ARMORED CORE 4 / Answer とある傭兵の記録 作:さかき(ヒロタカリュウ)
《作戦を確認します》
慣れ親しんだコクピット。ハーネス・ベルトでシートに括り付けられたオーエンは、目を閉じながらフィオナのブリーフィングを聞いている。
《レイレナード社のネクスト、オルレアを撃破してください》
網膜投影された視界に、Ange No.03の文字列と、とあるネクストの映像が映された。その体躯を見て、ざっと全身の毛が逆立つ錯覚があった。
現実の光景は映らない。ディムフロスト・コーティングが施された装甲の表面温度は冷凍庫でも扱わないほどの極低温状態であり、カメラアイも停止状態となっていた。
《彼女は、国家解体戦争で最も多くのレイヴンを倒したと言われ、この戦いでも、既に複数のネクストを撃破しています》
──識っている。覚えているとも。
あの日、あの時、あの場所で。
誰に斬られ、翼をもがれたのか、オーエンはまるで昨日の出来事のように憶えている。
《現在は遊撃隊として単独で動いているようですが、その行動には、明確な規則性があります。おそらく、敵対するネクストを誘い出す意図があるのでしょう》
《オルレアの主兵装は、高出力の専用ブレードです。接近戦では、細心の注意を払ってください》
投影されたオルレアの戦闘記録映像は、華麗というのが一番的確だといえた。左腕部のマシンガンで牽制・敵の回避の癖を掴み、生じた隙に右腕部の専用レーザーブレードを叩き込む。両肩には見たこともない装備が積まれていた。それら全てが、彼女を彼女たらしめている究極の最適解なのだろう。
《以上、作戦の確認を終了します。負けないでね……》
──かつて、俺はレイヴンだった。しかし、今はリンクスだ。
***
戦場は名もない倉庫の中だった。
『アナトリアの傭兵か。……できる、と聞いている』
──ギィ、と不気味な金属音が響き渡る。
静から動へ。空気すら停滞していた空間で、オーエンはそれを見た。
眼前のシャッターの一部が突如赤熱していた。
そのまま斜めに赤が一閃し、直後にはバラバラと崩れ落ちてしまった。
向こう側に構えているのは、専用大型レーザーブレードを振り切ったオルレアだ。
──思い出す。
もう四年も前のことになる。国家解体戦争において、国家に雇われ傭兵として従軍していたオーエンたちは、かのネクストによって殲滅させられた。今は亡き多くの戦友たちも、彼女らに殺されている。
そうだ。
──おれは今、あいつらの屍の上に立っている。エイワズとジャック、それから多くの戦友たちの上に。
《目標確認。ネクスト、オルレアです。撃破してください》
フィオナの言葉を飲み込み、オーエンは一歩踏み込む。その寸前、おもむろに専用の大型レーザーブレードを構えるアンジェが言った。
『会いたかったぞ、レイヴン』
──かつてレイヴンとして挑んだ時は、まるで歯が立たず、敗北して右腕まで失った。
「……奇遇だな、俺もだ」
……思えば、ずっとこの時を待っていた。
ネクストとハイエンドノーマルの差は深い。文字通り雲泥の差、ちや、ひょっとしたらそれ以上だ。オーエン自身、ネクストを自ら操ってみて更にそれを理解した。
反則的な機動力を持つクイック・ブーストに、並の砲弾を無力化するプライマル・アーマー。
根本的に、ノーマルではネクストには勝てない。
だが、今は同じ条件だ。ただし、性能差を理由に負けを認めるつもりはない。あくまで、フェアプレイを突き詰める。
そうしてオーエンもまた、装備しているレーザーブレードを構えた。
漆黒の二機。その両腕は互いに、莫大なエネルギーを滾らせてその解放を今か今かと待ちわびるレーザーブレードが装備されている。
──マシンガンじゃない、か。
そう。普段は片手に銃器を装備しているオルレアは、あろうことか両腕に同様のブレードを装備していた。
奇しくも、両手にブレードを選択したオーエンと同様の、完全近接戦仕様だ。
『斬り合いか。お前はライフルを使った中近距離戦を得意としている、と聞いたが』
「連れないことを言うなよ、『鴉殺し』。俺は、お前を殺すためにこの刃を研ぎ続けてきた。お前に振るうこの瞬間まで、温存しておいたんだ」
《オーエン……?》
何かを言いたげなフィオナだが、気にしない。
かの機体は間違いなく強敵だ。
今まで挑んだどのネクストよりも強いだろう。
『面白い。純粋な斬り合いならば私も本望だ』
細い通路で、二機が睨み合っていた。
言葉では形容できないオーラのようなものが、二つの巨人から発せられていた。
『──この感覚……行くぞ』
「──来い」
先手はアンジェのオルレアだった。クイック・ブースト性能を最重視したメインブースタ、S04-
オーエンは左肩のサイドブースターから最小出力で右にクイックブーストを吹かし、右足を軸に身を捻ってぎゃりぎゃりと地面を爪先で擦りながらドリフトのように回避。カウンターとして側面から横薙ぎにレーザーブレードを返す。
オルレアはサイド・クイックとともに跳躍して離れそれを避けると、メインブースターで位置を調整、即座に二度目のブレードを見舞ってきた。
「ちっ……!!」
咄嗟に左へクイック。しかし僅かに遅かった。紫が
たった二度の斬り合い。
