字――あざな――   作:がめちょん

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一章二節 上総は退屈のあまり、思わず大きな欠伸をした

 上総(かずさ)は退屈のあまり、思わず大きな欠伸(あくび)をした。

――個人用の携帯端末に、映像が滑るように流れていく。

その幾つかは、既に先程も見た記憶があるものだった。

どこぞの誰ともつかぬ男が――あるいは女が、たわいも無ければ取り留めもない話を垂れ流し、毒々しい配色と、刺々しいフォントで構成されたテロップが、画面上を埋め尽くす。

 時に、いまいち音の外れたような歌を歌っては、時にキンキンとした声でヒステリックに喚き立てる。

そんな映像を、どれだけ眺め続けたただろうか。

時刻は()うに二十二時半を回わっている。

――本当に日を跨ぐんじゃないだろうな? と、不安が現実に変わりつつあるように感じられ、上総(かずさ)辟易(へきえき)とした心持で、深いため息を一つ、こぼした。

少し冷え込んだ車内の、ひんやりとした空気に思わず身震いをし、再びエンジンを掛けると、車体は重苦しくも小気味良い振動音を立てながら、送風口から空気を噴き出した――が、噴き出されたそれは、随分と冷たい。

エンジンまでもが、既に冷え切ってしまっているのだろう。

「寒く無いかい?」

「寒くは無い――かな」

 

 上総(かずさ)(かたわ)らの――助手席に深く腰掛ける少女へと、気遣うように声を掛ける。

羽織った上着の分だけ、上総よりは寒さを感じないのか、あるいは元より感情が――その表現が希薄なためか、少女は声すらも無表情に、そうとだけ返した。

少女が『(ましら)』と呼ばれるそれとの対峙――そして、退治を済ませたのは、彼女が上総(かずさ)を置き去りにして間もなくの事であった。

重々しい衝突音に、木々のへし折れる音。

それらが幾度か連なった後、(はげ)しい『けもの』あるいは『化け物』の咆哮(ほうこう)を最後に、物音はぷつり――と、途絶えていた。

その音の変化を聞き、上総(かずさ)は目的の達成を確信するとともに、「やっぱり遅すぎるくらいだったか」と、『処理班』の手配が遅くなってしまったことを悔やんだ。

せめて『(ましら)』を見つけてからにしよう。と、考えた事が()以て(もっ)て失敗だったのだ。

 そうして間もなく、少女は相変わらずの無表情で、上総(かずさ)の下へ戻って来たのである。

――返り血一つ浴びることなく。

 出て行った時のまま、美しい衣は僅かにも汚れてはいない。

けれどもそれは、上総(かずさ)も――少女自身も特段気に掛けるようなことでは無かった。

 それは、人が意識せずとも呼吸を行うように。

 それは、水やモノが高所より低所へ落ちていくように。

 それは、命あるものが必ず死にゆくように。

そうであることが、当然の結果なのだ――二人にとっては。

 

「ようやくに――お出ましかな?」

 

 ふと――遠方に、ヘッドライトと思しき眩い灯りが瞬いて、上総(かずさ)は闇に眼を凝らした。

合わせて、轟くような重苦しい音もまた、辺りにこだまし始めていく。

それは、緩やかに木々の合間を流れては、時折途切れてまた現れ、右へ左へと大きく揺らぎながら、けれども確かにこちらへ向かって来る。

一般車が通行できない以上、それは間違いなく『回収班』のものだろう。

その車輛が上総(かずさ)たちの下へ辿り着いたのは、エアコンから噴き出す風がようやくに温まり始めた頃であった。

随分とポップな印象の字体で『さるさら会』と明記されたそのコンテナには、『運ぶもの』に似つかわしくないような、可愛らしいキャラクターが幾つもあしらわれている。

そんな愛らしい外観の車両から降りて来たのは、二人の男であった。

一方はまだ若く、如何にも新人めいて挙動の落ち着かない青年。

もう一方は、既に初老の域に差し掛かっているだろうと思われる男である。

 

「お待たせしてしまってすみません。先ほどまで浜松に出張っていたものでして」

 

『ごみ処理・処分のエキスパート さるさら会』

 それが、彼ら『処理班』の、表向きの名称である。

一般的なごみ処分の仕事も受け付けてはいるが、実際の主要な業務は、こうした『化け物』や、時としてそれに(まつ)わる被害者の亡骸。

その他、所謂『ごみ』と呼ばれる輩の『清掃』や『処分』などを含む、後ろ暗い性質を持った機関――と、聞いてはいる。

 しかし、通常上総(かずさ)らが接するのは、その中でもこうした表向きの――『回収班』のみであるため、そうした裏側の仕事というのは、あくまで伝聞でしか聞いたことは無いのだが。

 

「いえ、日を跨ぐ前に来ていただけて助かりました。すみませんね、急にお願いしちゃって」

 

 上総(かずさ)は、らしからぬ様子で――けれども、その軽薄な性質を隠し切れぬ風に、対外的な対応をとる。

にこにこと、張り付いたような笑顔は如何にも胡散臭い――が、相手の男もまた、そうした上総(かずさ)の性質を分かっているらしく、互いに幾つかの社交的な、そして事務的な挨拶を交わすと、手短に手続きを済ませるのだった。

 

