ARMORED CORE 4 / Answer とある傭兵の記録 作:さかき(ヒロタカリュウ)
白い閃光の再誕 - Overture -
《ホワイト・グリント》。
リンクス戦争において、アスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンが駆ったネクストであり、その四肢は病的に細く、速さに重きを置いたコンセプトであるのは明らかだった。
再びトレーラーに格納された白い巨人。ガラス越しにオーエンは感慨深げにいつまでも眺めていた。
「お疲れ様」
戦闘終了後、洗浄処理をしていたフィオナが、ようやく彼を出迎える。
機械化を施して、初の戦闘。ここまであのアブという男の掌の上で踊らされてしまうとは思わなかったが、とにもかくにも、ネクストに乗るだけの力は取り戻しているらしい──オーエンは柔軟に動く四肢の機械を弄びながらそんなことを考えていた。
「ああ」
だが《ホワイト・グリント》はAMS負荷がノワールのそれとは桁が違っていた。これがAMS適性の差なのだろう、とオーエンは身をもって味わっていた。
「はい、お水」
コップ一杯の水を、フィオナに手渡される。義手の力を入れ過ぎれば呆気なく砕けてしまうプラスチックのコップが相手であっても、AMS制御の義体であれば力加減を誤る恐れはない。
「ありがとう」
「無事で良かった」
「そうだな……」
「……どうかした? やっぱり、どこか悪いの?」
気遣うフィオナに、オーエンは首を横に振った。そうではない。懸念事項は、オーエン自身の体ではないのだ。むしろ──、
オーエンは水を飲み干し、再びネクストを見上げた。
「戦闘中、《ホワイト・グリント》と繋がっている時……ジョシュアの声が、聞こえた。……ような気がする」
未だに現実のものとは思えない。キルしそこねたエラーやバグが、たまたまそのように錯覚させただけなのかもしれない。だが、オーエンはなんとなく気掛かりだった。
「……彼の声が? そんなこと……」
考え込むフィオナをよそに、オーエンは推論を立てる。
一つ、ネクスト、ひいてはAMSとIRSとは、一つのマンマシン・インターフェイスである。
一つ、リンクスがネクストを操るためにAMSを経由して繋がっている時、ネクストもまたIRSとAMSを経由してリンクスと繋がっている。
つまり、あの幻聴のようなものは、ホワイト・グリントに蓄積された、ジョシュア・オブライエンの残滓のようなものなのだろうか。
これは、オーエンにしかわからない。頭の中をネクストに覗かせるその禁忌が生み出したバグ。だが、その後、そこにある種の利用価値を生み出したのが、フィオナだ。
「……もしかして」
***
海上都市ラインアーク。
一つの長大なハイウェイをオーストラリア大陸西端とユーラシア大陸南端に繋げた都市であり、その街は洋上に建設されたビル群と、ハイウェイ上に併設された本部中央ビルからなる。水面下にはビル間を繋ぐ地下通路が存在するものの、おもな移動はヘリだ。ハイウェイの通行料などを資金源に、数百万人に及ぶ人口を抱えている。「来るもの拒まず」の精神で企業闘争に敗北した移民者が雪崩れ込んだ結果だ。
到着して早々、アブ・マーシュはトレーラーに同乗していた数名のアスピナ出身の職員、そしてフィオナと、現地に潜伏していた協力者を引き連れて立ち上げた研究所に引きこもり始めた。オーエンに合わせて、ネクストを改修するそうだ。
ジュリアスは到着してすぐ別行動を取ることになった。どうやら彼女は彼女なりに、ここに仲間がいるらしい。
オーエンは居住スペースの確保と、生活基盤の段取りをして過ごしていた。時折フィオナたちの研究所に顔を出してはAMSによる接続テストなどが行われ、一見平和な暮らしを丸々一年ほど続けた。
ある日、オーエンとフィオナは本部ビル内部に招待されていた。
