『第2次レッドダイヤモンド戦争』   作:長命寺桜

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第1話 狼の女王の帰還

「ちゃんと見ておりますわよ、と言ったはずですわ」

 プラウド・スパイヤー邸地下の薄暗い裏口。昨日数千年の眠りから彼女を起した定命の者は、昼過ぎになってようやく帰って来た。セラーナは家主の帰りを一晩中待ち続けていたのだ。彼女が眠った隙に家を抜け出したのだろう。出会ったばかりの吸血鬼を、私兵とはいえ女と一緒の家に放って行くなど正気の沙汰ではない。絆や信頼と言った言葉とは無縁の世界に居た彼女にとって、久しぶりに体験した人間の行動は実に興味深く、思わずクスリと表情を綻ばせてしまったくらいだ。

 その彼はセラーナを睨みつけると、まるで値踏みするかのように全身に目を配った。男の視線にはディムホロウ墓地で出会った時の純真とも言える輝きがまるで含まれていない。どちらかといえば、かつて彼女の父が見せたような、狂信的な執念深さを感じさせる。

「あら……昨日とは雰囲気が違いましてよ。何かあったんですの?」

 セラーナは気遣いと戸惑いが半分ずつ入った声で訊いた。男は口角をほんの少し上げて、両側面に角をあしらった鉄の兜をゆっくりと脱いだ。兜を左脇に抱えると、開いた右手を差し出し握手を求める。初対面の相手にするように。セラーナは何かの冗談かと思ったのか、やれやれと肩を竦めてその手に触れた。体の芯まで凍てつかせる冷たい手に。

「お会いできて光栄よ、ヴォルキハルの姫。先の大戦ではハルコンにも随分と世話になったわ」

 男の口から発せられた声は、強大な吸血鬼さえ竦み上がってしまうような、恐ろしく邪悪な女のものだった。

「あなた……一体誰ですの?」

 唐突に出て来た父の名前に、セラーナは手を振りほどいて半歩後ずさる。殆ど反射的に、アイススパイクの呪文を両手に装備していた。蘇生できる死体があれば時間稼ぎくらいにはなったのだが、生憎ソリチュードの街には死体は転がっていなかった。しいて言えば、表をデルヴェニンという死にかけのウッドエルフが歩いていたが、セラーナは直感的にあれが単なる狂人ではないことを感じ取った。おそらくはシヴァリングアイルズの住人だろう。彼の目にはやはり、父と同じ類の、あるいはそれ以上の異様な狂気が宿っていたからだ。

 私兵が物音を聞きつけて一階から掛け降りて来る。彼女の名はジョディス・ザ・ソード・メイデン。エリシフからハーフィンガルの従士たる家主の私兵に任命された女性で、育ちの良さを感じさせる上品な物腰とおっとりとした口調が魅力的なノルドの剣士だ。

「面倒を起こす気はないわよね」

 従士と彼が昨晩連れて奇妙な客人の剣呑な様子を見て、ジョディスはドワーフ合金製の両手剣を抜きながら言った。鍛冶のエキスパートでもある従士が研ぎ上げたそれは、ドレモラ・ロードさえ一刀もとオブリビオンへ送り返す鋭い光沢を放っている。彼女は従士の剣となり盾となることを誓ったわけで、無論切っ先は客人に向けられていた。とはいえ、彼女がセラーナよりもむしろ従士を警戒していたことは、時折従士を睨みつける敵意を含んだ眼光が物語っている。ジョディスの目から見ても、従士は外見が似ているだけの別人であった。万に及ぶ呪いの言葉を紡ぎ出さんと口元は醜く歪み、不遜で威圧的な眼差しはこの世の全てが自分の為に存在するとでも言いたげだ。憎しみが人と云う形を取って顕れたら、きっとこんな顔をするだろう。

 確かに従士は別に善人と言う訳ではない。むしろ独善的な悪党で、ジョディスやリディアに隠れて―いるつもりで―暗殺者をやっていたし、成り行きで盗賊ギルドに加入したかと思えばを、いつの間にかギルドマスターを殺して盗賊の頭になってしまったほどだ。さらには同胞団の導き手として、正義の名の下か弱い人々を散々痛めつけた。ホワイトランのカルロッタ・ヴァレンシアなどは、幼い娘ミラの前で立ち上がれなくなるまで殴られたうえ、店の商品を全部かっぱらわれたのだ。スゥームに加護を与えてくれるタロスを崇拝しており、サルモール司法高官を見るや否や切りかかって行った。

 だとしても、これほど狂気に満ちていただろうか。昨日までの従士は、悪行と同じくらいは善行を積んできた。孤児やホームレスを見ると金を恵まずには居られない人間なのだ。今の彼は、金を恵むどころか殺して心臓を貪り食ってもおかしくない。

「答えてくださいまし。あなた、何者ですの?」

 セラーナは語気を強めて詰問する。男は両者の敵愾心を気にする様子もなく、均等に見比べてほくそ笑む。その質問を待っていたと言わんばかりに。

 男は鉄の兜を念動力で放り捨て、近くにあった木製の椅子に腰を下ろす。背もたれにゆったりともたれ掛り、肘かけに肘を置いて手をあごにやる、あの偉そうな首長専用の座り方で。セラーナとジョディスはただ戸惑うばかり。

「私はソリチュードの女王よ」

 男ははっきりそう言った。2人は一瞬顔を見合わせる。ジョークにしては、あまりにもユーモアのセンスが欠落している。

「仰っている意味が分かりませんでしてよ。スカイリムの至高王は、エリシフ・ザ・フェアーなのではなくて? だいたいあなたは男で」

「聞きなさい、真祖。そこの憐れな反逆者もよ」

 詰問は研ぎたてのナイフのような鋭い声で遮られる。男……いや、彼女の目は薄暗い怪しい輝きを刻一刻と増してゆく。吸血症ではないことはセラーナにはすぐに分かった。おそらくは何らかの死霊術を用いて、彼の肉体を操っているのだ。それも、魂をそっくり入れ替えてしまったかのように。並大抵の技術ではない。母ヴァレリカでも到底実現は不可能だろう。

 セラーナはその人類史上最も忌まわしき死霊術師の名をまだ知らない。アレッシアがアイレイドを滅ぼし、人類がシロディールに最初の帝国をうち立てる前に眠りについたセラーナには。

「私はポテマ・セプティム、タムリエルの皇帝なの! デイドラを召喚しなさい。再び玉座を奪い返すためなら、スカイリムの魂をひとりの残らず売ってやるわ!」

 第4期201年、狼の女王ことポテマが、恐るべき陰謀と共に復活を遂げた。神々の策謀か、デイドラ大公の戯れか、それとも星霜の書の意思なのか。いずれにせよ、後に"第2次レッドダイヤモンド戦争"と呼ばれる血塗られた世界大戦が幕を開けることは、この時はまだ、タムリエルの誰もが想像だにしえなかった。それでも、この運命は定められていたのかもしれない。皇帝タイタス・ミード2世が、あの冒涜的な白金協定によって、"人間の真なる神"をエルフに売り渡した屈辱の日に! どちらにせよこの日、ウルフリック・ストームクロークの野望が永遠に潰えたことと、ソリチュードに存亡の危機が訪れたことは確かだった。

 

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