ARMORED CORE 4 / Answer とある傭兵の記録   作:さかき(ヒロタカリュウ)

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MARCHE AU SUPPLICE -断頭台への行進-

《作戦を確認します》

 

 輸送ヘリに搭載されたアナトリアのネクスト、ノワールのコクピット内部に、凛とした若い女性の声が響く。

 アナトリアの傭兵、オーエン。そのオペレーターを担当するフィオナだ。

 

 ノワールの腹中に、対Gジェルの注入が始まる。すでに慣れて親しんでしまった母親の胎盤の中のような不思議な浮遊感と心地よさを、シートに固定されたオーエンは静かに感じていた。

 

 ──どれだけ四肢の感覚が磨り減っても、この瞬間だけははっきりとわかる。

 それは麻薬のようなものだった。命の奪い合いを前にした精神の昂りを落ち着ける、暖かい揺り籠。その最中に揺らされながら、闘争心を宿した獣がその軛を解き放たれる瞬間を待っている。

 

《旧ピース・シティエリアで、敵最精鋭ネクスト部隊と交戦している、味方の支援に向かいます》

 

 オーエンの網膜に投影されている仮想視界に、次々とウィンドウが展開した。四枚のそれらがフィオナの声に呼応して順番にピックアップされる。

 

《敵ネクストは4機、リンクスはいずれもナンバー上位ですが、特に警戒すべきは、ナンバー1のベルリオーズです》

 

《ベルリオーズの戦績は、完璧です。オリジナルには珍しい、極めて柔軟な思考の持ち主で、

必要であれば、ためらいなく他企業の武装を使用し、確実に勝利することで、それを認めさせています》

 

 ナンバー1、ベルリオーズ。国家解体戦争を生き抜いたいわゆる『オリジナル』の称号を持つリンクスの中の頂点。そして彼が駆るネクスト──それがシュープリスだ。

 全身フルフレームのタイプ・アリーヤに、他社製品であるライフル051ANNRや、グレネードキャノンOGOTOを搭載している。レイレナード社製の火器は左手の04-MARVE。

 他に、肩部にもBFF社製のフレアを装備しているのが見受けられる。基本的に企業所属のリンクスはその企業で製造されたパーツを運用するのが暗黙の了解、いや契約にも等しいことであるが、唯一他社製品を利用している彼のネクストは、その入手の手間以上に戦果を上げ続けている証左なのだろう。

 

《複数のネクストを相手にする、極めて危険な任務です。これまでで、最も過酷な戦闘になることは間違いありません》

 

《以上、作戦の確認を終了します。死なないで……》

 

 フィオナの言葉を脳に刻み込むと、オーエンはスーツ内で一つ深呼吸する。彼の機械義肢とAMSとでダイレクト・リンクされた人工の右腕がひとりでに疼く。日常生活において、機械でできた右腕の操作は生身の体よりも繊細に動くが、巨大なネクストを操るとなると話は別だ。止まぬ頭痛に顔色一つ変えず、オーエンはそうして戦場に投入される。

 

 ネクスト四機との戦闘はさすがに初めてのことだ。味方の支援とはいえ、混戦で集中砲火に晒され、そのまま死ぬこともあり得るだろう。

 

 輸送ヘリ・コンテナの下部が開いた。光とともに、埃のように浮遊していたわずかなコジマ粒子がふわりと動き、いくつかの強靭なワイヤーで懸架されていたネクストの四肢を掴むクローががしゃんと開きノワールの体躯が解放された。

 

「──出撃する」

 

 掠れ声で小さく呟き、機体を投下。茜色にぽたりと墨を垂らしたような漆黒が、赤灼けの砂漠に放り込まれる。

 

 ディムフロスト・コーティングが外気に触れた。全身の整波装置が起動し、ジェネレータで生成されたコジマ粒子が一気に噴出する。それらは極低温状態にあった装甲と接触し、ぱちぱちと明滅しながら白い霜を散らした。そして粒子の幕は一秒と経たず機体から数メートルの位置で無数に循環し、やがてプライマルアーマーが形成された。