「どうも、私がブロック・セラノです。ようこそ、ラインアークへ」
藍色のスーツを着こなす男は、ブロック・セラノといった。自由と民主主義を謳う彼は、この海上都市ラインアークの首長である。
「オーエンだ」
「フィオナです」
「お噂はかねがね。ですが信じがたい。あの戦争で第一線で活躍した伝説の傭兵が、よもやこのラインアークに流れ着いていたとは」
「……他に行くあてがなく」
渋々といった調子でフィオナが答える。
「なるほど。それで早速本題なのですが……あなたがネクスト傭兵としてこのラインアークで仕事を受けたい、と言う話なのですが」
「ああ」
「……私としては、願ってもない話です。増え続ける人口に、今のラインアークは困窮していますから。食糧供給は追いつかない。政敵どもは常に暗殺を企てている。挙句の果てにはリリアナの首魁……いえ、なんでもありません」
「……今回は契約の話を」
フィオナが先を急かすと、男は秘書に用意させてきた書類を取り出した。
「ええ。では、早速進めて行きましょう。まず、活動にあたっては企業連の統括機構カラードへの参加を──」
オーエンは話半分に聞き流しながら、話は一時間ほどで終わった。
その後、研究所に引き篭もるアブに呼び出され、彼は地下に併設されたACSISへとやってきた。
「来たか。さあ見たまえ。これが君の、君だけのネクストさ」
白亜の機体は生まれ変わっていた。ジョシュア・オブライエンが駆ったかつてのホワイト・グリントはオーバーホールの結果、軽量機ベースだったフレームは各所が増築・新たに装甲がなされ、中量二脚級に仕上がっている。流線型のそれはかつてのレイレナード社、あるいはアルゼブラと名を変えた旧イクバール社などの外見を彷彿とさせるが、アブ・マーシュの拘りなのだろうか。
「これが……」
オーエンは子供心を取り戻したかのように目を輝かせた。その反応ににやりとした笑みを浮かべ、アブは手に持つPDAにとあるデータを表示して突き出した。
「まず目を引くのは背部の大型ユニットだろう。これは従来の汎用ネクストにはない構造だ。なんだと思う?」
「見当がつかないな。プライマルアーマーの整波装置……とは考えにくいな。だとしたら、固定兵装か?」
問うたオーエンに対し、アブは嬉しそうに首を横に振る。
「あれはね、ブースターなんだ。それも、オーバード・ブースターだ。この機体のオーバード・ブーストは、背部左右のユニットにある14基と、臀部から下向きに伸びる折り畳まれた二つのテイルバーニアスタビライザー内に装備された12基、計26基のブースターによって成立する。
これらはオーバード・ブースト使用時に機体も合わせて航行形態に変形し、噴射炎はX字状のシルエットになるように設計されているんだ。ああ、皆まで言わなくてもいい。たしかに、オーバード・ブースターを26に分割するのは大変な作業だ。コジマ粒子を供給するケーブル、各部の推進剤のライン、問題は多いかもしれない。だが、いいか、オーエンくん。ロマンの前では、そんな障害は些事なのだよ」
「好きだな、あんたも」
オーエンは思わず苦笑する。人型兵器へのロマンに理解がないわけではないが、アブ・マーシュのそれは子供の夢のような話だった。そして、それを実現してしまうのだから、なるほど天才アーキテクトの異名は伊達ではないということなのだろう。
「ラインアーク市長のセラノ氏へのコンタクトの方は?」
「ああ、ついさっきな」
「よろしい。これで君は心置きなく、ここラインアークの守り神として君臨できるだろう」
「買い被りだ。これだけの水上都市を、ネクスト一機で守れるとは思えん」
「ああ。もちろん。そも、ラインアークがネクストを保有することについて、企業連はいい顔をしないだろうサ。だからこそ、君はカラードに行くべきだ」
