私たちは人でない何かを切った、そういう触れ込みと鋼でできている、人でない何かだ。極青江とにゃんせんさん。そんなに関係はないけど打刀の国広さんは特です。
ここの山姥切長義と南泉一文字は(少なくとも南泉目線では)「呪い仲間」でにっかり青江は「石燈籠みたいに切ってやろうかな」がメイン。

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あやかしぎり

「にっかりがここにいるって聞いたんだけど……にゃ」

 障子を開けて南泉一文字が部屋に入ってきたのは、昼食の後虎徹の二振りが作り始めたクッキーが焼き上がろうかという頃だった。

「此処は大太刀の部屋だよ」

 四人部屋にしても広い空間の中心近くに鎮座する「人をダメにするソファ」とやらに身を預け、書から目線を上げることすらしないまま、にっかり青江は言った。

「居るじゃねえか」

 南泉が思わずそう返すのと、そもそも蛍丸は同派と相部屋で、この大脇差が部屋の住人だという話を思い出したのはほとんど同時だった。

「そりゃあ他三振りが大太刀なだけで、僕の部屋でもあるからね。長谷部や大倶利伽羅でもよかったろうに……。ああごめん、何の用だい?」

 

 一歩部屋に踏み入って、後ろ手に障子を閉める。そのまま座れば、元々打刀と比しても背は高い方である青江を見上げる形になった。

「あやかしを切った、って聞いた……にゃ」

 幽霊だよ。目は手元の文字を追ったまま、青江は訂正した。

「なんでもいい……にゃ。あんた、呪いを解く方法を知らないか?」

 

 呪いを解かねばならない。事あるごとに南泉はそう言う。だが、こういう風に他の刀に助力を求めたのはこの数ヶ月で初めてのことだった。

 他にも呪われた刀がここに来て、おまけにその彼は呪いの存在を認めない。気に食わない奴ではあるが、呪いが解ければ諸々大分ましになるはずだ。となれば(会いたくない奴に会わないために)とりあえず端から声を掛けてみようという気にもなる。

 

「生憎、そういうのは専門外だよ。切って済む話じゃないんだろう?」

 南泉斬猫の故事から号の付いた一文字の刀は、どうしたところで迂闊に抜身の鋼に触れて両断された猫と無関係ではいられない。逸話が、人の噂が元なのだ。物理的に切り離せるようなものではないし、第一当の本刃が刀なのだから、それで済むのならとうに解決していることだろう。

 

 兎も角、南泉一文字は猫を切った。そして()()()()。それが全てだった。

 

 けれどにべもない、といった風なその答えに、南泉は納得がいかなかった。猫を切った自分と、霊を切った青江の対処能力が同程度とは思いたくなかったのだ。

「なあ、」

「知らないよ。彼女たちのことだって、僕はただ切っただけだ」

 幼子とそれを抱く女。当時はさておき今となっては柳の下にいるにはテンプレート的に過ぎる霊を、青江貞次の太刀が切った。また、そのことでにっかりの号が付いた彼を持つ京極家が丸亀城へ着任したことで、夜毎城内を彷徨う霊が消えたという触れ込みだ。

「なら、その後はどうなんだ……にゃ」

「……京極の家でのことは、向こうの方から逃げていっただけで別に僕が端から切っていたわけじゃない。本物の神剣ならともかく、僕に呪いのことなんて聞かれてもね」

 

 呪い。南泉一文字の言うそれはにゃーにゃー鳴くことばかりが目に付くが、語尾の改変は呪いの本体ではない。今際の猫は「此奴も同じ目に遭えばいい」と思った。同じ目に、つまり自分と「同じ」になればいい、と。その時から南泉一文字は日向ぼっこが好きになった。鼠や小鳥を捕まえたくなった。夜目が効くようになった……のは磨り上げの所為かもしれない。

 

「じゃあ、これだけ聞かせろにゃ。お前の右眼で、俺はどう見える」

 俺と、それからあの化け物切りの後ろに、中に、その赫々と燃える眼では何が見える。山姥を切ったきりこちらを猫殺しとしか呼ばないあいつの青玉の中に、それと同じ()を持つ彼のフードの奥に、何が居る。

 

 漸く、にっかり青江が本を閉じる。ゆらり、と顔の右半分を覆う柳煤竹が揺れた。

 少なくとも、と彼は言う。

「僕には何も見えない。君にも、彼にも、当然国広にも、何も憑いてはいない。源氏の兄弟刀もだ。それから()()()……何も、いない」

 にっかり青江には幽霊を祓う力がある、そう信じた者は少なくない。号からしても、霊刀であること自体は疑うべくもない。

 

 そんな筈はない、と南泉の瞳が見開かれる。けれど事実として青江には何も見ることはできなかったし、そうでなくても本当に呪われているのなら三池の霊刀が、ソハヤノツルキウツスナリが黙っていない。ならばそれが「南泉一文字」の正常な状態なのだろう。

 

 貞次の刀で幽霊を切ったというその場所には、翌朝になれば二つに割れた石燈籠があったと云う。幽霊の正体見たり枯れ尾花。彼はそういう風に幽霊を切った。そこには別のものがあったことにして、彼女たちを消してしまった。にっかり青江に解呪などできない。ただ乱麻の如く断って、なかったことにすることだけだ。そしてそこにないものは切りようがない。

 

 青江が思う限りでは、彼の言動は切った猫と無関係なわけではないが、南泉の号を持つ限り付いて回るだろう()()を彼に与えたのはどちらの南泉が切った猫でもない。()()。猫がそこにいるわけでも、猫の意思やなにかが残っているわけでもない。ただ、全てのカミがそうであるように、人に依って彼が在るというだけ。それを呪いと呼ぶのは結構だが、はじめからプログラムされている在り様を変えるなど、青江の手にはどう考えても余る話だ。

 

「なら言わせてもらうよ。猫を切れば猫になり、化け物を切れば化け物になると言うなら、人を切ったら人に成るのかい?そんな莫迦な話があるはずないだろう」

 この身が人であるものか。切られて手指の動かなくなる腱もなく、食事や睡眠すら必須ではない。おそらくは呼吸でさえも。どれほどの血が溢れても、事によっては首が落ちても鋼に欠けがなければ意のままに動き続けるこれを、鋼が二つに割れればそれだけで砂状に砕けて消え失せるだけのこれを以って、人になったなどとは冗談でも言えはしない。はじめから生きてすらいない物は、幽霊ですら有り得ない。

「僕は幽霊じゃない。君と同じく、彼と同じく、一振りの鋼に過ぎない」

 誰かに言い聞かせる様に、にっかり青江はそう言った。



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