サイファ将軍の陣が落ちたため、敵、ロシア軍との最前線となってしまったフォークの陣では慌てた兵士たちによる報告が次々に行われている。だが、プライドの高いフォーク将軍に直接言うものは少なかった。
サイファ将軍が死に、軍が壊滅した上に残っていた物資や兵士も悉く敵騎兵に奪われてしまったなど言えばロクなことにならないだろうからである。
「フォーク将軍!サイファ将軍の隊が壊滅、サイファ将軍は自決しました!」
報告を受けたフォークは椅子から転げ落ちて、
「それは誤報だ!」
と顔を歪めながら声を振り絞って叫んだ。なんとかして嘘だと思わないと身が持たないのだろうか。だが、自己暗示に陥る彼を助けるべく、新たな報告が入る。
「敵軍と交戦! 第一隊は全滅!」
報告を終えると同時にバタッという音が聞こえた。音の方を見ると気を失って地面に伏しているフォーク将軍があった。
指揮官が倒れたことにより、一時的ではあるが、指揮に空白が生じたため、元から上手く統率できているとは言えないフォークの隊は忽ち四散し、各個撃破されていった。
あっという間に本陣まで突入し、フォークらを捕縛してしまった。
海岸陣地が全て陥落するまで半日もかからなかった。敗戦の責任は、偏にフォークにあるだろう。情報さえ重視していればもう少しは持ったはずだ。また、彼の起こした愚行はそれだけではない。後方のクチュルクやファルシだけでなくパンドールにすら壊滅したことを伝えようとしなかったこと、これも数多い愚行のうちの一つである。
その為、南門軍や北門軍はロシア軍が来ているなど露知らず、突如として側面を突かれてしまう。艦隊戦とは違って正面の城門に兵力を割いていたため側面が弱かったので、潰滅まであっという間であった。
流石にこの方面の将軍は及第点であったようで、パンドールへの報告を行った。
「南門軍は壊滅、両将軍は戦死。北門軍は壊滅、テムゲ将軍は戦死し、ファルシ将軍は生き残った数万を連れて敗走中だと……」
パンドールは報告を口に出して繰り返す。彼にとって、いくらなんでも1日のうちにここまでやられるとは、パンドールにすら想像できないことであった。
「将軍、如何致します?」
パンドールは頭を抱えた。夜の冷たい風が彼の体を強く吹き付ける。追い風ではなく逆風だ。彼はその風を睨んで、
「撤退する」
「何故ですか!?まだ数はあります! 第一にクワ・トイネ城の兵士は万を切っています! それに、ここでひいては地表の亡骸にも地下の白骨たちに申し訳が立ちません! このままクワ・トイネを力攻めするべきです!」
珍しく参謀の助言が入る。いや、初めてかもしれない。だがその助言は精神論的に考えると素晴らしい者だが、そこから目を外すと大抵の将軍なら気付く程度の誤ったものである。
「我らは20万。敵は16万。これで勝てると言うのなら、なぜ前は負けたのだ? 攻者三倍の法則とは言うが、前の損害から考えて、奴らには通用しない。これを使うにしても我が軍の兵力を数十分の一にした上で計算せねばならないだろう。我らが負ければロウリア軍は壊滅だ。海軍なき今、陸軍無くして誰が国家を支えるのだ。死んで行った者たちは国家の滅亡を望んではいないだろう」
パンドールから指摘が入る。いつも仕事をしていないと同僚に煽られていた参謀は意地になったのか、
「だから、敵を上手く躱して城を落とせばいいのです!」
と大人気なく喚き散らした。
「敵の首都を落としてどうなるというのだ。敵にはまだ拠点がある。もし、首都を落とせば落人が各都市に逃れて泥沼の戦いになるだろう。戦いには落とし所が必要だ。今回の目的は降伏させること。敵の首都を落とすことではない」
言いくるめられた参謀は聞こえないように舌打ちをしてさっさと下がってしまった。周りの人間も納得したかと思ったパンドールは時間が勿体無いと言って、さっさと撤退の準備をさせた。
殿には後方で必死に逃げているファルシ将軍が自動的になった。
パンドール隊20万はエジェイ目指して来た道を再度踏んで行く。丁度雨が降り、兵たちは身を震わせながら退却している。敗者というのは見窄らしいものだとパンドールは思って、自分の着物や携帯食料を部下に分け与えながらふらふらと歩いて行く。
第三次クワ・トイネ包囲戦はロシア軍死傷者640人(死者12)、戦病者35人。クワ・トイネ側死傷者6万2400人、戦病者2万、捕虜1万2000人、民間人被害者8000人。ロウリア側死傷者20万人、戦病者不明。というロシア軍の大勝利に終わったが、クワ・トイネ側の被害は測り知れず、あと1日ロシア軍の到着が遅れたとすれば、降伏しかなかったと言われるほどであった。
この戦いによってグリッペンベルクに続いてリネウィッチも国民的英雄として讃えられることとなった。
圧勝したロシア軍は大量に食料を分捕ると、エジェイヘと進軍した。しかし、グリッペンベルクはまだ時ではないとしてエジェイへの砲撃は行わなかった。
実は、グリッペンベルクはミシチェンコの独立騎兵旅団とコソゴフスキー支隊をクイラ王国の方へと上陸させていた。クイラ王国とロウリアとの国境は険しく、ロウリアでもクイラでも軍隊が越えることは不可能に近いとされていた。そのためこの方面への兵力は少なく配置されている。グリッペンベルクはここに目をつけた。敵の兵力が少ないのだから侵攻は容易い。近代化されている自軍なら越えられるからである。勿論、軍規模は派遣できないが、丁度いいやつはいないかと言うことで、ミシチェンコに白羽の矢が立った。
しかし、コサック騎兵だけでは不安ということで、コソゴフスキーの支隊も犠牲になったのだ。
この南ロデニウス軍は国境の防衛兵力3000を蹴散らし、ロウリア王都まで向かっていたのだ。
ここで降伏してくれれば、パンドールら20万が手に入り、被害も減ってwin-winである。
つまりあれです。鄧艾みたいなもんです。ですがハーク・ロウリア34世は劉禅ではありません。