「カラード? ……例の、首輪組織か。市長もそんなことを言っていた」
「そうとも。アナトリアの時と同じだ。君は戦闘能力を企業に売り、ラインアークを守りながら、同時に物流と金銭力を鍛える。ここを拠点として、僕たちは企業と戦うんだ」
「……そう、上手くことが運ぶか?」
「ああ。二の轍は踏まない、といえば君達に失礼かもしれないがね。さて、早速書類を作ろう。リンクスネームはオーエンで良いのかな? ネクストの名前は? 塗装はどうする?」
オーエンはしばし瞑目して思考する。十秒ほど経ってから、彼はゆっくりと答えた。
「……リンクスネームはUnknown。ネクストの方は──《ホワイト・グリント》だ」
「……ほう。ほぉほぉほぉう」
「気持ちの悪い笑い方をするな」
「いやいや。感心している。感動しているンだ。そうかそうか。ウン。ボク達は企業に喧嘩を売りに行くんだ。確かに、
そうして白鴉は産まれた。
約一ヶ月後、オーエンは、表舞台としては六年ぶりに、戦場に舞い戻ることとなる。
***
『作戦を確認します』
新生《ホワイト・グリント》の腹のなか。パイロットスーツ越しに、胎内の羊水にも似た温い対Gジェルで全身を満たされながら、オーエンは久方ぶりにフィオナのオペレーションを聴いていた。
『作戦目標は、大規模発電施設「メガリス」の奪還です。メガリスは、このラインアークの最重要拠点の一つですが、二週間前、オーメルからの侵攻を許し、占領されてしまいました』
『これに対し、ネクストを用いた奇襲を敢行し、防衛部隊を無力化。その後、通常戦力を投入し奪還する手筈となっています』
『また、防衛部隊の一部には企業連の
『これは、企業に対するある種の宣戦布告であり、また、戦闘能力を宣伝するためのデモンストレーションでもあります。
……あなたなら必ずできると信じてる。無事に帰ってきてね……』
フィオナの言葉を飲み込み、オーエンは義肢の調子を確認する。彼の首から下は70%近くが機械であり、AMSを経由して繋がっている。
この体になってからネクストに乗るのは二度目だ。一度目はこのラインアークに到着する前に。そしてこの二度目が、新生《ホワイト・グリント》の初陣となる。
「接続開始」
呟くと、機械義肢の光学神経が停止する。ネクスト運搬用のコンテナ内部は、コジマ運用の規則に従って過冷却された状態であった。複眼型アイセンサがギラリと青く発光し、沈着した緑のコジマに塗れた暗闇の世界がオーエンの網膜上に投影される。
この前までのような激しい頭痛は起きない。これはアブ・マーシュによってAMS周りを最適化してもらったのが大きい。
《AMS接続完了。来たな、レイヴン》
突如、オーエンの脳裏に合成機械音声が響き渡った。IRSに染み付いたジョシュア・オブライエンの、いわば残留思念のようなものだ。
もちろん、本人ではない。これは、ジョシュアの魂の叫びを具現化し、AIに音読させているにすぎない。
AMSとIRSが結びつく。機械ではない部分で鳥肌がたった。日常生活では全体の数割しか利用していない脳の知覚システムが何倍にも拡張され、四肢に伸びる人工神経が巨大なネクストの高分子人工筋肉に切り替わる。アブによればIRSと義肢へ伝う電気信号を遮断するシステムが完成しているらしく、従来通り右腕以外はダイレクト・リンクの細工は施されていない。
『作戦エリア到達。ネクスト、投下します。……いってらっしゃい』
輸送ヘリからフィオナの声が届き、オーエンは見えないところで首肯した。
コンテナ下部の扉が開き、冷凍状態にあった内部に、急激に空気が流れ込む。底に沈着していたコジマ粒子が光に反射して緑に煌めき、がしゃりとネクストを固定するアームがその拘束を解く。重力と慣性に従い、新生《ホワイト・グリント》はそうして初陣に投入される。
《AMS、戦闘モードでリンク開始。整波装置、展開》
