字――あざな――   作:がめちょん

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一章四節 打って変わった闇の中

 打って変わった闇の中。

いや、闇と呼ぶには(いささ)か大げさかもしれない。

標準的な学校の教室よりもやや手狭――およそ三十畳ほどの暗い室内には、それでも幾つかの明かりが灯っており、その多くは電子的な黄緑がかった、あるいは黄色や青や赤といったパイロットランプの類が占めている。

上総は手にした資料を眺めながら、その部屋の中心ほどのところへ置かれた――手すりさえない、ひどく簡素な造りの椅子に腰かけていた。

その眼前に、五つほどの人形(ヒトカタ)が、ぼんやりと浮かんでいる。

 ひとつは、白髪を一面に散りばめながらも、気品を感じさせる佇まいの初老の男。

 ひとつは、内に秘めた情熱的な本性を、微塵も隠そうとしない、見るからに熱血漢じみた黒髪の青年。

 ひとつは、栗色がかった柔らかな髪の、眼鏡を掛けたいかにも優男(やさおとこ)然とした男。

 ひとつは、やや短い黒髪を後ろへと撫でつけて、目鼻立ちにはどことなく爬虫類にも似た鋭さを感じさせる、中年ほどでありながらも精悍な顔つきが若々しくさえある男。

 ひとつは、スーツ姿が良く似合う、ありふれたサラリーマンのような、冴えない中年の男。

 

 彼らは、確かにそこに在りながらも、時に揺らぎ、刹那の静止を見せ、あるいはノイズがかった乱れを(まと)っては、上総の報告――その一部始終を聴き入っていた。

恐らくは、上総の姿もまた、彼らと同じように『あちら側』ではそう映っているのだろう。

 狭い室内に配置された観測機器は、上総の――いや、この会議に加わっている全ての人々の表情や身体の動き。そして、その指や目線の動き一つを逃さぬようにデータとして取り込んでいる。

それらは電子的に処理され、北方支部・関東支部・中央支部・関西支部・南方支部・そしてそれらを統括する『御上(おかみ)』の会議室にて、この部屋同様に、現実味を持った空間映像として、生々しく投影されているのだ。

 その理由を、上総は誰から聞いたものだったろうか。

万が一にも起こってはならない事ではあるが、仮にこの会議の参加者が、敵対者や襲撃者。あるいはそうした何らかの組織などから、脅迫や(まじな)いなどの方法で脅迫される。あるいは言動を操作される――などの場合においても、仕草・所作から不審な点や違和感などを確認できるよう、設計されたシステムだとされている。

 しかし、それらのシステムが有用であるかどうか? という点に関して言えば、南方支部の支部長である、氏方(うじかた) 大志(たいし)の様子を見るに、判断の難しいところである。

 

 (はな)も無ければ色気の「い」の字すらもない。

いかにも中年のサラリーマンめいた外観の彼は、生来の気質として事勿(ことなか)れ主義であるらしい。

上総(かずさ)の挙げる報告に対しても、逐一に「本当に大丈夫なのかね。問題が起きる前に運用を停止した方が良いんじゃないかね」と、落ち着かない様子でしつこい程に訊ね、その都度に報告は中断されてしまう。

 本来であれば三十分ほどで終わるような定例報告が、こうして長々と引き延ばされているのも、他ならぬこの男の横槍による停滞の影響が大きい。。

無用不要な停滞を強いられることに対し、上総(かずさ)もまた苛立ちを感じずにはおれなかった。

そんな上総(かずさ)の様子を察してか、優男こと関東支部長――(きざはし) 直道(なおみち)は「彼がそう言うのなら大丈夫でしょう」と助け船を出すものの、氏方(うじかた)はそれでもまだ、不満そうな風を隠そうとはしない。

 そして今度は、爬虫類染みた目鼻立ちの関西支部長――宜野(ぎの) 憲章(けんしょう)が「こいつが言うなら間違い無ェよ。何せこいつは杜若(かきつばた)にとっちゃ手前(てめェ)子供(ガキ)みたいに信頼してる男だからな」と後押しをすると、ようやくに氏方(うじかた)は、「中央の支部長さんが信用しているというのなら、私が反対するわけにもいきませんね……」と、渋々口を(つぐ)むのだった。

