ARMORED CORE 4 / Answer とある傭兵の記録 作:さかき(ヒロタカリュウ)
地下の巨大空洞にアラートがけたたましく響いた。分厚いガラスで隔てられた目の前の管制室には、白衣を着た男たちがいくつものモニターを睨み、その中央に立つ男──エミールは無線で指示を飛ばしていた。
『AMSが安定していない。意識を強く保て。それはお前自身だ』
脳内につんざくように飛んでくる通信。頭の中に誰かが土足で踏み込んでくる感覚に、オーエンは何度目かもわからない嗚咽を出した。吐瀉物がヘルメットの内部にばら撒かれ、その目は酷く充血している。
「……ッ、ぐ……ゥ」
歯を食いしばりながら、オーエンはネクストに接続していた。
人間として自身の機械義手の右腕を動かすのとは訳が違う。劣悪なAMS適正では、ネクストという複雑かつ巨大な構造体を丸ごと動かすには、文字通り地獄のような負荷が脳にかかることになる。
ネクストを起動し、AMSで繋がった直後、オーエンは酷い頭痛と吐き気を覚えた。その十分後にはこのザマだ。
『私の声が聞こえるな? 仮想視界越しに景色は見えるか? 風の流れる音は?』
何かを言う余裕もなかった。音が聞こえなくなった。ぐにゃりと視界が歪んで暗転し、間もなくして、オーエンの意識はぷっつりと切れた。
***
「医務室に運んで点滴を。得られたデータはコピーして研究室だ」
簡潔に指示を出して、エミールは小さく溜息をつく。どたばたと慌ただしく駆けていく部下たちを見やりながら、彼は後ずさるようにしてパイプ椅子に座り、冷めたコーヒーに手をつけた。
「……言っておくが、こんなものは地獄の始まりに過ぎんぞ、傭兵」
誰もいなくなった部屋で、彼の声だけが響く。
***
目が覚めた。ここで目覚めるのは二度目だな、と思う程度には、冷静な思考能力を取り戻していた。
ネクストの起動実験は成功。ただし、その後のシミュレーターを利用した稼働実験はまるで何も出来なかった。
頭の中にありとあらゆる信号が流れてくる。情報は脳を犯し、貪り尽くした。記憶も半分飛んでいるが、文字通り地獄のような訓練だった。
「……あれが、ネクスト」
AMS適正が低い、ということがどうなのか、完全に理解しているわけではない。ただ、あれだけの兵器を操るには、人間のままではいられないのだ。傭兵が人の心を捨てるように。
オーエンは布団を退けて右腕を見た。簡素な作りの義手は死んだように転がっているが、首筋のAMS装置に意識を集中すると、熱が灯ったように右腕の人工神経が起動していく。一秒と経たず高分子の人工筋肉が命を宿し、軽く掌を開閉してみるとそれはタイムラグなしで従順に反応した。
無機質な腕は気持ち悪いくらいに思うがままに動いた。神経が詰められているのか触覚もあるが、どうやら温度まではわからないようだ。
オーエンはそのまま、ネクストとの接続時の問題を考えてみる。一番は単純に、動かすものが右腕から巨体の全身へと移行したせいで起きた弊害だろう。脳が処理に追いつけないせいで、頭痛や嘔吐を起こすのだ。
「……課題は山積みだな」
ふと、オーエンはレイヴン時代の初出撃のことを思い出す。
訓練もそこそこに、レイヴン試験として実戦に放り出されるのが当時のしきたりだった。そこで生き残り、実力を見せることができれば合格。逆に──死ねば不合格という、至極単純で死と隣り合わせな、狂気じみたルール。翻って言えば、それを乗り越えられるほどの気兼ねと運と実力を持ち合わせていなければ、どのみちすぐに死が待っているという、間引きとしては皮肉なことに合理的なシステムであった。
彼には才能があった。同期が目の前で死んでも顔色を変えず任務を遂行し、想定外の増援部隊も退けた。それがオーエンの初陣だった。
思いふけっていると、医務室の扉が開く。目をやると、そこにはフィオナがいた。AMSの施術前から数えて、数日ぶりの対面だった。
「やあ、フィオナ」
できる限り優しい声色で声をかけたつもりだったが、彼の鋼鉄の右腕を見て、フィオナは表情を曇らせた。