支援AI"J"のアナウンスと共に機体各部の整波装置が開き、無数のコジマ粒子が解き放たれた。極低温状態にあった装甲にコジマが接触すると、反応してパキパキという音を立てながら霜を散らしてディムフロストコーティングが剥がれ落ちてゆく。
球状のコジマバリアが生成されると、大気中の物質が弾かれてぱっと緑に輝いた。
「システム、オールグリーン」
AMSにコマンド。オーバード・ブースト起動。
さながら白い流星の如く重力と慣性に従い落下しながら、次の瞬間、白亜のネクストは大空を羽ばたく鴉になる。
鳥類の羽根にも似た26基のオーバードブースターから放たれる噴射炎が、X字を描くようにして放出される。プラズマ化されたコジマを撒き散らし、《ホワイト・グリント》の体躯を亜音速でかっ飛ばした。
メガリスを視認する。オーストラリア大陸の西端でバベルの塔のごとく天に突き出た巨大建造物は、奇しくもかつてリンクス戦争の時代に彼が一度防衛し、また一度襲撃したインテリオルのそれだ。しかし今回の任務はそのどちらでもなく奪還。対象への流れ弾が厳禁なのはもちろん、可及的速やかに通常戦力とネクストの双方を無力化する必要がある。
「妙な縁だな、お前とは」
ネクストの到来に応じ、施設の防衛部隊が展開しているのが遠目に確認できた。
地上にいくつかの対空砲と装甲車両、ノーマル17機、空中には12機。
そして。
『──来たか』
オーエンは男の声を感知する。リンクス、トーティエント。カラードランク9、であったか。
ジェット機を彷彿とさせる奇異なフォルムのネクストはオーメルの最新鋭機《TYPE-LAHIRE》のそれだった。左腕部にレーザーブレード、右腕部にマシンガンを確認。近距離高速機動戦を主軸とした機体構成だ。
オーエンは両の手のライフルを握り直す。右にBFF社製の高精度ライフル《051ANNR》、そして左には同社のアサルトライフル《063ANAR》が、背部、オーバード・ブースター・ユニットの両端にはGA傘下AMAC社から提供された最新式分裂型ミサイル《SALINE05》がそれぞれ装備されている。
ワンオフ・中量二脚機《ホワイト・グリント》は、中距離射撃戦を基本戦術とするネクストだ。ダイレクト・リンクされた右腕と高精度ライフルの連携術は、シミュレーションにおける動体目標に対して9割5分の命中率を誇り、仮想の対ネクスト戦においても高い勝率をあげている。
《接敵まで3…2…1…》
AIの音声に合わせ、オーエンはOBを停止する。白い炎を吐き出していたハッチが閉じると、左右に大きく展開していたOBユニットがカシャンと畳まれて変形、コアに埋もれていた頭部が浮上して両肩が開く。
白鴉は再び人の形を取ると、両手を左右に広げ、風を受けて減速する。慣性でトーティエントのネクストを横目にスルーし、そのまま地上部隊を蹂躙しにかかった。
『なっ……!?』
察したリンクスが慌てて反転しこちらに追いすがってくるが、遅い。オーエンは背部の分裂ミサイルを起動して地上のノーマル部隊を一掃。右へクイックブーストを吹かし、真後ろから襲ってきたネクストのレーザーブレードをひらりと回避する。避けた直後に赤が一閃し、それに一手遅れて大気を切り裂く刃の音を拾った。
「……速いな」
ネクストへの警戒レベルを上げつつ、そのまま両手のライフルを向けて牽制。クイックブーストを誘って距離を取らせると、こらちもメインブースターをフルスロットルで吹かし上昇、右のライフルを今度は空戦ノーマルに叩き込んでゆく。一発をブースターに受け、推進器から黒煙を上げながら一機のノーマルが堕ちていった。
『まるで無視か……ッ!』
連続クイックで迫るトーティエントのネクストを迎撃するが、間に合わない。その空戦機・ライールの整波装置が大きく展開するのが見えた。
「アサルトアーマーか……!」
