フレンダ=セイヴェルン生存記   作:大牟田蓮斗

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ちょっと遅刻、ですが二話連続投稿です。前話をお見逃しなく。
















セイヴェルン、復活

 私は、虚ろな瞳で足元に転がる拳銃を眺めた。

 つまり、あの男はこう言いたいのだろう。

 

『死にたくなければ仲間を殺せ』

 

『自分の命と仲間の命を天秤にかけろ』

 

 と。

 頼りの能力者は全滅。涙子に戦闘力を求めるのはお門違い。浜面と、キャパシティダウンの中でも目を爛々と輝かせている麦野は男に特別警戒されている。

 体格もなく、武器もなく、高能力者でもない私だからこのような選択権を与えられたのだろう。忌々しい。

 

「おうおう。スゲェ目で睨むなぁ。ますます仲間にしたくなったぜ」

 

 頼んでもいないのに朗々と男は喋り出す。そういうところが小物臭い。マウントを取っていると確信した瞬間から相手をいたぶり始める。驕った能力者と何一つ変わらない。過去の遺物たる老夫婦の記憶と何の差異もない。

 

「あの雑魚ども、ちょっと裏でたむろってたのをボコって持ちかけたらすぐに食いつきやがった。そんな何も考えてねぇ頭だから失敗したってのにな。それと違って嬢ちゃんは頭を使えるみてぇだ」

 

 ククと笑う。男は拳銃を持っていない左手から爆弾を投げた。それは動き出そうとしていた浜面の目前に落ちる。

 

「下手なマネすんじゃねぇぞ。俺からは全員が見えてる。次は点火したブツを投げてやる」

 

 この男の狙いはわかり易い。実際、ここで問題を起こす気はないのだ。本来、彼らはこの倉庫でほとぼりを冷ましてから強奪した物を裏に流す気だったろうから。男が一人になろうともそれは変わらない。下手に爆発などさせて警備員(アンチスキル)に感知でもされれば苦労が水の泡だ。

 それがわかったところで私の取れる選択に変わりはない。この男に従うか、従わないか。

 従うなら、まずは麦野から潰すべきだろう。浜面を狙うフリをして麦野を撃ち殺す。そうすれば向こう側についた後が楽だ。

 従わないなら? 男はどうするだろう。警備員に感知されることを覚悟で私たち全員を吹き飛ばすか。そのあと、全力で逃げればまだ勝ち目は残る。私たちを潰さない可能性はあるだろうか。キャパシティダウンを付け続けてここを立ち去る。まず、ないだろう。キャパシティダウンは音響兵器だ。少し脇にそれれば効果を失う。それから男を追撃するかもしれないと思えば、潰さないことはない。

 つまり、『私は生き残る』か『私も生き残らない』のどちらか。

 無論、能力者の誰かが集中力を取り戻すかして男をぶちのめせば別だが、この倉庫のキャパシティダウンは私が手を入れて強力にしてある。慣れるまで、少なくともあと二、三分は要るだろう。麦野を間近で観察してそうなるように設計したのだから。

 男は私にまだ語りかけてくる。

 

「で、嬢ちゃんはどうする?」

 

 顎で拳銃をしゃくる。私に拾え、ということだろう。拾った。その間に男は左手に三本のロケット爆弾を持った。あれは片手でも発射できるように調整したタイプか。嫌な男だ。確実に倉庫の中身を選別している。

 拾った拳銃は学園都市製のもの。精度、装弾数、威力、弾速、すべて秀でていないのだがほぼ無音の発射ができる。生じてしまう音はBB弾が床に落ちる程度。確かに、この拳銃ならば警備員への警戒も十分と言える。

 まあ、それは表面的に見れば、であり男が私が行ったカスタムに気づいていないということでもある。それがわかったところでどうしようもないのだが。

 

「……私に、()()を裏切れって言うの?」

「ああ。むしろそれ以外の意味に聞こえたか?」

 

 顎を上げて見下す目線で男は言う。どうしてここまで小物のように振舞えるのだろう。いっそ見事だ。

 『友達を裏切るのか』。研究所から逃げるとき、散々置き去りたちから言われた言葉。何の変哲もない。同じ言葉だ。

 