「オーエンさん……」
彼の右腕はAMS技術を利用した機械義肢だ。
「どうして……いいえ、エミールが言ったのね」
「心配するな」
「いいえ、心配します」
オーエンの言葉を、フィオナは真っ向から否定する。
温もりのある彼の左手を両手で包みながら、フィオナは言った。
「あなたが戦う必要があるというのはわかっています。ごめんなさい、止められなくて。でも、無茶はしないでください──あなたはもう、アナトリアの一員なんです」
「──ああ。わかった」
オーエンの訓練は続いた。
ある日、歩行訓練に成功し、次にはブースト移動ができるようになった。
機動テストが終わると、次には火器管制のテストに入った。しかし、そこで新たな問題が起きた。
オーエンの右腕はAMSを介して機械義手と接続している。これがネックだった。かいつまんで言えば、右手側の火器使用にエラーが起きた。
医務室のベッドの上に横たわるオーエンの前で、パイプ椅子に座りながらエミールが推論を述べる。
「恐らくはIRSへ送るべき信号が、脊髄で分岐して機械義手にも伸びているのだろう。君がネクストの右腕を動かすつもりで信号を送っても、電気信号は首のAMSジャックを通過すると、IRSへ向かう信号と、義手の人工神経へ向かう信号とに分岐してしまう。その結果、君自身の右腕がコクピット内で暴れることになる訳だ」
AMS接続において、機体を動かす際に四肢を動かす必要はない。本来ならば、脳から発信した電気信号はAMSを通過することでIRSに到達し、IRS内にて信号を機体レベルに解釈・再変換することで、ネクストの肢体の操作となる。だが、オーエンの場合は、AMSを通過した電気信号が、そのまま義手にも伝わって誤作動を起こしてしまう。
「解決策はないのか?」
「ある。が……」
エミールが言い詰まる。ちょうどその時、フィオナが医務室に入ってきた。
「オーエンさん……エミール」
「フィオナか。どうした?」
彼女は酷い顔をしていた。
フィオナはベッドで上体を起こしているオーエンの前まで来ると屈みこんで彼の両手を握りながら言った。
「もう、やめてください。このまま実験を続けたら、死んでしまいます」
オーエンの顔は、ここに来てからより一層痩せ細っていた。ストレスかAMSの負荷によるものか、筋肉も萎縮している。顔色は常に青く、目の下には濃い隈ができていた。
「フィオナ。彼は元よりそのつもりだ」
瞑目するエミールが事もなげに答える。それを聞いてフィオナは目を見開き、エミールのそばに寄ってその頬を叩いた。
ぱちん、と乾いた音が響く。
「彼をこんな目に合わせるぐらいなら、助けないほうがずっとよかった」
「……」
「……エミール、フィオナと二人にして欲しい」
「ああ。では後ほどな」
閉められたドアの音が、白すぎる清潔な部屋にどこまでも残った。
オーエンは手持ち無沙汰に医務室の中を眺める。
もう見慣れた風景だ。取り立てて珍しいものはない。色褪せたカーテンにリノリウムの床、ベッドの脇の台に置かれた鉢植えには毎日造花が入れ替わっている。強いて言うなら、タンク型ACにも似た、通信設備を兼ねた医療機器の複合装置が置かれているくらいだろうか。
カーテンが風に揺られて幾度が揺れ、数分が経過して、ようやくフィオナが口を開いた。
「ごめんなさい、オーエンさん」
「……フィオナが謝ることはない。俺が選んだ。だからやっている。それだけだ」
「でも……」
「それに」
オーエンはフィオナの言葉を遮って一度言葉を切り、僅かに瞑目してから言った。
「助けないほうが良かった、なんて言わないでくれ。俺は、君に救われたことに感謝している。そして、だからこそ戦う。でも、君がそれを重荷に思うことはない」
「そんなふうに、考えられません」
「当たり前のことなんだ。俺にとっては。君が俺のことをどう思っているかは知らないが、俺はここに来るまで、多くの命を殺めてきた。金のためにだ。そんなクズが、取りこぼしたはずの命を救われた。なら、俺はそれに報いなければならない。こんなことを言う資格がないのはわかっているが──俺は君を、アナトリアを不幸にしたくない」
