両艦から激しく砲火が放たれる。守りに乏しい戦列艦は忽ちに雨に長く晒され続けた岩のようにその小さな「巨体」に多数の穴を作る。だが、戦艦はと言うと、全くと言って変わりがない。桶に張った水を突いているかのようだ。その勢い、強さ、対応力、守り、学習力全てが水のようである。
「取ったぞ!」
だが、その絶望的な砲撃力の差を見せつけられたにも関わらず、シャークンの声は正しく快晴である。
それもそのはず、海軍--あくまで第三文明圏でだが--の常識では艦艇同士の戦いは接舷攻撃で決まる。
それを取ったのだ。正確にはまだ距離が少しあるが、敵は逃げ切れまい。見たところ敵の甲板要員は少ない。一挙に雪崩れ込めば容易に制圧できるだろう。
考えているうちに、戦列艦「ハーク・ロウリア34世」は戦艦「インペラートル・ニコライ1世」への接舷に成功した。
「なんだ!」
それと同時にシャークンら将校らの頓狂な声が飛ぶ。戦艦の中間砲が木造部分に突き刺さり、破口を生じたのである。その時の衝撃が彼らを驚かせたのだ。
「それ、突撃!」
だが、そこは勇猛果敢なシャークン提督である。その様子は、趙との戦で背水の陣を敷いた韓信軍のようである。近くにいた甲板要員らは、それに驚いて慌てて逃げ出す。だが、シャークン隊の勢いが虚勢であることは、すぐに明るみに出る。
一人の機銃要員の発砲により、幾十人もの屈強な兵が、造作もなく斃れていく。それを見た他の機銃要員らは、
「なんだ、大した奴らではないじゃないか」
と言いながら次々に撃ちまくった。さすがに機砲や機関砲クラスのものは使わなかったが、それでもロウリア兵はバタバタと倒れる。甲板をあっという間に血の川が縦断し、蟷螂の斧の如きロウリア軍は死体の壕を作るのみであった。
粗方片付いた時、死体を乗り越え、提督シャークンらが一矢報いるべく剣を光らせて、飛びかかった。
だが、正確な機銃の一連射に提督の足は貫かれ、バタリと部下の亡骸に体を埋めた。
「提督がやられた!」
「ハーク・ロウリア34世」の艦長は断末魔のように叫ぶ。それから、「降伏する」との声が聞こえるまで大した時間を要さなかった。
旗艦が降参すると他の艦も血の気が引いたように動きを止め、必死に降伏を叫んで行く。
士気が崩壊した軍ほど脆いものはない。なんとか撤退した100余隻を除いて、他800隻余りが撃沈、2000隻が降伏、1000隻以上が自沈又は自焼。死傷者は5万を超え、捕虜も8万を数えた。さらにワイバーンも半数を喪失した。そればかりか、司令長官シャークンが捕虜となった。対してロシア側は、ワイバーンに手こずったこともあってか、死傷者は500人を超え、戦艦三隻が中破、炎上。旗艦の「インペラートル・ニコライ1世」も小破した。
これでも奇跡の消火活動と言われるのだから、ネボガトフはゾッとした。
ネボガトフの握りしめているノートにはびっしりと文字が羅列されていた。これらは今回の戦におけるネボガトフの主観的な反省や分析である。勿論報告書は別の物を書く。使うのは勉強会の時になるだろう。
揺れのためか、焦りのためか、筆の運びが非常に拙い。ところどころが汗か何かで湿り、文字が掠れている。
本来なら気持ち悪いと思いそうなものだが、これだけは何故か勲章のようにみえる。
マイハーク沖。ここにロウリア海軍は壊滅した。時に西暦1905年6月20日のことである。
1905年6月21日 ロウリア王国首都ジンハーク
「陛下、マイハーク沖における海戦により、我が王国海軍はクワ・トイネ、ロシア帝国連合艦隊と戦闘を行い、100隻を除いて全て沈没か拿捕されました」
将軍パタジンの報告に国王ハーク・ロウリア34世は激昂しかける。だが、流石は聡明な王である。ここで彼を怒鳴りつけても、切り首にしても意味がないことはわかりきっていた。だからこそ、王は黙って続けるよう合図した。
「はっ、そのため、海軍におけるクワ・トイネ、シオス間の交易路破壊作戦は無期限延期となりました。ですが、陸軍の将軍パンドールらは、現在、首都クワ・トイネ包囲作戦のうち諸侯軍をマイハーク制圧に向かわせることを計画しております。おそらく、なんとかなるでしょう」
「うむ。パンドールならば、できるだろう」
常に何らかの戦果を、味方の損害の何倍もの価値がある戦果を提げて来るパンドールに対する信頼はやはり大きい。パンドールなら捲土重来を果たす。ロウリアはそう確信して、第二次マイハーク占領作戦を許可した。
同じ国家元首の名を冠する旗艦対決もついに決着!
次回、おや、ロシア帝国陸軍が仲間になりたそうにこっちを見ているぞ!