 どうやら氏方(うじかた)は、事勿(ことなか)れのみならず、長いものには巻かれろという主義でもあるらしい。

それらの気質が災いしてか、南方支部内部でも時として不満が噴出する事もあると聞くが、こうして顔を合わせて話し合う場を設けてみると、それも当然だと頷ける話である。

 

「――以上で、こちらからの報告は終わります。何か他にご質問は?」

 

 ともあれ、会議が始まってから優に一時間。

――これ以上長引かせてなるものか。と、上総(かずさ)はそそくさと切り上げようと、報告を締めくくる。

やるべき事――やらなければならない業務は、他に幾らでもある。

氏方(うじかた)の余計な懸念に時間を割いている暇はないのだ。

 

「昨今の妖たちの動きについては、何か分かったかね」

 

 穏やかな口調ながらも、鋭く、冷たささえ感じさせる声色で問うたのは、白髪を散らした初老の男――『御上(おかみ)』に属する宮藤川(くどかわ) 宣耀(せんよう)であった。

その声色と同じく、上総(かずさ)へ向ける視線もまた鋭く、そこには詰問の色すら浮かんでいる。

 痛いところを突かれ、上総(かずさ)は思わず背筋を強張(こわば)らせた。

『それ』こそ正に、上総(かずさ)にとっては今やるべき業務であり、抱え続ける問題だったからだ。

通常、妖のものとされる物的あるいは人的被害など、年間で多くとも四十件ほど。

月換算にすれば二件か三件というのが相場である。

まして、それらが北海道や沖縄などを除いた、本州に広がる五つの支部――その管轄内で分散しているのだから、各支部にて実際に対応を迫られるのは、それこそ年によっては一度も発生しない月が多い――というケースがあっても、なんら不思議では無いほどだ。

だというのに――

 

「いえ……明確な原因については、未だ掴めていません」

 

 苦い面持ちで上総(かずさ)は答えた。

この半年――特に、春先からの二か月程に起きた、妖に起因すると思われる事件事故の類は、誰の目にも明らかに、そして異常なまでに増えている。

上総(かずさ)(あざな)を伴って対応にあたった現場の数だけでも、年明けから三月末頃までの間だけで十三件余りと、早くも例年の年間件数の三分の一ほどまで達しているのだ。

 このところに関して言えば、それらは更に悪化の一途を辿っている。

六月に入ってからは週に一度は必ず何かしらの問題が起きるうえに、ひどい場合は連日連夜のように立て続けに妖が現れる事さえある。

まるで、何かに呼び寄せられているかのように、彼らはときせ市を中心とした周辺都市へ現れているのだ。

いや、あるいは、何かを呼び寄せるために妖どもを暴れさせているのだろうか。

 上総をはじめとする中央支部においても、明確な答えは未だ不透明ながら、この現象に何かしらの『意図』が介在する可能性は高いと考え、原因の調査に当たっている――が、それでも決定的な情報は未だ掴めていないのが現状だ。

 (あざな)が私立ときせ高校に転校した理由もまた、そうした事件の影響がある。

女子生徒の神隠し事件。

本来の中央支部の長である杜若(かきつばた)は神隠しに関する調査も含め、『御上』の取り計らいによって(あざな)を同校へ転校させたのであった。

しかし、この件に関してもまだ不明瞭な点は多く、妖による事件・事故件数の異常な増加と同様に、調査は難航を極めている。

 

「そこは『()の地』からも近い。御神山(おみやま)の護りに、万に一つの間違いもあってはならん」

「早急に対処を進めます」

 

 宮藤川(くどかわ)の鋭い指摘に上総(かずさ)は一も二も無く応える。

御神山(おみやま)』『境界』『禁足地』

 触れてはならぬ、禁忌の領域。

もしも、この『意図』を持つものの狙いが『それ』であれば、見過ごすわけには行かない。

 常世(とこよ)現世(うつしよ)

 あるいは彼岸(ひがん)此岸(しがん)

