ARMORED CORE 4 / Answer とある傭兵の記録 作:さかき(ヒロタカリュウ)
DESART WOLF -砂漠の狼-
《作戦を確認します》
ネクスト、《ノワール》のコクピット内にフィオナの声が木霊する。
厳密には、AMSと通信機を介して彼の脳に直接音声が届いている。
彼の視界──ネクストと接続することによって網膜上に展開された仮想視界の先に、世界地図が表示される。白に覆われたホワイトアフリカがピックアップされ、次に装甲列車の映像が流れてきた。
《マグリブ解放戦線の陸送部隊を襲撃し、同組織のイレギュラーネクスト、『砂漠の狼』こと、アマジーグの機体を破壊します》
《アマジーグは、致命的な精神負荷を受け容れることで、低いAMS適正を補い、機体の戦闘力を限界以上に高めています》
《ホワイトアフリカ各地の反体制勢力から、英雄と称えられるほどの相手です。まともに戦うには、リスクが大きすぎます》
それを差し引いても、初のネクスト戦だ。油断は許されないだろう。
映像が切り替わる。データリンクされた目標データが出力され、オーエンの眼前に砂漠の狼──バルバロイが出現する。
《彼のネクスト、『バルバロイ』は、イクバール標準機ベースの、軽量機体です。機体本体の防御力は、決して高くありません。起動前に、一気に叩いてください》
がしゃりと床が開く。ネクスト運搬用の大型ヘリに吊るされた冷蔵コンテナだ。白い尾を引きながら砂漠に黒のネクストが投下される。ヘリの離脱を確認してから、オーエンは《ノワール》を戦闘モードに切り替えた。
コジマ・ジェネレータがフル出力で稼働を始める。コンデンサに貯められたコジマがディムフロスト・コーティングを剥がして白い霜を散らせた。薄い砂の風がコジマにぱっと弾かれて緑に発光する。そのようにして、伝説の鴉が乗るネクストは戦場に舞い戻った。
《目標を確認。輸送車両によって陸送中です。焦らずに目標を引きつけ、奇襲してください》
フィオナからの通信に心臓が引き締まる。ネクストとのリンク率を再調整。ダイレクト・リンクされた右腕が人知れず武者震いを起こしていた。
《敵、作戦エリア内──あっ、バルバロイ、すでに起動しています! そんな……気付かれていた? なぜ……》
お願い、生き残って──フィオナの声に耳を傾ける余裕はとうに消え失せていた。
臨戦態勢に入った両のネクストが一気に動く。輸送車のタイヤが埋まるほどの膂力で跳躍したバルバロイ。砂漠の風がぶわりと向きを変え、砂塵を巻き上げながらノワールを食い殺すために戦場を席巻する。
『──奇襲か。無駄な策だったな。……容赦せん。行くぞ』
オーエンの頭に男の声が響く。ネクスト・バルバロイのリンクス、イレギュラー"アマジーグ"だ。
──熱源を探知。散布ミサイル!
オーエンは左腕のマシンガン、03-MOTORCOBRAを起動。横薙ぎに弾雨をばら撒いて先頭のミサイルを撃墜すると、一気に連鎖して爆発が起きた。
起動前を奇襲して叩く電撃作戦──素早いシステム起動を想定していなかった訳ではない。しかし、ただの一度も先制攻撃ができないのは厳しいと言わざるを得なかった。
クイックブーストで真横に飛び、黒煙の向こうのバルバロイに照準する。しかし、反応速度は向こうのほうが遥かに上手であった。バルバロイは爆炎をあげながら視界から消えると、直後には散弾砲と突撃ライフルの同時攻撃を浴びせてきた。
「チッ……!」
ごっそりとプライマルアーマーが消し飛んだ。
"死"を直感しクイックで横に跳ぶ。軽量二脚が砂漠を噛んで再跳躍。僅かに距離を離したのち、旋転。
引き撃ちは悪手だ。
オーエンはレイヴン時代に培った戦闘経験の記憶を頭の奥から引きずり出す。
ショットガンに対してそもそも正面から撃ち合う、というのは論外。相手の思うツボだ。つまり、更なる高機動で相手の背面ないし側面を陣取る必要がある。
オーエンは左手のマシンガンで牽制しながら連続クイックで距離を詰め、バルバロイの頭上を追い越す。即座にクイック・ターンで機体を翻し、そのままグレネードキャノンをお見舞いした。
バゴン!! と砂漠が爆ぜた。砂塵が塔のようにめくれ上がったとき、バルバロイは既に消えている。
『悪いがまだ死ねんのだ。──貴様らの所為《せい》でな!』
「速い……!」
同じ軽量級のネクストでありながら、その機動性には明確な違いがあった。
《ノワール》の左腕から放たれたマシンガンの廃薬莢が砂塵に沈む頃には、神速の二機はすでに数百メートルも中空を駆け抜けている。
これが、致命的な精神負荷とやらを受け入れた者の力の差か?
