(禁手化なしで)どうやって戦えばいいんだ!!   作:赤いUFO

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今回で事件終了。前話の加筆修正版をまだ未読な方はそちらから読むことをお勧めします。

これを投稿するために夜中にずっと書いてて一睡もしてない馬鹿がここにいますよ。今日も会社なのに……。


17話:どうか、最後には優しい夢を……

 倍加で強化されたデュリオの拳によって胸を穿たれたマヌエラは後ろによろめきながらも笑みを浮かべた。

 

「これくらいの傷、すぐに元通りにできるのよ!」

 

 マヌエラが自分の胸を撫でるとデュリオが付けた傷は瞬く間に消えていく。

 だがデュリオは焦せることはなく、マヌエラの消耗に気付いていた。

 ヴァーリの言うように、マヌエラは大きく消耗していた。

 この駒王町で────いや、それ以前からあの滅却師の人形を維持してきたのなら。

 この影世界や慣れない完聖体の負担。

 体力の限界に近づきつつあるのだ。

 

「もし、貴女が事を為そうとするなら、あの人形たちを創るべきじゃなかった……」

 

 もしも彼女が単独で今回の騒動を起こしていたら。

 もしも滅却師たちが今日まで生存していたら。

 もしも完聖体の練度がもっと高かったら。

 マヌエラの消耗がずっと抑えられて戦うことになっていたら間違いなくこちらが全滅していた。

 

 禍の団への狂気染みた復讐心と亡き家族への愛情。

 それを両立させようとしたことがここに来て足を引っ張る結果となっている。

 

「ふざけ、ないで……私は、まだ……っ!!」

 

 ゼーレ・シュナイダーを振るってデュリオを払った後、即座に弓に切り替えて射る。

 しかし、その威力も速度もさっきまでとは格段に落ちていた。

 まだ譲渡された倍加の効果が継続している状態ということもあり、光力で作った槍で弾いた。

 見ると、マヌエラの背に在った翼は羽の散るように少しずつ形を失いつつある。

 それに頭の輪を復活させないところを見ると、一度破壊されてすぐに再構成できるものではないらしい。消耗が激し過ぎてできないだけなのかもしれないが。

 少なくとも今のマヌエラにはもう長時間戦っているだけの余裕はないと判断し、デュリオは彼女の捕縛行動に移行しようとする。

 今のマヌエラをこの場で説得するのは不可能だ。今回の事件の詳細を調べる為にも、デュリオ自身の性根からしても彼女を捕縛したかった。

 神器で作ったシャボン玉でマヌエラを捕縛しようとする。オーラの隷属が出来ない今なら何とかなる筈だ。

 

 そこでこの場に思ってもみなかった者が現れる。

 

「マヌエラ姉さま……」

 

「カミラ……?」

 

 突如現れたカミラにこの場にいる誰もが驚きながら、彼女は歩を進める。

 脚を失って動けないリアスを人質に取るでもなく、この場にいる誰かに能力を行使するでもなく、マヌエラの側まで歩いた。

 その雰囲気はこの場で唯一対峙した一誠が戸惑うほどに緊張した様子だった。

 

 側に寄って来たカミラにマヌエラから話しかけた。

 

「カミラ、下がって────」

 

「みんな、消えてしまったのね」

 

 しかし、それを遮るようにカミラが消えた滅却師たちのことを話題に出した。

 その言葉にマヌエラは苛立たしげに答える。

 

「大丈夫よ、あの子たちはまた私が生き返らせるわ。だから、カミラは安全なところに居なさい」

 

 早くここから離れろと言うマヌエラ。しかしカミラは従わず、首に下げてある滅却十字を握り、意を決したようにこの場にいる誰もが思いも寄らない事を口にした。

 

「もう、やめよう、マヌエラ姉さま。この戦いは、わたしたちの敗けだから」

 

「なにを、言っているの? カミラ……」

 

「もう、姉さまの復讐も。あの人形たちを使って、自分を慰めるのも終わりにしよう。もう、これ以上ここで戦い続けても、マヌエラ姉さまの目的は達成できないわ」

 