「それじゃ、後はよろしくお願いします――あぁ、何か問題等があれば、いつも通り支部の方へ連絡してくださいね」

 

 粗方(あらかた)状況の引継ぎを終え、そうとだけ告げると、上総(かずさ)は車へと乗り込んだ。

時刻はもう間もなく二十三時を過ぎる頃であった。

車の状態を確かめるかのようにエンジンを何度か噴かせると、勢いよく走り出し、元来た道をあっという間に駆け降りていく。

後に残された『回収班』の二人は、しばらくの間、そのテールランプが山間の道へと溶けていくのを見送ると、早速にクレーンとウィンチの動作を確認し、回収作業へと移るのであった。

 

「なんか、軽薄そうな人でしたね」

 

 そのうちの、若い方の男がぽつり――と、こぼした。

彼自身も、ややそうした性質を含んでいるように思われたが、それは、あるいは同族嫌悪というものなのかもしれない。

嫌悪感をあまり隠そうともしない、やや非難めいた言い方である。

 

「そうは言っても、あの若さで副支部長――いや、今は支部長代理だったか。まぁ、そうした役職に就いてるんだ。恐らくは相当のやり手なんだろう」

「えぇッ? そうなんですか?」

 

 如何にも「信じられない」という風に、若い男は目を丸くした。

てっきりただの現場対応要員だとばかり思っていたため、ろくに挨拶もしなかったことを、今更ながらに悔やんでみる――が、もう遅い。

「態度が悪い」だとか「職務に対する意識が欠けている」だとか、そうした苦情や指摘が来なければいいが――と、ただ願うばかりである。

 そんな彼の様子に、初老の男もまた身に覚えがあったのか、思わず「くく」と笑うと、励ますかのように彼の背中を軽く叩いた。

 

「ところで、助手席にいた若い娘――見たか?」

 

 初老の男の言葉に、若い男はしばし思案した。

記憶の底を(さら)う様に、ここへ着いてから、いまこの時に至るまでを思い出そうと努める。

言われてみれば、確かに愛らしい少女が一人、如何にもつまらなさそうな表情で座っていた――気がする。

 

「何か、巫女さんみたいな女の子……ですかね。随分可愛かったけど」

「森ン中にあった『(アレ)』な。やったの、あの娘だぜ」

「えぇぇ……? 嘘でしょ」

 

さきほど現場の確認で、ちらりと見た死骸を思い起こし、若い男は思わず狼狽える。

初老の男は、その様子に如何にも満足した風で、「本当の事だよ」と笑った。

年経た男というものは、どうしてもそうやって、若い男の慌てふためく様を見る事を好むものであるらしい。

 

「化け物みたいなやつらが『化け物』共を狩る。それがあの連中なのさ」

「『化け物』狩りの秘匿機関……『(しきみ)機関』――ですか」

 

 男たちは、無残な姿をさらした『(ましら)』へと、(しか)めた(つら)でワイヤーを括り付ける。

未だ臭気の発散までは起っていないものの、幾重にも斬り付けられ、引き裂かれた有様を見ると、思わず全身が粟立つものだ。

特に若い男の方は、吐き気でも催したらしく、後ろの方で何度もえずいている。

 

「その中でも一、二を争うあの娘……名前は何て言ったっけな。確か――」

 

 

 

(くに)(もり)――(くに)(もり) (あざな)

 

 声が、聞こえる。

誰かの呼ぶ声が――聞こえる。

 梅雨の晴れ間。

その、どこまでも穏やかな陽光の中。

柔らかな風が、アイボリー掛かった白いカーテンを揺らす昼下がりの教室。

頬を撫でる、少しだけ涼やかな空気を感じながら、少女――(くに)(もり) (あざな)はようやくに目を覚ました。

 誰も居ない――がらんどうとした教室の中は、まるで時間を静止させたまま、ざわめきだけを残響させているかのように、ひどく空虚に思わせる。

いや――よくよく見れば一人だけ、目の前に誰かの姿があった。

 短く刈られた黒髪が、ツン――と、いかにも元気よく跳ねた、やや浅黒の肌をした少年。

如何にも毒気の無い、人懐っこそうな笑顔をした少年の名前を、まだ微睡(まどろみ)から覚めやらぬ意識の中、なんとか思い出そうと記憶を探る。

陣内(じんない)(かつ)()――くん」

 

 ようやくに拾い上げた名前をぽつり――とこぼすと、陣内は、思わず顔を赤らめて、慌てふためいた様子で「お、おう」と応えた。

壁に掛けられたアナログ時計に目をやると、次の授業まで残り五分ほどまで迫っていたらしく、どうやら陣内は、眠ったままの(あざな)を気にかけて、わざわざ起こしてくれたようである。

 ちょうどその時、示し合わせたかのように、予鈴の音が校舎全体へと響き渡った。

 

「次、ムラセンの授業だからさ。移動教室、遅れるとヤバいよ」

 

 確かに――ムラセンこと木村先生は、ひどく時間に厳しい人である。

少しでも遅刻しようものならば、授業時間の何割かが、説教で埋められてしまうことは、想像に難しくは無い。

(あざな)は「ん――」とだけ応え、小さく伸びをすると、机の中から幾つかの教科書と筆記具だけを取り出して立ち上がった。

窓の外は、相変わらずの穏やかな陽光で、どこまでも心地良さそうであった。

 

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