山姥切の写し(特)と星降らしの槍。コピーの物語を食い潰した彼の話。以下五十八字略さん配属直後の話だけど以下五十八字略さん本刃は背景程度にも出ない。雨や雪はともかく星降らしまで残ってるのは、審神者が平成頃のそのネタ使った小説読んだことがあったとかそんな理由だと思う。
御手杵はひどく遠くを見ていた。すっかり紫黒の帳の降りた空、そこに光るきらきらしたものたちの、おそらくは更に向こうを。
普段なら、積極的に新入りに絡むことこそしないものの、歓迎会でもなんでも、これ幸いと常より豪勢な食事にかかりきりになるのが御手杵だ。その彼が食べるのを早々に切り上げて、本丸のほとんど反対側の庭まで出てきているのだから、気になるのも仕方のないことだろう。
「御手杵」
榛色がこちらを見据える。いくら槍が夜には慣れないとはいえ──小さく軽い刀ほど夜に強いことを思えば、彼の夜目の効かないのはこの本丸で一、二を争うものではあろうがそれでも──自分の姿を見間違えるほどではないはずだ。
「国広?あんた、あっちにいなくても……あー、いや、なんでもない」
歓迎会にいなくていいのか、と言おうとしたところで、主役の山姥切長義と彼は明らかに折り合いが悪かったのを思い出したらしい。
「それはあんたのことだろう。……何か、因縁でもあるのか?」
「いや、特には。これは俺の問題」
その声は、常にも増して優しかった。何かあると言っているようなものだった。終わったことではないのだろうことまで、国広の刀にも察しがついた。
「何か、あるのか」
「え、いや、なんでもねえよ」
「写しの力など要らないということか……」
「あ、や、違うそうじゃない。そうじゃなくてただ、これは俺がどうにかしなきゃいけないから」
「……夕刻、話を聴いてくれた礼だ。相談に乗るくらいはする。まあ、俺では役者不足かもしれんがな」
「……ああ、うん。えーと、な」
そう言って、御手杵は再び視線を宙に浮かせた。庭に降りてしまえば、打刀の背では見上げるばかりだ。おまけに布で遮られて、まともに表情は見えなかった。
「……俺はずっと、この日が怖かった」
それは。山姥切国広の知る御手杵からは程遠い言葉だった。
「写し刀がそれ一つでも刀剣男士になりうる、なってるって聞いて以来、ずっと」
御手杵は先刻山姥切国広に言った。
人の言葉の持つ力を、それがどれだけ世界を決めてしまうのかを、御手杵は知っている。
「あいつは山姥切長義で、あんたはその写しの山姥切国広で、じゃあ」
同じ号を持つ刀が二振り。それ自体は珍しくもない。包丁の号を持つ短刀を数え上げようなどとは考えたくもない。だが、写しであるが故に同じ号を持つというのなら、そこにある物語は同じものだったのではないのか。同じだと見做されるのでは、なかったのか。
「
火の雨が去って、全てが焼け溶けて失われた。御手杵自身が持つ記憶もここで終わっている。その先で人の記憶の他に残っていたのは、一枚の写真だけだった。その写真を基にして造られた槍を、人は再び「御手杵の槍」と呼んだ。そうして彼は再び、炉の熱の内から還ってきた。伝説に謳われる、ある種の鳥の様に。幾度も、幾度も、生まれ直した。
彼の、あるいは彼らの、本質はかたちに在ったと、そういうことなのだろう。幾つもの鋼に同等に宿る一つの
「写しの
ふと。あれは秋田藤四郎だったか、「御手杵さんは流れ星を呼べるんですよ!」と誰かが言っていたのを国広は思い出した。
本丸がこの世のどこにもない場所に在る(複素座標系が余剰次元がどうのという詳しい話は本丸の誰にとっても専門外だ)から可能なのだという話ではあったが、御手杵はそこに立って本性たる大身槍を掲げる、それだけで空模様を変化させることができた。それは決して雨乞などというものではなくて、むしろ空そのものを引き裂いてやろうかと脅しつけ、望むままに振る舞えと命じるような傲慢さでもって成立していた。
冬は雪を夏は雨を呼び果ては星まで降らせるそれが逸話に由来していることは明らかで、どの辺りがどうパッとしないのか、話を聞いた時には最低でも小一時間は問い詰めてやりたくなった。
包丁藤四郎の中の刀は一振りだけだ。どの包丁藤四郎なのだと方々から訊かれていたから間違いない。
燭台切光忠は焼け身となったそれだけだ。
薬研藤四郎の記憶は欠けている。行方知れずになった後の知識は断片的だが、それでもおおよその時代は網羅していた。蛍丸もそうだった。本科が人の世から消えて、写しが打たれるまでを知っている彼らはきっとそれからは切り離されている。
けれどきっと、御手杵はそうではなかったのだろう。数ある物語の現実の出来事でどれが噂や創作物で、そしてどれが彼の写しに由来するのか、国広は知らない。だが、山姥切の号を持つ自分たちとは決定的に違う何かが、あったのだろうことは分かる。作られるのが遅すぎたとか、あるいは逆に早すぎて混同されたとか。そういう、何か。
だがいずれにせよ、確かに御手杵が自分でどうにかしなければならないというのは真だった。アイデンティティは自分で確立しなければ意味がない。自分という刀剣男士がどこに拠って立つのか、極める手助けなど、未だその顔を隠している国広にはできはしない。
「……知るか。源氏の兄弟よりはふわふわしてないんだ。御手杵という名の刀剣男士、それでいいんじゃないか」
「あんたが言うか、それ?」
呆れたようにそう言う星降らしの槍と、山姥切の名から抜け出せない写し刀とを、いつの間にか屋根を越えた月の光が照らす。
二百と六十年前のことを少々どころでなく気にしている二槍には言えなかった。焼けて溶けた後の話など、脇差の前でできるはずがなかった。あまり太刀や打刀とは話さないし、短刀と話すのははっきり言って首が疲れる。だからとうわけでもないにせよ、抱え込んだものを語れば、それだけで心が軽くなった。
「けどまあ、ありがとうな。ずいぶん、楽になった」
一つ伸びをして空を見上げる。国広が来る前に見えていた星々は、半数以上も月の光で見えなくなっていた。その向こう側にいるはずの空の主など、彼らのどちらが見ても、欠片すら見当たらなかった。