 わたしたち、ではなくマヌエラ姉さまの、と言った。

 その言葉に信じられないような眼でカミラを見る。

 向けられる視線から逃げたくなる衝動を抑えてカミラは続ける。

 

「あんな物を創るのも、一度だけ。みんなのことをあの人形で代わりをさせるのも、もうやめて。そんなことをして逃げても、いつかその綻びに耐え切れなくなる時が必ず来るわ」

 

「────っ!? 貴女まで、そんなことをっ!? 私はあの子たちを生き返らせたわ!! カミラだって、そう思ったから前と変わらずにいられたはずよっ!!」

 

 それは、確認というより、そうであってくれという嘆願に近い悲鳴に聞こえた。

 しかしカミラは首を横に振る。

 

「マヌエラ姉さまが創った人形たちは、姉さまにとって本物に等しくても、わたしにとっては耐え難い偽物だわ」

 

 それでも、一度だけは我慢しようと決めた。

 以前の自分のままを演じて、マヌエラ(唯一の家族)の傍に居ようと決めた。

 しかし、魔法が解け、偽りの家族が消えたら、終わりにしようとも思っていた。

 

「あれらは姉さまの記憶を辿って再現された物です。アレは、たった一度だけ許された奇跡だったの」

 

 記憶とは上書きされていくものだ。

 たとえマヌエラがまた家族を創ったとしても、それは彼女が一度再現した人形(コピー)の更にコピーでしかない。

 そんな劣化を重ねた物を何度も見たくはない。それで満足してしまう姉も。

 しかし、マヌエラは認めようとはしなかった。

 

「偽物なんかじゃない! あの子たちは確かに────」

 

「なら、どうしてカールを生き返らせなかったの?」

 

 その言葉にマヌエラの肩が跳ねた。

 カール。それは、旧魔王派に故郷を滅ぼされた時に失ったマヌエラの実弟の名前だった。

 

「それは、もうマヌエラ姉さまの中でカールの記憶が薄れていっているから、でしょ?」

 

 年月が経てば当然、記憶は虫食いだらけになる。

 こういうことがあったと根本的なところは思い出せても、細かなところはあやふやになってしまう。

 例えば声や仕草などといったものとか。

 

「カールを生み出せなかったことが、アレらが、姉さまの創り出した人形である確かな────」

 

「やめなさい!!」

 

 マヌエラがカミラの頬を張って言葉を止めた。

 一度張られた頬を撫でるとカミラは手を差しだす。

 

「だから、もう終わりにして、逃げよう、マヌエラ姉さま。逃げて、逃げて。わたしたちが暮らせる安住の地を見つけよう。滅却師であることも捨てて」

 

 だからと言って今更、三大勢力やその他の勢力に身を寄せる事も出来ない。

 そうなればおそらく自分たちの命がないことは子供のカミラでも容易に想像できるから。

 

 カミラは故郷や家族の復讐より、目の前にいる唯一の存在が消えてしまう方が怖ろしかった。

 その光景をデュリオを始め、D×Dの面々は口出しすることなく見ている。

 カミラが伸ばした手がマヌエラに触れようとする、その手は、パシッと払われた。

 見ると、マヌエラの表情はこれまででもっとも怒りで歪められていた。

 

「裏切者────。裏切者! 裏切者! 裏切者! 裏切者! 裏切者ォ!!」

 

 しかしそれは、怒りではなく、悲しみで歪んでいるように見えた。

 

「あの時に1人逃げ出して……今度は全部を捨てて逃げようなんて────!!」

 

「姉さま、わたしはっ!!」

 

 なおも説得を続けようとするカミラにマヌエラは言い捨てる。

 

「ならもう、貴女は要らない」

 

 ドンッとカミラは腹部が熱くなるのを感じた。

 視線を下げると、腹にはマヌエラが放った矢が突き刺さっていた。

 

「キミッ!?」

 

 倒れようとするカミラを1番近くに居たデュリオが支えた。

 刺さった矢を見てカミラは自嘲気味に笑った。

 

「やっぱり、いまさら、都合が良すぎたよね……」

 

 ────ねぇマヌエラ姉さま! わたしの矢、当たった! 当たったでしょ!! 