オーエンは咄嗟にバックブーストで後退し目を閉じた。反応したIRSがコンマ一秒と経たずアイセンサーの保護シャッターを下ろす。
蒼の灯火が、消えた。
────ッッッ!! と。音にならない音が大気に炸裂する。ほぼゼロの差で蛍光緑の大爆発が起きていた。音と光が消失し、攻性転移したコジマ粒子が大気中に汚染と破壊をばら撒いていった。
***
──決まった。
油断大敵。炸裂したアサルトアーマーは、確実に純白のネクストを蝕んだ。
トーティエントはほくそ笑む。彼は、コジマ被曝してからここ数年、複数の持病を抱えており、先が短かい身の上であった。
それはいい。衰えてゆく今の死に体では、こうしてメガリスの防衛に常駐させておくのが関の山と、オーメルの老人たちに思われているのが一番気に入らない。
挙げ句の果てには、新進気鋭、カラードランクを上げ続けている新人リンクス・オッツダルヴァの存在だ。トーティエントよりは下位であるが、いまだ成長を見据えるリザイアもいる。リンクス戦争によって多数のリンクスを失ったオーメルは、着々と新しい戦力を蓄えつつある。
いずれこの身は二人に抜かされる。
そうなれば、どうなる。
『トーティエント、ストレス数値が上がっています』
トーティエントの担当オペレータが、IRSからリアルタイムで送信されているリンクスのデータを見ていった。
「──チ。うるせえな」
そんな評価も、この不明ネクストを撃破すれば話は別だ。
アイカメラを下に向けると、放物線を描くようにして堕ちゆく白が見えた。かろうじて直撃は避けたようだが、墜落コースだ。よしんば持ち直したとして、次の一手で終わる。そのまま大地の肥になれ。身の程を知れと、トーティエントは思った。
「ふん」
トーティエントは右手のマシンガンをパージする。トドメはブレードで十分だ。マニピュレータから脱落したネクストAC用の銃器が、重力に従って自由落下を始める。
そして次の瞬間、空戦特化ネクストは真下へ急加速した。ライールフレームは落下する先のマシンガンをあっという間に追い抜き、さながら落雷の如く地面に迫って真紅の一閃を見舞った。
龍殺しの刃が白亜のネクストを両断する。その直前。
がしゃり、とカメラアイ保護シャッターが開く。
不気味な青の複眼が開眼する。
白亜のネクストは、あろうことか両腕に握られたライフルを両方とも真上に放り投げていた。
さらに空戦に優れたメインブースター・ユディトを最大出力で噴射し、空いた両の手がトーティエントのネクスト、その左腕をがしりと掴んでいた。
大気を裂きながら放出を続けるレーザー・ブレードがエネルギー枯渇により消滅し、そこで白鴉がライールのはらわたに蹴りを入れた。トーティエントがコクピット内で揺らされる。一瞬の隙に降ってきた二本のライフルをキャッチし、白鴉はそのままサイドクイックで離脱して行く。
「ぐッ……野郎!」
思わぬカウンターを受け、ライールフレームが数秒ばかし低空で硬直する。先のエネルギー枯渇により、クイックブースト一発分のエネルギーもままならなかった。
──そして、トーティエントは眼前に奇妙なものが浮かんでいるのに気付いた。
黒い三角柱の物体。なにかのパーツが剥離したか。……もしや。
それが、白鴉の羽根からパージされたミサイルランチャーだと気付くのに、数秒を要した。
「まさか……ッ!」
その僅か数秒が、致命的な隙を生む。
トーティエントは真横に振り返る。
ぎろりとライールの鋭角な頭部が横を見据える。
白亜の中量ネクストは、右手の高精度ライフルをこちらに向けているところだった。
──厳密には、置き土産として彼のネクストの鼻先に漂う、パージされた分裂ミサイルランチャー《SALINE05》を。
それは時間が止まっているかのような光景だった。
ズン、と。
