ある日家に帰ると、神妙な面持ちの妹が言った。

「兄貴、タイマン張ろう」

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妹の勘違いは俺のせいなのか?

それはある日のこと。学校から帰って来た俺は、自室のベッドに倒れこんで大きく息を吐いた。あー今日も疲れた。

 

 

「兄貴」

「ん?」

 

 

そんな時ノックをして入ってきたのは、妹だった。相変わらず腰まで伸びた綺麗な黒髪は誰譲りなのか、そして本来妹には「お兄ちゃん」と呼んでもらいたかったのだが、どうもこの妹にはそれが

 

 

「タイマン張ろう」

「ちょっと待ってくれ話が見えない」

 

 

なんだか聞き慣れない単語を耳にした気がしてならない。今タイマンと言ったか?

妹は小首を傾げて尋ねる。

 

 

「話が目に見えたらすごいと思うが」

「物理的な話じゃなくてな、どうしてそうしたいかの理由が知りたいの」

 

 

どうやら聞き間違いではないらしい。そしてなんとも掴みづらいボケをしなさる。話って言う物質があんのかよねーだろ。

 

 

「実は、妹が他校の男子生徒に目をつけられてしまったみたいで、それを私は懲らしめようタイマン張ることになったんだ」

「落ち着けお前には妹はいない、俺とお前の二人兄妹だけだ」

 

 

口調からして聞く分には男に見えるかもしれないが、こいつは立派な俺の妹である。顔立ちも誰に似たのか整っていて、まさしく美人という言葉が似合う。

勉強も出来て運動神経も良い。

……それ故なのか、よく分からん方向に天然である。

そして誤解しないようにもう一度言っておくと、俺たちは二人兄妹だ。親が隠し子などを隠蔽さえしていない限り、その事実は間違いない。

 

 

「言葉が足りなかった、舎弟がだな」

「どちらにしろショッキングな事実だよ。お前は何?お前はその子の姉御的な立ち位置なの?」

 

 

おかしい……俺と妹は同じ高校に通っているはずだが、妹に舎弟がいたなんて事実は始めて知ったぞ。

 

「妹がそうしてほしいって言ってきたんだ。丁度私も妹が欲しかったから、了承した」

「世の中って循環してるよな」

 

 

ノリで決めるには安易だと思うけどね。

 

 

「なんでもいいから、ほら、タイマン張ろう」

 

 

と、妹は急かすように言う。

 

 

「いやいや、ちょっと待って。俺とタイマン張るっていうのはおかしいでしょ。俺とタイマンを張る意味が分からないんだけど」

「タイマン張るっていうのが、そもそもよく分からなくて。教えて教えて欲しいと思ったんだ」

「最初からそう言えよまどろっこしい。でも、俺だってよく知らないぞ、漫画とかドラマで見るようなのしか、分からない」

「私も一様ヤフったりググったりして調べてみてはいたんだが」

「ちょいちょい時代の最先端走ってるよねお前」

 

 

今日びそんなことをググってる奴がいるなんて驚きだよ。

 

 

「とりあえず一通りやってみるから、間違ってたら言ってくれ」

「ん、まあ、暇だし。いいかぁ」

 

 

晩飯の時間までの暇つぶしと思えば、それで良しとしよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー◆

 

 

 

 

「で、まずなにするの?」

 

 

雰囲気も作りたい、と妹の要望でとりあえず近所の公園に来ていた。夕方もそこそこなので近所の子どもたちの姿は無く、公園には俺たちだけだった。

 

 

「最初は、ええと、相手とミンチを切る」

「なるほど。勝負の前に下ごしらえってことね、やかましいわ」

 

 

何タイマン張る相手をもてなそうとしてんの?