 

 ────コラ! 弓を出したままブンブン腕を振り回さないの! 危ないでしょ! でも、うんちゃんと当たったわ。上手ね、カミラ。

 

 かつて、そんな些細なことで褒めてくれた血の繋がらない姉。

 あの時は彼女は、もう────。

 

「私は、諦めない……。独りになっても。誰にどれだけ否定されても、私は────っ!!」

 

 癇癪のように騒ぎ続けるマヌエラ。

 しかし、自分が矢を放って倒れた妹を見て、その言葉が止まる。

 しばしの沈黙の後、影がマヌエラを包む。

 それが消えた時、彼女の姿はこの場のどこにも無かった。

 

「逃げたっ!?」

 

 ここに来て逃亡を選択すると思ってなかった一誠は驚きの声を上げる。

 

「あの状態なら、そう遠くへはいけない筈だよ! 早く捜索に────」

 

 この場でまだ動けるのはデュリオしか居らず、マヌエラを追おうとすると、抱き留められていたカミラが体を離した。

 

「キミッ!? その怪我で動いちゃっ!?」

 

 カミラは何も言わずに首を振って飛簾脚を使い、デュリオたちの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分で作った根城から離れたマヌエラは未だ影に覆われている駒王町を闇雲に走っていた。

 既に完聖体の翼も消え、マヌエラ自身、戦う力の殆どをこれまでの消耗で使用が難しくなっている。

 よろけた足がバランスを崩し、そのまま小さな瓦礫に足を躓かせて地面に倒れた。

 すると、駒王町を覆っていた影が解かれ表の町へと戻っていく。

 外では雨が降っていたらしく、駒王町の空は影ではなく雲で覆われ、降っていた雨が体を濡らしてきた。

 マヌエラは起き上がることをせずに疲労で鈍くなった頭で考える。

 どうしてこうなったのか。

 どうして自分はこんなところで倒れて雨に打たれているのか。

 どこで間違ってしまったというのか。

 不完全なままの完聖体を使ってしまったことか。

 この町で一般の人間を巻き込んだことか。

 ミカエルの言葉を聞かずに禍の団の頭目に挑んだことか。

 

 それとも。そもそも、故郷を失ったあの日に禍の団への復讐を決めた事こそが────。

 

「ちがう……」

 

 マヌエラは起き上がり、その場で座って首を振る。

 それだけは、間違っていない筈だ。

 そうでなければいけない。

 もしそうなら、あの子たちは何の為に死んだというのか。

 何が悪かった?

 どれが悪かった? 

 いったい、誰が悪かった? 

 

 そんな思考に沈んでいるとコツンと音がした。

 音の方に視線を映すと、そこには黒い美女と少女がいた。

 揃った漆黒の髪と瓜二つの容姿。

 見ようによっては歳の近い母娘か、歳の離れた姉妹に見えるだろう2人。

 2人を見てマヌエラの中で記憶が掘り返されていった。

 

 ────オーフィスから頂いた蛇の力を、最後に盛大な花火として滅却師の最後を飾ってあげましょう!! 

 ────わ、我らはあの時、蛇の実験をしていたのだ。

 ────これが、オーフィスの蛇の力!! これで、俺も禁手をっ!! 

 ────最後はちょっと面白かったがもう必要ねぇなぁ! リリスちゃん、このゴミを始末してくれ。

 

「みつけたぁ」

 

 こいつらだ。

 こいつらさえ最初から居なければ。

 

 現れた2体の無限を前にマヌエラは心の底から嬉しそうに嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影が解けた駒王町をカミラは闇雲に走る。

 マヌエラに射られた腹部は拙い治癒術で血を止めながら必死に姉を探していた。

 もし、壊れたマヌエラを少しでも正気に戻せる可能性が在るなら、それはあの人形たちが消えたときだと思った。

 それでも、きっともうこの人は引き返さないだろうとは気づいていた。

 でも、もしかしたら、もしかしたらとその小さな可能性に縋ってマヌエラの人形劇に付き合い続けた。

 カミラが以前の自分を演じていたのはそうしなければきっとマヌエラは自分を置いて行くだろうという予感があった。

 だから、必死に以前の自分で居ざるを得なかった。

 

「結局、最初から最後まで中途半端なのね」

 