「……ずるいですね、オーエンさん」
「ああ。ズル賢くなければ、傭兵なんてやってないさ」
自嘲気味に笑うオーエンに、フィオナはこう提案した。
「ちょっと、散歩でもしませんか? アナトリアのこと、まだよくわかっていませんよね」
たしかに、最近目を覚ましてからは、この医務室とネクスト実験室の往復ばかりだ。
「そうだな。気分転換にいいかも知れん」
アナトリアをじっくりと眺めるのは思えば初めてだった。荒廃した都市や人工の地下施設を戦場としてきたオーエンにとって、これだけの緑を肌で感じるのは新鮮な体験だ。
「もう砂漠が近くまで来てますけど、コロニー内は自然ばかりのいいところなんですよ」
「そうだな」
ゆったりと吹く風を感じながら、オーエンとフィオナは当てもなく歩いた。緑のずっと向こうには彼女の言う通り砂漠が広がっており、やはりコロニーとは所詮、パックス・エコノミカに従事する奴隷の箱庭に過ぎないのだと実感する。
パックス・エコノミカ──国家解体戦争以降、世界を統治する企業連合体によって掲げられた『経済による平和』である。
管理者たる企業が資源と市場を独占し、その中の限りある資源の節度ある再分配を最適に行うための社会システムは、オーエンが寝ている三年間の間に世界に浸透していた。
「この世界にも、こんなに綺麗なところがあったんだな」
「いいところでしょう、アナトリアは」
「ああ。俺の故郷とは大違いだ」
「故郷?」
「ここよりもう少し北東にな。今はもう解体されてなくなった、小さな国だ」
オーエンはぽつりぽつりと語った。旧トルコに存在するこのコロニーアナトリアから見て北東方向──グルジアと呼ばれる国はそこにあった。
「飢えに耐え忍ぶ日々だった。明日のことはおろか、その日の食い扶持も危ぶまれていた。次第に母が倒れ、弟が倒れた。俺が九つの時、ついに父も亡くなった。一人になった俺はある日フランス出身の傭兵に拾われ、生きる術を教わった。それからまあ、色々あってレイヴンになった」
それが十五の時だ、とオーエンは語った。
単純計算でも、もう十年以上ACを駆って戦っているということだ。
「伝説、だなんて持て囃されていたが、あんなのは伝説でもなんでもない。その称号に自惚れていた節があるのは間違いないが──俺はただ、他より経験があっただけだ」
「……」
「やることは変わらない。ネクストもACだ。使いこなしてやるさ」
「無理だけはしないでください」
ああ、とオーエンは返した。
***
「『ダイレクト・リンク』?」
「そうだ」
会議室のホワイトボードに図解された資料を貼り付けながら、オーエンはおうむ返しに呟いた。
「先日も言った通り、君が発した電気信号はAMSを通過すると、分化してIRSと機械義手にそれぞれ到達する。その弊害として、君がネクストの右腕を動かそうとした時、同時に君自身の右手も動いてしまうことになる。ここまではいいか?」
「……ああ」
「この問題は深刻だ。知っての通り、既存のあらゆる兵器を超える機動性を持つネクストのコクピットは対G用に調整され、体の向きはほぼ寝たきりの状態に近しい。心臓の高さに体を合わせた方が、垂直方向への対G負荷を軽減させられるからだ」
「そして、それに合わせてネクストのコクピットは酷く狭い。外界の視野能力はリンクスへの網膜投影で行うためモニターの必要性がなくなり、操縦系統はAMSに依存しているから、従来のノーマルにある操縦桿やブーストペダルといった類の機器も排除されている。あるのは、AMS接続前に使ういくつかのボタンや、強制排出用のレバーぐらいだ。この中で鋼鉄の右腕がひとりでに動けば、ネクストを内部から破壊しかねないだろう」
「それで、『ダイレクト・リンク』というのは?」
問題点ばかり聞いても仕方がない。オーエンは先を急かした。
「AMSが身障者のために開発された側面もある、という話は以前もしたな。これはその応用だ。即ち──君の義手を右腕たらしめているように、君とネクストの右腕を繋ぐのだ。……直《・》接《・》な」