だとしても。オーエンとて背負うものがない訳ではない。
オーバード・ブースト起動。一度大きく距離を取り、追い縋ってくるバルバロイを確認してからクイックターンで大きく旋転。強烈なGに思わず顔をしかめ、コクピット内の対Gジェルが圧力をかけて体を締めた。
ほぼ180度近いターンの後、わずかコンマ数秒で二機が交錯する。その瞬間、オーエンは両の手の火器をありったけ叩き込んだ。
『ッ……!』
息を呑む音が聞こえた。プライマルアーマーが丸裸になり、イクバール製のネクストの装甲にたちまち穴を開けた。
『なるほど、理に適った動きだ。──だが、遅い』
どこまでいっても、反応速度はやはりアマジーグが上手であった。急速旋回し、至近でバルバロイのショットガンが爆ぜる。オーバードブーストによって弱体化していたプライマルアーマーをまともに貫通し、散弾がノワールの全身に殺到した。莫大な量の被弾警報がAMSを通じてオーエンの頭に叩き込まれる。装甲表面から黒煙が上がり、ネクストに張り巡らされた人工神経が幾つか死ぬ。オーエンはエラー信号を全てキルして冷静に横へフェイントのクイックを吹かした。
足りない。
ジリ貧だ。
このままいけば負ける、と確信した。
瞬発的で鋭角に飛びわまり的確に視界の外へ逃れながら、バルバロイはノワールを翻弄していた。みるみるうちにAPが削られていた。
『足掻くな、運命を受け入れろ』
バルバロイの放つ強烈なクイックでロックが外れる度に、被照準警告が脳裏に響く。オーエンは鳴り響くエラーシグナルを黙らせて夢中でノワールを手繰った。デッドウェイトとなるグレネードランチャーをパージ。がちゃりとロックが外れて背面のランチャーが欠落する。
一か八か、攻勢に出るべきか。
オーエンが逡巡した、その時だった。
『──こちら《ホワイト・グリント》』
低く抑えられた渋い男の声が、AMSを経由してオーエンの脳に割り込む。
『リンクス、ジョシュア・オブライエンだ。救援に向かう。あと十秒保たせろ』
救援。その二文字を呑み込み、オーエンは覚悟を決める。
左の重いマシンガンをパージ。空いた左腕にはコアの格納兵装から小型のレーザーブレードを装備。ひたすら前へクイックを続ける。レーザーブレードによるプレッシャーをかけながら、脅威となるショットガンの拡散範囲から逃れるように前へ横へと突き進む。
バルバロイを中心にさながら衛星機動を行いながら、オーエンは夢中で回避機動を続けた。
『消えろ消えろ消えろ……!』
呪詛のような呟きを拾う。
互いに正気でいられないのは明白だった。
脚部被弾。旋回性能低下。
左腕部損傷、整波性能低下。
コアに被弾。エネルギー伝達率低下。
「ぐぅ……!」
呻きを上げながら、全身のブースタが火を噴いた。これでもかとGが押し寄せプレス機にかけられたかと思うほど体が圧搾されてゆく。
そして、ついにレーダーが青い反応を拾った。味方シグナル。これを使わない手はない。
砂漠を蹴って決断する。
──AMSのリミッター解放。オーエンは、通常のAMSがタブーとする深度まで深く深く没入する。彼のAMS適正値では割に合わない侵食領域。
だがアマジーグはそこにいる。同じ土台に立って、捨て身で挑んで、ようやく勝てるかという戦いだ。
だからオーエンは躊躇しない。
その瞬間、四段階あるうちの第一層目の扉を開かれた。光に誘われるようにして、オーエンは広大なAMSの海へと潜り込む。
脳細胞が沸騰する。