 

 

「間違えた、ミンチにする」

「惨殺」

 

 

お前は相手をどうしたいんだ。

 

 

「違うだろう、それを言うならメンチを切るだろ。要は睨み合い」

「そう、それだ。にらみらい」

「志田未来みたいになってる、睨み合い、な」

 

 

これが真面目にやっているから困る。

 

 

「睨み合い。大丈夫だ」

「じゃあ、まあやってみ?とりあえず俺にメンチを切ってみて」

「わかった。………………」

 

 

……なんか、うん、睨んでんのかな?もしそうだとしたら、妹はとんだ勘違いをしているのではなかろうか。

 

 

「(……可愛い)」

 

 

っていかん、思わず見惚れてしまっていた。

 

 

「どう?」

「それってもしかして、睨んでた?」

「精一杯」

 

 

どうやら妹の方は本気だったようだ。

 

 

「なんていうのかな、捨てられてた子犬が道行く人に拾ってくれと必死に懇願してるのと似てる」

「その例えはよくわからないんだが……」

 

 

とりあえず、あんな上目遣いで怖がる相手はいないぞ。

 

「要は、お前に睨むってのは合わないのかも。お前母さんに似て童顔だから、迫力が無いっていうか」

「そんな……睨み合いはタイマンの中でも最も重要な勝負だというのに」

「どんな基準だよ。ていうか、タイマンって確か、一対一で勝負することを言うんじゃないの?」

「私も薄々そうなんじゃないかと思っていた」

 

 

こいつは俺を試しているのではないだろうか。

 

 

「なんだよそれ、ググったって言ってたけど、何を調べたの」

 

 

そもそもその調べたものが本当に合っているのかが問題だ。

 

 

「【あなたも遂にタイマンが張れる!?初心者でも分かりやすいタイマン講座】」

「うそん」

 

怪しいサイトのキャッチコピーみたいだな。

 

 

「でも、一対一って、何をするんだ?」

「そりゃあお前、メンチ切ってタイマンって言ったら、喧嘩するんだろ」

「ええっ!?そんなの、危ないじゃないか!」

 

 

なんだか大袈裟に驚く妹。

 

 

「小さい頃はよくお前に力でねじ伏せられてた気がするけど」

「兄妹の良い思い出じゃないか」

 

昔はよく喧嘩したけど、その度に己の無力さを講じられていた気がする。今となっては身体だって俺よりうんと小さい筈なのに、力は劣るどころか大の大人をぶちのめすまで成長してしまっていた。

 

 

 

「でもタイマンってさ、一対一ってだけで、理屈から言えば別にそれであるなら勝負はなんでもいいんだよな」

「そう言われればそうか、じゃあ、何の勝負にしようかな」

 

 

そう言って何やら考え込む妹。おかしいぞ、色々再認識してみると俺が思っていたことと違ってくる。

 

 

「え、それってお前が勝手に決めちゃっていいの?」

「もし相手も特に決めてこなくて当日グダるよりは、良いと思うんだが」

「(……タイマンってそんな計画立ててするもんだっけ?)」

 

 

結局その日は、妹が「タイマンの内容を考える」と言い出したので練習?はそこで中断した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー◆

 

そして、翌日の夕方。

 

 

「兄貴」

「ん、何?」

「タイマン張ろう」

「すごいデジャヴ」

 

 

エンドレスエイト?まさかこのやりとりが永遠に続くんじゃないだろうか。

 

 

「いや、間違えた。タイマンの勝負の内容が決まった」

「決めたのか。……決めた?」

 

 

思わず聞き返す。

 

 

「うん。今日、帰りに寄って話し合いしてきたんだ」

 

 

しれっと言ってるけど、これからタイマンする相手にのこのこと話が出来るものだろうか。ヘタすればそこで喧嘩が始まりそうな気がせんでもない。

 

 

「話し合い出来るならさ、話し合いで解決すればよくね?」

「いや、そういうわけにも行かないんだ。タイマンを張ると決めた以上、それを無下には出来ない」

「……」

 

 

なんだかよく分からないけど、どうも妹にも譲れないものがあるようだ。

 

 

「『オンドゥらお前あれやろタイマンはるぅゆぅたらおまあえあ!?あれやろ喧嘩喧嘩しかなちゃないな!?おまおあしいとあ駅のまえのこぅぅえんでやろっちゃげらおお!?』っていうもんだから、なら乗ってやろうと」

 

 

唾がめっちゃ飛んでくる。

 

 

「え、ちょっ、え?え?今なんて?つか何語」

 

 

全然聞き取れなかったんだけど。どこぞのチンピラが威嚇する真似でもした?