その境界が、万に一つでも乱されるような事があれば、この国中へと『この世ならざるものども』が溢れかえり、世界にはありとあらゆる厄災が降りかかるだろう。

謂わば、「この世そのものが、生きながらにして地獄へと変わる」ようなものである。

そのような事は、決して見過ごす事など出来るはずもない。

 一同の間に、重苦しい沈黙が停滞する。

おそらく誰もが、容易に予想されるその凄惨な光景を、脳裏に描いているのだろう。

そして、余りに救いの無いその結末に、思わず閉口しているのだろう。

氏方(うじかた)に至っては、慌てふためいた様子で額に珠の汗を浮かべ、今にもパニックでも起こさんばかりである。

 

「ところで、杜若(かきつばた)の奴ァ、まだ復帰しねェのかよ」

 

 永劫にも続きそうな程の重苦しい沈黙を破ったのは、他ならぬ宜野(ぎの)の言葉だった。

――杜若(かきつばた) 惣一(そういち)(ろう)

 支部制というかたちをとりながらも『本部』というものが存在しない(しきみ)機関において、人柄や実力・実績などを含めた人望の高さから、実質的な機関の中心とされているこの人物こそが、中央支部の真なる支部長である。

宜野(ぎの)にとっては親友であり、上総(かずさ)にとっては半ば育ての親のような存在の彼は、春先に自動車による事故に遭って以来、入院中の身であった。

 

「もう(ほとん)ど良いみたいで、今度の検査で問題なければ退院みたいですよ」

「そうか……いや、な。あの野郎、最近連絡寄越さねェんだよ」

 

 宜野(ぎの)のこぼした不満に上総(かずさ)は「あぁ……」と、心当たりを思い浮かべる。

気さくで温厚な人柄も()ることながら、その外観もまた紳士めいた穏やかさと凛々しさを持つ杜若(かきつばた)は、院内の女性スタッフからも、随分と慕われていた。

勤務時間の合間を縫っては世間話に花を咲かせたり、あるいは菓子類やちょっとした小物の差し入れを送られる事も多いらしく、その頻度の多さに、杜若(かきつばた)上総(かずさ)へ嬉しい困りごとだと笑って聞かせたものだ。

何せ杜若(かきつばた)曰く「彼女たちが室内に居ない時間の方が珍しい」のだそうだ。

 一通りの話を聞くと、宜野(ぎの)は心底呆れた様子で「退院したら連絡寄越せっつっといてくれ」と、力なく項垂れた。

上総(かずさ)もまた、苦笑いで「分かりました」と答える。

そんな状況に呆れているのは、上総(かずさ)とて同じなのだ。

 

「ところで北方の、えっと……磯村(いそむら)さんは、何かありますか?」

 

 上総(かずさ)は、ふと思い出したように残る一人――北方支部の磯村(いそむら) 元規(もとき)へと声を掛けた。

北方の地の熱血漢こと磯村は、聞くところによると非常に真面目な人柄だという。

真面目――ではあるのだが。

上総(かずさ)は、まだこうした定例会議で数えるほどしか、磯村(いそむら)と顔を合わせた事は無い。

しかし、その数えるほどの間だけでもよく分かるほどに、彼の発言は――

 

「そうですね、國守(くにもり)さんとは一度手合わせしてみたいなと――」

「うん、そうですね。分かりました、一応伝えてみます」

 

――的外れと言うべきか、調子外れと言うべきか。

 磯村はいつでも、そうした突飛な発言や回答が多い。

真面目過ぎるが故なのか、それとも生来そうした人格なのかはわからない――が、あまりに突飛な答えや質問が飛び出して来るため、返答に躓いてしまう事もしばしばである。

 それでも、なんとか通り一遍の質疑応答を終えると、上総(かずさ)からの報告はようやく終わり、その後に残されていた全支部の報告もまた、滞りなく進められていった。

定例会議が終わりを告げたのは、それからもう間もなくの事である。

一同が共に礼を済ませ、空間映像たちが掻き消えると、室内は薄ぼんやりとした――常夜灯にも似た明かりが灯された。

結論からすれば、現在のところ(あざな)の運用に問題は無い――というのが、全支部及び『御上(おかみ)』の判断であった。

今後も上総(かずさ)の監視の下とはいえ、これまで通り彼女の運用が続けられるというわけだ。

 上総(かずさ)は、大きなため息と共に胸を撫でおろすと、薄暗がりの会議室を後にした。

 