視神経が無限にも拡張され、急速に視界がクリアになる。相対するバルバロイの装甲表面の傷がくっきりと見えるほどにまで。
時が、灼熱した。
人間の脳は普通に生活している限りではその機能の数割しか活用していないという。
AMSと繋がった脳は、その枷を容赦なく外す。
「──ッ!」
ホワイト・グリントが作戦エリアに到達した。
ふと、バルバロイの動きが一瞬だけ停滞する。
目の前の死に体であるノワールを先に沈めるか、あるいは万全の状態でやってきた新手のネクストに注力すべきか。
そしてそのわずか一瞬は、オーエンが待ち望んだ、たった一度の隙でもある。
──視えた。
引き金を、絞る。
狙いはバルバロイの真下。パージされたグレネードランチャー、その弾頭が詰め込まれたマガジンラックだった。
右のマーヴが吼えた。驚異的な精度でランチャーへ銃弾が吸い込まれた。アマジーグもまた咄嗟にクイックで逃れようとしたようだが、動くには致命的に遅すぎた。バルバロイの離脱と信管の作動は、寸毫の差で起爆が早かった。榴弾が一つ残らず炸裂し、茜刺す砂上で特大の花火が爆ぜた。大気を震わす轟音をAMS越しに肌で感じながら、オーエンは勝利を確信する。
黒煙の尾を引きながら、死に体のバルバロイが前後左右へクイックを吹かしてフェイントを仕掛けている。
だがこちらとて、オーバードブーストは既に起動している。彼我の距離は47。必殺の距離だ。
「──遅い」
一閃。
極小の光の刃は鴉の爪にも似た。榴弾の炸裂によってPAを根こそぎ剥がされたバルバロイ。地を這う山猫を襲うオオトリが如く、その薄い装甲に赤い短刀がまともに食い込み、そのまま一気に振り抜かれる。
切り裂かれたサラフ・コアからどろりと対Gジェルが噴出するのを見て、オーエンはようやく止まっていた息を吐いた。全身からどっと汗が溢れ、興奮状態にあった脳が現実に追いついてくらりと目眩が起きる。
『終わりか……あるいは貴様も……』
バルバロイの膝を折りながら、アマジーグは言った。
『──その力で、貴様は何を守る?』
……死んだ。
砂漠の狼が、完全に停止した。
《バルバロイ、沈黙しました。作戦完了です》
フィオナの一言を受けて、ようやくオーエンも一息をつく。戦闘モードになっていた全神経が通常のそれに切り替わった。
『──単騎でよくやる。なるほど、強い』
味方シグナルを放つ機影が数メートル先に着地する。全身を白で塗られた汚れなき騎士の名は《ホワイト・グリント》といった。
「……ジョシュアとか言ったな。救援、感謝する」
頭痛を堪えながら、オーエンはそれをいうのがやっとであった。もし、彼が敵対していたとしたら、無事ではすまなかっただろう。
『無駄足だったが、生きているなら、それでいい。生き延びろよ、レイヴン』
オーバード・ブーストで、さながら白い閃光が元来た道へ飛んで行く。
狼の亡骸に睨まれたまま、オーエンは狭いコクピットの中で、このたった数分間の戦闘を内観する。
──その力で、貴様は何を守る?
決まっている。フィオナと、アナトリアだ。
ぐるぐると思考が巡る。初のネクスト戦は勝利の体を成したが、これほど過酷なものとは思いもよらなかった。あらゆるアドバンテージが平等に割り振られたまま、過剰な戦闘能力は行き過ぎた戦場を生み出す。
全神経を総動員してようやく命をもぎ取った。正真正銘の全力稼働だ。もうただの一歩も動ける気がしない。
フィオナが何かを言っている。しかし、情報が頭に入ってこない。
やがてオーエンは、気絶するようにして瞳を閉じた。