ARMORED CORE 4 / Answer とある傭兵の記録 作:さかき(ヒロタカリュウ)
「フィオナさん。ほらこれ、こないだ採れたジャガイモね」
50代に入っているだろうか。顔に皺を作った中年期の女性が、道端で軽トラックを運転するフィオナを呼び止めた。
「あ……、カマラさん。毎度、すみません」
「いいのよ。まだお若いのに、半身不随の旦那さんを一人で支えて。立派な人だわ」
「……はい。どうもありがとうございます。では、急いでいますのでごめんなさい」
「ええ、がんばってね」
ジャガイモが入った袋を荷台に載せ、フィオナは再び車を発進させる。
ここは旧バングラデシュ。コロニー・ボーグラ。旧インドの西に存在する、小さな土地である。
貧困率が高く、国家解体戦争によって国が崩壊した後、戦死者で人口を大幅に減らすことでどうにか生き残った僻地だ。南に広大なインド洋・ベンガル湾があり、多くの川と繋がっている。さらにその先にはオーストラリア大陸とユーラシア大陸を繋ぐ
フィオナはそれから五分ほど車を走らせると、ようやく彼女らの自宅に到着した。荷台の荷物をコジマ粒子濃度測定器にかけてから、フィオナは家に入った。
「ただいま、オーエン」
「ああ、おかえり」
部屋の隅に取り付けられた大きなベッドに、オーエンが横たわっている。
あの日。
プロトタイプネクスト《00-ARETHA》と死闘を繰り広げたことによって、オーエンは暫く意識不明の重体だった。
左耳と左目から血を流し、呼吸は薄かった。
既に住民が避難したアナトリアに、もう医者などいなかった。
朽ち果てたネクストのコクピットから半死半生のオーエンを引きずり出し、アナトリアにかろうじて残っていた先ほどの軽トラックに乗せて、この僻地まで逃げおおせてから、三年。
あのリンクス戦争の終結から、実に三年のときが経過している。
かつての六大企業──即ちGAグループ、BFF、ローゼンタール=オーメルグループ、インテリオルユニオン、イクバールグループ、そしてレイレナード=アクアビットグループ──のうち、BFFとレイレナードはアナトリアの傭兵の手で、アクアビットはアスピナの傭兵によって壊滅していた。
時代の勝者となったオーメル・サイエンス・テクノロジー社は、傀儡として表立っていたローゼンタールに代わり、企業連合統括機構を設立。また、それに付属する形で「リンクス管理機構カラード」が誕生。世界を破滅に導いた二人の傭兵の爪痕は企業たちを恐怖させ、リンクスたちは首輪の繋がれた獣に成り果てた。
「オーエン」
食事を作ったフィオナがオーエンに声をかけた。安静にしているおかげか、あるいはフィオナによる介護と努力によるものか、オーエンは今、松葉杖があれば歩ける程度にまでは回復している。目の視力はやや落ちたが、左耳は問題なく聞こえるようだ。
「いつもすまない」
「それ、禁句って言ったでしょ」
暖かいスープをオーエンの口に運びながら、今日の出来事を話すのが、彼らの日課だ。
陽が落ちて、寂れた小屋から、二人が出てくる。かろうじて汚染から逃れた夜空を、オーエンは眺めた。
「……体の調子はどう?」
「悪くはない、といったところか」
AMSの線は、とっくの昔に死んでいる。光学神経化された右肩から先に装着された右腕はピクリとも動かず、ただ体のバランスを保つだけの重しになっており、左手に持つ大きな松葉杖で、オーエンは自らを支えていた。
その皮膚は青白く、手足は僅かに痙攣している時もある。目と耳はある程度回復したものの、内臓は衰弱し続けているという。それほどに重傷なまま、この三年をなんとか生きながらえて来た。
もう、あまり長くないだろう。
「……、」
けれど、フィオナがそれを口にすることはない。
これだけの障害を彼に与えたのは、彼女と、そしてアナトリアなのだから。
──あとどれぐらいでこの命は尽きる?