 

 緊急離脱していく輸送機のプラズマジェットに煽られながら、オーエンのノワールは洛陽を迎える砂漠の宙空を飛翔する。

 

 

 

《味方機、反応ありません! 全滅……そんな、4対1よ……》

 

《作戦放棄を提案します!すぐに離脱して!》

 

 作戦エリア到達と同時に、事態を察知したフィオナがつんざくように叫んだ。オーエンが思考する前に、雑音混じりにエミールが割り込む。

 

《作戦、続行する。敵も無傷ではない。君ならやれる、幸運を》

 

 ──簡単に言ってくれる。というエミールへの文句は飲み込んでおく。今は状況をより良くすることを考えろ。

 

 オーエンはネクスト『ノワール』の仮想視界越しに砂漠を睨んだ。そこには、四機のネクストが放射状に広がりながらこちらに接近してきているのが見て取れる。

 

 ──ああ。確かに、敵も無傷ではない。

 賭けるとすれば、近距離における高速機動戦による会敵必殺だ。

 オーエンはその時、細かな戦法など立てていなかった。思考を放棄し、戦術は隅へ追いやられた。

 ただ、その身を、その闘争心を、本能に委ねていた。

 

 それは先天的な戦闘適正者の血筋。レイヴン時代に名声を築き上げた伝説。かつて、『ドミナント』と呼ばれた存在が、今一度降臨する。

 

 

 会敵(エンゲージ)

 相手の射程に入ると、オーエンはすかさず左右へ最小出力のクイックを吹かしてフェイントをかけながら、獰猛な叫びを上げて地を這う4機のもとへ飛び込んで行く。

 

「───!!」

 

 

 

 

『戦場だ、覚悟はできている』

 

 ノワールの放ったグレネードが、ついにプライマル・アーマーを削られたヒラリエスに直撃した。

 

 そのフレームの多くをアクアビット社製パーツで固められたネクストの装甲は極端に薄い。削られたPAの隙間を拭うようにして炸裂した榴弾から、衝撃波と破片がその薄い装甲を舐めるように駆け抜けた。一瞬でAP(アーマーポイント)が削り取られ、リンクスであるP.ダムは己の敗北を受け止めた。

 直後、ダメ押しとばかりに放たれたライフルが、かのネクストのコアを真正面から貫き、瞬く間にリンクスは絶命する。

 

《敵ネクスト、ヒラリエス撃破》

 

 フィオナの報告を呑み込むと、オーエンはそのまま次の標的を定めてクイック・ターンでノワールの体躯を翻した。

 肩部のサイド・クイックブースターが噴射炎を上げると同時に軸足とは逆の足を大きく蹴り下げて遠心力を上乗せし、ノワールは一気に180度近いクイック・ターンを成功させる。

 

 そしてヘイト管理も怠らない。左右のライフルをそれぞれ向けて別機へ牽制しつつ、そのまま前方へクイックブーストを猛らせてひたすらに距離を詰めた。

 

 

『これは……匹敵するか』

 

 それは、誰との比較であったのか。意味深な言葉を残して、逆脚型ネクストのラフカットが沈黙する。機動力が災いし、厚いPAがみるみると剥がされ、コアにグレネードキャノンの直撃を受けたのが決め手となった。

 

『……なるほど、強い』

 

《敵ネクスト、ラフカット撃破》

 

 

 鬼神のように立ち回るノワールとて無傷とはいかなかった。四方から飛んでくる弾によって常にPAは削られており、APがすでに50パーセントを下回っている。しかし、あっという間に残り二機まで差し迫った。

 

 緊迫する状況の中で、しかしフィオナは冷静に報告を続けた。撤退という選択肢は既に蹴られた。であるならば、今は〈彼〉を生き残らせるために必要なことを全力でやるだけだった。

 

 