 きっとカミラは最初から故郷の復讐などどうでも良かった。

 ただ、生き残った同胞以外に寄る辺がなかっただけで。何も考えずに全てを失った。

 もうマヌエラはカミラの言葉すら耳を貸さないだろう。

 

「それでも、あの人がわたしの最後の家族だから……」

 

 血が止まったのと同時に離れた位置から戦闘音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい気味だって、思ってるんでしょうね……」

 

 目の前に現れた2体の無限を前にマヌエラは自嘲する。

 ルートヴィヒが消えたことで檻が消えたのか、それともその前に破壊したのかは知らないが、オーフィスの右袖は焼けたように無くなっており、右手も酸でも喰らったかのような怪我が見える。

 ただ、その瞳だけはマヌエラを見ていながら意識が向いているのかわからない表情だった。

 

「お前を殺そうとこの町に来て、散々暴れて、結局はこの様よ。その上、カミラ(あの子)にまで私のしてきたことを否定されて……」

 

 ようやく溜め込んでいたものをぶつける相手を見つけたとマヌエラは止まらずに心の内を吐き出す。

 

「あの子たちに町の人間を襲わせたのも、お前たちの存在を容認しているこの町そのものが気に入らなかった」

 

 オーフィスの存在を知っているかどうかは関係ない。

 無限の龍神がこの町に居るのに、何でもない日常を謳歌できているこの町が気に入らなかった。

 被害を出して三大勢力側に少しでも早く住民の避難させるなどただの言い訳だ。

 こいつらの居場所となっているこの町と住民そのものを消し去りたくて仕方がなかった。

 

「いい気味でしょ? 身の程知らずにお前を殺そうとして、散々死体ばかり積み上げた。そしてまた、全部を失ったわ。私は結局、独りよがりに殺し回っただけの異常者でしかなかった!! でもっ!!」

 

 立ち上がり、自嘲の表情を消してオーフィスを睨みつける。

 

「赤龍帝が言っていたわ。お前は誰よりも純粋だって。たったそれだけで、散々周りを引っ掻き回して、踏み付けにする手伝いをしてたくせに、素知らぬ顔でのうのうと平穏を甘受する! そんなことを平然とできるお前が1番、汚いのよっ!!」

 

 はぁ、はぁ、息を荒らげて言葉を叩きつけるマヌエラ。

 ふざけるな、と思った。

 それで全てが許されて納得できる程にマヌエラは寛容ではない。

 たとえ赤龍帝の言うように、無限が誰より純粋で良い子だとしても、それで自分のしたことを無視していい理由に等なってたまるか。

 雨で重くなった身体を気にすることなく、自分の心情を吐き出そうと視線に込められた負の感情は一向に衰えない。

 そんなマヌエラにオーフィスはただ、黙ってマヌエラをその茫洋とした瞳で見ていた。

 それが、まるで自分になど興味が無いと言われているような気がして頭の沸点が一気に上がる。

 

「なんとか言いなさいよ!!」

 

 転がっていた石を拾い、オーフィスへと投げつけた。

 投げつけた石はオーフィスの額に当たったが、気にした様子もなくただ立ち尽くしていた。

 苛立ちが増すマヌエラにオーフィスは少しだけ視線を下げてようやく口を開く。

 

「我、タンニーンから預かった卵、守れなかった。この戦いで、黒歌や他にもたくさん、友達、死んだ」

 

 たどたどしい口調で話されるオーフィス自身の心情。今までどれだけの者がそれを聞いたことがあったか。

 胸に手を当ててなお言葉を続ける。

 

「みんなが、死ぬ。それを見るたびに、ここが締め付けられるように感じて、とても嫌な気持ちが生まれてきた。こんなこと、初めてだった」

 

 先程も一誠たちとマヌエラの戦いを鏡を通して見ていた。

 皆が傷つくのを見るたびに抑えられない感情のままに暴れて、その元凶を消してしまいたいという衝動に駆られた。

 

「これが、きっと憎しみ。そして悲しみ……」

 

 オーフィスの瞳から無表情のままで涙が零れ落ちる。

 

「我の今の気持ち、きっとお前たちと同じ。我、お前たちの憎しみを理解する。だから、話、したいと思った」

 

