その数日後、ミシチェンコの旅団とコソゴフスキー支隊は王都までの守備隊を人的被害を出さずに次々と滅ぼし、王都から南に10キロの地点まで迫った。
「とりあえず、敵に降伏勧告をせよとのクロパトキン大将直々のご命令らしい。では、落ち着いて行うのだぞ」
とミシチェンコは部下のアンタナス・リカルダス・ドルーヴェにそう命令した。正直、二万もない兵がやってきたところで普通は降伏はしないだろうが、今回はロウリアークイラ間の大砂漠を乗り越えて来たのだ。予測していない敵兵によって被る精神的被害は大きいので、ロウリアの国王が愚かであればあっさりと降伏するであろう。
「畏まりました。あの……一つ宜しいでしょうか?」
ドルーヴェが目線を落として言う。なんのことかとミシチェンコも少々過剰に反応してしまう。
「い、いいぞ。なんせ大役だからな」
「私にはカール・グスタフ・マンネルヘイムという友人がいるのですが……最後に別れの言葉を伝えたいのです」
「ああ、言って来るがいい」
その後、ドルーヴェは会いに行ったが、結局、マンネルヘイムとドルーヴェは黙って見つめ合い、手を取り合っただけであった。だが、両者の友情は本物である。友人だからこそ余計な言葉はいらない。
同 王都城門前
ドルーヴェは城門前で「私はロシア軍の軍使だ!」とカタコトの日本語で叫ぶと、彼はロウリア軍の魔導士に降伏勧告文を渡した。
その魔導師は大いに驚いて、首席魔導師のヤミレイに手を震わせながら手渡し、渡された彼もこの内容を読んで大慌てとなっている。彼は周囲の視線など憚らず、ドタドタと玉座まで駆けていった。
「なんだ! 騒がしいぞ! 何かあったか!?」
その様子を見たハーク・ロウリア34世は何やら良くないことがあったのだろうと玉座から立ち上がって、言う。ヤミレイは降伏勧告文を取り出して、
「国王陛下!敵の軍使らしきものが降伏を求めております。これが勧告文です」
「なになに……『今、西軍(ロウリア王国軍のこと)潰滅して貴国疲弊せり。これ誠に危急存亡の秋なり。拠って降伏されたし』……なんだと! 我が軍は大敗などしておらん! このような言葉で余を騙そうなど笑止千万。その生意気な蛮夷どもは排除せねばならぬ! パタジンに5万の兵をつける。また余もランドの第零近衛団らの近衛団と共に出撃する!」
「ははっ!」
王は不幸である。彼には情報が全て伝わっていないのだ。絶対君主制という体質だからか、情報は処罰を避けるためにも上に行くにつれ、機関を経るにつれて都合よく嘘で塗り固められたり、揉み消されたりしてしまう。だから、彼は王国が劣勢であることなど知る由もないのだ。だからこそこの劣勢でも降伏勧告を突っぱねるという愚行に出たのだ。
ロウリア王国には軍使を斬ってはならないというルールはない。彼らは城門から外へ躍り出るや否や外でぽつんと待っていたドルーヴェに無数の矢を浴びせた。彼は驚いて、馬の尻に鞭打って逃げようとするも、幾らかの弓矢が突き刺さり、至る所から水槽に穴を開けたかのように血が滴り落ちる。だが、必死に鞭を打ったことが功を奏し、なんとか逃げ切ることが出来た。
「チッ! 取り逃がしたか……」
最後の一発を右肩に見舞った第零近衛団団長ランドは前方に鋭い眼光を向ける。だが、同時にこれで良かったとも思う。大急ぎで帰っている敵の立てる土煙がはっきりと見えるからだ。これなら敵の本陣も容易く判明する。
全軍は前を走るドルーヴェの馬が立てる土煙を大急ぎで追いかけた。
「ドルーヴェ!ドルーヴェ!大丈夫か!」
前から来る血だらけの一騎を見て、野営地の外れで帰りを待っていたミシチェンコとマンネルヘイムは慌てて駆け寄って、優しくドルーヴェを馬から下ろし、掛け布団のように優しく彼を抱擁した。
「敵軍が……き、きま……す」
彼の聞こえるか聞こえないかぐらいの声--それでも精一杯なのだが--を聞き取った二人は、
「マンネルヘイム、我らはどう行動すべきだろうか?」
「この少ない数で抗戦しても、勝てるでしょうが、被害は大きくなります。大きな被害は避けるべきですから、ここは退いたほうがいいかと」
「そうだろう。では、我が軍は制圧したハーク湖付近の城(ロウリア王国とクイラの国境地帯から800キロの地点にある)まで撤退する!」
ミシチェンコとコソゴフスキーの二人は軍勢をまとめてさっさと撤退した。そもそも交戦する気があまりなく、食料なども必要な分しか持ってきていないため、野営地にたどり着いたロウリア兵は一瞬硬直した後に怒り狂ったという。
結果的にクロパトキンの望みは叶わなかったが、王都までせまるという行為は有効であったろう。また、理由があったとはいえ情報を伝えなかったパタジンは自責の念に駆られることとなる。彼にとっては善意だが、だから良いとは言えない。また、自責の念に駆られたのは降伏勧告を突っぱねたからではない。降伏すれば良かったなど口が裂けても言えまい。では何が原因かと言うと、何れかより悪い副作用を起こすのではないかという懸念があったからというものである。
だが、クロパトキンは諦めていない。ここで我が国以上の敵の情報力の稚拙さが露呈したのだ。上手くやれば、20万のパンドール軍は下せるかもしれない。彼はミシチェンコに数少ない電信を与えたことを思い出して、即座に今後の行動について伝えた。
ドルーヴェは実在の人物です。史実ではマンネルヘイムの友人で1905年に日露戦争で重傷。
バルチック艦隊の知名度って低いのかなあ。どうやったら他作品のようにお気に入りや評価がよくなるのか。活動報告でちょっと色々してみます。