「……?」
「ネクスト制御の話に戻ろう。リンクスが発した命令は、AMSを経由してネクスト頭部の
「……ああ」
「『ダイレクト・リンク』はこの手順を省略する。君の脳が発した電気信号が、即座に義手を動かすのと同じように。本来はリンクスからAMS、IRS、FRS、ACSと並ぶ手順を、AMSとACSのみで実行する」
「……そんなことができるのか?」
「当然、相応の負担はかかるがね。だが技術的な是非を問うならば、できると答えよう。……そうだな、君とネクストの普段の適合率を30%程度としよう。これは血液の脈動や細胞の活動、そしてIRSからフィールドバックされた被弾による痛覚カットなど、いわゆる触覚が省かれた上での数字だが、『ダイレクト・リンク』することで適合率は90%に至る。君の右腕はネクストの右腕とほぼ同化する。それはすなわち、あるはずのない神経がネクストに通うということだ。
プライマルアーマーによって常にコジマ粒子の還流を肌に感じるだろう。右腕に被弾すれば鋭い痛みもあるかもしれない。指に込める力を緩めれば武器を取りこぼしてしまう。つまり、そういうことだ」
「……………………なるほど、な」
衝撃的な話だ。
それは即ち機械の補正を失うことを意味する。兵器的側面を鑑みれば、愚行もいいところだ。ただし、兵装の利用については
「だが、なにもデメリットばかりではない。メリットとしては、反応速度の飛躍的な向上が挙げられる。IRSとFRSによって命令イメージを再変換する工程が丸ごとなくなるのだからな。コンマ数秒の違いだが、戦場においてこの時間の差は、君も理解できるのではないかね」
「……こいつの解決方法は、それしかないんだな?」
「……ああ」
だとしたら、オーエンは既に腹を括っている。
「──わかった。施術を頼む」
「すぐに用意しよう」
***
ダイレクト・リンクの施術はつつがなく終わった。何も身体にメスを入れて機械を埋め込む訳ではない。肩口に備え付けられた義手の受け口にあるマイクロ・マシンを細工するだけだ。これでオーエンは、ネクスト搭乗時のみ彼の右手への命令系統を切断し、ネクストと直に繋がることになる。
その翌日、幾度目かの実験が行われた。エミールの推測通り、戦闘機動は既に完成し、射撃訓練に置いても、右手側の兵装は動体目標に対して命中率が9割を超えた。単純にFCSとACSだけでは困難な数字だ。
『素晴らしい。完璧だよオーエン』
頭痛を起こす頭をヘルメット越しに左手で抑えながら、オーエンはAMSを停止する。シミュレーションのため対G負荷がかからないのが唯一の救いか。なにせ、彼の搭乗するネクストは分類上では軽量二脚の高機動型なのだ。
「訓練項目はこれで終わりか」
コクピットから降りてエミールと顔を合わせるオーエンは、疲れた表情で言った。
「ああ。これでいつでも始められる。早速企業に売り込むとしよう」
「それまで、暫く休ませてもらうよ」
レイヴン時代から乗り続けた愛機、ノワールと同様の名が与えられた巨人を最後に一瞥し、オーエンは地下実験室から退室した。
「どうだった?」
居住区に戻ると、オーエンの住処にはフィオナがいた。食事を作っているらしい。
「稼働試験はなんとか終わったところだ。これからは訓練と、警備部隊に配属されるそうだ」
「すっかりアナトリアの一員ね」
「実感が湧かないな。今日まで……訓練ばかりの日々だった気がする」
テーブルにコーヒーを差し出しながらフィオナはいった。
「今日からは、ゆっくり過ごしましょう。今ぐらいは、いいでしょう?」
「……そうだな」
内心、オーエンは苦心する。この無垢な彼女を、薄汚れた傭兵が汚すには勿体無い話だ、と。
***
そしてオーエンの電撃的な初陣は突如として訪れることとなる。
雨の日。けたたましいサイレンに、オーエンたちは叩き起こされた。
「ん……警報?」
オーエンと同じベッドに眠っていたフィオナが微睡みながら呟く。鋭く反応したオーエンはベッドから飛び起きて荷台に置いていた機械義手を取り付け、服を着始めていた。