一年か、一ヶ月か、一週間か、一日か。
あるいは、一時間か、一分か、一秒か。
死を迎えることに恐怖はない。もともと、あの砂漠で朽ち果てているはずだった命なのだから。
心残りがあるとすれば──フィオナ一人を置き去りにしなければならないことだ。
これから彼女を喪おうとしているのだと思うと、身に覚えのない感傷が湧き出てくる。
思い耽っていた、その時だった。
「──やあ」
いつからそこにいたのか。
白髪の混じった初老の小さな紳士が、立っていた。
「……はじめまして。僕はアブ・マーシュ。コロニー・アスピナ出身のしがない技術屋サ。そしてこっちはジュリアス。同じくアスピナ出身で、今は亡きレイレナードのテストリンクスの一人。……だった、というべきかな。なんと、かつてはオブライエンの再来、とまで呼ばれた腕前だ」
アブと名乗った老人は白衣を着て、右目側にだけ片眼鏡をかけた奇妙な男だった。傍に立つジュリアスと呼ばれた人物は、全身が真っ白な特殊スーツで頭にはリンクス用のフルフェイス・ヘルメットという風貌で微動だにせず佇んでおり、何一つ情報が入ってこなかった。全体的なフォルムも凹凸に乏しく、肩や胴回りの華奢な見た目だけで判断すれば女性的と言えるだろうか。
「レイレナード……」
その言葉をオーエンが拾う。実に三年も前の話になる。レイレナード本社のエグザウィルを襲撃し、事実上崩壊させたのは、彼だ。
「……俺を、消しに来たのか?」
オーエンは松葉杖を突きながら一歩前に出た。フィオナが慌てて彼の右側を支え、警戒心を露わにしていた。
『別に。こっちに来たのはついでだ。あんたたちに用があるのは、このチビだけさ』
ジュリアスと紹介されたリンクスはフルフェイスのヘルメットからくぐもった声で言葉を紡いだ。声の高さからするとやはり女性らしい。
アブ・マーシュはやれやれ肩をすくめた。
「ひどい言い草だ。英雄の顔を拝むのもいいかもしれないって言ったのは君じゃないか……。ま、それはいい。
立ち話というのもなんだ。僕のトレーラーの中で話さないかい?」
「……悪いが、信用できないな」
「ふむ。では少々寒いがここで話すか。幸いここいらはコロニー崩れの辺鄙な集落だ。聞かれることもないだろう」
アブは手頃な切株を見つけるとそこに腰掛け、大仰しく話し始めた。
「さて、リンクス戦争の英雄よ。知っての通り、三年前、我らがアスピナの傭兵、ジョシュア・オブライエンは禁忌のネクスト《0-ARETHA》を駆り出してアナトリアを襲撃した」
「……、」
「落ち着いて聞いてくれてありがとう。実はこの一連の事件について、遅ればせながら君たちに詫びに来た。いや、詫び、と一概に言うにはとんでもないことをしでかしたことは理解しているとも。しかし、『彼』のことを悪く思わないでほしい。我々はオーメルから圧力を受け、コロニーの住民を人質に取られた結果、ジョシュアを君たちに差し向けざるを得なくなった。あの日、アナトリアから持ち出されたプロトタイプ・ネクストとともにね」
「……オーメルが」
十分に考えられる話だ。ネクストを失ったとはいえ、オーメルは終戦間際に置いては一番発言力を持っていたといっても過言ではない。
「──リンクス戦争を経て、パックスは変わった。進化せざるを得なかった。たった二人の傭兵による世界の革命は、企業の老人達にとっては脅威に他ならなかった。その証拠に、既に傭兵の体系化が始まっている。彼女、ジュリアスはこのカラードによるリンクス管理機構に反感を抱き、レイレナード残党の一部のとともに逃亡することに決めたんだそうだ」
「……それで、俺に何の用だ?」
「そう、そこで君サ。君はこれからどうする?」