 張り付こうとしてくるベルリオーズのシュープリスを無視し、オーエンはオーバードブーストを起動した。数少ないコジマ粒子の還流が薄くなるが、気にしない。

 

 残弾は右手のマーヴが4発、左手のRF-R102Rは20発ほど。グレネードキャノンについては、残り1発のみ。

 

 シュープリスとやりあっている間に遠距離狙撃を受けるのは危うい──四脚ネクスト・レッドキャップへ向けた奇襲は一瞬だった。トップスピードから更に連続でクイックブーストを重ねた突貫。

 

 クイック・ブースターにチャージされたコジマ粒子の量が、ふと増大した。

 それは巷では二段クイックブーストと呼ばれる、一部のリンクスにのみ知られる高等なテクニックだった。クイックブースト発動時の電気信号を待機状態でコンマ数秒停滞し、コジマ粒子を追加供給することで、プラズマ化した際の推進力を増大させる技だ。

 

 メインブースターにチャージされたコジマ粒子が一気にプラズマ化し、オーバードブーストと合わせてその瞬間速度は音速の壁をゆうに超えた。ソニック・ブームが砂漠の丘を蹂躙し、朽ち果てた建築物を凪いでゆく。ノワールはそのまま左手のライフルを乱射。長距離狙撃に徹して隙だらけなレッドキャップを襲った。

 

『な、どうなってんだ、おい!』

 

 気が付いた時にはもう遅い。トップアタックからのライフルでPAに穴が開き、そこに最後のグレネードが叩き込まれた。役目を終えたランチャーがパージされ、薬莢が砂漠に飲み込まれる前に、オーエンは機体を旋転して次の標的へ向かった。

 

 沈着する機体の中で、リンクスが断末魔のように叫んだ。

 

『クソがっ、オレのせいかよッ!』

 

 ──残りは、シュープリス一機だ。

 

 

 ***

 

 

「アナトリアの傭兵……優秀な戦士とは噂に違わないようだな」

 

 タイプ・アリーヤのフルフレームで統一されたNo.1のネクスト、シュープリスのコクピット内部で、ベルリオーズは気の昂りを抑えられずにいた。

 

 三機ものネクストを叩き潰した鬼神。かつて伝説と呼ばれたレイヴン、アナトリアのネクスト。

 

 その力は、ここまで生き延びた強力な同胞たちを瞬く間に葬り去ってしまった。

 

 洛陽の中で真正面から相対する二つの巨人は、その片方は酷くボロボロだった。

 

 正面のノワールは、常に対多戦闘を強いられた弊害か、全身の装甲に無数の弾痕が残っている。サラフ・コアの胸部のコジマ粒子整波装置にも弾丸が直撃したのか破損しており、誰が見ても満身創痍とわかる様相だ。

 

 更に、残弾も厳しいはずだ。今しがたグレネードキャノンがパージされていた。ライフルの残弾も、決して多くはないだろう。なにより、右手のマーヴの残弾が怪しいことは、同じ武器を持つベルリオーズにとって想像に難くなかった。

 

 対して、シュープリスはいまだAP(アーマーポイント)が60%程度残っている。彼とてノブリス・オブリージュやナルとの戦闘の後であるが、残弾も半分程度と、状況は俄然有利。No.1

の戦績は、どこまでも完璧だった。

 

 睨み合いが永遠のようにも続いた。焼けた空は真っ黒に移り変わり、二つの黒は闇夜の影に溶けた。

 

 そして、ついにノワールが動く。

 高速三連クイックブースト。前方向への連続クイックブーストの間にサイドクイックを挟むことで、クイックブースター内部のコジマ粒子チャージ時間を稼ぎ、常にトップスピードで移動する技術だ。オーエンは低いAMS適正でありながら、それを補って余りある立ち回りをしてきた。

 

 だが、リンクスとしての腕ならば、ベルリオーズとて負けてはいない。

 

 ──読めているぞ、レイヴン。

 