「オーエン?」
「フィオナ。どうやらアナトリアに外敵がやって来ているらしい」
オーエンの言葉を呑み込んでようやく目が冴えたフィオナが慌てて下着と衣服を身につけると、二人は揃って居住区を出て車を走らせた。向かう先はアナトリア中央、地下にネクストのACSISを備えた中央管制棟。現代表エミールの根城でもある。
「遅れました」
「何があった?」
雨に濡れながらフィオナと並び立って管制室に入ると、開口一番、オーエンは問うた。モニタを睨むエミールは二人の存在を認めると、モニタに目を戻しながら言った。
「賊の類だ。コロニー外周部を探索している無人UAV(無人探索ドローン)が、ノーマルとMTからなる二個中隊を観測した。国家解体戦争から実に五年。行き場を失った生き残りのレイヴンたちがコロニーを襲撃して略奪を繰り返しているという話は聞いているだろう」
国家解体戦争終戦直後、パックス(企業連合体)の主戦力はネクストだった。国家の崩壊によって雇い主を失った生き残りの傭兵は企業と契約しようと交渉をかけたが、ネクスト戦力を持つ企業にとって、ノーマルACはもはや古い遺物にすぎなかったのだ。
「……そういうことか」
五年という数字は大きい。これまで略奪のみで生き残り続けたか、あるいはどこかのコロニーの用心棒にでもなって食いつないで来たか……ともかく、練度もかなりのものだろう。
「アナトリアのノーマル部隊は?」
「既に展開を始めているが、どうかな。我が部隊は一中隊にも及ばないし、敵が近すぎる。相手は手練れだ。そうだろうオーエン?」
「……そうだな。雨に加えてやや霧がかっているから、こっそり進軍するにはもってこいだ。視界不良をついてジェネレータ出力を最小限に絞り、アクティブステルス最大で接敵してきたんだろう。……対抗するなら、ネクストか」
「そんな、オーエン」
「いや、それしかないよフィオナ。オーエン、行けるか?」
止めようとするフィオナをエミールが制する。実際、取り得る選択肢はそのほか無い。オーエンがノーマルACを駆り出したところで、同じノーマル複数機が相手ではどのみち苦戦を強いられることだろう。
「無論だ。納品されている武装をリストアップしてくれ。出撃する」
地下格納庫、ACを整備する施設内のACSISでクレーンが稼働していた。鎮座するノワールの右腕部には竜の顎門(アギト)にも似たブレードのような銃身を持つ特徴的な突撃型ライフル『04-MARVE』が握られ、左腕部にはBFF社製の高精度ライフル『047ANNR』が、右背部兵装にはグレネードキャノン『OGOTO』がそれぞれ装着されていた。
サラフ・コア後部ハッチが開き、リンクス用スーツに身を包んだオーエンはそこに体を滑り込ませた。
ほぼ仰向けに近い形状のコクピット内で、ハーネス・ベルト式のシートに体を預けてベルトを締めると、オーエンはコクピット内で数少ないボタンの一つに触れる。
プシュ、という音とともにコクピット内部の空気がほぼ真空状態となり、今度はシートに体を預けたオーエンの首元にAMS接続用のケーブルが伸びた。
「油圧チェック、温度チェック、正常。装甲表面のコジマ粒子運動正常。汚染濃度は基準値」
脊髄に存在するAMS受信ジャックとの接続が終わると、次に対Gジェルの注入が始まる。人肌に近い三十六度の固形ジェルがオーエンの肢体に馴染むように満たされると、ようやくネクストは起動する。
心臓部のコジマ・ジェネレータが火を灯し、生成されたコジマ粒子によって莫大なエネルギーが即座に大量生産される。それらはアクチュエータ複雑系(ACS)を通して全身に行き渡り、やがてオーギル・ヘッドのアイセンサーが爛々と輝き始めた。
『AMS起動』
「了解、AMS起動する」
オーエンは首筋のジャックに意識を集中した。彼の脊髄に挿入されたマイクロマシンを経由してAMSが立ち上がり、オーエンの意識はネクストとリンクする。