「それで私にメリットは?」

「はん。時間稼ぎのつもりか? ……テメェは仲間を撃てば生き残れる。撃たなきゃ死ぬだけだ。お友達は死ぬことが決まってるからな。ただ一人テメェの手で殺ればいいだけ。簡単だろ? これ以上無駄な時間かけさせるな」

 

 男の機嫌は悪くなる一方。レベル五が戦線復帰するまで時間を稼ぐという作戦は実行困難だ。

 仕方ない。

 

 

 

 

 諦めよう。

 

 

 

 

 どうせ、光子たちとは今日会った仲だ。

 どうせ、御坂とはかつての敵同士だ。

 どうせ、『アイテム』は一度裏切っている。

 どうせ涙子も、

 

 

 私のことを信じてなどいない。

 

 

 そもそも信じられる素養がない。素地がない。私は本当のことなど伝えていないのだ。嘘ばっかり。自分がフレンダであることを否定して、成辺るんなんていうモノに偽った。

 結局、こんな人間を信じられる訳がない。

 私は()()()手で拳銃を一番近くにいた涙子に向けた。

 

(なんで。なんで、手が震えるの!?)

 

 そもそも、私のこの学園都市でのまともな生活は裏切りから始まったもの。『アイテム』にいたときだって、細かくて見過ごされていたが裏切りとも取れる行為をいくつも行った。そして最終的に、確実に裏切った。

 だから、今更『友達』を裏切る程度で動揺するはずなどないのにッ!

 

 だから、その顔は何なんだ涙子ッ!

 

 涙子が、恐怖に怯えながらも、何かを覚悟したような顔で私に告げた。

 

「……成辺さん。『今度こそ』二人で鯖缶料理食べましょう?」

 

 ああ。バレているのだ。それがよくわかった。それもそうか。涙子には私の戦う姿を一度見せていた。さっきの戦闘でそこを結びつけたのだろう。

 

 それにしても、『今度こそ』『二人で』か。いまだにこの窮地から万全の状態で抜け出せることを微塵も疑っていない。

 よくわかった。

 この顔、なぜ私がわからないのか。少し前なら、それこそ二ヶ月前ならわかったであろうに。

 この顔は、諦めていない顔だ。不屈の。不撓の。可能性を信じた顔だ。

 私は、いつからこの顔をしなくなっただろうか。……きっと、『フレンダ』を捨てたとき、『成辺るん』になったときからだろう。あのときから、私は驕った強者に敗北を叩きつける役から、強者が驕る原因の役になったのだ。

 

 ハハ。

 

 今度はちゃんと漏らさずに、心の中だけで嗤う。

 何が『適度なところでの諦めが大事』だ。適度なところの前で諦めてどうするッ!!

 

(気張れ、私! 涙子に負ける気かッ!)

 

 そもそも、私はどうして諦めていなかったんだ! どうして麦野から逃げた! どうして『アイテム』を裏切った!

 

―――それは、全部『友達』のところに帰るためだろうがッ!

 

 『アイテム』を一時裏切ったのも、ひとまず生き延びて『アイテム』に戻るため。

 生きたいと願ったとき、脳裏を過ったのは『友達』と妹。

 私は、『友達』と再会するために生きたかった。諦めたくなかった。決して、生き延びるために生きたんじゃない!

 

「おい。どうした、嬢ちゃん? そこまでして、今更怖気づいたか?」

「……」

「どうせなら、その女じゃなくて、あっちのにしろよ」

 

 男が麦野を指差す。改めて一々頭の回る面倒な男だ。

 

「おい! 早くしろよ、成辺るん!」

 

 動きの停まった私に男が怒鳴る。

 

「私は、」

「あ?」

「私は―――」

 

 

 腹の底から、自分に溜まった汚い部分を、醜い部分を、すべてすべて吹き飛ばすように声を出した。

 

 

私は―――、()()()()()()()=()()()()()()()()()()()!!!

 

 

 叫ぶと同時に、前へ駆け出す。男が一瞬虚を突かれる。

 どんどんと頭が痛くなる。これが、能力が戻った、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を取り戻した痛み。そう思えば決して苦しくなんてない。

 私は拳銃から一つ、パーツを取り外す。

 男が左手の爆弾を三つすべてこちらに放り、同時に右手の拳銃でこちらを狙った。

 私は一発、大きな発砲音と共に弾丸を放つ。

 

(暗部を、『闇』のレベルを舐めるなって訳よッ!)

