山ほどある。

 まくしたてられた解説を全て理解したわけでもない。

 オーエンは絶句したまま呟くように問うた。

 

「……どうして、こんな兵器がここにある?」

 

 このネクストという戦闘マシーンは、核兵器をも凌ぐ戦略兵器の一つだ。

 その力は、たった二十六機で国家を転覆し、世界を変えたという歴史が証明している。

 

 平和なコロニーの防衛戦力のうちの一つ、としておいそれと置いておけるものではないはずだ。

 

 エミールは事も無げに答えた。

 

「簡単なことだ。AMS技術の研究のためだよ。元は君みたいに四肢を欠損、ないし神経系異常によって体を動かせなくなったような者のための技術ではあるが、コジマ粒子の兵器転用が視野に入れられると同時期に、ある男がこのAMS技術に目をつけた」

 

 それが、イェルネフェルト教授。

 

「彼はAMS技術の第一人者であり、かのコジマ博士と旧知の仲でもあった。企業は兵器転用を考えて彼ら二人に協力を仰ぎ、完成したのが、このネクストということだ」

 

 眼前に鎮座する黒い巨人を後ろ手に指しながらエミールは言った。

 

「こいつは、アナトリアのさらなる技術研究の発展と、それによって得られたデータを各企業へ提出するという契約に基づいて渡された機体だ。

 我々はこいつの技術研究を細々と続ける事で、なんとか今日まで食いつないできた」

 

 エミールは携帯端末をオーエンに手渡した。そこには、ネクストに関するデータが内包されている。

 

 頭部はローゼンタールのオーギル。

 コアと脚部はイクバールのサラフ。

 そして腕部は新興企業レイレナードのアリーヤで構成されているらしい。

 

 パックスを謳う六大企業の様々なパーツを利用して組まれている訳だ。

 

「これらのパーツは国家解体戦争よりも前に製造されたものだが、うちにも事前の整備スタッフはいる。今でも当時と同様の性能を保っているとも」

 

「……こいつを使って、俺に傭兵をさせるわけか」

 

「君達の時代のAC、今ではハイエンドノーマルなどと呼ばれているが、それらは既存のパーツで固定され生産効率を向上させたノーマルACと名を変えて大量生産・運用されている。MTなどの通常戦力では叶うまいが、ネクストにとっては烏合の衆に過ぎんだろう」

 

「……」

 

「それから……そうだな、これも話しておこう。コジマ粒子についてだ」

 

「七年前……いや、今から数えて十年前に発見された、重金属元素か」

 

「その通り。発見者のコジマ博士に因んでコジマ粒子と名付けられたこの新物質は、世界の新たなエネルギー資源として注目を浴びた。化石燃料の枯渇したこの世界の、まさしく救世主だよ。だが、これには一つだけ致命的な欠陥があってね」

 

「つまり?」

 

「人体への、いや、地球環境全てへの汚染被害だ。それもウランやプルトニウムといった核燃料とは比較にならないほどの、な」

 

 あの時。ACが異常を検知していた反応はそれか、とオーエンは一人得心する。

 

「隠していても仕方ないから言っておく。君はネクストと間近で交戦し、コクピットブロックの壁を切り裂かれた時にコジマ被曝している。近距離でプライマルアーマーの領域にいたのだから当然だ。マイクロマシンで出来る限り体内のコジマ粒子は除去したが──このままだと、もってあと十年もしないうちに、君の命は尽きるだろう。そしてその間に、コジマ被曝についての治療法が確立する見込みもない」

 

 その宣言に、オーエンはさして驚かなかった。

 

「その上で、改めて、頼もう」

 

 エミールはいつになく真剣な顔で言った。

 

「私にAMS適正はない。言い訳に過ぎないが、もし私が戦えれば、アナトリアがここまで窮地に陥る事もなかっただろう」

 

「……」

 

「だが、君にはそれがある。適性は微弱なものだが確かに力があるのだ。今、ネクスト戦力という商品を売り込めば、必ずアナトリアは立て直せる。──だから、」

 

 ──だから、アナトリアのために死んでくれ。と、エミールはこぼした。

 

「……ああ。だがこちらも改めて訂正しておく。アナトリアと、そしてフィオナのためだ。あんたのつまらない口車に乗せられた訳じゃない」

 

 そうか、とエミールは珍しく笑った。

 

「さて……明日から、君にはここでネクストの操縦訓練を行ってもらう。包み隠さずに言うと、君のAMS適正は恐ろしく低い。最初のうちは地獄のような毎日になるだろう。だが、君はやると言った。なら、私も腹を括ろう」

 

 かくして伝説の鴉は、その日、獣になることを決めた。

 

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