「やめてください。彼は戦争で疲弊しています。これ以上彼を煽らないで」
オーエンの肩を支えるフィオナが口を挟み、キッとジュリアスが反応した。厳密にはヘルメットで表情が読めないが、きっと睨まれている、と思った。
『……随分と貧相な体だね。英雄サマには見えないくらい』
「ふむ。原因はAMS負荷もあるか。適性が低い者はみな、接続試験を繰り返すたびに衰弱し、死んでいった」
「……あんた達が何を企てているかは知らん。だが、俺を利用するには遅かったな。俺は、この通りもう長くない」
自嘲げに云うオーエンの言葉をアブが拾う。
「そう、リンクスは短命だ。ただでさえ、君はかつての大戦でコジマ被曝したと聞いている。肉体は破壊し尽くされてしまっているだろう。──だが」
「率直に言おう。君の寿命を延ばす方法は、ある」
「……なに?」
「それは、本当ですか?」
食い付いたのはフィオナだ。
「ああ、本当だとも。ただし、これは君を、更なる戦火に誘う最悪手だ。そして、人間の尊厳を根こそぎ奪い去るものだ」
「……、」
「どういうこと?」
フィオナは疑問符を浮かべたが、オーエンは沈黙している。アブの言葉を直感的に理解していた。
「つまり、俺の体を全てAMS由来の義体に置き換えるということか」
オーエンの一言に、フィオナが息を飲んだ。
「……ッ」
「察しがいいね。その通りだ」
「そんな……」
フィオナは絶句する。思わず否定しようとするところを、オーエンが手で制した。
「……AMSによる肉体の機械化。これの可否性については、君の右腕が証明している通りだ」
オーエンは力なく垂れた鉄の右腕を生身の左手で持ち上げ、
「今はもう動かない。ネクストと繋がっている時は問題なかったが、将来的に全身がこうなるのはごめんだ。これ以上フィオナに迷惑をかけるわけにもいかないからな」
「動かない? ……それはいつから?」
「リンクス戦争の終盤から、だ」
オーエンは当時の感覚を思い出すが、肝心の右手は沈黙したままだ。
「ふむ。過負荷を受けた人工神経に不具合が起きたか。首のAMSと義手を再調整すれば問題なく動くようになるとは思うけど……」
「だが、全身となると負荷も高いんじゃないか? 悪いが、俺のAMS適正は高くない。むしろ、平均からすれば低いらしいが」
『問題ないさ』
沈黙していたジュリアスが口を挟んだ。
フルフェイスの彼女の表情は読み取れない。
「ああ。言い忘れていた。彼女はボクの要請を受けて史上初めての機械化を遂げた──ほぼ全身がAMS義体となった成功例なのサ」
「…………なんだって?」
オーエンは思わずジュリアスを見た。
凹凸のわかりにくい肉体。もし、スーツの中身が全て機械だったとしたら。
『ネクストはともかく、人間の四肢を動かすのに、適正の差が顕著に出ることはない。ネクストをぎりぎり起動できるような奴でも、支障なく動くだろうさ。……私の首から下は90%が機械でできている。アスピナでAMS被検体をやっていた頃の事故でこうなったわけだ』
くぐもった彼女の声から悲壮感は感じられない。
『だが後悔はない。私は私の成すべきことをするだけだ。それに、この体の方が、ネクストを動かすのに適している』
「まァ、生身の体に比べれば、対G性能はズバ抜けて高いからネ。彼女のネクスト──アステリズムっていうんだけど。僕が設計したホワイト・グリントを参考にしている暴れ馬なんだ。しかも、それに加えてホワイト・グリントに唯一欠けていた火力も備えている」
「……それで、俺を機械化して、再びネクストに乗って戦えと?」
フィオナが口を開いたが、言葉が出てくることはなかった。アブ・マーシュが返すまでオーエンは辛抱強く待った。