『上部ハッチを開けるぞ。わかっているとは思うが、戦場は居住区を含まない郊外とはいえ、アナトリア内部だ。プライマル・アーマーは使えん。装甲は合金製だが、AP(アーマーポイント、装甲耐久限界値)以外はノーマルと大差はない。集中砲火を受ければ簡単に撃墜されてしまうだろう。また、この中央管制塔の付近は居住区域だ。くれぐれも、落し物や墜落などしないように頼む』
「承知している。──オーエン、《ノワール》出撃する」
ネクストの頭上にある幾層もあるハッチが順番に開いてゆく。途端に雨水が垂れ始める。
地下のACSISにカタパルトの類はない。通常は輸送ヘリにて出撃するが、今は作戦区域がアナトリア内部であるためそれもない。
オーエンは《ノワール》にコマンドを送る。命令は一度AMSを経由してIRSで変換され、FRSで機体レベルに解釈されると、蟻の巣のように張り巡らされた
《ノワール》は膝を折りながら、跳躍とともにメインブースターに滾らせたプラズマジェットの奔流を解き放った。超重量の鋼鉄を押し上げるネクストAC用のそれが即座に機体を上昇させると、ものの数秒で黒は曇天の空に到達する。
極低温状態にあった装甲に流布されたディムフロスト・コーティングが外気に触れた。ぱきぱきと音を立てながら雨が弾かれ、蒸発した冷気が水蒸気となって尾を引くように《ノワール》の影に追従する。
かのネクストに、コジマ粒子の
オーエンは脳内が痺れるような感覚に襲われながら、クイック・ブーストを吹かして襲撃者へ向けて突撃する。
***
≪敵ノーマル、3機目を撃破。アナトリアめ、この程度でよくも生き残れたもんだ≫
「油断するな。防衛戦力がこれだけとも思えん」
襲撃部隊のリーダー格の男は次の一機を撃破しながら部下を窘め、レーダーを睨みつけて警戒する。
≪おい、なんだありゃ≫
「どうした?」
≪三班のハインだ。空中から高速接近する機影を確認した。戦闘機か? いや、これは人型……まさか──≫
そこで、ハインという男からの通信は途絶えた。リーダーは舌打ちすると、部下に一斉に指令を出した。
「全機、アクティブステルスを解除。奇襲は失敗だ。各自最大機動で敵勢力撃滅に当たれ。通信可能領域にまで接敵すれば俺が声明を出す」
≪ラジャ≫
無線を切り、飛来する黒が彼にも見えた。間違いない。ネクストだ。
「ふん、新型がどうした。俺たちレイヴンの仇、貴様ら企業の尖兵は、必ず俺が皆殺しにしてやる」
***
『間も無く接敵します。敵ノーマル、8機確認。MTと戦車がそれぞれ4、5機ですが、火力は無視できません。重ねて言いますが、プライマル・アーマーも展開できないため、被弾にはくれぐれも注意してください』
「諒解」
オーエンは網膜投影された《ノワール》の仮想視界越しに襲撃者を目視した。オーギル・ヘッドのアイセンサーが絞られる。戦況は悪く、味方部隊は既に数を大きく減らしている。
『こちらはアナトリア管制室です。あなた方は、コロニー・アナトリアの主権領域に侵攻し、許されぬ破壊行動を行なっています。直ちに武装解除、投降しなさい』
フィオナがオープン回線で警告を流した。相手が拾っているかは定かではないが、退くつもりはないらしい。
「……始めるか」
オーエンは意識を集中する。起動した右背部のグレネード・キャノンが炸裂し、手近なノーマルACの一機を一撃のもとに帰した。
「フン……!」
鼻息とともに、オーエンは尋常ならざる殺気を感じ、刹那の後には右にクイック・ブーストを吹かしていた。直後には亜音速で砲弾が駆け抜け、思わず冷汗をかく。
──スナイパーキャノンか。この視界でよくやる。
『機種、特定しました。一機はBFFの047AC-S。サイレント・アヴァランチが持つ狙撃特化機がどうして……?』
「他には?」
『はい。その他はGAのソーラーウィンド、それから、旧式のハイエンド・ノーマルが多数』
「了解」
オーエンは武装を切り替え、両腕のライフルを斉射する。機動力に乏しい戦車とMTが瞬く間に蹂躙され、傍にいた護衛ノーマルの一機も撃墜する。
『敵ノーマル、残り6機です』
「やれるものだな、ノワール」