 この数日。滅却師たちのいざこざでオーフィスは多くの感情を学びつつあった。

 一誠たちと暮らして楽しいとか。嬉しいという幸福を学んだのなら。

 滅却師たちから負の感情を理解し始めていた。

 

 だからこそ、オーフィスは未だに理解しえない。

 まだ負の感情のスタートラインしか知り得ない彼女は負った傷や痛みがそれぞれによって深さや形が違うのだということを知らない。

 本当にここで対話を望むのなら、自分は同じだと。理解したと、言ってはいけなかったのだと。

 

 その短いオーフィスの発言をしばしマヌエラの頭は理解することを拒んだ。

 

 同じだと言った。

 今の自分はマヌエラと同じで、抱えた感情を理解したと。

 それを数秒かけて理解したマヌエラは奥歯をギリッと鳴らした。

 

 ────ふざけるな!! 

 

 故郷を失ったあの日からマヌエラは自身の復讐心を抱えて生きてきた。

 眠ればあの日のことを夢に見た。あの日だけではなく、ルートヴィヒらが殺された光景もだ。

 眠りですら安息は得られず、町などで幸せそうな夫婦を見て、もしかしたら自分も、あんな幸せを手にした可能性が在ったのかと想像するだけで、故郷の同胞が早く仇を討ってくれと急き立ててくるように感じるようになった。

 それを何年も何年も抱えて生きてきた自分と、散々周りを傷付ける手伝いをした奴が同じになったのだと言うのか? 

 

 ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!! 

 

 自分が抱えてきた感情は、これまで誰も必要としてこなかったお前なんかがパッと理解できるものでも共感できる憎悪じゃないんだと。

 マヌエラが滅却十字から弓を作る。

 

 それでも、そんな戯言を本気にしているのなら────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────お前の首を私に寄越せっ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如攻撃を開始したマヌエラにオーフィスは混乱していた。

 それでも後ろに居るリリスを庇うように動いて向かってくる矢を防いでいる。

 オーフィスは彼らの憎しみを理解したと思っている。だから今なら自分の話を聞いてくれるはずだと思った。

 だが、これは違う。

 

(アレは、なに?)

 

 充血した眼でこちらを睨みつけ、襲いかかってくる人間の女性。それはオーフィスが今まで向けられたことのない感情だった。

 アレが憎悪だということは分かる。しかし、あそこまで獣のように剥き出された感情を叩きつけられることをまだオーフィスは理解していない。

 

「が、あぁああああああっ!?」

 

 理性を捨てた獣の咆哮でマヌエラが襲いかかってくる。

 体に染みついた戦闘技術をひたすらにオーフィスへとぶつけているのだ。

 振るわれたゼーレ・シュナイダーがオーフィスの腕を僅かに切る。

 反射的に払うようにマヌエラに裏拳を軽くたたき込むと彼女は頬骨が砕ける感触と共に倒れた。

 

「き、ひ……」

 よれよれと立ち上がった彼女はオーフィスの腕に僅かな傷が付いているのを見て心の底から嬉しそうに嗤う。

 その笑みが、オーフィスの背筋に薄ら寒いものを走らせた。

 オーフィスはこれまでその絶大な力から挑んでくる者たちの感情を見てこなかった。

 もしかしたらその中にはマヌエラのように憎悪を滾らせて挑んでくる者も居たかもしれない。

 しかし、オーフィスはそれらに興味を示さず、ずっと無視してきた。

 彼女が耳を傾けたのは自分にとって興味のある、もしくは心地良い言葉のみ。

 だからこそ、オーフィスは初めて真剣に向き合った敵から向けられる憎悪に身震いした。

 それが、脅威になり得るのかが問題ではなく。

 ただ純粋に恐いと思った。

 自分を殺すために闇雲に襲いかかってくるその人間が。

 最強の一角と数えられていた無限の龍神は、生まれて初めて人間の抱く負の感情に恐怖した。

 

 その気迫に押されてバランスを崩し、尻もちをつくオーフィス。

 マヌエラは最後のゼーレ・シュナイダーをオーフィスへと向ける。

 後先のことなど頭から吹き飛んで、目の前の龍神の命だけを狙っていた。

 

「死、ねぇえええええええええええええっ!!!」

 

 放たれたゼーレ・シュナイダーの矢はオーフィスの首を確実に捉え─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 姉ちゃん起きろよ!」

 

 懐かしいその声を聴いてマヌエラは瞳を開けた。

 

「カー、ル……?」

 

「そうだよ。なんでこんなところで寝てたんだ?」

 

 マヌエラが眠っていたのは村にある草むら。

 自分はどうしてこんなところで寝ていたのだろう? 

