「敵旗艦らしきもの、接近してきます!」
意気消沈しているシャークンのことなど気にもせず、部下が嫌がらせとしか思えないぐらいに悪い報告ばかりを寄越してくる。こうなれば、いくら指揮官が気後れしてはならんと思っていても、上手く精神を制御できない。シャークンの声は小さく掠れたものになっていった。
海戦では差がありすぎて勝てないではないか。最早一方的に撃沈されるしか無いのか。
いや、そんなことを考えて何なるのだ。まだ手立てはある。そう思わねばやっておられん。
何かないかと考えるシャークンに部下は不安に満ちた眼差しを向けていた。その時、シャークンが突然笑いだしたので、部下たちは(ついに提督も狂ったか、もうおしまいだ)とため息すらつけないほどに絶望した。
だが、部下たちの見立ては大きな誤りである。必死に士気を下げまいと見えぬ努力をしていた提督がこうも簡単に狂う筈がないのである。そうなれば艦隊は完全に崩壊することぐらいよく分かっていた。
提督が大笑いしたのは、全く異なる理由によるものである。
「ワイバーンを出せ。これで敵の戦闘能力を失わせるのだ」
シャークンが失笑した理由はここにあった。もっと早くワイバーンを出しておけば、こうも追い詰められなかったのだ。なぜ、そんなことに気づかなかったのか、自分が情けなさ過ぎて後悔も憤慨も通り越して笑ってしまったのである。
「了解!」
提督はまだ大丈夫だ。顔に生気がある。目が太陽のように光り輝いている。これを見た部下の期待と喜びが了解というたったの一言をここまで張りのある声にしたのだ。
提督もそんな元気な声を聞いて気分が良くなる。提督の心は水のようなものである。部下の元気ある声という絵の具を垂らせれれば、その色が広がるのは当然である。
陸軍のミスにより、予定より少数であるが300程度のワイバーンが7隻の敵艦のうち巨大な4隻に飛びかかっていった。
4隻の巨艦。すなわち戦艦の機銃、機砲要員らは吶喊しながら雨霰のように銃弾を浴びせる。
すぐに壊滅できるだろうと、彼らは思っていたが、300もいれば勝手が違う。
相手が多いからよく当たるのではない。多いからキリがないのである。一匹の蚊を殺すのと10数匹を皆殺しにするのとでは難易度が全然違う。
航空攻撃は数がこれほど重要になるのかとネボガトフは火炎弾など気にせずそのことばかりに気を向けて頭の中で文字を打っていた。
狩猟で鳥含む多くの生物を絶滅させてきた人類でもこれほどではやはり力不足である。50、60はやったが200以上がいる。陸で使えば10万は殺せそうなこれほどの機関銃でもそれほどしか殺せない。虚しくなるほどだ。
船員はこれほど苦労し、訓練に訓練を積んだのにその成果である対空射撃を歯牙にもかけず突撃して来るのだ。
一隻あたり50以上、これではあまりにも厳しすぎる。火炎放射や火炎弾が命中し、木造部分から燃え上がる。できる限りの火災対策はしているのだが、まるで焼け石に水である。あまりの無力さにネボガトフは拳を握り締めることしかできない。滴る汗は火災による熱のせいか緊張と焦りによるものかわからないが、水道の蛇口を捻ったかと言うほど汗が噴き出す。その様子は、周囲のものを不安にさせるには十分であった。
「機銃要員の死傷者多数!」
「前部甲板消火急げ!」
乗組の怒声が至る所で飛び交う。火事場の馬鹿力というものか、水やらなんやらは訓練より素早く用意し、使用することができている。だが、火の勢いが大きすぎる。ツルハシ一本でトンネルを掘ろうとしているかのようだ。全く捗らない。このままではどうしようもない。追い詰められたネボガトフは、
「このまま敵旗艦に突撃する!」
と表情を作って、勇ましい声で言った。足が震えかけていることに運良く誰も気が付かず、無事士気は上がった。
敵のワイバーンも随分と数を減じて次々に帰投して行く。山場は去った。耐えるべき所は耐えきったのだ。
「借りをキッチリ返してやる!」
全く相手にされず、本当は借り物クソも無い補助艦隊の司令長官ラドロフ大佐が怒号をあげる。補助艦隊の内の戦闘艦の乗組の士気は上がりに上がり、氾濫した河川の如き勢いで、突進し、周囲の木造船を古い家屋を飲み込むかのように撃ち倒していく。
「シャークン提督! ワイバーン隊帰投。敵部隊のうち4隻の巨大船が炎上中!」
「よしよし。今度こそマイハーク包囲、シオス王国との通商路遮断は成功したな!」
まだ決まったわけでもないのに、彼らは勝った気になって祝杯を交わし始めた。誰も彼もが顔を真赤に染めて豪快に笑っている。
ただ一人、デッキの端で心地よい風に当たり、優雅に時を過ごしていた士官の一人が、突然グラスを取り落とし、その場に立ち尽くした。
「どうした? もう参ったのか?」
周囲の者らはそう言って小刻みに震えるその士官兵にまともに取り合おうとしない。それは士官兵がただ妙な挙動をしているからであった。この挙動が、何故なのかを彼らが知った時には、甲板要員の顔立ちや、よくわからん兵器の形がはっきりわかるほどまで、自信に満ちたかのように将旗を翻した戦艦「インペラートル・ニコライ1世」がすぐそばまで来ていた。
「砲撃用意!」
と叫ぶ両提督の口調や表情は全くの正反対であった。
文章力が欲しい……これだけでも骨が折れますぜ。
まだワイバーンは怖いですね。