――個人用の携帯端末に、映像が滑るように流れていく。
その幾つかは、既に先程も見た記憶があるものだった。
どこぞの誰ともつかぬ男が――あるいは女が、たわいも無ければ取り留めもない話を垂れ流し、毒々しい配色と、刺々しいフォントで構成されたテロップが、画面上を埋め尽くす。
時に、いまいち音の外れたような歌を歌っては、時にキンキンとした声でヒステリックに喚き立てる。
そんな映像を、どれだけ眺め続けたただろうか。
時刻は
――本当に日を跨ぐんじゃないだろうな? と、不安が現実に変わりつつあるように感じられ、
少し冷え込んだ車内の、ひんやりとした空気に思わず身震いをし、再びエンジンを掛けると、車体は重苦しくも小気味良い振動音を立てながら、送風口から空気を噴き出した――が、噴き出されたそれは、随分と冷たい。
エンジンまでもが、既に冷え切ってしまっているのだろう。
「寒く無いかい?」
「寒くは無い――かな」
羽織った上着の分だけ、上総よりは寒さを感じないのか、あるいは元より感情が――その表現が希薄なためか、少女は声すらも無表情に、そうとだけ返した。
少女が『
重々しい衝突音に、木々のへし折れる音。
それらが幾度か連なった後、
その音の変化を聞き、
せめて『
そうして間もなく、少女は相変わらずの無表情で、
――返り血一つ浴びることなく。
出て行った時のまま、美しい衣は僅かにも汚れてはいない。
けれどもそれは、
それは、人が意識せずとも呼吸を行うように。
それは、水やモノが高所より低所へ落ちていくように。
それは、命あるものが必ず死にゆくように。
そうであることが、当然の結果なのだ――二人にとっては。
「ようやくに――お出ましかな?」
ふと――遠方に、ヘッドライトと思しき眩い灯りが瞬いて、
合わせて、轟くような重苦しい音もまた、辺りにこだまし始めていく。
それは、緩やかに木々の合間を流れては、時折途切れてまた現れ、右へ左へと大きく揺らぎながら、けれども確かにこちらへ向かって来る。
一般車が通行できない以上、それは間違いなく『回収班』のものだろう。
その車輛が
随分とポップな印象の字体で『さるさら会』と明記されたそのコンテナには、『運ぶもの』に似つかわしくないような、可愛らしいキャラクターが幾つもあしらわれている。
そんな愛らしい外観の車両から降りて来たのは、二人の男であった。
一方はまだ若く、如何にも新人めいて挙動の落ち着かない青年。
もう一方は、既に初老の域に差し掛かっているだろうと思われる男である。
「お待たせしてしまってすみません。先ほどまで浜松に出張っていたものでして」
『ごみ処理・処分のエキスパート さるさら会』
それが、彼ら『処理班』の、表向きの名称である。
一般的なごみ処分の仕事も受け付けてはいるが、実際の主要な業務は、こうした『化け物』や、時としてそれに
その他、所謂『ごみ』と呼ばれる輩の『清掃』や『処分』などを含む、後ろ暗い性質を持った機関――と、聞いてはいる。
しかし、通常
「いえ、日を跨ぐ前に来ていただけて助かりました。すみませんね、急にお願いしちゃって」
にこにこと、張り付いたような笑顔は如何にも胡散臭い――が、相手の男もまた、そうした
「それじゃ、後はよろしくお願いします――あぁ、何か問題等があれば、いつも通り支部の方へ連絡してくださいね」
時刻はもう間もなく二十三時を過ぎる頃であった。
車の状態を確かめるかのようにエンジンを何度か噴かせると、勢いよく走り出し、元来た道をあっという間に駆け降りていく。
後に残された『回収班』の二人は、しばらくの間、そのテールランプが山間の道へと溶けていくのを見送ると、早速にクレーンとウィンチの動作を確認し、回収作業へと移るのであった。
「なんか、軽薄そうな人でしたね」
そのうちの、若い方の男がぽつり――と、こぼした。
彼自身も、ややそうした性質を含んでいるように思われたが、それは、あるいは同族嫌悪というものなのかもしれない。
嫌悪感をあまり隠そうともしない、やや非難めいた言い方である。
「そうは言っても、あの若さで副支部長――いや、今は支部長代理だったか。まぁ、そうした役職に就いてるんだ。恐らくは相当のやり手なんだろう」
「えぇッ? そうなんですか?」
如何にも「信じられない」という風に、若い男は目を丸くした。
てっきりただの現場対応要員だとばかり思っていたため、ろくに挨拶もしなかったことを、今更ながらに悔やんでみる――が、もう遅い。
「態度が悪い」だとか「職務に対する意識が欠けている」だとか、そうした苦情や指摘が来なければいいが――と、ただ願うばかりである。
そんな彼の様子に、初老の男もまた身に覚えがあったのか、思わず「くく」と笑うと、励ますかのように彼の背中を軽く叩いた。
「ところで、助手席にいた若い娘――見たか?」
初老の男の言葉に、若い男はしばし思案した。
記憶の底を
言われてみれば、確かに愛らしい少女が一人、如何にもつまらなさそうな表情で座っていた――気がする。
「何か、巫女さんみたいな女の子……ですかね。随分可愛かったけど」
「森ン中にあった『
「えぇぇ……? 嘘でしょ」
さきほど現場の確認で、ちらりと見た死骸を思い起こし、若い男は思わず狼狽える。
初老の男は、その様子に如何にも満足した風で、「本当の事だよ」と笑った。
年経た男というものは、どうしてもそうやって、若い男の慌てふためく様を見る事を好むものであるらしい。
「化け物みたいなやつらが『化け物』共を狩る。それがあの連中なのさ」
「『化け物』狩りの秘匿機関……『
男たちは、無残な姿をさらした『
未だ臭気の発散までは起っていないものの、幾重にも斬り付けられ、引き裂かれた有様を見ると、思わず全身が粟立つものだ。
特に若い男の方は、吐き気でも催したらしく、後ろの方で何度もえずいている。
「その中でも一、二を争うあの娘……名前は何て言ったっけな。確か――」
「
声が、聞こえる。
誰かの呼ぶ声が――聞こえる。
梅雨の晴れ間。
その、どこまでも穏やかな陽光の中。
柔らかな風が、アイボリー掛かった白いカーテンを揺らす昼下がりの教室。
頬を撫でる、少しだけ涼やかな空気を感じながら、少女――
誰も居ない――がらんどうとした教室の中は、まるで時間を静止させたまま、ざわめきだけを残響させているかのように、ひどく空虚に思わせる。
いや――よくよく見れば一人だけ、目の前に誰かの姿があった。
短く刈られた黒髪が、ツン――と、いかにも元気よく跳ねた、やや浅黒の肌をした少年。
如何にも毒気の無い、人懐っこそうな笑顔をした少年の名前を、まだ
「
ようやくに拾い上げた名前をぽつり――とこぼすと、陣内は、思わず顔を赤らめて、慌てふためいた様子で「お、おう」と応えた。
壁に掛けられたアナログ時計に目をやると、次の授業まで残り五分ほどまで迫っていたらしく、どうやら陣内は、眠ったままの
ちょうどその時、示し合わせたかのように、予鈴の音が校舎全体へと響き渡った。
「次、ムラセンの授業だからさ。移動教室、遅れるとヤバいよ」
確かに――ムラセンこと木村先生は、ひどく時間に厳しい人である。
少しでも遅刻しようものならば、授業時間の何割かが、説教で埋められてしまうことは、想像に難しくは無い。
窓の外は、相変わらずの穏やかな陽光で、どこまでも心地良さそうであった。