独り言のようにオーエンは呟く。雨のカーテンの向こうで見えるマズルフラッシュに反応しクイック。SB-HOGIREのサイドブースターが唸り、強烈なGとともに機体を無理やり横方向へ回避させる。ネクストのもつ驚異的な機動力、その根幹を成すのがこのクイック・ブーストだ。特殊な対Gジェルでコクピットを満たさなければ、即座に体が挽肉になってしまうだろう。
『敵回線、拾いました』
《クソ、速え!》
《狼狽えるな。バリアは展開していない。落ち着いて回避動作後に狙撃しろ》
回避動作後といっても、オーエンの隙は少ない。常に最善手の機動で着実に距離を減らし、正確無比な射撃で数を減らしている。
『敵機撃破、残り一機です』
≪この野郎ォ!≫
怒号を挙げたのは最後になったハイエンドノーマルだ。スカイブルーの機体に一瞬感慨深い想いを感じたのは、かつての仲間が駆っていたものに似ていたためだ。
「……済まないな」
オーエンは小さく呟き、右手のマーヴを一射する。しかし、敵は巧みにブースト機動のみで躱してみせた。
「チッ──」
≪オーエンの仇ィ!≫
「!?」
その一言には、流石に狼狽せずにはいられなかった。
一瞬。ほんの一瞬だけ、《ノワール》の体躯は活動を停止する。その余白が僅かに届いた。ハイエンド・ノーマルの桜色のレーザー・ブレードが一閃し、ノワールの左肩、アリーヤ・アームズのエアインテークにも似た整波装置が大きく焼き裂かれた。
「グ……このッ」
思わず左腕部のライフルを取りこぼすが、空いたマニピュレータで握り拳を作り強引に叩きつける。装甲を貫けるほどではないが、ネクストのハイパワーなACSによる一撃は他の兵器のそれとは格が違う。ノーマルは表面装甲で火花を散らしながら機体バランスを崩し、ブースト制御でかろうじて体勢を立て直しながら着地する。
命の危機の最中、オーエンは得心する。感慨深いスカイ・ブルーのハイエンドノーマルAC。そしてその口からついて出た自らの名と、それに対する仇。
相手にも聴こえるようにオープン回線を開き、言った。
「お前……まさか、エイワズか?」
≪なに……?≫
***
『お前……まさか、エイワズか?』
「なに……?」
その声は、間違いなく眼前のネクストから放たれていた。
「オーエン、なのか?」
そんなわけがない。奴は大戦で死んだはずだ。撤退、終戦後に三日も探して見つけたコクピット・ブロックの内部は血だらけで無人だった。
不可避な死だったはずだ。
『ああ、俺が、オーエンだ』
しかしその声は、間違いなく、かつての戦友の声だった。
「……何やってんだよ、こんなところで」
『……俺はアナトリアに拾われた。それだけだ』
「そうじゃねえだろ。なんでそんなものに乗って、こんなコロニーなんて守ってんだ!」
『ここに拾われ、命を救われた。その対価としてだ。そうすると、俺が決めた』
「……ざっけんなよ」
エイワズは歯ぎしりするほど強く歯を食いしばる。彼にとって、それは裏切り行為にも等しかった。
「ふざっけんなよ、オイ!」
エイワズは右腕のライフルを構えた。しかし引き金を引くその直前にマニピュレータが撃ち抜かれる。オーエンに撃ち抜かれたと認識するにはしばらく時間を要した。『伝説』の片鱗に触れ、エイワズは思わず戦慄する。
「クソがぁ!」
レーザー・ブレード起動。同時にエイワズは、右手を構えたノワールを見た。
「───」
桜色の光刃を吐くそれを振るう暇もなく。
強靭なアクチュエータに支えられた巨人が、右手の銃器を強引に突き付けた。マーヴの銃底が冗談みたいにノーマルの腹部装甲を食い破り、突撃型ライフルのアギトはそのままジェネレータまで貫いた。
『すまない、エイワズ』
大型ライフルに貫かれコクピットで血だるまになった彼は、最後にそんな言葉を聞いた。
『俺はアナトリアを愛してしまったんだよ』
「オ──」
一射。ばがんと弾けるようにしてノーマルの腰から上が吹き飛び、オイルを撒き散らしながら地に伏した。
こうしてオーエンの初陣は終わる。
雨に晒されたオーギル・ヘッドのアイセンサーから、ぽつりと雫が弾けて散った。