 いや、そもそもどうして弟の声を懐かしいと感じたのか。

 

 溜め息を吐いてカールが話す。

 

「ぼーっとしてんなよ。ほら、ガキどもが今日の姉ちゃんが色々と教えてくれんの、楽しみにしてんだからさ! 遅れると俺が文句言われるんだぞ!」

 

 早くしてくれと促してくる。

 マヌエラは立ち上がって周りを見た。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

 覚えている。

 風の臭いも、この景色も。

 ここの外など出たことも無いのに。どうして、この当たり前の光景が懐かしく、そして愛おしいと思えるのか。

 

 知らずに涙が零れると、カールが驚いたように姉を見た。

 

「ちょっ!? なんで泣いてんだよ!?」

 

「ごめん……なんでだろう。久しぶりに、ここに来た気がして……とても懐かしくて……」

 

 マヌエラが止めどなく涙を流していると、カールが心配そうに手を握った。

 

「とにかくさ、皆待ってるから、行こうぜ」

 

 カールが指をさすとそこには大切な家族がいた。

 

「アドルフ……ドミニク、エトウィン、ハイニ、パウロ、ターニャ、シャルロッテ……ルートヴィヒ……」

 

 少し離れた位置からみんながマヌエラを待っていた。

 握った手を引いてくるカール。

 

「姉ちゃん」

 

「うん?」

 

「おかえり」

 

 どうしてだろう。ずっとその言葉をここで誰かに言ってほしかったような気がする。

 胸の中に在ったどうしようもない感情がどこか洗い流されていくような感覚。

 マヌエラはただ、心から笑って。

 

「ただいま」

 

 手を繋いだまま自分のペースで向こうに待つ家族の下へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弓から放たれたゼーレ・シュナイダーはオーフィスに当たることはなかった。

 その矢ごと敵であるマヌエラの頭部は跡形もなく消し飛んでしまったから。

 

「あ……」

 

 そのままさっきまでの猛攻が嘘のように力を失くして倒れる首から上を失ったマヌエラ。

 殺したのは、オーフィスではない。

 

「リリス、もうひとりのリリス、守った」

 

 オーフィスに守られていたリリスがオーラの球を放って攻撃し、マヌエラの頭を吹き飛ばしたのだ。

 無表情のまま若干誇らしげに胸を張るリリス。

 それは傍目から見たら良いことをして親に褒めることをねだる幼子の様だった。

 しかし擦り寄ってくるリリスに気を払うことなくオーフィスは頭部の消えたマヌエラの遺体に恐る恐る触れようとする。

 だが、それは別方向から射られた矢によって中断された。

 

「マヌエラ姉さまに触るな……!」

 

 怒気を込めて弓矢を向けてくるカミラにリリスが攻撃を加えようとするが、オーフィスが制した。

 カミラはマヌエラの遺体へと近づき、唇を噛んで瞳を閉じた。

 

「マヌエラ、姉さま……」

 

 どうして、こうなる前に大切な姉を救える言葉を持ち合せられなかったのか……

 カミラはマヌエラの遺体を抱え、小さく呟く。

 

「さぁ、帰りましょう。わたしたちの故郷へ」

 

 龍神たちを一瞥すると、オーフィスは身体をびくりと震わせた。

 そんなオーフィスになにも告げることなく、カミラはその場を去って行く。

 

 

 こうして、多大な犠牲の出た事件はハッピーエンドとは無縁のまま一先ずの幕を閉じた。

 

 ────雨はまだ、止まない。

 

 

 

 

 

 

 

 




いやーリリスは大金星でしたね。

後は後日談とか書いて終わりです。
処遇とか本当にどうしよう……。



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