「僕はね、オーエンくん。ジョシュアを奪った企業が許せないんだ」
「……」
「先も言った通り、君を責める意思はない。どちらにせよ、オーメルは君もジョシュアも両方仕留める算段を付けていた。あの日アナトリアで、No.6の天才リンクス、セロのネクストが確認されていたらしい。企業はネクスト戦力に畏怖した結果、統括機構《カラード》を設立し、噂では、ネクストに対抗する大型兵器の開発も進んでいるんだそうだ」
「カラード……
「さて、問おう、リンクス戦争の英雄よ。君たちの前には二つの選択肢がある」
「一つ、今の話を聞かなかったことにして、これまで通り、仮初めの安寧を享受する。ただし、これは一過性のものだ。いずれまた大きな争いが起きる。右手についても、放置しておけば回復する見込みはない。君の寿命は遠くないうちにやってくるだろう。
そしてもう一つは、僕たちについてくることだ。君は機械化手術を受け、コジマ被曝を受けた臓器などを機械化して大きく延命する。月一回のメンテナンスが必要だが、寿命は今より飛躍的に伸びる。そして、来たる戦火に呑まれ、再びネクストに乗ることになるだろう」
「……お前たちは、何と戦う?」
「……ジョシュアを死へ追いやった全てと、だ。そのために、六大企業の二つを壊滅に追い込んだ君の力が必要だと僕は思う。そのための協力は惜しまない」
「そっちのジュリアスは? 味方なのか」
「今は言えない。が、少なくとも敵ではないサ。彼女たちにも野望はあり、僕には守秘義務がある」
「…………」
「──断りましょう」
瞑目するオーエンにフィオナは言った。アブ・マーシュはそれについて別段責め立てることもしなかった。あくまで彼らの選択に委ねる、と。
「ジョシュアの仇か。あんたの気持ちはわかるよ、アブ・マーシュ」
「オーエン……」
声色から察したフィオナが哀しげに呟いた。
「すまない、フィオナ。俺はやっぱり、戦場でしか生きていけないらしい」
「……わかりました。あなたが決めたことなら、文句は言いません」
「じゃあ、早速だけど移動したい。荷物をまとめてくれ。この先に僕のトレーラーがある」
荷造りを終えて出発したのは深夜の二時を回った頃だった。世話になった人達に礼の一つもしたかったが、時間がないという話だ。手紙だけを置いていった。きっと、誰かが気付いてくれるだろう。
オーエンたちは全長二十数メートルにも及ぶ巨大なネクスト運搬用トレーラー(トレーラーというより、ACSISを有した陸上小型艦艇といったほうが正しいかもしれない)の居住スペース内で、オーエンたちは眠ることになった。
「……」
振動は気にならないが、眠れない夜だった。傍らで寝息を立てるフィオナの髪を撫でてから、オーエンは立ち上がって外に出た。
鉄板で繋がれた、おそらくネクスト格納庫へ続く道の途中にジュリアスが居た。特に用事もなかったが、夜風に当たろうとオーエンはタバコに火をつけた。片手だけの生活をして一年。利き手の使えない生活にも慣れたが、いざこれが元に戻ると考えると、不思議と胸が踊っていた。自分の中にそんな感情があることに、オーエンは内心驚いていた。
『夜更かしか』
ジュリアスは相変わらずパイロットスーツにフルフェイスのヘルメットという風貌をしていた。オーエンは彼女を一瞥すると、
「機械の体に、睡眠は不要か?」
『まさか。脳が休息を必要とする以上、私だって眠る。いくつかの臓器は生身のままだからな』
「……」
『そっちこそいいのか。あんたの女に逆恨みされるのは、御免だ』
「フィオナはそんな狭量じゃない」
『フン。そうかい』
「それより、聞きたいことがある」