 シュープリスは後ろにクイック、グレネードキャノンの仰角を最大まで下げ足元に発射。砂漠が爆ぜて巨大な砂埃が舞い上がる。目を奪った隙に後方への連続クイックで距離を取り、ノワールの得意とする近距離攻勢を挫く。

 

 オーエンはレーダーで感知したのか、予測よりも素早くこちらに気づいてきた。

 

 だが一歩遅い。既にシュープリスの光学照準器は熱源照準へと切り替わっていた。両手のライフルは射撃を開始している。

 

 両手に携えるライフルの連射をサイドクイックでいなすノワールだが、その動きには粗さが目立った。長時間に渡るAMSリンクによる弊害か、あるいは別の要因か。数発の弾丸が回避予測先のノワールに直撃し、プライマルアーマーを形成するコジマ粒子が反応して緑に発光する。整波装置の破損が決め手となったか、うち一発はいとも容易く緑のカーテンを突き破り、ノワールの頭部──オーギル・フレームの頭に直撃した。

 

「──とった」

 

 攻撃を受けたなら、相手は次弾に警戒して無意識に横へクイック・ブーストを行う。特に、致命傷を受けた場合は。ベテランのリンクスであればあるほど、それは必然と言えるほどのロジックだ。

 

 ネクスト、もといAMS技術はそういった『癖』を顕著に反映してしまうシステムだ。熱いものに触れて手を引っ込めるような、人間における反射と同じ。それはある意味では長所であり、またある意味では短所とも取れる点であった。

 

 ベルリオーズはあらかじめ両方のライフルを左右に大きく開き、どちらに避けても狙えるように牽制した。

 

 だが、オーエンはその予測を裏切った。

 

「!?」

 

 傭兵は前へ全速クイックを選んだ。ただでさえ防御性能に欠けた機体な上に、今はPAもまともに機能していないにもかかわらず。

 

 ──決死の特攻か。

 プライマルアーマー越しならばマーヴは致命打となる距離ではないが、左手のRF-R100Rは十分有効射程圏内だ。シュープリスへと伸びてくる弾丸をかろうじてクイックブーストで避けたが、PAの外周部が貫かれ還流が乱れた。ベルリオーズはそのまま目くらましに肩部からフレアを撒いた。無意味な反撃。意識の外。ほんの一瞬の隙。そこを突くために。

 

 両手ライフル斉射。ついに敵機を捉え、ノワールの頭部が弾け飛んだ。致命打を受けたノワールはそのまま不時着して膝をつく。数発が左のライフルなどにヒットしていたらしい。へし折れて吹き飛んだなにかのパーツの先端部分が、ノワールの遥か向こうの地面に突き刺さった。

 

「無謀だったな、アナトリアの傭兵。他の奴らと同じだと思ったか?」

 

 他の仲間たちは、ここで死んだ。

 だが、ベルリオーズはそうではない──ここで負けるつもりはない。

 彼は間違えたのだ。

 はじめから、全力全開でベルリオーズを(たお)すべきだった。

 

 そして選択を間違えた戦士の命運は──もはや言うまでもあるまい。

 

 

 ……もうしばらくこの昂りを感じていたかったが、終わりだ。

 

 ──残念だよ。伝説のレイヴン。

 

 肝を冷やした場面もあった。実際、どちらが負けてもおかしくはない状況だった。だが、頭部を破壊されればどうしようもない。ネクストの動きを管制するIRS(統合制御システム)は頭部に存在する最重要機構の一つだ。それを失ったとなれば、リンクスの命令伝達率は著しく降下する。

 更に言えば、FCS(火器管制器)まともに機能していないだろう。これ以上の戦闘機動はどうあっても不可能だ。

 

 ベルリオーズは砂埃が晴れたのを見計らって光学照準に切り替えると、背部のグレネードキャノンを展開した。有澤の象徴であるそれが直撃すれば、並の兵器をいとも容易く粉砕してしまうほどの破壊力を有していることは、今しがた暴れたオーエンによって証明されている。

