バルチック艦隊召喚   作:伊168

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背水の陣

「後は陸さんに任せるか」

 

敵の一陣を破壊したことにより沈滞していた東洋艦隊の士気を回復させたジョンギエール少将は満足げに砲撃を中止した。この後、重要な役目を果たす陸軍の邪魔をしてはならない。

 

砲撃が止むとロシア陸軍は上陸を開始。ドウと陸地に飛び込むロシア兵にちらほらと居た敵兵はワッと叫んで四散し、思ったよりも容易く上陸できた。前に比べてかなり不甲斐のない敵軍ではないか。余りの余裕からか、鼻歌まで歌う者がおり、お世辞にも規律が取れているとは言えない。特にコサック騎兵は上手いこといかなかった。

 

陽気に一歩一歩を蹴り進むロシア陸軍とは裏腹に海岸部の将軍、サイファの軍隊は意気消沈していた。それはサイファ自体が沈思黙考しているからだけではない。フォークの本隊とは違って、間近にこの目でトラキア隊が一兵残らず殺されたので、恐れ慄いているのだ。

 

「全軍、海岸方面への防備、警戒を強化せよ」

 

サイファが下した決断はこれであった。無難に行くのが一番であろう。数では優っているのだ。トラキアの軍が壊滅したのは油断していたからに他ならない。

海岸を見ればぞろぞろと敵兵が上陸しているのだろう。だから、念のためフォーク将軍と合流すべきではないかとも考えたが、ここを空っぽにするのは危険であり、フォークにも理解してもらえるかわからない。フォーク将軍は少々自信過剰である。パンドール将軍に生兵法と批判されてもなお自分が常に正しいと思っているような男だ。散々にいびり散らされ追い返されるだろう。ならば最初からここで迎え撃つ体制を整えた方が良い。

 

 

ロシア陸軍第1軍が上陸を完了した。弾薬の類は上げたが、後は食料だけだ。さて、さっさと下ろしちまおう。輸送船団の司令官がそう思った時だった。

 

「食料は持ち帰ってくれ」

 

リネウィッチから乱心としか思えない指示が飛ぶ。数秒と立たないうちに船長の一人から疑問が溢れ出た。

 

「危険です! なぜ態々危険を作りに行くのですか?」

 

「背水の陣で挑むのだよ」

 

何人かがはあ? という声を漏らした。

 

「韓信の真似事ですか? まさか成功するとお思いで?」

 

何だかんだ言って仲が良くない海軍の軍人からはやはり厳しい指摘が入る。だが、リネウィッチは豪快に笑うと、

 

「違う違う。項羽だよ」

 

と言ってさっさと出て行ってしまった。やれやれ仕方ない。と彼らは将軍の言う通りにそのまま帰ってしまった。

 

上陸したリネウィッチは第1軍の兵卒を集めると、

 

「諸君らの備蓄食料はない!」

 

と堂々と言い放った。列という列からザワザワと不安と不満に満ちた声が漏れる。だが、そんなの知ったことかとリネウィッチは続けた。

 

「諸君らは既に知っているだろうが、敵は前遠征軍全体の2倍はいる。我らがマイハークで睨み合った敵の5倍だ! 弱小兵だらけであるが、数が多いゆえに、長引けば弾薬の欠乏が予想される。そのため、速やかに叩きださねばならない。ならば、我らはどうするべきか? 積極的に戦うしかなかろう。だが、この数では苦戦は必至だ。また、長期戦は望むところでない。そのため、諸君らには覚悟を決めて貰いたい。見ての通り食料はない。だが、一週間以内に敵を叩き出せば食料にありつけ、生き延びられる。良いか、生きるも死ぬも余と諸君ら一人一人の努力次第だ。死ぬ気で当たれ!」

 

適当な理屈を述べたからか、不平の声は収まった。一瞬、場がシンとする。リネウィッチもその空気に押されかける。だが、ここで押されては何も意味はない。その場で胸を張って立っていると、

 

「Ураааааааа!」

 

若い卒の一人が叫んだ。すると、

 

「Ураааааааа!」

「Ураааааааа!」

 

とУрааааааааが復唱されて行くではないか。いつの間にか、誰一人として叫ばない者はいなかったのだ。食料を返すという自殺行為が 妙な演説もあって士気を高めたのだ。

 

「では、まずここから12キロの地点にある敵の海岸陣地を叩く、全軍! 突撃! Ураааааааа!」

 

「Ураааааааа!」

 

カウリバルスやグリッペンベルクの軍が突入するより早く、疾風の如く第1軍は突撃した。サイファの用意した警備兵1500は土煙と共に消え去り、第1軍は瞬く間に中陣へと雪崩れ込んだ。

電光石火の攻勢に中陣は対策が取れず、1万余が死傷し、数千は這々の体で本陣へと退却した。

 

「敵はすでに本陣に迫ってきております!」

 

「速すぎる……」

 

サイファが読んだ兵法書の通りに兵力を振り分けたはずだ。だが、それが通用しない。今回は正兵と正兵のぶつかり合いではないのか。これ相手にパンドール将軍は決戦を望むのか。サイファは全く常識の通用しない敵に頭を抱える。

 

「将軍!敵がすぐそばまで……既に4割がやられております!」

 

なんだもう全滅ではないか。最早抵抗も無駄か。

 

「食料など物資を後方に、全軍も撤退させよ。また、この幕舎を始めとして敵には何も残すな。焼き払え」

 

「……かしこまりました」

 

次々に物資が運ばれて行くが、兵士は全く来ない。もう4割どころの被害ではないのだろう。

物資も来なくなった。幕舎という幕舎が燃え盛る。パチパチという音に訳のわからない鬨の声や馬の嗎、足音が聞こえる。音は大きく、激しく速くなって行く。そろそろ覚悟を決めるべきだろう。

サイファは遺書を壺に入れてその場に埋めると、最後の幕舎に入って、火を付けた。そして国家の安危を案じつつ、目を瞑り、深い眠りにつく。彼の体はあっという間に火に包まれた。

 

サイファ軍を蹴散らした第1軍はフォーク将軍の隊へと進軍した。

 

 




はい、あれです。
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