放たれた一発の銃弾が、正確無比にランチャーを貫く。衝撃で信管が作動、内部の指向性弾頭が一斉に炸裂し、黒煙と炎とがプライマルアーマーを失ったタイプ・ライールの装甲を舐め上げた。
「がッ、あああああァァァアアアあああ!?!?」
エラー。エラー。エラー。全身を針で刺されるような錯覚に襲われ、頭部とコア、右腕分及びバックブースターに致命的な損傷というエラー信号が彼脳内を犯し尽くす。IRSからAMSにキックバックされた情報が容赦なくトーティエントの脳を焼いた。
──遊ばれている。
なんとなく、そう思った。
認めよう。相手は、強い。
だからこそ気に入らない。
唖然とするトーティエントをよそに、地表すれすれで変形し、光の翼を羽ばたかせながら両腕のライフルで次々と防衛ノーマルを撃墜してゆくのが見えた。煙に包まれた灰の中、トーティエントは堪忍袋の尾が切れる思いだった。
「……待ちやがれ!」
一機、また一機と、木偶の坊となっている有象無象が爆散してゆく。
あるものは的確にコクピットを貫かれ。
あるものは主兵装のレーザーライフルを破壊され。
またあるものは、ブースターを狙われて無惨にも地面に墜落していた。
ここまでなのか。
こんなところで終わるのか。
『トーティエント、援軍が到着しました。落ち着いて挟撃し、敵ネクストを撃破してください』
円盤の左右に翼を生やした、奇妙な全翼機。
──アームズ・フォート、イクリプス。その
「……クソが」
トーティエントは悪態をつきながら、幾ばくか冷静さを取り戻し、白い鴉に追い縋った。
***
『オーエン。二時の方向に敵増援を確認しました。データ、ありません。謎の大型兵器、接近中です。気を付けて』
「諒解」
《危険レベル:高。高出力のレーザーキャノンを装備。回避を推奨》
「見ればわかる」
サポートAI"J"に対して適当に言い返すと、オーエンは残った左肩の分裂ミサイルを残るノーマル部隊にぶつけ、パージ。振り返りつつミサイルコンテナを撃ち抜き爆発させた。二度目だ、直撃はしまい。だが黒煙がいくらか目くらましにはなるだろう。
敵ネクストの練度はさほど高くない。並立処理できるレベルだ。
「まずは円盤をやる」
誰にでもなく言い放つと、直後に前方から飛んできた青いレーザーをクイックで回避。煙を超えて後方から迫るネクストを一瞥しつつ、オーエンは機体を上昇させプロトイクリプスに接近する。
《ミサイルアラート》
AIの言葉と同時に、尾から白煙を上げながら複数の飛翔体が垂直発射されていた。
「間に合わせるさ」
オーバードブーストを切り、前方へ連続クイック。ばちばちと、電気的な音を発しながら再形成されたプライマルアーマーが緑に瞬いた。彼我の距離は700を切り、400、200と迫る。後方からは更に高速で接近するネクスト。好都合だ。
イクリプスとの距離が100を切り、オーエンはすかさずIRSにコマンドを叩き込む。
《整波装置、最大展開》
"J"が宣告する。
かしゃりとまばたきのようにアイセンサの保護シャッターが閉じられた。オーバード・ブースターがプライマルアーマーからKPを回収したかと思えば、次の瞬間全身の整波装置が一斉にせり出て、ありったけのコジマ粒子が無秩序に放出される。
アサルトアーマー。
前方に君臨するイクリプスも、頭上から降り注ぐミサイル群も、そして後方から来るネクストだろうと関係ない。あらゆる全てが蛍光緑の輝きに呑み込まれてゆく。
ヒトの脳では認識できない破裂音が大気を震わせ、巨大な円盤型全翼機を真正面から喰らい尽くし、ミサイルの雨をまとめて撃墜した。ひとたまりもなく黒煙を上げながら、イクリプスが高度を下げてゆく。墜落は避けられないだろう。
後方から迫ったネクストは直前に緊急停止していたらしく、呆然と佇んでいた。
かしゃりと保護シャッターが再度開き、幾何学模様のような複眼型アイセンサーが蒼に発光する。