 

 若干左右に振れる私に、男が照準を合わせるよりも先に私が発砲して男の武器を剥奪する。

 そして、私の目的は武器の剥奪よりも別のことにあった。

 あの拳銃に私が施した改造はただ一つ。あるパーツを外すことで消音機能を停止させるものだ。それによって発砲音が鳴り、鳴らないと思っていた男は動きを止める。さらに、耳元でそれだけの音がしたのだ。私の耳はしばらく役割を果たさない。しかし、同時に頭をかき回す音も聞こえなくなった。

 音響兵器。音の振動によって、手で耳を押さえる程度ではカットできない騒音を与える。それがどうした。耳元で、それよりも大きな騒音を聞かせればいい。音は掻き消え、何より振動を受け取る鼓膜がその役目を放棄する。そうすれば音響兵器なんて怖くもなんともない。

 そんな私に、三方向からロケット爆弾が迫る。

 

(久し振りだけど、やっちゃえ!)

 

 私は能力を使う。普段は演算ミスが恐ろしすぎて、近接戦闘では兵器を転送する以外に使わない能力を互いに動いた状態で使う。

 一つのロケット爆弾、それの半分よりも前だけが綺麗に私の後方へと落ちた。そして制御をうしなったもう半分が慣性で進んでから落ちる。

 私はこの爆弾を導入するにあたって、材料さえあれば自分で作れるほどに構造を理解した。だからこそ、どこで切断すれば不発弾とできるかが分かる。

 私の左右から同じタイミングで迫る残りの二つを同時に処理することはできない。だから別の処理方法を使う。私の右から迫るロケット爆弾を左側に転移。そこまで高度な追尾システムがあるわけではないから、そのまま進んで二つのロケット爆弾がぶつかる。

 このロケット爆弾は本来、片手で持ってもう一方の手で発射するものだ。それを片手を振ることで反動で発射するように改造した。そしてその際に暴発の危険性が高まるために威力を下げた。

 その下げた威力は、二つが爆発したタイミングで前を行けば爆風に乗れる程度。追い風を受けて、私は一気に男に肉薄する。

 男の顎に掌底を放つ。男はそれを本能的なスウェーバックで躱した。そこを足払い。倒れゆく男はポケットからナイフを取り出し、()()()喉に突き付けた。

 

「―、―――――――――――――――――!!!!」

 

 男の喉に向けて振り下ろしていた踵をずらす。唇の動きと展開から、『俺が死んだらテメェら道連れだからな』とでも言ったのだろう。そしてそれは事実に違いない。

 だが、事実だからと言ってここでこの男への攻めの手を緩めるわけにはいかない。そうすれば先ほどの、いやさっきよりも酷い事態になるのだから。

 

 

 だから、()()()()私はできるかどうかわからない最後の、切り札とも呼べない神頼みを実行する。

 

 

(能力、発動―――!!!)

 

 交換対象は、目の前の倉庫と、三km離れたところにあるもう一つの倉庫!

 倉庫の寸法は全て同じにした。だから倉庫の形の空間を交換すれば周囲に被害は出ない。

 だが、私の能力についた制限を突破した。

 私が普段交換する空間、そのどちらかは体表面から三十㎝程度の範囲にある。なぜなら、私は自分を座標軸上の目安として計算しているから。今回の倉庫、そのどちらとも私は接近していない。

 私が普段交換する質量、それは交換する双方の空間内の質量の総和で五t。倉庫を二つ足せば優に超える。

 このどちらも、私の演算能力からくる制限だった。

 今の私は、演算補助器を失っている。

 

(それが、どうしたっつーの!)

 

(私は、私! 結局、大事なのはそこだけって訳よ!」

 

 演算能力が足りない? 知ったことか。私ならできる。フレンダ=セイヴェルンならできる!

 声に出ていたかもしれない。そしたら、少し恥ずかしいな。

 

 目がチカチカする。ああ、視界が白く染まる。知ったことか。私は能力を発動させた―――。




バイバイ『成辺るん』
おかえり『フレンダ』

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