オーエンが声色を変えると、外を眺めるジュリアスはようやくオーエンの方に顔を向けた。
「アブ・マーシュとは何者だ?」
アブ・マーシュね、とくぐもった声で彼女は囁いた。
『……奴は、ただの変態さ。だがそれ以上に、度し難いほどの天才だった。それだけの男だ』
「お前はアスピナを脱してレイレナードへ渡った。俺がエグザウィルを破壊した後、またアスピナに戻った、ということか?」
『厳密には違う。けど、答えるには早い。……心配するな。目的地に着けばわかる』
「……目的地っていうのは?」
『ここよりずっと南東、私から言えるのはそれだけだ。……夜はまだ長い。早く戻ってやったらどうだ?』
居住スペースの自室のベッドに潜ると、フィオナはすやすやと眠っていた。
彼女だけは何があっても守らなければならない。
オーエンは決意を固くして目を閉じた。
結局、眠りに落ちたのは空が白み始めた頃のことだった。
翌日。同乗していたアスピナの研究者たちによって、メディカルルーム内でオーエンは機械化手術を受けた。手術は一日がかりとなり、その日、オーエンの意識は夢の中であった。
さらに二日経過し、定着したナノマシンなどの拒絶反応がないことを認めると、オーエンの意識はようやく回復した。はじめは身じろぎひとつ出来ないことにぎょっとしていたが、首裏のAMSに意識を向けろと指示されてからは、全盛期の兵士よりも強靭な肉体を手に入れていた。
「これが、AMS義体か」
両足と両腕、そして破損していたいくつかの臓器が機械に取り替えられていた。臓器については、握りこぶしの四分の一程度の機械が体内に埋め込まれ、これがバッテリーのような役割を持っているらしい。おおよそ40日程度感覚で交換が必要だそうだ。オーエンは知らなかったが、いわゆるオールド・タイプの強化人間技術を民間レベルに転用したのち、発展したものであるらしい。
オーエンは移動中、常にリハビリと鍛錬を続け、そんな生活が二週間ほど続に、彼らはアジアの南端、旧ベトナム領土に到達していた。
そんなある日の朝。
太陽が昇り始めた早朝、車内にアナウンスが響き渡った。
『あー、あー、テステス。おはよう諸君。ボクだよ、アブだ。前方に複数のMTとノーマル部隊を確認した。これは企業の哨戒じゃあないね』
「ノーマル部隊……?」
単語に反応していち早く意識を覚醒させたのはオーエンだ。フィオナは目をこすりながら、まだ意識半ばらしい。
『勢力確認。こりゃラインアークのリリアナだ。ラインアークに用があるのに、面倒なことになった』
オーエンは居住スペースの一室から抜け出し、トレーラー前部の操縦室に移動した。アブ・マーシュは運転手の隣で前方を睨んでいた。
「ん、来たね」
「リリアナっていうのは?」
「ボクらの目的地、ラインアークを根城とする自警団──と言えば聞こえはいいが、実態は武力を盾に好き勝手やってるテロリストみたいな奴らだとも言われている」
「検問……? なんとか突破できないのか」
「うーん。これだけ大型のトレーラーとなると積荷を見せろと言われるかもしれないね。そうなると面倒だ。我々は穏便にラインアークに潜入しなければならない」
「ならどうする? 迂回するか?」
歯切れの悪いアブに結論を急かす。
ハンドルを握る男がいった。
「このスピードだと、残り五分で接触します」
「……ふむ。ボクに考えがある。オーエン、ついてきたまえ」
「……?」
***
「これは……」
「そう」
オーエンの眼前。厳密には、分厚いガラスに隔てられた先には、白亜の巨人が寝転がった状態で格納されていた。
ふと、思い出す。
あの運命の日。エミール=グスタフに連れられて、アナトリア地下のネクストハンガー(ACSIS)に連れられたときのことを。