「よっ、お疲れさん」

「ん――さんきゅ」

 

 会議室から出て来た上総(かずさ)を缶コーヒー片手に待っていたのは、他でも無い。

閾(しきみ)機関中央支部 支部長補佐こと板倉(いたくら) (かなめ)であった。

上総(かずさ)とは同期の間柄であり、同年代でもある板倉は、上総(かずさ)にとって最も親しい友人と言えるかもしれない。

 事実、彼らは普段から気兼ねなく本音をぶつけ合えるような仲であり、その遠慮の無さに、時折別の部署の人間や、外部からの客人からも「喧嘩しているのではないか」と心配されてしまう程、彼らはお互いに気が置けない存在であった。

 

(あざな)ちゃん――どうだって?」

「問題無いってさ」

 

 手渡されたコーヒーを(すす)りながら答えると、板倉は「それは良かった」と安堵の表情を見せ、ややぬるくなったコーヒーを一息に飲み下した。

どうやら、表向きにはそうした素振りを見せない彼もまた、内心では随分と気にかけていたのかもしれない。

 これまでのところ、國守(くにもり) (あざな)という少女には何一つ問題など起きていない。

強いて言えば感情表現が希薄である以外は、人格面にも()して問題は無いはずだ。

まして、仕事振りに関して言えば早さも確実性も文句なしである。

人に牙を()くでも無く――機関に反するわけでもなく。

 それでも、こうして定期的な報告が必要となるのも、あるいは仕方のない事なのだろう。

 

「ま、(あざな)は『特別』だからな……」

 

 上総(かずさ)は、南方支部の氏方(うじかた)が見せた姿を思い起こしながら、ぽつりとこぼした。

特別である――と、いうことは、時として畏怖(いふ)や、それによる忌避(きひ)ないし、警戒といったものを招くこともある。

しかし、それもまた仕方のない事だ。

恐らくヒトとは――人間とは、元来そうした性質を持っているのだろう。

理解出来ないものや、受け入れられないものを排除しようとする者は、幾らでも居る。

 そんな彼らが、特別である『國守(くにもり) (あざな)』という少女を恐れるのも無理はない。

特別というのは、言うなれば「他とは違う」「普通ではない」という事でもあるのだから。故に彼らは、恐れるのだ。

その『特別』の優劣や善悪に関わらず――である。

 

「ところで、時間――大丈夫なのか?」

 

 板倉の言葉に上総(かずさ)は、はっと我に返った。

ぢりぢりと脳を焦がすようなネガティブな思考から、瞬く間に現実へと引き戻され、上総(かずさ)は慌てて視線を走らせる。

壁に掛けられたアナログ時計は、十五時をとっくに回っていた。

「悪い板倉! 何か報告があれば端末に送っといてくれ!」

 

 乱雑に、半ば放り投げるようにして、会議の資料を板倉へ手渡すと、上総(かずさ)は狭い廊下を駆け出した。

ときせ高校への最短ルートを頭の中で浮かべながら駐車場へ急ぐ上総(かずさ)の背中には、「気を付けてなー、王子様」という板倉の冷やかす声が投げかけられたが、上総(かずさ)は言い返したい気持ちをぐっと堪えて、階段を駆け下りていった。

 そんな事よりも、(あざな)を迎えに行くのが何より優先だ。

 

 赤いスポーツカーが大通りを駆ける頃、梅雨の晴れ間はどこかへ行ってしまったらしく、いつの間にか降り出した、しと、しと――とした霧雨は、フロントガラスをじっとりと濡らしていく。

雲行きは――()しく。

道行きは――暗く。

(さなが)ら、この先の命運を暗示するかのように、ときせの町並みへ暗く覆いかぶさっていた。

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