 

 砲身が僅かに身じろぎ、ノワールのコアを正面から捉え、撃つ。

 

「さらばだ。世界は私たちが変える──、」

 

 その瞬間。

 

 シュープリスの至近で、()()()()()()

 

 次に右腕部の関節部が突如破損し、AMSとIRSから伝う信号が完全に死んだ。

 衝撃波が頭部やコアを駆け巡り、プライマルアーマーを吹き飛ばしたそれの正体は、間違いなく今しがた発射されたはずの榴弾の爆発だ。

 

「……ッ!?」

 

 ──何が起きた。AMSからの被照準警告はなかった。ということは、どこからかの狙撃か。あるいはグレネードランチャーの故障?

 

 ──ローゼンタールが他にも刺客を放っていたとでもいうのか? まさか。あり得ん。

 

 ベルリオーズはAMSからこれでもかと流れてくる膨大なエラー情報をキルしながらセンサーを振り回して原因を探った。こちらのレーダー範囲内には目の前のネクスト以外に何もない。

 

 であれば原因は一つだ──と、ベルリオーズはシュープリス越しに正面の黒を睨んだ。

 厳密には、その右手側を。

 

「……()()()()()()!」

 

 ベルリオーズは、ノワールがまだ動いていることには驚かなかった。むしろ今しがた起きた現象について感嘆の声を上げていた。

 

 原因はノワールの右手にあった。

 オーエンは、右手の突撃型ライフル──04-MARVEをシュープリスに向け突き出していたのだ。

 

 ──まさか、そんなことが。

 

 レーダーはもちろん、頭部も一撃を受けて破壊されている。コアに存在するサブカメラ経由でも外界を見ることはできるだろうが、それはあくまで別視点から「見える」だけだ。AMSを通して網膜投影されたリアルな映像が見えるわけではない。

 

 目を瞑って照準を決め、銃を放ち、たった一発で目標に当てることができる猛者は、世界に一体どれぐらいいるだろうか。

 

 仮にFCSが生きていても、機械の補正を受けてまともに照準することは不可能である。

 

 つまり、オーエンは。

 なんの機械的なアシストもなしにマニュアルで照準点を動かし、真正面からマーヴの一射でグレネードキャノンから射出された瞬間の榴弾に弾を直撃させ、爆破したのだ。

 

 その所業を。

 神業と言わずしてなんと呼ぼうか。

 

 決して不可能と断じることはできない。一流のスナイパーであれば、冷静にその一点をわずかな誤差のうちに撃ち抜くこともできるだろう。

 

 ただしそれは、万全なコンディションである、という前提の上での話だ。

 

 今のノワールは、頭部やレーダーを破壊され、APも少ない。それに加えて長時間の集中を要するネクスト戦。リンクスが受けている負荷は計り知れない。

 

 そんな状態で、この離れ業をやってのけるとは思えなかった。

 

 それを抜きにしても。ノワールの腕部であるアリーヤフレームは、そもそも照準精度が悪い。同じくタイプ・アリーヤを国家解体戦争から実に三年以上扱うベルリオーズには慣れたものだが、それでほんの小さな目標を狙って的確に着弾させたことはない。先ほどの頭部破壊とて、偶然の産物に他ならない。精密狙撃はBFFの領分なのだから。

 

 しかし、彼はネクストの頭部よりも小さな弾頭を正確に貫いた。もちろん失敗した可能性だってあるだろう。だが、彼は乗り越えた。

 

 

 忘れてはならない。

 彼の右腕は、ネクストと『ダイレクト・リンク』している。仮に頭部が破壊され、IRSが機能しなくなったとしても、オーエンにとって腕を動かして引き金を引く動作にはなんの支障もないのだ。ノワールは──かの黒の巨人の右腕だけは、ネクストの擬似神経であるACSとダイレクトに繋がっているのだから。

 