「これが、隠し通したかったこのトレーラーの中身サ。《ホワイト・グリント》──かつてジョシュア・オブライエンと共に戦場を駆け巡った、あのネクストだ」
ジョシュアは最期、プロトタイプネクストに乗っていた。
つまり、彼の本来の乗機は、アスピナに残っていた、ということなのだろう。
「……これを俺に見せるということは、そういうことなのか?」
「他に何がある?」
「ジュリアスはどうした。奴の再来と呼ばれた彼女なら──」
『それは無理だ』
背後からくぐもった声がした。気配も感じ取れなかった。
「ジュリアス……」
『私の体はアステリズムに最適化してある。傾向や思想が近い設計であろうと、他のネクストには乗れん』
「……わかった。やるよ。奴らを蹴散らせばいいんだろう?」
「君ならそう言ってくれると思ったよ」
「オーエン……」
いつの間にか、フィオナもネクストが存在する後部ハンガーにやってきていた。
「……すまない、フィオナ。行ってくる」
「……ええ。気をつけて。無理はしないでね」
トレーラーの上部ハッチが開くと、仰向けに固定されていた《ホワイト・グリント》の巨大な体躯が、それらを支えるフレームごと直立に立ち上がる。大気に晒されたディムフロストコーティングが剥がれ落ち、冷気が逃げてゆくのが見て取れた。
併設されていた洗浄室を抜け、分厚いガラスの向こう側へ渡ったオーエンは、腰から上を晒す機体のコアに登り、コクピットに滑り込む。
──思い出す。
母の胎内のような居心地。
懐かしいコジマ・ジェネレータの駆動音。
『AMS起動。対Gジェル注入開始。無論、プライマル・アーマーは使用禁止だ』
「わかっている」
『そりゃ結構。なに、当たらなければどうということはない、ってね。《ホワイト・グリント》はそういう思想で設計したんだ』
「悪くない。──俺のノワールには負けるだろうが」
『ふむ。黒──白と黒か。いずれ再現させてもらいたいものだ。僕はこれでもアーキテクトとしてそこそこ名の知れた男でね。ネクストと聞くとどうしてもそっち方面の思考になってしまう……っと、世間話をしている場合じゃなかった。
目標目前、ノーマルが八機、およびMTが三機。なに、奴らは正式なラインアークの部隊じゃあない。遠慮せず、軽くひねってやってくれ』
「……ああ」
骨伝導を介して聞こえる己の声が、やけに震えていた。どうやら、怖気付いているらしい。
──なにを恐れている。やるべきことをやるだけだ。
オーエンはスーツ越しに全身を固形ジェルで浸されて行く中、首筋のジャックに意識を集中する。脊髄で長い間死んでいた異物は何の不具合もなく起動し、真っ暗だった視界は急激に外界の景色を網膜投影した。
「ぐ……ッ」
AMSから脳に流れ込んでくる情報量の負荷にオーエンは思わず顔を歪め呻き声を洩らした。
コジマ被曝による肉体の衰えは機械で誤魔化せても、ネクストと繋がることでかかる負荷にまで耐性がつく訳ではない。
けれど。
──ジョシュアがやってのけたんだ。俺だって、
『──終わり、か。……これで、いい』
彼の最期の言葉を思い出す。
あれで、よかったのか。あの結末を勝ち取って、本当に良かったのか。
オーエンは右腕に目をやる。ライフルのグリップを握るユディト・アームは己の肉体であるかのように忠実にその五指を動かしてしっかりと握り直す。久方ぶりに、自らが巨大な異物と同化する感覚を受けオーエンは顔をしかめた。
「──《ホワイト・グリント》、出撃する」
跳躍。
トレーラーが軋み、タイヤを支えるスプリングが限界まで沈む。