機体を反転させながら、停滞するライールにライフルを向けた。
鴉が、獣を睨めた。
『……クソったれ』
敵ネクストが撤退してゆく。企業連のカラードとやらに所属しているのならば、無理に追い回して撃破する必要もあるまい。
それに、奴には、企業連に伝えてもらわなければならないこともある。
これが伝説の凱旋だ。
アスピナの傭兵の魂は、アナトリアの傭兵と共にある。
──『僕はね、オーエン。ジョシュアを奪った企業が許せないんだ』
「……」
『敵性勢力、排除を確認。すぐにノーマル部隊を送ります。奪還完了まで、今しばらく護衛をお願いします』
十分後、メガリスはラインアーク戦力によって再占領され、ホワイト・グリントの初陣は終わった。
彼のデータは作戦終了と同時にカラードに参加申請がなされ、登録直後にも関わらず、設立後異例のランク9が与えられた。
***
支援システムAI"J"
旧ホワイト・グリントのIRSに蓄積されていた、とある男の残滓・残留思念を、AMSを経由して出力するAIとして改造したもの。
人間としての知性や矜持は持たず、特定の反応に特定の反応を返すだけの『機械化された脳』をAMSから逆算することで成立しており、《ホワイト・グリント》のブラックボックス内に存在する。他のネクストにはない、特異な機能。
アーキテクトに転向する前はAMS技術者であったアブ・マーシュと、かつてはネクストのIRSやFRSを研究していたフィオナ・イェルネフェルトの共同開発によって誕生した。
オーエンの戦術支援を担当し、AMSとIRSとで繋がった二人のインスピレーションから的確な指示を飛ばすことができる。
〔カラード・ランク〕
Rank 1 ローディ / フィードバック
Rank 2 ウィン・D・ファンション / レイテルパラッシュ
Rank 3 リリウム・ウォルコット / アンビエント
Rank 4 ジェラルド・ジェンドリン / ノブリス・オブリージュ
Rank 5 オッツダルヴァ / ステイシス
Rank 6 スティレット / レ・ザネ・フォル
Rank 7 王小龍 / ストリクス・クアドロ
Rank 8 ロイ・ザーランド / マイブリス
Rank 9 Unknown / ホワイト・グリント
Rank10 ハリ / クラースナヤ
Rank11 ダリオ・エンピオ / トラセンド
Rank12 ヤン / ブラインドボルド
Rank13 リザイア / ルーラー
Rank14 シャミア・ラヴィラヴィ / レッドラム
Rank15 有澤隆文 / 雷電
Rank16 メイ・グリンフィールド / メリーゲート
Rank17 ド・ス / スタルカ
Rank18 エイ・プール / ヴェーロノーク
Rank19 カミソリ・ジョニー / ダブルエッジ
Rank20 フランソワ・ネリス / バッカニア
Rank21 ウィス / スカーレットフォックス
Rank22 イェーイ / エメラルドラクーン
Rank22 パッチ・ザ・グッドラック / ノーカウント
Rank23 ドン・カーネル / ワンダフルボディ
Rank24 ダン・モロ / セレブリティアッシュ
Rank25 チャンピオン・チャンプス / キルドーザー
Rank26 ミセス・テレジア / カリオン
備考
・リリウム・ウォルコット、オーダー・マッチの戦績が評価されランク3に昇格。この措置にはオーメル陣営ほか賛否両論あり。
・トーティエントが突如カラード離脱。オペレータが失踪。欠番に入れ替わるようにUnknownが新規登録される。カラード設立後、参入時点においてランク9の措置は異例。
・オッツダルヴァ、ミッションおよびオーダー・マッチの戦績評価によりランク5に昇格。ランク上昇率は史上最高の数字。
・ミセス・テレジアが違反行為によりランク最下位に降格。
・ダン・モロがカラードに新規登録される。