 事実だけを述べればオーエンは、AMSが感知した被照準警告からシュープリスの位置をコンマ秒以下で逆算、まともに機能しないFCSを無視し、マニュアルで標的のイメージをACSに呑ませ、グレネードキャノンから放たれた瞬間の榴弾をアンチ・スナイプしていた。照準精度の劣悪なアリーヤフレームの腕部と、同じく射撃精度に難のある突撃型ライフルで。

 

 それは普段から、彼が自分の右手をAMSで制御し、ネクストと『ダイレクト・リンク』していたからこそできた離れ業だった。

 

 それだけではない。

 

 オーエンは、ノワールに備えられているリミッターを幾つか解除していた。その一つが、タイプ・アリーヤの腕部に存在する『副腕』機構である。

 

 国家解体戦争より以前の話。新興企業レイレナードにおけるネクスト開発は難航していた。

 

 そもそも、ACという兵器の開発に事実上の初挑戦であったレイレナードにとって、特に腕部の照準性能は開戦間際まで大きな課題として残されたままだったのである。

 

 そして、そのタイプ・アリーヤの腕部を、副腕による補助をもってして精度の悪さを補おうという試みがあった。しかし、パイロットが3本目、4本目の腕に違和感を訴えたことにより、正規品のアリーヤ・フレームではその機構がオミットされ、完全自動でマガジンや格納兵装の交換を行うサブ・アームとしてロールアウトすることとなった。かのパーツの肘部分が大型なのは、その名残だった。

 

 ただし、ノワールに使われているアリーヤ・フレームの腕部パーツは、アナトリアが技術試験用に受け取った、国家解体戦争以前に製造されたレイレナードのファースト・ロットのものだった。そして右腕に持つ同社製突撃型ライフル04-MARVEにもまた、グリップの底に副腕専用の照準安定化固定ジョイントが存在した。

 

 腕を増やせば当然AMSから受け取る情報と肉体との差異に、負荷は大きくなってしまう──それでも、彼はやってのけた。

 

 

 副腕の存在に気付かぬまま、ベルリオーズはまだ自身の勝利を確信していた。敗北を疑う余地などなかった。

 

「だが……二度目は無い。これで終わりだ」

 

 ベルリオーズは気を引き締めた。今の一撃で、グレネードが至近で炸裂したことによってPAが吹き飛び、右肩の関節部やコアが甚大な損傷を受けた。右腕の高精度ライフルも破片を受けており、まともに射撃できないだろう。

 

 だが、それだけだ。左腕はまだ動くし、左手に持つマーヴの弾倉はまだマガジン一つ分くらいは残っている。目の前の死に損ないを潰すのは容易い。

 

 シュープリスの左のマーヴが改めてノワールをとらえた瞬間、再びノワールが吼えた。

 

「──ッ!?」

 

 その瞬間、がきゃり、とシュープリスの左腕のマニピュレーターが破砕し、次にはライフルが彼方へ弾き飛んでいた。さすがにこれにはベルリオーズも狼狽した。

 

「ち……ッ!」

 

『おわるのは、おまえだ』

 

 オーエンの、酷く掠れた声が届く。

 

 ノワールは左手の破損したライフルを投げ捨てていた。左腕の肘ががしゃりと展開し、副腕が左ハンガーの格納兵装である小型のレーザーブレードを懸架し、そのまま左前腕部に装着された。

 剣と銃を構えたノワール。

 

 対するシュープリスは右手以外の武装を失い、残る肝心の右腕は先の爆発によって肩部の関節が損傷しまともに動かない。ノワールとは違い、マニピュレーターも破損しているため左手に持ち替えることも不可能となっていた。

 

 唯一使用可能な兵装は肩部のフレアだが、それも攻撃手段になりはしない。

 

 完全なる敗北だ。

 この瞬間、ベルリオーズは初めて己の完敗を認めた。

 

「よい戦士だ。……感傷だが、別の形で出会いたかったぞ」

 