白亜のネクストが持つ病的に細い脚部からは考えられない高さを一気に稼いだ。トレーラーの上部ハッチが閉じると同時にメインブースターがプラズマジェットを吐き出すと、《ホワイト・グリント》の体躯は登る太陽に重なるほど高く上昇し、絞られたメインブースターによって一瞬だけ空中でピタリと静止する。
『目標はもう目前だ。ネクストを見るなり彼らはすぐに攻撃してくるだろう。こっちに被害が出る前に無力化してくれたまえ』
そうアブが言う間に、既に何発もの砲弾が飛んできていた。
だがオーエンは冷静にクイックブーストを左右に吹かす。自由落下も併せた三次元機動でエネルギーを節約しつつ、背部のレーザーキャノンを起動。一番近い標的から順番に叩きつける。
「ぐ──、」
ドゴォ、と轟音が響いた。土が大量にめくれ上がるほどの衝撃だった。一条の光弾をもろに受けたノーマルは機体に細すぎる風穴を開けながらゆっくり倒れると爆散し、他の機が慌てて散会していった。
「……まずは、一つ」
大きく息を吐きながら呟く。彼は、《ホワイト・グリント》を操りながら戦慄する。ジョシュア・オブライエンという男が辿った道を知る。
「──そこに、いるのか」
オーエンはAMS越しにIRSから流れてくる情報の奔流を感知する。
それは、かつてのジョシュアの足跡。
炎の尾を出しながら、高速軽量機が右に左に飛び回る。
前、右、前と連続クイック。それに一手遅れて、爆音が大気を揺らす。音速を超えて発生したソニック・ブームが大地を蹂躙し、刹那の後には光の刃が迸った。
レーザー・ブレードがするりとノーマルの脇腹を通り、赤熱したフレームの断面を露出しながら切り捨てられる。冗談のように真っ二つにされたコアが炎をあげ、ようやく彼らも気付いたらしい。
『ホワイト・グリントだと!?』
『アスピナの亡霊め……』
リンクス戦争の伝説の片割れを目の当たりにして、リリアナの隊列が乱れ始めた。散り散りになっていく一機ずつにそれぞれレーザーキャノンを見舞い確実に仕留める。
彼は今、ジョシュアの遺した戦闘機動を模倣している。それは同型機に乗ったリンクスにしか分からない、未知の感覚だった。
ネクストとはただの機械の集合体と言い捨てられる代物ではない。ネクストのいわゆる脳にあたるIRSと、リンクスの脳とAMSを経由して接続する、文字通り、ヒトと融合することで一つの
「────っ」
オーエンの脳裏に、斜め後方からの被照準警告が浮上する。
オーエンは知らない。だが《ホワイト・グリント》は知っている。
この位置その角度この距離この速度、どうすれば回避できるか、反撃のための最適解は。あらゆる全ての情報が、IRSからAMSを逆流してオーエンの脳に叩き込まれている。
それは、ある男の「叫び」だった。
あの時と似ている。
あの炎に包まれたアナトリアの中で、悪魔のネクスト《00-ARETHA》と戦った、あの時。
白亜の機体は稲妻のようにサイド・クイックで鋭角に曲がりながら地に足をつけて旋回し華麗にドリフト・ターンを決めた。舗装されたアスファルトがひとたまりもなく砕け散り、砂塵とセメントダストがカーテンを作り上げる。その勢いを殺さぬまま、連続クイックによって超音速に到達した白き閃光はノーマルに殺到してゆく。
『は、早──』
ノーマルのパイロットが反応する暇もなかった。左右にクイックブーストを吹かしてフェイントをかけながら、すれ違う瞬間に居合斬りの要領でレーザーブレードを見舞う。細い白が一閃し、刹那の後にはノーマルの腰が崩れ落ちた。
「遅すぎる、これは。──堕ちろ」
会敵から僅か40秒。ノーマル八機とMT五機が破壊され、あとには何も残らなかった。
……to be the "NEXT".