 

 

「タイマンと言ったら喧嘩しかない。駅前の公園でやろうぜ、ということらしい」

「なんかよく分からんけど、そいつ俺でも勝てそうな気がしてきた」

 

「というわけだから、明日行ってくる」

「うーん……」

 

 

そこで、俺は考えに頭を抱える。

 

 

「どうした?」

「いや、そこまで決めておいて水を指すようなこと言って悪いんだけどさ、やっぱり話し合いでなんとかならないか?」

「え」

「いやほら、だってさ、喧嘩ってあんまり良くないじゃん?傷付くし、確かにそれも解決策の一つなんだろうけどさ、話し合える相手ならそうした方が俺はいいと思うんだよ」

 

 

話の通じない相手ならまだしも、会って内容が決めれる程度通じるのなら、わざわざ喧嘩だってする必要はない。

殴り合いをして分かり合えるのはきっとテレビの中だけだ、ましてやそれが男であるなら、いくら妹でも心配になる。

 

 

「兄貴……」

 

 

分かってくれたのか、妹は声を漏らして俺を見ていた。よし、もう一押し。

 

 

「うん、だからさ、もう一度考え直してもらえないかな」

「タイマンを張るってなってから毎日筋トレの量増やして、今やモチベと共に最高潮な私のこの拳を兄貴にぶつけて良いと言うならかん」

「健闘を祈る」

 

 

愛する妹のために、頑張ってこい妹よ!

 

さらに、翌日。

いつもより遅く帰ってきた妹は、まっすぐに俺の部屋を訪れた。言わんとすることは分かる、肌の小さなかすり傷がそれを物語っていた。

 

 

「兄貴」

「お、おうお帰り。……勝ったか?」

「ああ、ミンチにしてやったさ」

「もっとオブラートに包めないかな。まあ、解決したんならいいかぁ」

 

 

形はなんであれ、解決したのならそれでいい。

 

 

「うん、これで相手も懲りて、妹には手を出さないだろう」

「妹が妹って言うと、なんか違和感あるよなぁ」

 

 

実際に、妹に妹はいないわけだし。

 

 

「心配するな、これからは兄貴の妹でもある」

「……?どゆこと?」

 

 

妹の不思議な言動に思わず眉をしかめる。

 

 

「妹を、うちの妹に正式に迎え入れることにした。以後よろしく」

「ごめん俺、授業とかまともに聞いていなくて頭悪いからさ、分かりやすく説明して」

 

 

すると妹は黙り込み、小さくため息をついた。やめて、その可哀想なもの見る目やめて。

 

 

「……おい、入ってこい」

 

 

廊下に向けて誰かに声を掛けると、遠くから聴き慣れない女性の声が聞こえた。

それから妹の隣にちょこんと現れたのは、やはり見慣れない女の子。

その子は笑顔のまま俺を見て、

 

「はーい。えーと、これからこの家の子どもになりましたー。よろしくねお兄ちゃん」

「……え、誰」

「妹だ。私の妹で、兄貴の妹の妹」

「わけがわからないよ」

「兄貴はバカだから分からないのかもな」

 

 

馬鹿云々を抜いてしても、この状況を即座に受け入れる事ができるやつがいるのだろうか。

 

 

「私の妹なんだから、この家にいたって何も問題はないだろう」

「いいから帰してこい!」

 

 

 

 


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