 口から出たのは、素直な賞賛の言葉だった。彼もノブリス・オブリージュ、ナルらとの戦闘を経ているとはいえ、戦闘は4対1から始まったのだ。目の前の男は、そのことごとくをねじ伏せて見せた。

 できることなら——戦場の良き友でありたかった。

 

 そんな心中を吐露する前に、クイックブーストで跳躍したノワールがシュープリスを穿つ。小型とはいえど、プライマルアーマーなしでレーザーブレードを受ければひとたまりも無い。

 

 縦に一閃。僅かに散布され始めたコジマ粒子ごと、蒼い光がアリーヤのコアの突起した装甲を舐めるように上から下へと駆け抜ける。引き裂かれたその一点に、ノワールが更に追撃した。

 右腕のマーヴによる刺突。銃底の対空気抵抗用ブレードが、ひしゃげた装甲の隙間に捻じ込まれた。

 

 

 ***

 

 

「──はァァぁぁあ……」

 

 オーエンはネクストとの深すぎるリンクに呼吸さえ忘れていた。酸欠を解消するためマスク越しに大きく酸素を吸い、声にならない呻きとともに息を吐きながら、彼は静かに瞑目する。

 全身から汗が噴き出ている。

 メットの中は吐瀉物まみれで、実を言うと視界もおぼつかない。

 

 

 オーエンはシュープリスを貫いた右手のマーヴを静かに引き抜いて、今しがた殺した感覚の余韻に浸る。マーヴのアギトからは、赤黒い液体と泥のような色のオイルとが混ざって滴り落ちていた。

 

 

 

 

 

 ──また、一人。これで何人目だろうか。

 

 暫くして、賞賛を告げるエミールの声が流れてきた。

 

『敵ネクスト全滅、作戦成功だ。……底が知れないな、君は』

 

 先の戦闘で、オーエンが解放していたもう一つのリミッター。

 彼は副腕とは別に、AMSのリミッターを解放していた。右腕のみの限定解放(リミテッド・リンク)である。四段階あるうちの三段階目(リミテッド・スリークォーター)。その扉の寸前まで没入し、右腕のみ機体と深くリンクしていた。それこそ、温度や装甲の傷が現実のものとして感じられるほどにまで。

 

 トリガーを絞り、撃った二射の反動。その感覚がじんわりと今も残っている。極限の集中力と義手のAMSリンク、そして副腕による照準安定化が、先ほどの神業を可能とした。

 

 

 

『帰還してくれ。……彼女も、待っている』

 

「フィオ、ナ……」

 

 小さく零し、彼は定型電子信号をアナトリアに向けて送信し、そのまま目を閉じた。

 

 ──諒解。

 

 

 ***

 

 

 ノワールを懸架するヘリのローター音で、オーエンは目を覚ました。

 

 ネクストとのリンクはとうに解除されていた。コクピット内部の対Gジェルもすでに排出が終わっているらしく、無気力にダラリと垂れた自らの両腕に力が入る。

 

 そして、オーエンは違和感を覚えた。右腕が動かなくなっていたのだ。

 

 もともとAMSに頼っていた右の機械義手の光学神経が、ネクストと融合に近いレベルのリンクを経てついにダメになったようだった。

 

 劣悪なAMS適正しかないオーエンは、ネクストとのリンクによってその微かな糸さえ擦り減らし続けていた。それが、今回完全に切れてしまったらしい。

 

 降下してきたヘリが4つのアームでネクストを吊り上げ、コンテナの内部に格納して固定される。

 

『すごかったわ、あなたの戦い。まだ、信じられないくらい』

 

 輸送ヘリに同乗するオペレーターのフィオナが、接触回線を開いてそう言った。

 

『……無理、させてるよね。この戦争が終わったら、もう、やめよう』

 

『今は、ゆっくり休んで。おやすみなさい』

 

 フィオナの声を聞きながら、オーエンは心地よい気分で再び眠りについた。

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