ブースターで彼我の位置関係を巧みに調整しなければ、ブレード攻撃は成功しない。FCSで捉えることができればロックオン対象にある程度自動で調整されるが、この閉所、特に超近距離戦に於いてはあまり当てにできない。
むしろこの場合、『型』を考えて叩き込まねばならないだろう。
『この剣はネクストが装備する上では最上級の逸品だ。斬り合いに絞ったのは失敗だったな』
「さあ、どうかな」
オーエンの兵装もまた全てレーザーブレードだ。故障を想定してか、コア内部の格納兵装にも二振りのレーザーブレードが備わっている。
整波装置が全力で稼働し、破損したプライマルアーマーが修繕される。そのタイミングを見計らい、オーエンは今一度斬撃を見舞う。
ドヒャァ、と爆炎が吹き出され、狭い工廠の中をノワールが38Gで前進する。二刀を構えるオルレアはカウンターを放つべくレーザーブレードを起動し、直後に紫と赤が交錯する。
一閃は罠。もう一閃は必殺のそれ。
バチバチと紫電が迸り、切り結ばれたエネルギー刃の余波を受け、かたわらに並び立つ鉄骨がまとめて両断された。赤熱した金属片が散乱し、近くに可燃物があったのか爆発も起きた。二つの黒は舞い上がるセメント・ダストの中、ぎらりとアイセンサーを閃かせ、再び互いを睨めた。
決定打を打ち込むには、互いにあと一歩が届かない。
『どうした。ヤキが回ったか、伝説?』
「ふん。オルレアンの乙女に負けるようでは、伝説の名は返上だな」
『言ってくれる』
両腕を振り上げるアンジェのオルレア。アリーヤフレームの腕部に尋常ならざるエネルギーが収束され、ブレードユニットが光を放つ。それらを振り下ろす、その直前。
「──ッ!!」
オーエンはブースタで身を翻して右肩のクイックブーストを放った。そのまま左脚を軸にターンすると、ガリガリとサラフ・フレームの脚が引き摺られて火花が散った。ノワールはつま先から赤い跡を残しながら、オルレアを中心に時計回りでドリフト・ターンを決めていた。
『ちっ……!』
背後を取った。
刹那の出来事だった。
空を切るオルレア。その背中をノワールの影が忍び寄り、
一閃。
竜殺しの名を冠する刃が縦一文字に振るわれると、ズバンと冗談のようにオルレアの左腕部が切断された。無数の火花とともに肩部のエアインテークにも似た整波ユニットごとアリーヤの腕部が弾けて転がった。
だがそれでやられるアンジェではない。クイック・ターンで振り向きざまに、残った右手のムーンライトが三日月を描いて翻る。オーエンがバック・ブーストで離脱するも間に合わない。その先端がノワールのプライマル・アーマーごとサラフ・コアの胸部を斬り裂き、空間に露出したコクピットの中から薄緑の対Gジェルが出血のごとくどろりと漏れ出した。
『──過程は関係ない。最後に立っていれば!』
オルレアはメインブースターにありったけのエネルギーを投入し、最大出力のクイックブーストで肉薄する。だがオーエンも引かない。ノワールのコアが斬り裂かれ、対G処置が失われた以上、クイック・ブーストは使用できない。搭乗者が挽肉のようにバラバラになってしまうからだ。
上段から振り降ろされたムーンライトに対して、オーエンは半歩下がりつつ体躯を捻らせる。紙一重でそれを避け、返す刀で振り上げられた次の斬撃は、マニピュレータで腕を掴むことで対処する。
腕の数の差は絶対だった。オルレアは左腕を失っているが、ノワールはそうではない。
だがそこはネクスト操縦の経験が勝った。オーエンが残った剣を振るう前に、アンジェは咄嗟にメインブースターで機体を浮かし、ノワールの右腕を蹴り上げた。鋭いつま先がブレードユニットの固定ジョイントを穿ち、ノワールの右腕からブレードが零れ落ちてゆく。
「チィ……!」
歯を食いしばりながらオーエンはAMSにコマンドする。コアの脇腹に備えられた格納兵装のブレードユニット展開。タイプ・アリーヤの腕部に備わるサブアームが稼働し、即座に小型のレーザーブレードが装備される。
『貰った』
わずかな瞬間、拘束を振りほどいたアンジェが紫を振り上げる。
間に合ったのはダイレクト・リンクによる反応速度故だった。構えなしに横薙ぎで振るわれた小型のレーザーブレードは、一歩先にオルレアの装甲がない腰のフレーム部分に食い込んだ。
「───!!」
オーエンは声にならない叫びをあげながら一刀を振り抜く。光は骨格を砕き、コクピットを斬り裂くようにして右から左へと駆け抜けていた。オルレアがムーンライトを振り上げるようにしていたものの、ノワールが振り抜いた光の刃によってその肘先から溶断され、エネルギー供給の断たれたブレード・ユニットは前腕部ごと彼方へと吹き飛んで行った。
『か……ぁ、』
オルレアの胸部から、赤黒い液体の混じった対Gジェルが漏れるように排出される。お互いに空間に晒されたコクピットの中で、オーエンは初めてその女を見た。
「……、」
スーツ越しのオーエンに比べて、アンジェは肌を晒していた。肉体の一部がブレードによって蒸発しているのが見えた。血反吐を吐き出しながら、アンジェは肉声で呟いた。
「──誇ってくれ。それが手向けだ」
凛として美しく、それでいて短い一言だった。同時に、ノワールにもたれかかるようにして、オルレアのACSが停止した。
《……オルレア、沈黙しました。作戦は成功です》
「……ああ。帰還する」
紙一重の差を乗り切って、かの傭兵はまた一つの伝説を作り上げた。